現象学的社会学(phenomenological sociology)とは、個人や対象に対する主観的な意味づけの活動が中心的な問いで、フッサールの現象学を社会学にもちこんだシュッツによって創設された社会学の一分野です。
現象学的社会学は1970年代から80年代以降に影響力をもった社会学の分野で、社会学を学ぼうとする方は避けては通れない議論がされています。
また、現象学的社会学が対象とする人間一人ひとりの意味行為は人類学や政治学といった社会科学一般を学ぶ方にとっても大事です。
そこで、この記事では、
- 現象学的社会学とシュッツの議論
- フッサールの現象学とシュッツの後継者であるバーガーとルックマンの議論
をそれぞれ解説していきます。
現象学的社会学の概要がまとまった記事ですので、関心のある箇所からぜひ読み進めてください。
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1章:現象学的社会学とはなにか?
この分野を理解するためには、現象学的社会学が立ち現れる文脈を知ることが大事です。
そのため、創設者のアルフレッド・シュッツ(Alfred Schütz 1899年−1959年)の紹介とともに、まず現象学的社会学が登場する1970年代以降の社会学の状況を簡単に解説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 現象学的社会学とパーソンズのシステム論
現象学的社会学を学ぶ上で重要なのは、現象学的社会学はパーソンズの社会システム論への反発として登場したということです。
パーソンズの社会システム論とは、次のような特徴をもちます。
- 全体社会をシステムとして捉える
- そのシステムの要素として個人や集団がおり、それらも残らずシステムである
- それらのシステムには法則性がある
「社会システム論」といわれるパーソンズの議論は社会学で支持される時期もありましたが、次第に問題点が明らかになり1970年代後半までに影響力を失います。
そのとき登場するのが、個人の「意味」に着目した現象学的社会学です。現象学的社会学は全体社会をシステムとして捉えるのではなく、「事象それ自体」に重点を置きます。
それが冒頭で説明した問いです。つまり、現象学的社会学の中心的な問いとは人間が言語や記号を媒介にしておこなう、主観的な解釈活動を明らかにすることでした。
1-2: シュッツの『社会的世界の意味構成』
現象学的社会学の創設者は、オーストリアからアメリカ合衆国に亡命したシュッツです。シュッツは銀行に勤めながら、学術的な研究をおこなった「日曜学者」です。大学に職得たのは、彼が没する3年前の57歳のときでした。
シュッツの議論は生前唯一の著作である『社会的世界の意味構成』に集約されています。この本では社会学の大家であるマックス・ウェーバーに関する議論がされており、ウェーバーの考えを精緻化したものとなっています2大澤『社会学史』講談社現代新書。
1-2-1: 行為者の意味づけ
さっそく、ウェーバー論を振り返りながら、シュッツの議論をみていきましょう。まず、シュッツが議論したのは社会学の対象である「社会的行為」についてです。
ウェーバーによると、社会学の対象とは、社会的行為です。そして、社会的行為とは、行為者の主観的な意味づけ行為を指します。→【社会的行為とは】ウェーバーの4類型と具体例からわかりやすく解説
シュッツはウェーバーが提示した「行為者の主観的な意味づけ行為」では不完全であると考えて、社会的行為に2つの論点を付け加えます。
シュッツによると体験には2種類あり、それらは「現在進行形で進む側面(内的持続)」と「すでに過ぎ去った側面(過去把持)」と呼ばれます。
たとえば、私が現在記事を書いている行為は内的持続であり、我に返って「いまなにをしているんだ?記事を書いているんだった」と反省的に考えることは過去把持です。大事なのは「行為者の主観的な意味づけ行為」を考えるとき、行為者の意味づけが発生するのは内的持続ではなく、過去把持の際だということです。
