2019年最後の記事は、2019年勉強になった書籍をまとめて紹介します。
2019年も非常にたくさんの本や論文を読みましたが、その中から現代の政治・社会を読み解く上で役立った本と、専門的知識を得るのに役立った本を厳選して紹介します。
以下の構成に沿って紹介しますので、ぜひ手に取ってみてください。
- 1章:政治・社会編(和書)
- 2章:カルチュラル・スタディーズ編(洋書)
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1章:2019年勉強になった書籍:政治・社会編(和書)
まずは、政治・社会に関する一般的な内容の和書の中から、2019年に読んで勉強になった本を厳選して紹介します。特に『平成史』はおすすめです。
①『平成史』
『平成史』は、社会学者小熊英二を中心に、「政治」「経済」「地方と中央」「社会保障」「教育」「情報化」「外国人・移民」という各分野の専門家が、平成という時代に起こったことを解説している本です(小熊は1章「総説」と終章「国際環境とナショナリズム」を執筆しています)。
2014年に一度出版されていますが、新版が2019年に出版されており、内容が増補改訂されているため新版をおすすめします。
平成という時代は約30年間続きましたが、その間に起こった出来事は非常にたくさんあり、個人的に振り返ろうと思ってもやや難しいです。『平成史』は平成に起こった膨大な出来事を、各分野の専門家が学術的な枠組みを使って整理して解説しているため、平成を振り返る上でとても役立ちます。
この本を読むことで、平成がどのような時代で、新しい時代にどのような課題が持ち越されているのかよく理解できるはずです。
平成を振り返る本は複数出版されていますが、私が読んだ中では『平成史』が一番勉強になりました。小熊英二による「総説」の平成の総まとめの解説だけでも読む価値があります。
ちなみに、現在、元号で時代を数える国は世界で日本のみです。
世界各国は西暦のみなのですから、「時代を元号で区切ることに何の意味があるの?」と言う声もあるかもしれません。
しかし、「昭和」「平成」という時代に「なんとなくこういう時代」とイメージを持つことができ、気持ちを新たに新しい時代を創ろうと思えるのはやはり元号制度の意義だと思います。
「令和」という新しい時代になったからこそ、平成がどのような時代だったのか改めて振り返ってみてはいかがでしょうか。
②『日本社会の仕組み』
同じく小熊英二が2019年に出版した書籍に、『日本社会の仕組み』があります。
この本は『平成史』において小熊が示した枠組みが、「社会の仕組み」というテーマでさらに掘り下げられた本です。
この本の議論のベースになっているのは以下の3つの類型です。
■日本人の生き方の類型
- 大企業型
都市部の大企業で働き、大企業の存在を前提とした社会保障制度を持つ人。終身雇用等の日本型経営によって説明されてきた。高い所得や社会保障によって安定した人生。 - 地元型
地方に残り中小企業や地方公務員、農業や商店等の自営業などの形で働く人々。給与は高くなくとも持ち家がある、自営業で定年がないなどの理由から安定した人生。 - 残余型
大企業型や地元型から漏れ出る人々で、近年は非正規雇用者の増加から残余型が増加している。不安定な人生を送りがち。
戦後日本では、「大企業型」の人々(実は社会の中でも多くはない)に合わせて年金、税金などの社会保障制度が作られました。
しかし、すでに問題になっているように戦後日本が作った社会の仕組みは限界が来ています。
そもそも、なぜ、どのようにしてこんな仕組みができたのか。世界の仕組みと比べるとどう違うのか。この仕組みがどんな問題を作っているのか。
こういった課題に徹底的に答えているのがこの本です。
働き方も人生も、社会の仕組みに規定されます。そういう意味で、この本の内容はすべての日本人に関わる内容ですので、ぜひ読んでみることをおすすめします。
③『リベラリズムの系譜学』
現代の政治学・政治哲学・政治思想を理解する上でとても大事なのが、リベラリズムという思想を理解することです。
リベラリズムには、民主主義とともに近代社会を形成する政治思想である伝統的な自由主義として、また、1960年代以降に政治哲学の世界で生まれた、ロールズ的な政治哲学の「リベラリズム」としての意味があります。
→政治哲学について詳しくはこちら
整理すると下記の通りです。
- 個人の自由や権利が侵害されない社会を理想とする古典的自由主義
