政治思想・政治哲学

【政治哲学とは】3つの流れと主な議論をわかりやすく解説

政治哲学とは

政治哲学(Political philosophy)とは、

政治学的領域における哲学的・倫理学的テーマについて議論する学問で、現代の政治哲学は、主に1970年代以降のアメリカで議論されるようになったものです。

「より平等・公正な社会を実現するためにはどうしたら良いか?」というテーマを最も本質的なテーマにしています。

主にリベラリズム、リベラリズム、コミュニタリアニズム(共同体主義)の3つの立場があり、それぞれが哲学的に異なる立場を取っています。

「抽象的で分かりにくい学問」と思われたり、「個人に生きる哲学を教えてくれる学問」と思われることがありますが、どちらも正しくありません。

政治哲学を大まかにでも理解できれば、日本の政治問題や未来の日本について、より深く考えられるようになるはずです。

そこでこの記事では、

  • 政治哲学の問題意識や議論、政治思想との違い
  • 政治哲学の主な論者や立場、議論
  • 政治哲学が扱う具体的なテーマ

などについて詳しく説明します。

ぜひ読みたいところから読んで、より深い学びの入り口として活用してください。

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1章:政治哲学とは

もう一度確認しましょう。政治哲学とは、

  • 政治学的領域における哲学的・倫理学的テーマを扱う
  • 現代の政治哲学の流れは、1970年代以降のアメリカで主に広まった
  • 最も本質的なテーマは、「より平等・公正な社会の在り方」

という学問です。

政治学の一分野としても論じられますし、哲学の分野として論じられることもあります。

1-1:政治哲学と政治思想の違い

政治哲学についての疑問として、

「政治思想と同じものではないの?」

というものがあると思います。それぞれ明確に定義され区別されているとは言えませんが、区別するとすれば以下のようになります。。

  • 政治思想…古代から現代までの政治学のベースとなった思想。政治学の理論や政治そのものを発展させる前提となったもの
  • 政治哲学…政治における倫理的・哲学的問題について究明するもの

政治思想は政治学全般のベースとなっている思想のことですが、(狭義の)政治哲学は一分野です。また、現代議論されている政治哲学という分野は、1971年に刊行されたジョン・ロールズの『正義論』をきっかけに展開立しました。

もともと、政治について倫理的・哲学的に問う営みは、社会契約説や啓蒙思想など近代化の過程で行われてきました。

そのころは、現代における意味の政治哲学と政治思想はそれほど区別されるものでもありませんでした。

しかし、政治学の発展に伴い、主流が実証的分野に限られ、政治について「~であるべき」という規範的な議論が行われなくなっていきました。そして、政治学では倫理的・哲学的議論は行われなくなっていきます。

それに対し、ジョン・ロールズが『正義論』で倫理的・哲学的な議論を復興したのがきっかけで、1970年代以降政治哲学という分野が成立したのです。

そのため、政治哲学という分野は、主にロールズ以降の議論であり、ロールズの議論を踏まえなければ論じられない分野です。

1-2:政治哲学のテーマ・問題意識

政治哲学について理解するには、何をテーマ・問題意識としている学問なのかを知ることが非常に大事です。

政治哲学の分野は、端的に言えば倫理的・哲学的テーマです。

具体的には、以下のようなことがテーマとして取り上げられます。

  • 政府の存在の正当性
  • 分配的政策・福祉国家的政策の正当性
  • 生命倫理(妊娠中絶、安楽死など)
  • 市民の公共的な道徳、美徳
  • 正義(≒権利)、善(≒価値観)などの関係
  • 女性、少数民族、性的マイノリティーなどの権利

「哲学とどう違うの?」と思われるかもしれませんが、政治哲学はあくまで「政治」の哲学ですので、国家の政策や政治が共通するテーマです。

つまり、単に「安楽死に賛成か反対か?」などを論じるのではなく、「国家が安楽死を合法化することにはどのような正当性があるのか(ないのか)」という論じ方をするのです。

