ジョン・ロック(John Locke)の『統治二論』とは、
王権神授説を批判し、国家の存在の正当性を社会契約説や自然法思想から明らかにした、古典的名著です。
自由主義(リベラリズム)の源流とも言われ、現代のリベラリズムの議論でも繰り返し取り上げられる重要な思想です。
そのため、政治学や経済学などの社会科学を学ぶ上では避けては通れない思想です。
また、ロックが考えた「自由」の概念や「国家の正当性」は、知的好奇心がくすぐられる面白い議論ですので、「政治学には興味がない、、」という人も触れてみることをおすすめします。
そこでこの記事では、
- ロックの『統治二論』とはどのような本か
- 統治二論の王権神授説批判について
- 統治二論の社会契約説や自然法思想について
- ロックが考えた自由主義や労働、貨幣について
などを詳しく解説します。
ぜひ興味のあるところから読んでみてください。
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1章:ジョン・ロックの『統治二論』とは
繰り返しになりますが、ジョン・ロック(John Locke)の『統治二論』とは、
王権神授説を批判し、国家の存在の正当性を社会契約説や自然法思想から明らかにした、古典的名著です。
ジョン・ロック(John Locke/1632-1704)とは、『人間知性論』『統治二論』などで知られる、イギリスの哲学者です。イギリス経験論の父と言われています。
ロックの自然法思想や自由主義の源流とも言われ、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言に影響を与えました。
日本国憲法にも「基本的人権の尊重」が規定されており、これもロックの思想を受けているものだといえます。ちなみに、『統治二論』が書かれたのはイギリス名誉革命後と言われており、名誉革命への影響はなかったと考えられています。
「社会契約」「自然法」「抵抗権」など、その後の社会思想や政治学に大きな影響を与えた『統治二論』ですが、『統治二論』を理解するためには、まずは書かれた時代背景を知っておくことが大事です。
これから、時代背景、ロックの問題意識、『統治二論』の簡単な要約を紹介します。
それよりも詳しい内容が知りたい場合は2章からお読みください。
1-1:『統治二論』が書かれた時代背景
ロックが『統治二論』を書いたのは1690年と言われており、当然当時の社会情勢が反映されています。
ロックが生きた時代のイギリスは、
内乱期→王政復古→絶対王政崩壊→名誉革命による立憲君主制の確立
という激動の時代でした。
つまりは、国王による絶対的な支配期から、それが崩壊し、君主が憲法によって規制される立憲君主制に移行した、そんな時代に生きていたのです。
この時代背景から、ロックが持った問題意識は、王によって支配されるイギリスの体制は正しいのか?王による支配はどこまで正当化できるのか?(できないのか?)王による支配は国民の自由を侵害していないか?
ということです。
1-2:『統治二論』の一編・二編の要約
上記の問題意識から、ロックは『統治二論』で、まずは一編で絶対王政を正当化する根拠となっていた「王権神授説」を批判し、二編では国家の正当性の根拠について詳しく論じていきます。
非常に簡単に要約すると、
- 第一編の内容
王権による国家の支配を『聖書』の記述から正当化する説を批判し、王権は『聖書』の記述からは正当化できないと指摘 - 第二編の内容
自然法の遵守を監視するために社会が作られた(社会契約)のであり、国家が自然法を侵害することがあれば、人々は抵抗・革命することができる
ということになります。
これだけでは分からないと思いますので、2章ではロックが考えた社会契約による国家の成立と、それによる国家の正当性や国民が持つ権利について詳しく説明します。
まずはここまでをまとめます。
- ロックの『統治二論』はアメリカ独立宣言、フランス人権宣言、日本国憲法など大きな影響を与えた
- 『統治二論』は、王権神授説を批判し立憲君主制を支持した
- ロックの問題意識は、国家の正当性はどこにあるのか?というものだった
ここから内容について詳しく説明しますが、詳しくは実際に『原著二論』を実際に読むことをおすすめします。