- 過去の自由主義的社会を批判し、より公平・平等な社会を理想とするロールズ的なリベラリズム
しかし、現代政治哲学の祖であるロールズの議論も批判され、そこからさらにさまざまな「リベラリズム」が登場しています。
政治哲学なんて抽象的で自分に関係ない、と思われるかもしれませんが、政治学を中心とする社会科学に関わる学問を学ぶ方は、簡単にでも触れておいた方が良いです。なぜなら、政治哲学およびリベラリズムの思想は、現代社会を構成し社会の政策のあり方を深く議論する、本質的な学問だからです。
『リベラリズムの系譜学』は、そんな多義的なリベラリズムを一つの一貫した思想として論じた本です。
日本の政治・社会の根幹にある思想は何なのか考える上でも、とても勉強になりました。ぜひ読んでみてください。
『リベラリズムの系譜学』やある程度の知識がないと難しい内容です。入門編として、『アメリカ現代思想-リベラリズムの冒険-』もおすすめです。
こちらの本は現代政治哲学がどのように形成されてきたのかわかりやすく解説されているため、『系譜学』とあわせて読むことをおすすめします。
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④『ポピュリズムとは何か』
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近年の国際・国内政治では、「ポピュリズム」という言葉で政治現象が説明されることが多いです。
端的に言えば、ポピュリズムとは支持基盤を超えて広く政治的テーマを訴え、支持を得ること、もしくは既存の政治権力を批判して支持を得ることを指します。
たとえばイギリスに代表されるEU離脱、反イスラム、反移民、トランプなど、近年の日本では橋下徹・維新の会や、N国党などがポピュリズム的現象と言われることがあります。
『ポピュリズムとは何か』は、そもそもポピュリズムとは何なのか、どのように生まれたのか、なぜ世界を席巻しているのか、といったことをとてもわかりやすく解説している本です。
特に、ポピュリズムは悪いイメージで語られることが多いですが、必ずしも悪い面だけではないということが学べる点も良い本です。
下記の本は欧州におけるポピュリズム(反EU、反移民など)を掘り下げた本です。2018年出版ですので、ある程度最新の情報までカバーされています。
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2章:2019年勉強になった書籍:カルチュラル・スタディーズ編(洋書)
(カルチュラル・スタディーズのおすすめ洋書)
さて、2章は洋書です。特に、私が勉強になったカルチュラル・スタディーズ関連の洋書を厳選して紹介します。
簡単にいえば、カルチュラル・スタディーズとは、
- 1964年バーミンガム大学に設立された「現代文化研究センター(CCCS:Center for Contemporary Cultural Studies)」から誕生した学問領域
- 人文・社会科学のさまざまな領域における理論を横断的に用いて、「文化」に関する研究をしていったもの
です(→より詳しくはこちら)。
2016年以降、アメリカ合衆国のデューク大学出版は創設者の一人であるスチュアート・ホールの論集を精力的に刊行しており、私はそれらの原典購読を通してカルチュラル・スタディーズを学びました。
これから紹介する書物に触れることで、メディア論からポストコロニアル論までの幅広い領域で影響をもったホールの思考スタイルを深く理解できるはずです。
ぜひ、あなたの関心にあった書物を手に取ってみてください。
⑤『Cultural Studies 1983』
まず、「カルチュラル・スタディーズとは何か?」を学ぶ上で有益なのは『Cultural Studies 1983: A Theoretical History』です。
端的にいえば、この書物はホールの個人的視座に立脚したカルチュラル・スタディースの理論史です。この書物を読むことで、以下のような理論を学ぶことになります。
ここで注意して欲しいのは、上述した「ホールの個人的視座」という言葉です。
なぜならば、ホールは、
- カルチュラル・スタディーズの自叙伝的な語りは「the authority of authenticity」を生み出すと考えていた
- つまり、当事者が当時の状況を語ることで「正当性」(もはやパワー)を獲得することになると考えた
- この立場を拒否するホールは、彼自身の経験を当時の歴史的状況に位置づけることで、カルチュラル・スタディーズの一般化を拒否している