哲学、倫理学などとは、国家や政治がテーマになるという点で異なると覚えておいてください。

また、倫理的対立が生まれやすいテーマ(例えば生命倫理)が扱われると思われがちですが、政治的なテーマであればすべて政治哲学のテーマにもなり得ます。

1-3:政治哲学の議論

こうしたテーマを持つ政治哲学ですが、現代の政治哲学には主に以下の3つの立場があります。

  • リベラリズム…個人の自由や権利の平等のために、国家の役割を積極的に評価する立場。
  • リバタリアニズム…国家の存在は個人の自由や権利を侵害するため、最小限の役割しか認めない、もしくは国家は必要ないと考える立場。
  • コミュニタリアニズム(共同体主義)…リベラリズム・リバタリアニズムの「正義」や「善」に対する姿勢を批判し、共同体の存在を重視する立場。

これを見ると、「コミュニタリアニズムだけ異質では?」と思われるかもしれませんが、その理由は2章の説明で分かると思います。

それでは、いったんここまでをまとめます。

1章のまとめ
  • 政治哲学とは、政治的テーマについて哲学的・倫理学的に論じる分野
  • 政治哲学は1970年代以降、ロールズの議論から成立した
  • 政治哲学は、実証的研究ではなく政治のあるべき姿(規範)を論じる

政治哲学の大きな流れ、議論について学ぶ上で、以下の書籍が入門書として最適です。ぜひ読んでみてください。

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2章:政治哲学の主な議論

政治哲学の議論には3つの流れがあると説明しましたが、最初に明確な流れとして成立したのはリベラリズムです。

そのリベラリズムを批判する形でリバタリアニズムやコミュニタリアニズム(共同体主義)が成立していった、というのが大きな流れです。

政治哲学の発展の中から、それぞれの立場を理解しましょう。

2-1:古典的自由主義の伝統

政治哲学におけるリベラリズムは、自由主義(古典的自由主義)の伝統を継承し、発展したものです。

ここで注意しておきたいのが、政治思想・社会思想としての自由主義とリベラリズムの違いと関連性です。

  • 自由主義…ジョン・ロックやカントなどの哲学者、思想家たちによって生み出された、社会契約思想や啓蒙思想の中で発展した思想。個人の身体や財産の自由を求める思想。
  • リベラリズム(政治哲学)…ロックやカントの思想を継承しつつ、ジョン・ロールズが発展させた現代の政治哲学における思想。

実際、自由主義はリベラリズムとも言われますし、政治哲学のリベラリズムも自由主義思想の一部として論じられることも多いです。

しかし、政治哲学について学ぶ場合に限っては、古典的な自由主義思想とそこから発展したリベラリズムの思想は区別しておくことが大事です。

これからの説明の中では、自由主義を古典的自由主義、リベラリズムを現代リベラリズムと区別します。

2-1-1:自由主義の原点①ジョン・ロックの思想

ジョン・ロックJohn Locke)は自由主義思想の原点と言われることがある思想家です。

ロックは国家の権力の範囲について、

  • 国家は国民の所有権(生命、自由、財産の権利)の調整、保護のために存在する
  • 上記が国家の権力の範囲であり、これを超えるのはダメ
  • 国家の権力は「立法部」によって行使されるが、立法部が個人の所有権を侵害した場合は、個人は抵抗する権利がある

と主張しました。つまり、国家権力に対して個人の自由を侵害しないことを主張したのです。

ここから現代にいたる自由主義思想が発展し、リベラリズムの源流になりました。

ジョン・ロックの政治思想について、詳しくは以下の記事で解説しています。

ジョンロックの統治二論を解説
【ジョンロックの思想とは】『統治二論』からわかりやすく解説ジョン・ロック(John Locke)の『統治二論』とは、 王権神授説を批判し、国家の存在の正当性を社会契約説や自然法思想から...

