政治思想・政治哲学

【正義論とは】二つの原理・無知のヴェールから批判までわかりやすく解説

正義論とは

正義論(A Theory of Justice)とは、アメリカの哲学者ジョン・ロールズの著作『正義論』で展開した、現代の実際の社会の中で「正義」を現実にすることを構想した思想のことです。

ロールズ以前や以後にも正義について論じられたことあはりますが、正義論と言われるのは主にロールズの思想だとお考えください。

ところで、あなたは、現代社会が完全に平等で公正な社会だと思いますか?多くの方は「いや格差社会だ」「不平等だ」と言われるのではないかと思います。

このような時代に生きる私たちにとって、ロールズが提起した「正義とは?」「真に平等で公正な社会とは?」という議論はとても意義のあるものです。

そこでこの記事では、

  • 正義論とは何か?
  • 正義論ではどのように「平等・公正な社会」を構想したのか?
  • 正義論における「原初状態」「無知のヴェール」「二つの原理」とは何か?
  • 正義論はどのように批判されたか?

ということについて詳しく解説します。

知りたいところから読んで、あなたの価値観に取り込んでみてください。

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1章:正義論とは?

繰り返しになりますが、

正義論(A Theory of Justice)とは、

アメリカの哲学者ジョン・ロールズの著作『正義論』で展開した、現代の実際の社会の中で「正義」を現実にすることを構想した思想

のことです。

ジョン・ロールズ(John Bordley Rawls/1921-2002)は、倫理学、政治哲学などの分野に大きな影響力を与えた哲学者で、1971年に書かれた『正義論』が代表作です。

戦後のリベラリズム(自由主義)を理解する上で避けては通れない存在です。

先に正義論のポイントをまとめると、以下のようになります。

正義論のポイント
  • 自分が生まれ持った諸条件を一切分からない状態で、人々がどのような社会秩序を選択するのかを考えたのが正義論
  • 格差はあっても「社会のメンバーみんなが合意できる」ような条件があれば、そのような社会が「公正」な社会である

『正義論』について理解するためには、まずはロールズが持っていた問題意識や、ロールズが批判した古典的功利主義について知っておく必要があります。

1-1:正義論の問題意識

そもそも、ロールズが持っていた問題意識は、

  • 第二次世界大戦後、西側先進国は社会民主主義的な政策(「大きな政府」「福祉国家」路線の政策)を採ってきた
  • その結果、経済成長や富の再分配が実現できた
  • 一方で、社会民主主義的な政策は、社会的・経済的な不平等や民主主義の危機という問題を生んだ

という時代背景から生まれたものです。

つまり、社会民主主義的な体制を否定はしないが、その中でいかに平等・公正を実現していくのか?というのがロールズの問題意識です。

社会民主主義的な政策とは、

  • 国家が財政的に肥大し、大きな予算を使って公共事業やそれに伴う雇用の創出、年金・雇用保険・健康保険などの社会福祉的な政策を重視する
  • つまり、国家が積極的に市場に介入し、個人の自由を実現する姿勢の政策

のことです。



1-2:正義論の古典的功利主義批判

ロールズは、社会民主主義的政策を支えているのは、ベンサムやピグーらによって作られたである「古典的功利主義」の思想だと考えました。

  • ベンサムの功利主義(最大多数の最大幸福)
    幸福とは個人の快楽であり、社会は個人の快楽の総和である。そのため、最大多数の快楽が最大の幸福であり、そのような社会を目指すべきという倫理学の思想。経済における古典的自由主義(小さな政府)を支えるイデオロギーであった。
  • ピグーの厚生経済学
    ベンサムの功利主義を継承した経済学の一分野で、少数の富裕層への課税によってそれ以下の者に富を分配する政策は、多数の国民を幸福にする。そのため、正しい政策であると考えられた。