からです。
少し難しいかもしれませんので、「自叙伝的な語りの拒否」とおおざっぱに捉えてください。このような当事者性( or 真正性)の拒否はホールの根底にあり、思考のあり方を支えてきました。(たとえば、本質主義的なアイデンティティ・ポリティクスへの評価を考えてみるとよい)
そのため、この書物に当たるときは「ホールの個人的視座」を念頭において読んでみてください。
カルチュラル・スタディーズの初学者の方には、以下のような書物もおすすめです。
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⑥『Fateful Triangle: Race, Ethnicity, Nation』
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『Fateful Triangle: Race, Ethnicity, Nation』でホールはマルクス主義の批判的読解から学んだ思考を、「人種」「エスニシティ」「国家」というカテゴリーにおいて考察しています。
それぞれのカテゴリーを分析する際、ホールの非本質主義的な思考が垣間見えて非常に面白かったです。また、分析対象からわかるように、ポストコロニアル論に関心のある方は特におすすめです。
そして、この書物を読解するため、
- 構造主義の知識(特に、ソシュールの構造言語学)
- フーコーの言説に代表される権力論に関する知識
があると良いです。
構造主義に関しては次の記事でおすすめ書物をまとめていますので、これから勉強しようと思っている方はぜひ参考にしてください。
⑦『Essential Essays Vol. 1, 2』
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『Essential Essays Vol. 1, 2』は、ホールの一連の論集です。
『Vol. 1』はカルチュラル・スタディーズの形成過程をホールの論集から振り返るもので、『Vol.2』は後期の主題である人種やエスニシティ論に関する論集です。
本来、あなたの関心に沿った書物を選ぶことがいいかもしれませんが、今回は『Vol.1』から読み進めましょう。そうすることで、
- 文化主義や構造主義に関するホール独自の読解
- マルクス主義の構造主義的読解
- ①と②から学んだ議論を、メディア論に応用する過程
がより鮮明にわかります。
日本ではホールをメディア論またはポストコロニアル論から学ぶ方が多く、両者には断絶があります。言い換えれば、ホールの根底にある一貫した思想に触れることがなかなかありません。
そのため、ホールの思想を支える「エッセンシャル」な議論に触れましょう。そうすることで、メディア論やポストコロニアル論といった既存の学問領域にとらわれない、学びができるはずです。
具体的には、カルチュラル・スタディーズの重要な論考として以下のものがあります。
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⑧『Stuart Hall’s Voice: Intimations of an Ethics of Receptive Generosity』
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最後に、デイビッド・スコットの著作を簡潔に紹介します。ホールと同じくジャマイカ出身のデイビッド・スコットは、ホールを深く理解した人物といわれています。
実際に、この著作では知識人としてのホールを特徴づける思考のスタイルや倫理観が考察されており、ホールに対する深い理解があったことが伺えます。
私は「ホールが何を言ったか」よりも「ホールはどう考えたのか」を学べることができて、非常に勉強になりました。ホールに関する前提知識がないと読めないと思いますので、上述した書籍を読破した後にぜひ読んでみてください。
ちなみに、「書簡形式でホールとの会話を継続する」と冒頭で書かれているように、それぞれの章は「Dear Stuart」で始まるユニークな書籍となっています。
ホール思考スタイルから学べることは多くあるはずです。カルチュラル・スタディーズを一過性のブームとして捉える傾向に反論するためにも、ぜひ読んでみてください。
まとめ
今回の記事は個人的な興味にもとづく内容となりましたが、あなたの勉強に役立つ内容であれば幸いです。
2020年もどうぞよろしくお願いいたします。