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2章:『統治二論』一編:王権神授説批判
先ほども触れたように、二編では王権神授説の批判がなされています。
『統治二論』の内容のメインは二編ですが、一編もとても大事な内容です。
ロックが批判した「王権神授説」は、具体的には、政治思想家ロバート・フィルマー(Sir Robert Filmer)の『家父長権論』(『族父権論』とも)への批判でした。
『家父長権論』とは、
- 『聖書』によると、神はアダムに家族・子供を支配する権利を授けた
- 権利は家父長に相続されていくため、子供は常に親のものである
- 同じように、君主は神から国民を支配する権利を授けられ、家父長が相続してきたため、君主は国民を支配する権利を持っている
という主張でした。
つまり、君主が法を超えて国民を支配することを正当化する思想です。
これが「王権神授説」ですが、これ対してロックは、
- そんな根拠は『聖書』にはない
- どんな君主もアダムまでさかのぼることはできない
などと批判しました。
現代人の私たちから見たら当たり前ですが、私たちのように当たり前の「自由」を持っていなかった当時、ロックの思想は革新的だったのです。
しかし、王権神授説を否定するのであれば、「政治的な支配の根拠はどこにあるのか?」が問題になるはずです。
それに答えたのが二編の内容です。
3章:『統治二論』二編:支配の根拠
私たちが生活する現代日本でも、多くの政治的権力が行使されています。
たとえば、警察による治安維持、議員や官僚による政治、役場による許認可、また目には見えなくても法律という形で行動が規制されています。
このような権力の根拠はどこにあるのか、考えたことはありますか?
当時のヨーロッパでは、このような国家の権力の正当性について、たくさんの学者・思想家が考えていました。
ロックもその一人であり、ロックは国家が存在せずすべての人が平等であった、「自然状態」を仮定し、その状態から国家の成り立ちを考えていくことで、国家の権力の正当性の結論を出しました。
ロックの社会契約は、
- 自然状態(社会の安定):人々は生存の範囲で所有物を持つ
- 生存を超えた所有物を得ようとするようになる→貨幣の出現
- 不平等の発生(社会の不安定)
- 社会の安定のために社会契約し、政治社会を作る→国家になる
というように考えられました。
3-1:自然状態
ロックは「自然状態」から社会の成立を考えますが、この自然状態は「人々が勝手気ままに行動している状態」とは異なります。
同じように社会契約説を唱えたホッブズは、自然状態では人々は人間本性のままに勝手気ままに行動する(戦争状態)と考えました。
※ホッブズをはじめとする社会契約思想について、詳しくは以下の記事をご覧ください
しかし、ロックは自然状態について、何の権力に規制されていなくても、人々は「自然法」に基づいて行動していたのだ、と考えました。
考えてみてください。
動物の世界に政府はありませんが、彼らは仲間内で殺し合いをすることはありません。ロック的には、これと同じように人間も自然状態では理性をもって行動するのであり、それは自然法に由来するのだと考えたのです。
3-1-1:自然法思想
ここで、「自然法って何のこと?」と思われますよね。
自然法というのは、人間が作った法ではなく、神が作った永久不変の法のことです。
ロックによると、「自然状態」の人間たちに神は二つの「自然権」を与えました。これがロックの自然法思想です。
- 自己保存権
他人の自己保存権を侵害しない範囲に限って、自分や他人、そして人類を保存しなさい - 処罰権
自分や他人の生命や財産が侵害された場合は、すべての人に、加害者に対する処罰権を与える
「保存」は「生存」と考えたら分かりやすいでしょう。
つまり、人間は神から与えられた存在なのだから、自分のことだからと言って勝手に処分したりすることはダメだ、というキリスト教的な考え方です。
重要なのは、人類は自己や他者を含む人類全体を「保存」しなければならず、そして自然法に違反する人には、万人が処罰できると考えられたということです。
3-1-2:自然法のもとでの安定した生活
では、人間はどうやって自己を「保存」すれば良いのでしょう?それは「何かを所有すること」で生きていくしかありません。
