重商主義(Merchantism)とは、貿易を通じた貴金属の蓄積(もしくは貿易差額)が経済の繁栄であり、国家の繁栄である。そのために輸出を増やし輸入を抑えることが大事である。と考えた16世紀~18世紀の経済思想のことです。
重商主義は、国家が近代化に向かい経済が大きく発展する過程であったイギリスで生まれ、後にアダム・スミスによって批判された思想です。
経済学、経済思想や政治史を学ぶ上では、必ず押さえておきたい概念です。
そこでこの記事では、
- 重商主義の思想の特徴や生まれた時代背景について
- 重商主義と重農主義の違い
- 重商主義に対してなされた批判や指摘された問題点
- 重商主義の後の時代への影響(新重商主義)
などについて詳しく解説します。
関心のある所から読んで、あなたの学びに活用してください。
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1章:重商主義とは
もう一度確認しましょう。
重商主義(Merchantism)とは、
- 貿易を通じた貴金属の蓄積が経済の繁栄であり、国家の繁栄である
- そのために輸出を増やし輸入を抑えることが大事である
と考えた16世紀~18世紀の経済思想のことです。
保護主義や国家中心の経済観と強く結びついています。詳しく説明します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:重商主義の論者と思想
そもそも、重商主義とはまとまった体系的な思想ではありません。
当時一部で支配的になっていた、一種の経済に対する思想のようなものでした。
当時のイギリスでパンフレットを通じて自らの思想を主張した、ジャーナリストや官吏、実業家ら(パンフレット作家)や、東インド会社のトーマス・マン(Thomas Mun)、ロビンソン・クルーソーの作者であるデフォー(Daniel Defoe)らが代表的な論者です。
そして、それらの思想をアダム・スミスが批判するために「商業の体系(commercial or mercantile system)」と名付け、それが後の時代に「重商主義」という言葉に置き換わっていったのです2野原慎司ら『経済学史』日本評論社14頁。
1-2:重商主義の主張の特徴
重商主義の主張は、現代の経済学の思想から考えると未熟なものでした。
その主張は以下のように整理できます。
- 国家の富(国富)とは、貴金属の蓄積量の大きさのことである
- 国家は積極的に経済活動に介入し、国内の貴金属の蓄積を増大させるべき
- その手段として、輸出の増大と輸入の減少を行い貿易差額を増大させるべき
このように主張し、一種の保護主義的政策を行おうとしたのでした。
具体的な政策として主張されたのは、製品の輸入に対する高額の関税、原料の輸入の促進、輸出の奨励、国内の低賃金の促進などです。
1-3:重商主義の思想の形成
「なんでこんな思想が生まれたの?」というのが単純な疑問だと思います。
それは、当時の社会が近代化に向けて激しく発展する過程にあり、またその一方で、まだまだ国家の権力が強大な時代だったからです。
そのため、重商主義は植民地主義的な政策を擁護する目的もありました。
1-3-1:トーマス・マンの主張
東インド会社の重役だったトーマス・マンは、
- インドに銀を輸出し、インドから香料を輸入し、その香料をヨーロッパに輸出する
- この貿易によって貿易差額が生まれ、それが国富になる
と主張しました3西部邁『西部邁の経済思想入門』25-30頁。
これは、当時すでにあった「重金主義」に対する批判としてなされたものです。
重金主義とは、「国家から貴金属を流出させるべきではない」という主義です。これに対してマンは、インドに銀を輸出しても、代わりに輸入した香料をヨーロッパに輸出することで取り返せるのだ、と反論したわけです。
貿易差額が国富になる、というマンの思想を「貿易差額主義」とも言います。
1-3-2:重商主義の国家中心の思想
重商主義の背景には、イギリスが貿易を独占することで利益を得よう。植民地政策を擁護しよう。という目的があったことが分かると思います。