※功利主義について詳しくはこちら
【功利主義とは】義務論との違いやベンサム~現代の理論までわかりやすく解説

このような功利主義に対してロールズは、以下の点を批判しました。

1-2-1:「善」の概念についての批判

古典的功利主義は、「善」を最大化することが正義である考えます。

つまり、最大多数の最大幸福的な社会を目指すことが正義であるというのが古典的功利主義の立場です。

しかし、現代社会では「何が『善=より良いこと』なのか?」という価値観そのものが多様化しています。

そのため、善を最大化することが正義にはならない。

人それぞれに善があることを見逃してしまうため、結果的に平等や公正を実現できず、それは正義に繋がらないとロールズは考えました。

1-2-2:少数の犠牲を肯定する点への批判

功利主義は、前述の通り社会民主主義的政策を支える思想でした。

それはつまり、少数の富裕層の犠牲(苦痛)の総和よりも、多数の受益者の快楽の総和が大きいならば、そのような政策は正しいものだ、と考えるということです。

これが「最大多数の最大幸福」的な功利主義の考え方です。

ロールズはこの功利主義の立場は、そもそも社会に不平等があることを前提として、それを再分配的政策で是正することを目指している点に間違いがあると批判します。

そうではなく、最初から不平等や不公正がない社会を構成し、実現するべきだと考えたのです。

それは、その社会のメンバー全員が「こういう社会にしよう」と合理的に選択するようなものでなければならない。

そのために、ロールズはこれから紹介するような「社会契約説」的な仮説に立って、平等で公正な社会を構想したのです。

これからより詳しく解説していきますが、参考書として下記の本もおすすめです。サンデルが主な内容ですが、サンデルが批判したロールズの議論も分かりやすいです。

また、実際に『正義論』を読んでみることもおすすめします。

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いったんここまでを整理しましょう。

1章のまとめ
  • 正義論は、社会民主主義的な体制の下で生まれる、社会的・経済的不平等に問題意識を持って生まれたもの
  • ロールズは、古典的功利主義の格差を前提にした思想を批判した

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2章:正義論で説かれた社会秩序の構想

1章で説明した通り、ロールズは「不平等な社会を前提として後から是正する方法を考えるのではなく、最初から不平等が存在しない社会を構想しよう」と考えました。

言い換えれば、「最初から不平等など発生しない社会」とはどういうものか?考えたのです。

そのために、ロールズはかつての政治思想家達から「社会契約説」という思考実験を借りて議論を進めました。

これは、ロールズの思想のとても特徴的な点です。

※近代思想の元になった社会契約説について、詳しくは以下の記事で解説しています。

社会契約説をわかりやすく解説
【社会契約説とは】ホッブズ・ロック・ルソーの違いからわかりやすく解説社会契約説(社会契約論)とは、国家の正当性を平等な立場にある社会の成員による同意に求めた思想のことです。社会契約説は、その後の社会科学の発展や社会の形成に非常に大きな役割を果たしました。社会契約説(社会契約論)について詳しく解説します。...

ロールズは人々が自分の置かれた状態についてまったく分からない(無知のヴェール)場合に、人々がどのような選択をするのか?という所から議論をはじめます。

2-1:無知のヴェールと原初状態

ちょっと抽象的で「それって現実から離れすぎてない?」と思われるかもしれませんが、ここでは、正義論の原理を導き出すために抽象的な思考をしたのだ、と考えてください。

ロールズは、まず「原初状態」における人々の振るまいを考えました。

2-1-1:原初状態とは

ロールズの言う原初状態とは、

  • 人々は「無知のヴェール」で覆われているため、自分の生まれ持った才能、性格、運、財産、信条などの諸条件についてまったく分からない
  • また、人々は相互に、互いの持った各条件についてもまったく分からないし関心も持たない

というものです。

「無知のヴェール」は、覆われることで自分や他人の持っている条件がまったく分からなくなる特別な魔法のヴェールだと思ってください。

ロールズは、この原初状態では、人々は平等で公正な社会秩序を作ることを選択すると考えました。

2-1-2:原初状態で選択される社会秩序

「原初状態」に置かれている自分を想像してみてください。

あなたは、自分の生まれ持った条件が一切分かりません。

つまり、あなたは特別な才能を持ったアスリートや上位1%の富裕層かもしれませんが、逆に大きなハンディキャップを持っているかもしれませんし、生存できるか分からないレベルの貧困層かもしれません。