この考えから、シュッツが主張したのは、以下の点でした3大澤『社会学史』講談社現代新書。
- 現在進行形でおこなっている行為から、「行為者の主観的な意味づけ」は発生していない
- 「行為者の主観的な意味づけ」が発生するのは過ぎ去った過去を振り返るとき
- さらに過去把持の考えを未来に応用すると、未来把持が生まれ、(ex:「来週末までに3本の記事を書こう」)このときにも「主観的な意味づけ」が発生する
シュッツは未来との関係で行為が説明されれば「目的の動機」、過去との関係で行為が説明されれば「理由の動機」であると考え、ウェーバーの「行為者の主観的な意味づけ行為」に2つの論点を付け加えました。
1-2-2: 他人を理解する自我
次に、シュッツは「他人が主観的な意味づけ行為をおこなっていることを、なぜ自我はわかるのか?」という哲学の伝統的な問いに挑みます。この問いには現象学の「付帯現前」という概念を援用され、回答されています。
難しいことは覚える必要ありませんので、大事な点とシュッツの回答だけいいます。
- 現象学では「事象それ自体」が重要視される
- そして、立ち現れる事象にはプラスαがあることを「付帯現前」という
- シュッツは「他人の身体」が現前として現れるとき、「他人の意識体験」が付帯現前として現れる
- 簡単にいうと、「自我がふつうに見たら、他人はそのようにみえる」という考えである
シュッツの回答は失敗していると述べる論者もいますが(たとえば、社会学者の大澤真幸)、この記事ではシュッツの議論を続けて解説してきます。
1-2-3: 他人の行為の類型化
続いて、シュッツは他人が主観的な意味づけ行為をおこなっているとして、「他人の行為を類型化して自我はどう理解するのか」と疑問を立てます。
シュッツによると、私たちの住む世界はいくつかの層があります。
- 直接世界・・・私とあなたが顔を合わせて一緒にいる世界
- 共時世界・・・世界で同時に生きているけど、一緒にはいない世界(ex: 国会では議員が議論をしているが、私はそこにいない)
- 前世界・・・過去の世界
- 後世界・・・これからやってくる人たちの世界
シュッツは、あなたを中心に世界が同心円状に広がる(「直接世界」「共時世界」「前世界」「後世界」)と考えます。そして、直接世界では類型化が起きないが、共時世界まで広がると他人や他人の行為の類型化が始まると主張しました。
このように、シュッツはウェーバーの「行為者の主観的な意味づけ行為」を原点として、議論を発展させていきました。シュッツに影響された思想として、エスノメソドロジーがあります。
次の記事ではエスノメソドロジーを詳しく解説していますので、ぜひ参照ください。→【エスノメソドロジーとは】具体例から会話分析までわかりやすく解説
いったん、これまでの内容をまとめます。
- 現象学的社会学とは個人や対象に対する主観的な意味づけの活動が中心的な問いで、フッサールの現象学を社会学にもちこんだシュッツによって創設された社会学の一分野
- 現象学的社会学はパーソンズの社会システム論への反発として登場し、その創設者のアルフレッド・シュッツ
- シュッツの議論は生前唯一の著作である『社会的世界の意味構成』に集約される
2章:現象学的社会学の潮流:フッサールとバーガー
これまで現象学的社会学の概要を解説してきましたが、「そもそも、現象学ってなんだんだ?」と思う方がいると思います。
たしかに、現象学に関する理解なしに、現象学的社会学を学ぶことはできません。そこで、2章ではシュッツに影響を与えたフッサールの現象学を解説し、シュッツの後継者であるバーガーの議論を簡潔に述べます。
現象学的社会学を深く理解する上で、現象学的な潮流を知ることも大事です。ぜひ、読み進めてください。
2-1: 現象学的社会学とフッサールの現象学
冒頭でシュッツはフッサールの現象学を社会学に導入したと述べました。では、フッサールの現象学とはどのような思索なのでしょうか?