ロックの政治思想は『統治二論』を読むと理解できるでしょう。

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2-1-2:自由主義の原点②カント

ロールズに繋がる自由主義の原点としては、カント(Immanuel Kant)の存在も大きいです。

カントの自由主義思想としての成果は、人類が普遍的に持つ「人権」のベースとなる思想を作ったことです。

近代以前は、人間の行動原理は「神や支配者の啓示」から説かれていました。

つまり、人間の生き方が「神」や「支配者」がこう言ったから、という理由から決められていたわけです。

カントはこうした思想を「他律的」であるとして批判します。

それに対して、近代以降の人間は自分で自分のルールを作って行動していくことができる。これをカントは「自律」と言いました。

ここで気をつけなければならないのが、欲望や自己利益などの経験的なことに基づいて行動することは、「他律」であると考えられたことです。

人間の真の自由は、「自律」的な行動、つまり自分で目的を定め、ルールを決めた場合のみに生まれるものだとカントは考えました。

■人間の行動の価値は動機

カントは、人間の行動の価値は行動の結果ではなくその動機にあると考えました。

自分で定めたルール(道徳律)のためになされた行動が、結果に関わらず道徳的に正しいということです(義務論)。

こうした考え方は、のちに現代リベラリズムを成立させた、ジョン・ロールズに継承されます。

カントの議論は難解ですが、入門書として以下の書籍が優れています。

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2-2:ロールズ以降のリベラリズム

カント的な義務論を受け継ぎ、政治哲学としてのリベラリズムを成立させるきっかけになったのが、ロールズ(John Bordley Rawls)の『正義論』です。

『正義論』は、それまでの自由主義(ニューリベラリズム/社会自由主義)的思想にある功利主義的な面を批判し、より平等・公正な社会の実現を主張した本です。

2-2-1:アメリカの新自由主義(ニューリベラリズム)の伝統

まず、ロールズが何を批判したのか把握しておきましょう。

ロールズが批判したのは、特1930年代以降に顕著になったアメリカの福祉国家的・大きな政府的な政策を支えた、新自由主義(ニューリベラリズム/社会自由主義)と言われる思想です。

※いわゆる新自由主義(ネオリベラリズム)とは異なる自由主義であることに注意してください。

そもそも、古典的な自由主義とは伝統的に国家ができるだけ個人の自由を侵害しないことを求める思想でした。

しかし、単なる自由主義では平等な社会が作られず、社会的・経済的な格差が生まれることが分かってきました。特に1930年代ごろから世界恐慌の影響でアメリカでも失業者が激増し、社会問題化しました。

こうした背景から、公共事業による雇用創出を中心とした国家の役割が、積極的に認められるようになります。

さらに1960年代には、アメリカでは公民権運動が行われ経済的格差だけでなく社会的な格差の是正のためにも国家の役割が主張されていきます。

こうした「福祉国家」「大きな政府」的な政治は、結果的に社会的・経済的格差を改善する大きな成果を残しました。

こうした「大きな政府」を認める自由主義思想のことが、「新しい自由主義」「ニューリベラリズム」「社会自由主義」と言われる思想なのです。

※新しい自由主義について詳しくは以下の記事をご覧ください。

社会自由主義とは
【社会自由主義とは】定義・政治的立場から批判までわかりやすく解説社会自由主義とは、古典的自由主義の立場を批判し福祉国家を擁護する政治思想のことです。国家による平等、公正な社会の実現を目指す思想で、特に戦後のアメリカにおいて展開しました。社会自由主義を詳しく解説します。...

2-2-2:功利主義的伝統

「では、自由主義思想は批判されるものではないのでは?」

と思われるかもしれません。

確かに、こうした成果だけ見ればそうなのですが、ロールズが『正義論』で批判したのは、自由主義思想にある功利主義的伝統です。

功利主義とは、ベンサムやJ・S・ミルが主張した社会思想であり、経済学の発展にも大きな影響を与えた思想です。

功利主義の特徴は、

  • 人間は快・不快という感情を行動原理にしている
  • 快・不快の量は計測可能である
  • 道徳的に正しいのは、社会の快楽の総量を増やす行動、正しくないのは社会の快楽の総量を減らす行動である(最大多数の最大幸福)

と考える思想です。J・S・ミルはこれに対して快・不快には質的な違いもあると主張しましたが、大まかには上記の思想だと把握しておくと良いでしょう。

※功利主義について詳しくは以下の記事で解説しています。

ベンサムの功利主義とは
【ベンサムの功利主義とは】最大幸福からパノプティコンまでわかりやすく解説 ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham)の功利主義(utilitarianism)とは、人間は快楽と苦痛を計算して行...