このような原初状態では、人々は「自分が最も不利な条件で生まれ落ちた可能性」を考えて、社会秩序を選ぶとロールズは考えました。

正義論における無知のヴェール

簡単に言えば、「もし自分が最貧困層だった場合を考えると、不平等や格差がない社会秩序を選ぶはずだ」ということです。

そのため、人々はこれから紹介する「二原理」に合意するはずだ、というのがロールズの正義論の最重要ポイントです。

2-2:正義の二原理

ロールズの正義論の二原理とは、以下のものです。

  1. 第一原理(自由の原理)
    基本的な自由は、他者の自由を侵害しない範囲で、すべての人に分配されなければならない。
  2. 第二原理(平等に関する原理)
    社会的・経済的な不平等は、(1)最も恵まれない人々の最大の利益になり(格差原理)、(2)公正な機会均等の条件の下、すべての人に開かれている職務・地位に付随するように(機会均等原理)、編成されなければならない。(参考:坂本達哉『社会思想の歴史』)

①の自由の原理については、昔から言われてきた自由の原理と違う点はありません。

②の平等の原理は難しいかもしれませんが、これは社会的・経済的不平等が許容されるための条件です。

ロールズはリベラリズム(自由主義)の立場から、「社会での不平等はどんな場合に許容できるか」を徹底的に考えたため、このような原理が出てきたのです。

古典的自由主義や新自由主義(※)の立場の人なら、自由な社会で結果的に生まれた不平等は「しょうがない」と考えるため、②の原理は認めないでしょう。

平等に関する原理についてもう少し詳しく解説します。

2-2-1:格差原理

「格差原理」は、どんな場合に格差が受け入れられるか?という問いに対する答えだと思ってください。

格差原理:社会的・経済的な不平等(格差)が、最も恵まれない人々の最大の利益になる

これは、格差があった方が、よりその社会で経済成長や文化の発展などが起こる、という場合を想定しています。

身近な例で言うと、例えば「富裕層への課税を少なくした方が、富裕層がより頑張って会社を成長させ経済発展するため、不平等な税制度も回り回って貧困層のためになる」というような状況です。

このような場合は、「格差の被害者」にとっても利益になるため、格差も受け入れられるはずだ、というのが(1)の格差原理です。

2-2-2:機会均等原理

とは言え、(1)の格差原理があったとしても、自分が「格差の被害者(例えば貧困層)」になることは、受け入れがたいですよね。

そこで(2)の

機会均等原理:公正な機会均等の条件の下、すべての人に開かれている職務・地位に付随するように、編成されなければならない

という機会均等原理が出てくるのです。

格差原理で自分が「格差の被害者」側に置かれることは嫌だけれど、誰もがその「格差の被害者」になる可能性が平等にあるのなら、フェアであるはずだというのが「機会均等原理」です。

2-3:正義論で考えられた社会の構想

ロールズは、①の「自由の原理」②の「(1)格差原理」「(2)機会均等原理」の3つの原理について、実際の社会を構想する上では、①自由の原理②機会均等原理③格差原理の順番で優先し、構想しなければならないと考えました。

その上で、具体的にロールズが考えた社会は、

  • 私有財産の平等な分配、自由な競争市場がある(市場主義)
  • 生産手段の所有は基本的自由ではない(つまり生産手段の私有を認めない社会主義も、ロールズ的には社会制度として肯定される)
  • 政府による富の再分配は認めるべき

このようなものです。

ロールズは具体的な制度や法律について論じていないため、やや抽象的ですが、それは資本主義、社会主義どちらの制度も取り入れたようなものであるようです。

端的に言えば、諸個人が自由に幸福を追求することができ(自由の原理)、さらに、それと諸個人の平等を最大限両立させる(機会均等原理、格差原理)社会を構想したのです。

■ロールズが考えた政府の役割

さらに、社会を構想する上で重要なのが「政府の役割をどう考えるか?」という点ですが、これについてロールズは、

  1. 競争的な価格システムの維持
  2. 適切な有効需要政策による、職業選択の自由を尊重した、「無理のない完全雇用」の実現
  3. 市場原理が供給できない社会的ニーズの供給
  4. 各種の租税政策による財産の広範な分散