フッサールの議論を詳しく知りたい方は次の記事を参照ください。→【フッサールの現象学とは】伝記的情報・特徴・概念をわかりやすく解説
ここでは、社会学の西原和久の『新たな社会学のあゆみ』(2006)にしたがって社会学的な側面から解説してきます。西原はフッサールの思索を3つ文脈にまとめ、わかりやすく解説しています。
2-1-1: 第一の文脈:意味経験の文脈
まず、フッサールの関心を述べます。
フッサールの関心
- 意識の仕組みや働き、つまり意識とは何かについての意識の問題
- 意識とは対象に向かう志向性で、その作用と対象から人間は主観的な認識をするもの
- つまり、人間の意識や経験、主観性とはなにかについての問題
簡単にいうと、フッサールは自らの主観と向き合い、その仕組みや働きを記述しようと試みました。
そのとき大事なのは意識して先入観を取り除き、自明の態度を振り返ることです。そのような意識的な思索をフッサールは「還元」「判断停止」「エポケー」と呼びました。
フッサール現象学のポイントは、
- 主観性を出発点に研究がスタートしたこと
- 主観性を研究するために、いったん判断停止をしつつ、主観の仕組みを検討しようとしたこと
です。
2-1-2: 第二の文脈:危機認識の文脈
フッサールの現象学を理解する上で大事なのは、フッサールが近代西洋における知識のあり方に対して批判的であったということです。
フッサールが問題にしたのは、「科学による生活世界の消滅」です。これは次のような問題を意味します。
「科学による生活世界の消滅」
- 科学によって非合理的・非科学的な私たちの「生活世界」がなくなる
- たとえば、ガリレオは自然の数学化(数学的物理学)で真理を捉えようとするが、それは私たちの「生きられる世界」での意味づけとは異なる
- 合理性重視の自然科学がはびこると、「生きられる世界」が忘却されてしまう
このように考えたからこそ、フッサールは主観性に関する科学を立ち上げ、生きる人間の存在全体を問い直そうとしたのでした。
2-1-3: 第三の文脈:意味生成の文脈
そのような問いを追求するなかで、フッサールが問題としたのは「主観性はどのように生成したのか」というものでした。
フッサールは科学にせよ生活世界にせよ、主観性はひとりで勝手に生成するものではなく、他者との関係で生じると考えました。そこで生じてくるのが「間主観性の問題」です。
「間主観性(intersubjectivity)」とは、ある人の主観と他の人の主観との(間)の関係で、間主観性には3つ水準があります。
- 理性的・意識的な言語使用による行為者間の合意関係
- 言語を用いる日常世界での関係
- 言語以外の主観の発生にかかわる基層の関係
非常に大まかですが、このような生活世界や間主観性に関する問題群をフッサールは研究しました。シュッツはフッサールの問題群は人と人の関係を研究する社会学にも応用できると考えて、現象学と社会学を結びつけます。それが現象学的社会学でした。
2-2: 現象学的社会学の後継者としてのバーガーとルックマン
さて、フッサールの現象学を援用し現象学的社会学を立ち上げたシュッツですが、後継者としてピーター・バーカー(Peter Berger 1929年−2017年)とトーマス・ルックマン(Thomas Luckmann 1927年−2016年)がいます。
バーカーとルックマンは共著で『現実の社会的構成』を出版して、現象学的社会学的な立場を明らかにしました。
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■ バーカーとルックマンの議論
そして、バーカーとルックマンの議論で重要な点は人間の知識に媒介された構築物として社会的現実を捉えたことです。つまり、一方に「主体」があり、他方に「現実」があるのです。
バーカーとルックマンの考えは「外在化→客体化→内在化」という構図で示されます。
- 外在化・・・主体による意味づけによって生まれる現実のこと。つまり、現実は主体に内在していたものの外在化
- 客体化・・・生み出された現実は、主体から独立して存在する事物のように現れること
- 内在化・・・すると、主体のほうがその現実に適応するために、現実を内在化していくこと
「外在化→客体化→内在化」の構図はウェーバーやマルクスの議論の統合、つまり社会学理論の全体化したものとなっています。現象学的な立場からこれまでの社会理論を再度練り上げたのです。
- フッサールの思索は「意味経験の文脈」「危機認識の文脈」「意味生成の文脈」が大事
- バーカーとルックマンの共著である『現実の社会的構成』は、シュッツの現象学的社会学を継承したものであり、社会学理論を全体化したものでもある
3章:現象学的社会学を学ぶための書籍
どうでしょう?現象学的社会学に関する理解は深まりましたか?
この記事で触れた内容は現象学的社会学の概要に過ぎません。これから紹介する書物を参考にして、あたなの学びのきっかけにしてください。
アルフレッド・シュッツ 『アルフレッド・シュッツ著作集 第3巻 社会理論の研究』(マルジュ社)
シュッツのキー概念を学べる入門書です。現象学的社会学を深く理解するためには『社会的世界の意味構成』とともに、シュッツの諸概念を学ぶべきです。
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モーリス・メルロ=ポンティ『知覚の現象学』(みすず書房)
メルロ=ポンティの身体論を学べる書籍。フッサールの現象学をさらに発展させたメルロ=ポンティの論考は読むに値します。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
- 現象学的社会学とは個人や対象に対する主観的な意味づけの活動が中心的な問いで、フッサールの現象学を社会学にもちこんだシュッツによって創設された社会学の一分野
- シュッツの議論は生前唯一の著作である『社会的世界の意味構成』に集約される
- フッサールの思索は「意味経験の文脈」「危機認識の文脈」「意味生成の文脈」が大事
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