功利主義は古典的自由主義にも強く影響を与え、アメリカの戦後のニューリベラリズム的政策のベースにもなっていました。

しかし、ロールズはこのような功利主義的伝統について、

  • 功利主義は「最大多数の最大幸福」、つまり社会全体の幸福の総量を増やすことを良いこととしている
  • しかし、それでは幸福の総量を増大させるために、一部の少数者が犠牲になることがあるのではないか
  • より平等・公正な社会を実現するための思想を考える必要がある

と『正義論』で主張しました。

功利主義は社会科学全般に大きな影響を与えています。以下の書籍が入門書としておすすめです。

2-2-3:ロールズのリベラリズム

ロールズが『正義論』で語ったことの中で、もっとも中心的な概念が「正義の二原理」です。

■正義の二原理

正義の二原理は、「より公正・平等な社会を実現するためには、社会のメンバーの間でどのような合意をする必要があるのか?」という問いに答えたものです。

【正義の二原理】

■第一の原理(基本的自由の原理)…思想や言論、財産の所有などの基本的自由について、平等であること

■第二の原理(平等の原理)…どうしても生じてしまう不平等は、以下の2つの条件が満たされる場合のみ認められる

  1. 格差原理…不平等は、その社会で最も貧しい人にとって最大の利益になるようなものである限り認められる
  2. 機会均等の原理…公正な機会の均等という条件のもとで、すべての人に開かれている職位、地位に付随するような不平等

というものです。

第一原理は、古典的自由主義でも言われてきた、基本的な権利を平等に認めることが主張されています。

第二原理では、不平等が生じてしまうとしても、それは最も貧しい人のためになるようなものに限ることが認められる、と不平等の条件が決められているのです。

■無知のヴェール

「でも、こんな条件どうやって合意するの?」「この条件にみんなが合意するとしたら、みんなの善意に頼らなければいけないのでは?」と思われるかもしれません。

この「正義の二原理」は、「どんな社会なら不平等が最小になるのか?」という問いに答えるために、仮想的な条件から考えられたものです。

ホッブズ、ロック、ルソーなどが行った「社会契約説」と同じ思考実験をしたわけです。

また、このような合意を成立できる条件として、ロールズは「無知のヴェール」という想定をしました。

これは、「自分や他人が生まれ持つ、才能や環境についてまったく無知になるヴェール(顔にかける布)」のことです。

自分がどんな条件をもって人生をスタートさせるか分からないため、みんなが「自分が最も貧しい存在かもしれない」と考え、社会で最も貧しい人に有利になるように「正義の二原理」に合意する、という想定です。

ロールズの主張は哲学的なもので、「じゃあ実際の政治の実践としてどのようなことをするの?」という問いに直接答えるのは難しいです。

しかし、こうした抽象度の高い原理を導き出したことで、福祉国家・ニューリベラリズム的な政策を支える理論的な根拠を提供したと言われています。

ロールズの『正義論』についてより詳しくは以下の記事で図解しています。

正義論とは
【正義論とは】二つの原理・無知のヴェールから批判までわかりやすく解説 正義論(A Theory of Justice)とは、アメリカの哲学者ジョン・ロールズの著作『正義論』で展開した、現代の実際の社...

『正義論』は現代政治哲学の原点ですので、ぜひ実際に読んでみてください。

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2-4:ノージック以降のリバタリアニズム

ロールズは伝統的な自由主義が持つ、功利主義的思想を批判しましたが、具体的な政策としては、福祉国家路線・大きな政府路線の政治を認めました。

しかし、こうしたリベラリズムの流れに反発したのが、リバタリアニズムです。

リバタリアニズムは、「自由至上主義」とも言われますが、端的に言えば国家の役割を最小限のもののみ認める、もしくは一切認めないという立場のことです。

2-4-1:リバタリアニズムの起源

リバタリアニズムの起源は、2-1で説明したニューリベラリズムの発展と不可分です。

繰り返しになりますが、もともとジョン・ロック以降の自由主義思想は、「国家が個人の自由をできるだけ侵害しない」ことを柱とする思想でした。

しかし、平等・公正な社会の実現のために、自由のための国家の役割が認められるようになり、アメリカでは1930年代に行われたニューディール政策以降、自由主義の意味が「自由のために国家の役割を認める(=ニューリベラリズム)」的な意味に変化します。

それに対して、もともとの古典的自由主義の立場だった人々が、「いやいや自分たちは国家の役割は認めたくない」と主張し、ニューリベラリズムと分かれたのがリバタリアンの人々なのです。

※リバタリアニズムについて、詳しくは以下の記事をご覧ください。

リバタリアン党のゲーリージョンソン
【リバタリアニズムとは】自由主義との違いと批判・役割をわかりやすく解説リバタリアニズムとは、国家の役割を一切認めない、もしくは国家を最小限にしようと主張する思想です。アメリカでは一定の支持層がいてさまざまな運動に繋がっています。一方で多くの批判もあり、議論の多い思想です。詳しく解説します。...