マンの主張に代表的ですが、当時の重商主義者の考えは、保護主義的政策による貿易差額の確保(つまりは貿易黒字の増大)が国家のためになる、という思想があったのです。
保護主義とは、関税や輸入量の制限などの貿易上の障害になる政策を実施し、貿易を制限しようとする政策のこと。
現在の会社の経営者やビジネスマンは、「国家のために貿易黒字を増大させよう」などと考えるはずがありませんよね。
当時の重商主義者がこのような考えを持ったのは、当時の社会が現代に比べてずっと国家中心の社会だったからです。
なぜなら、当時は近代国家が成立する過程であり、国家が強大な権力を持って国内を統一し、植民地を獲得し、他国に勝てる軍事力を持とう。そのために国富を蓄えようと考えていたからです。
こうした時代背景が重商主義を生んだと言えます。
しかし、重商主義は当時の経済思想家であったヒュームやアダム・スミスによって鋭く批判され、その批判を通じて経済学が成立・発展していくことになりました。
重商主義への批判について2章で詳しく説明します。
まずはここまでをまとめます。
- 重商主義とは、貴金属の蓄積や貿易差額の増大が国家のためになる、と考えられた思想
- 重商主義は、富国強兵を目指す近代国家の性質や、植民地経営の思想と結びついて登場した
- 重商主義の論者は、保護主義的貿易によって貿易黒字を増大させることを主張した
2章:重商主義への批判
1章でもお伝えしたように、重商主義は当時の経済思想家によって強く批判されました。
その代表的な論者がデイヴィット・ヒュームや「重農主義」の論者たちです。
2-1:ヒュームによる批判
デイヴィット・ヒューム(David Hume)は、18世紀のイギリスの哲学者です。イギリス経験論哲学の代表的人物であり、経済学の父であるアダム・スミスに影響を与えたことでも知られています。
ヒュームは重商主義の批判を通じて、後に「貨幣数量説」として定式化されることになる思想を「貨幣について」や「貿易差額について」という論文で主張します。
ヒュームは、貴金属の蓄積(つまり貨幣量の増大)が国内の生産を刺激し、経済を活性化させると主張したカンティロン(銀行家/貿易差額主義者)の説を以下のように批判しました。
- 重商主義者は貴金属の蓄積を求めるが、貴金属(貨幣)は交換の媒体にすぎず、貨幣の数量が国内で増大しても、それによって国内での生産量が増大することはない
- なぜなら、貨幣が増えれば国内で物価が上昇し、輸出品の価格も上昇し、輸出量が減ってしまうためである
- つまり、「正貨配分の自動調節」と言われるメカニズムが働くため、貿易によって貿易黒字を増大させ、貴金属を一国がため込むことはできない
【成果配分の自動調節】
貿易黒字による貨幣量の増大→輸出品の価格上昇→輸出量の減少→貿易赤字→貴金属が流出→輸出品の物価下落→輸出量の増大
貨幣数量説は、国家の経済をあまりにも単純に定式化していることから、実際の経済現象としてこの通りにはならないことも多いです。
しかし、このような理論が成立したことによって、重商主義者の思想は否定されたのです。
とはいえ、重商主義者たちはヒュームによる批判からも影響を受けず、結局は自分たちの思想をより強く主張していきました。
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2-2:重農主義からの批判
重商主義は重農主義の支持者からも批判されるようになります。
重農主義とは、重商主義を批判し農業の重要性を訴えた18世紀の経済思想です。
代表的なのがフランソワ・ケネーの主張です。
重商主義と重農主義は似た言葉ですが、大きく異なる概念です。
重商主義 | 重農主義 | |
富の定義 | 貴金属 | 労働によって生み出される価値 |
具体的な政策 | 保護主義的な貿易政策による貿易黒字の増大 | 農業の保護、振興 |
重農主義者からの重商主義への批判について説明します。
2-2-1:コルベールの政策の失敗
重農主義が直接批判したのは、フランスの政治家であったコルベール(Jean-Baptiste Colbert)が行った重商主義的政策です。
コルベールは、
- 輸出する奢侈品(ぜいたく品)の保護
- 農業の価格を抑えるために輸出禁止、国内での移動も規制