すべての人が自然法に従って行動すれば、自分の所有物は誰からも奪われません。しかし、何かを所有するということは、それを奪いあい争いになる可能性を秘めています。
しかし、自然法思想のもとでは、自然権を侵害する加害者が登場すれば、それを万人が裁く権利を持っています。
そのため、人々が自らの生存の範囲で所有し、時には処罰し、自然法を理性的に守っている「自然状態」では、平和な生活ができるとロックは考えました。
ここで重要なのが、ロックの「所有権」とはどこまで認められるものなのか?ということです。
ロックは、これを「労働所有権論」として説明しました。
3-2:労働所有権論
ロックが自分自身については自分の所有物である、と考えたのはこれまでも説明した通りです。しかし、それだけでなく、ロックは個人が生産したものはその人の所有物になると考えました。
これが「労働所有権論」です。
3-2-1:所有権は自分自身と労働によって生み出されたもの
ロックは、
- この世界にあるすべてのものは、すべての人の所有物である
- ただし、自分自身(person)は自分の所有物である
- そして、その自分自身の労働によって生産されたものは、その人の所有物である
と考えました。
この神の命令に従って大地のいかなる部分でも征服し、耕作し、播種した者は、それによって、彼の財産を大地に付け加えたのであり、それに対しては、他の者はいかなる権原もなかったし、侵害なしに彼からそれを奪うことはできない
ロック『統治二論』
つまりは、自分で生産したものは自分のものということです。
これをロックの「労働所有権論」と言います。
3-2-2:ロック的ただし書き
しかし、労働所有権論には、「どこまでが正当な所有権なのか?」という問題があります。
たとえば、人のものを盗んだものを材料にして作ったものは、誰の所有物なのでしょうか?少なくとも、そのものを作った人の純粋な所有物とは言えませんよね。
そこで、ロックは労働所有権論について、ただし書きを付けました。これがロック的ただし書きと言われるものです。
ロックは、以下の条件を満たす場合にのみ、労働して作ったものが自分の所有物になると考えました。
- 他人に十分なものが残されていること
- 労働したものを損傷、腐敗、浪費したりしないこと
→野菜を余分に作りすぎて腐敗させない、水や燃料など資源が枯渇しているときは自分が採掘したものでも自分の所有物にはならない、ということ
この条件を満たさずに所有権を主張することは、人のものを奪うことになり、自然法に違反することになるのです。
しかしこれでは、生産活動によって余剰が生み出され、富が蓄積され、経済発展する、という社会の進歩ができません。
なぜなら、この条件を満たそうとすれば、結局自分の生存を超えた所有ができないからです。
そこで、ロックは「貨幣」が誕生したと考えました。
3-3:貨幣の誕生
労働して生み出されたものの損傷、腐敗、浪費が認められないということは、富の蓄積が難しいということです。
そこで、生産したものを腐敗させずに他人に売り、対価を得て、富を腐敗させずに蓄積する手段として「貨幣」が生まれた、というのがロックの考えです。
貨幣の誕生によって、人類は富を蓄積して社会を発展させることが可能になるのです。
しかし、貨幣の誕生によって一部の人が富を蓄積するようになると、社会に不平等が生まれて不安定になります。不平等が生まれれば、富(つまり人の所有物)を他人から奪おうとする人が現れて、社会が不安定になってしまうでしょう。
「自然法」思想から考えれば、他者からものを奪う者がいれば、誰もがその人を裁くことができます。
しかし、この「自然状態」の社会には裁判所がなく弁護士もいませんので、誰が法を犯しているのか決めるのは現実には難しいです。
そこで、人々は自然法の順守を監視するために、社会を形成することに同意するのです。
これがロックの社会契約説です。
社会契約によって政治社会(civil or political society)が生まれることで、司法組織も生まれ、安定した社会が実現するということです。
ここでロックの『統治二論』が王権神授説の批判からはじまったことを思い出してください。
つまりは、社会契約、つまり人々の自由な同意によって社会が成立したのであり、それが支配の根拠なのだということです。
そのため、支配の根拠を『聖書』に求めるのは認められるはずがないのです。
3-4:二段階の社会契約