2-4-2:ノージックのリバタリアニズム

リバタリアニズムの代表的な論者が、ロバート・ノージック(Robert Nozick)です。

ノージックの問いは、「国家の役割はどこまで認められるものなのか?」というものです。

ノージックは、まずロールズの『正義論』を、「個人が生み出した価値を国家が強制的に奪い、勝手に分配することは認められないはず」と批判しました。

実際の政策で言うと、徴税によって個人の所得を奪い、それを年金や医療制度、生活保護などの形で再配分することを批判したのです。

では、なぜ国家が個人が生み出した価値を奪い、再分配することは認められないのでしょうか?

ノージックは、ジョン・ロック的な思想を継承して、「権限原理」という原理を展開しました。

■権限原理

権限原理というのは、個人が持つ権利は以下の2つのものであると考えたものです。

【権限原理】
  1. 自分の力ではじめて獲得されたもの(他人のものではない)
  2. 他人からあるものの所有権を、同意によって譲り受けたもの

上記のものには、自分に所有権があり、国家を含む他者からはどんな理由があっても奪われてはならない。そのため、国家による徴税や分配政策は正当化できないとノージックは主張しました。

「じゃあ社会的弱者は見捨てろってこと?」

と思われるかもしれませんが、リバタリアンによると、社会的弱者を救うのは市民による自治的な組織であり、そういった自治的な組織による救済の方が、国家による救済よりも効率がいいと主張されます。

※ノージックのリバタリアニズムについて、詳しくは以下の記事をご覧ください。

ロバートノージックのアナーキー・国家・ユートピア
ロバートノージックの思想とは|『アナーキー・国家・ユートピア』からわかりやすく解説ロバート・ノージック(Robert Nozick)のリバタリアニズム(libertarianism)とは、 個人が生み出したも...

ノージックの思想は『アナーキー・国家・ユートピア』で詳しく書かれています。リバタリアニズムの最大の名著ですのでぜひ読んでみてください。

2-5:サンデル以降のコミュニタリアニズム

ここまで説明したロールズのリベラリズムやリバタリアニズムの思想を批判し、コミュニタリアニズム(共同体主義)の思想を展開したのが、マイケル・サンデル(Michael Sandel)です。

ロールズ『正義論』が刊行された10年ほど後にサンデルがロールズを批判し、それから「リベラル・コミュニタリアン論争」と言われる論争が起こりました。

こうしたロールズ批判から、現代政治哲学は発展していったのです。

サンデルは、リベラリズムもリバタリアニズムも、ともに同じ思想を持っておりその点を批判しています。

サンデルが批判したのは、

  • 個人が自由に自分の「善(価値観)」を形成し、自由に行動できることが前提とされている人間観は正しくない
  • 「無知のヴェール」という仮想状態で人々が「正義の二原理」に合意できるとしているが、自分の持つ条件に無知だから選択できるというのは、現実的ではない(負荷なき自己)

という点です。

2-5-1:「善」と「正義」の関係性への批判

そもそも「善(the good)」「正義(justice)」とはそれぞれ以下のような意味を持ちます。

  • 善…特定の個人や社会で「善い」とされるもので、自分の人生をより善くしてくれるものや幸福にしてくれるもの、その価値観のこと。
  • 正義…個人が持つ権利がしっかり保護され、争いになっても法のもとで正しく解決されること。「権利」に近い意味。

大雑把には、「善=個人の価値観」「正義=普遍的な権利」と捉えても良いです。

ロールズは「善」「正義」について、

  • 「善」は人それぞれで多様だから、「善」について国家が規定することはできない。そのため、国家は個人の持つ「善(価値観)」に対して中立的であるべき。
  • ただし、個人が自由に行動できるように、自由の権利を国家が保護するべき。

と考えました。

それに対してサンデルは、

  • ロールズらリベラリズムの立場は、人は「善」を自由に持ち自由に行動できるとしているが、実際には自分が所属する共同体の価値観から影響を受けている。
  • そのため、「善」を「正義」を区別し、「正義」を優位に置いているリベラリズムの思想は間違っている。
  • 「善」「正義」は共同体ごとに規定すべき。

と考えました。

※政治哲学における「正義」「善」について、詳しくは以下の記事で解説しました。

正義とは何か
【正義とは】古代~現代までの議論や「善」との関係をわかりやすく解説正義(justice)とは、一般的に道徳的・倫理的に正しいことを指す言葉です。 ただし、西洋哲学・政治哲学では、特定の文化、民...