(坂本達哉『社会思想の歴史』より引用)

などを論じています。

ロールズは結局、当時の体制(「大きな政府」「福祉国家」的な社会民主主義的体制)を否定したのではなく、その体制を前提としてさらに「正義」が実現できる社会のあるべき姿を論じたのです。

正義論における2つの原理が採用されると、人々は対等なスタートラインから自由に幸福を追求しつつ、しかも政府が最大限のセーフティネットで人々の選択を守る。その結果、人々は協業して社会を豊かにしていける。

ロールズが考えた社会はこのようなものだったのでしょう。

2章のまとめ
  • 正義論は、無知のヴェールに覆われた状態(原初状態)では、人々は自分が「格差の被害者」になる可能性を考えて、そのような立場でも公正だと言える社会秩序を選択する
  • 格差原理とは、格差を許容できる条件についての原理
  • 機会均等原理とは、誰もが格差の被害者になる可能性を持つ、という条件についての原理

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3章:正義論への批判

ロールズの『正義論』は、その後大きな批判を招きました。

その批判者は、リバタリアンやコミュニタリアン(共同体主義)たちです。

3-1:リバタリアンからの批判

リバタリアンは、政府の存在は個人の自由を阻害するもの、政府は最小限(もしくは無くて良い)ものであると考える立場です。

※リバタリアン、リバタリアニズムについて詳しくは以下の記事をご覧ください。

リバタリアン党のゲーリージョンソン
【リバタリアニズムとは】自由主義との違いと批判・役割をわかりやすく解説リバタリアニズムとは、国家の役割を一切認めない、もしくは国家を最小限にしようと主張する思想です。アメリカでは一定の支持層がいてさまざまな運動に繋がっています。一方で多くの批判もあり、議論の多い思想です。詳しく解説します。...

リバタリアンの代表はノージック(Robert Nozick)ですが、ノージックらのリバタリアンは私的所有権や市場の役割を最大限重視するため、ロールス的な格差原理は認められない。それに、結果的に構想される大きな政府も認められません。

また、ロールズの議論が抽象的で非現実的な「原初状態」から始まることも批判対象にされました。

3-2:コミュニタリアン(共同体主義者)からの批判

さらに、ウォルツァー(Michael Walzer)やサンデル(Michael Sandel)らコミュニタリアン(共同体主義者)からは、

  • 諸個人は歴史的、文化的な背景を持った共同体から自我を獲得しており、その共同体から切り離して議論することはできない
  • 共同体には、文化的に規定された「共通善」があり、その共通善を身につけることが共同体における「正義」なのだ

という批判がなされました。

ロールズが個人の選択を「原初状態」という共同体(社会)から切り離した所での合理的判断に委ねたことを批判しているのです。

とは言え、ロールズの正義論は政治哲学のその後の議論を活性化させ、古典的功利主義からさらに進んだ思想を生み出した点に大きな功績があるものです。

4章:正義論の学び方

『正義論』は抽象的で難解ですが、政治哲学を学ぶ上では絶対に避けられない古典的名著です。

とは言え、いきなり原著にあたるのは難しいと思いますので、リベラリズム(自由主義)を中心とした社会思想の流れの中で学ぶことをおすすめします。

おすすめ書籍

坂本達哉『社会思想の歴史-マキャヴェリからロールズまで-』名古屋大学出版会

社会思想について広く論じられたテキストで、ロールズや共同体主義、リバタリアニズムについても説明されています。要点がまとまっているので、初学者におすすめです。

仲正昌樹『集中講義!アメリカ現代思想-リベラリズムの冒険』(NHK出版)

アメリカのリベラリズムについて網羅的に論じられています。ロールズの正義論についても詳しく説明されているので、前後の思想と合わせて学ぶことができます。

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まとめ

最後に今回の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ロールズの正義論は、社会民主主義体制では功利主義の思想が前提になっていることから、公正ではないと考えて生み出された
  • 功利主義は自由の原理は満たすものの、平等の原理は満たさないため、ロールズは平等の原理を満たせる社会を構想した
  • 正義論は批判されたが、政治哲学を大きく前進させた

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