さらに詳しく言うと、ロックはこの社会契約思想から具体的な政治形態についても論じます。
ロックの社会契約には、以下の2つの段階があります。
- 結合契約…人々による政治社会を作ることの同意
- 支配服従契約…政治形態を決め、支配者に自然権を信託(trust)する
支配者は人々によって信託されたのですから、違反行為をすれば人々から批判されます。
また、社会は自然法が侵害される状況を打破するために設立されたのですから、国家は自然法を実現する存在でなければなりません。
そのため、国家の最高権力は立法権力であるとロックは主張します。
さらに、立法権を執行する権力(執行権力)は、自然権の侵害に対処する「処罰権」に基づいています。
人々は国家に自然権を信託するのですから、勝手に処罰権を行使することはできず、処罰権を実行する執行権力に委ねることになります。
こうしてロックは具体的な政治形態についても論じているのですが、これはイギリスで名誉革命によって実現した立憲君主制について、その理想を語ったものでもあることが分かります。
3-5:抵抗権
ロックは、支配者が信託違反をすれば批判することができると主張しましたが、より具体的には「抵抗権」を主張しています。
もう一度確認しますが、ロックは自然権と社会契約による国家の成立について、以下のように考えました。
- 人間は自然法により、自分・他人を含む人類の保存(自己保存)を命じられている
- 自己保存を侵害された場合は、加害者に対して万人が処罰権を持つ
- 自然法の順守を社会で監視するために、人間は社会契約によって政治社会を作り上げた
つまるところ、ロックの考える政治社会(国家)の目的は、自己保存、そして人類の保存なのです。
そのため、君主のような支配者であっても、国民の所有権を侵害することがあれば、それは自己保存、そして人類の保存を脅かす行為なのです。
そして、国民への信託違反でもあります。
そのため、ロックはこのような状況において国民は支配者に対する「抵抗権」を持つ。さらに信託違反が続けば、自分たちで国家を樹立する「革命権」すら持っているのだと主張したのです。
ロックはこの抵抗権・革命権を「天に訴える(appeal to heaven)」という言葉で表現しています。
- 自然状態では、人々は自然法に従い理性的に行動する
- 個人は自分自身と自分が労働によって獲得したものについて所有権を持ち、それが侵害された場合は処罰する権利を持つ(自然権)
- 労働によって生み出されたものは腐敗しない限りで認められるため、富の蓄積のために貨幣が生まれた
- 貨幣が生まれ、社会に格差ができると不安定になるため、社会契約(平等な同意)によって政治社会が成立した
4章:ジョン・ロック『統治二論』の学び方
『統治二論』について理解できたでしょうか?
『統治二論』について理解する上で大事なのが、当時の社会契約思想や自然法思想など、広く社会思想を学ぶことです。
なぜなら、ロックの思想は当時の思想や時代状況に影響を受けていますし、またその後の思想にもたくさんの影響を与えているからです。
『統治二論』の原著だけでなく、これから紹介する本も読むことをおすすめします。
オススメ度★★★加藤節『ジョン・ロック―神と人間との間』 (岩波新書)
ロックの人物や思想について幅広く書かれた本です。ロックの思想の入門書としておすすめです。
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オススメ度★★坂本達哉『社会思想の歴史−マキャヴェリからロールズまで』(名古屋大学出版会)
社会思想について広く解説された本で、ロックについても社会契約思想として解説されています。思想のつながりを学ぶのに非常に良い本です。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ロックは王権神授説の批判として『統治二論』を書き、国家の支配の正当性について論じた
- 人々は自分自身と労働によって得たものについて所有権を持ち、それを侵害する人を処罰できる
- 自然法の遵守を監視するために、人々の同意によって政治社会が設立されたため、支配者が信託違反した場合は抵抗・革命できる
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