2-5-2:「負荷なき自己」批判

サンデルが批判した「負荷なき自己」とは、個人が現実に持っているはずの「会社員」「男性」「父親」などの属性を、まったく考えないものとして想定するリベラリズムの思想のことです。

「負荷なき自己」で想定されているのは、個人が属性を無視して「善(価値観)」を形成できるという考え方です。

しかし、実際の人々は特定の属性を持つ「位置づけられた自己」であるため、自分が持つ属性と「善(価値観)」は独立しません。

リベラリズムやリバタリアニズムでは、この「負荷なき自己」という間違った空想上の想定から議論を組み立てているため、間違った答えを出してしまっているのだとサンデルは主張しています。

※サンデルの思想について、以下の記事ではより詳しく解説しています。ぜひ読んでみてください。

マイケル・サンデルの政治哲学
【サンデルの政治哲学とは】正義の議論から共和主義までわかりやすく解説マイケル・サンデル(Michael Sandel)とは、 ロールズの『正義論』を中心としたリベラリズムを批判し、コミュニタリア...

また、コミュニタリアニズム(共同体主義)の立場に立つ政治哲学者には、サンデル以外にもマッキンタイア、ウォルツァー、テイラーなどがいます。

詳しくは以下の記事で解説しました。

共同体主義とは
【共同体主義(コミュニタリアニズム)とは】主な主張をわかりやすく解説共同体主義(コミュニタリアニズム/communitarianism)とは、 普遍的、単一的な価値観ではなく、文化的な共同体(国...
2章のまとめ
  • 現代の政治哲学は、ロールズ『正義論』からはじまった
  • ロールズのリベラリズムは、リバタリアニズムからは「権限原理」などから、いかなる理由があっても国家の役割は正当化できないと批判された
  • コミュニタリアニズム(共同体主義)からは、リベラリズムが前提とする人間観や「善」「正義」の捉え方が間違っていると批判された
  • 現代の政治哲学は、ロールズ批判から起こった「リベラル・コミュニタリアン論争」から発展した
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3章:政治哲学の学び方・おすすめ本

政治哲学について理解することはできましたか?

この記事では、主な3つの潮流から説明しましたが、政治哲学はこれだけではありません。

他にもさまざまな論者がいますので、より詳しく学びたい場合はこれから紹介する書籍を読むことをおすすめします。

おすすめ書籍

おすすめ度★★★神島裕子『正義とは何か‐現代政治哲学の6つの視点-』(中公新書)

「正義」という視点から、現代の政治哲学について網羅的に論じられています。この記事で紹介しなかったコスモポリタニズムやフェミニズム、ナショナリズムについても論じていますのでぜひ読んでみてください。

おすすめ度★★★小林正弥『サンデルの政治哲学-〈正義〉とは何か‐』(平凡社新書)

サンデルの政治哲学について詳しく書かれた本ですが、サンデルだけでなく現代政治哲学の流れが分かりやすく書かれています。政治哲学の入門書として必読です。

おすすめ度★★森村進『自由はどこまで可能か‐リバタリアニズム入門』(講談社現代新書)

リバタリアンの立場からリバタリアニズムについて解説された書籍です。リバタリアニズムの思想にも細かい区別があり、それぞれの立場、主張について学ぶことができます。初学者におすすめです。

まとめ

最後に今回の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 政治哲学は、政治的分野における倫理的・哲学的テーマを論じる学問で、政治思想とは異なるもの
  • 現代の政治哲学は、ロールズ『正義論』から展開しており、ロールズ批判から発展した
  • リベラリズムは福祉国家的政策を支える根拠になり、リバタリアニズムは政府の再分配政策を批判
  • コミュニタリアニズム(共同体主義)は、リベラリズム・リバタリアニズムの人間観、「負荷なき自己」などの前提を批判し、共同体の役割を重視

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