- 輸出品の価格を抑えるために、国内の賃金を引き下げ
- 低賃金で労働できるように、労働者が消費する穀物価格を抑える
といった政策を行いました。
見ての通り、これは貿易差額によって国富を高めようとして行われた保護主義的政策でした。
しかし、コルベールの政策はフランス王室の財政を潤すことができた一方で、農業が荒廃しフランス経済全体に悪影響を及ぼしました。
重商主義的な政策が失敗していたわけです。
2-2-2:ケネーによる重商主義批判
このコルベールの重商主義的政策を批判し、農業の重要性を訴えたのがケネー(François Quesnay)です。
ケネーはアダム・スミスにも影響を与えた、経済学を論じる上で避けられない経済思想家です。
ケネーは、コルベールの思想に対して、工業の振興は新たな価値を生まないが、農業は新たな価値を生み出すため、国家の富を増大させると主張しました。
もう少し詳しく説明しましょう。
ケネーは『経済表』という著作で、経済的価値がいかにして生まれるか?ということを明快にモデル化しました。現代から考えると素朴なものですが、後の経済学への影響はとても大きなものになりました。
『経済表』で主張されたのは、
- 社会の階級は「生産階級(農業労働者+農業資本家)」「不生産階級(工業従事者)」「地主」の3つである。
- 工業は原材料を組み合わせているだけであるため、投入した原材料を超える新たな価値を生まない。農業は自然の恵みによって、唯一投入した価値を上回る新たな価値を生む産業である。
- また、富とは貴金属の量のことではなく、労働によって年々生み出される価値である。
とうことです。
よって、国家は貿易や国内工業を重視するのではなく、農業の振興をするべきだ。また、国家が経済活動を規制したりするより、自由放任であるべきだ。という主張をしました4野原、前掲書31-36頁。
重商主義の特徴は、国家による経済の管理ですが、それに対してはじめて明快に、国家の経済に対する「自由」が主張されたのです。
このような「自由」の思想が、後にスミスによって発展されて経済学の原点になっていったのです。
とはいえ、「農業が唯一新たな価値を生むのだ」という重農主義の思想は、後にスミスによって「いや、工業も新たな価値を生むのだ」と批判されることになっていきます。
2章の内容をまとめます。
- ヒュームは、重商主義的な保護貿易による貨幣の増大は、結果的に輸出量を減少させることになるため、保護貿易によって貴金属を蓄積することはできないと批判
- ケネーなどの重農主義者は、工業は新たな価値を生み出さないため蔑ろにされている農業を保護・振興させるべきだと主張
3章:新重商主義とは
重商主義は18世紀ごろまでの思想でしたが、同じような特徴を持つ政策は後に「新重商主義」と言われて批判対象にもなりました。例えば、1930年代には世界恐慌の影響から主要国が「ブロック経済化」しました。
ブロック経済とは、植民地と宗主国が結びつきを強め、それ以外の国家に対して保護主義的な政策を取ることです。
その結果、植民地という資源を「持つ国」と「持たざる国」とが対立し、植民地に争奪戦が生まれ、世界大戦の要因となったのです。
こうした1930年代のブロック経済は新重商主義の一例です。
また、1970年代には先進国の経済成長が低迷し、一部の国家間で貿易収支の不均衡が増大したため、保護主義的な政策が復活しました。
もっとも身近な例は日本とアメリカの日米貿易摩擦です。
日米貿易摩擦によって、日本とアメリカは60年代~90年代にかけて長期に渡る通商交渉を続けることになり、特に日本側はアメリカから様々な貿易上の要求を突き付けられました。
これも、新重商主義の一例です。
さらに近年は、アメリカと中国の間で「貿易戦争」と言われるほど、貿易が政治問題化しています。そのきっかけの一つは二国間の巨額の貿易収支の不均衡にありました。
※米中貿易戦争について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
こうした現代世界における新重商主義は、貴金属の蓄積による国富の増大を求めているわけではありません。しかし、貿易収支の不均衡を問題視し、国家が保護主義的政策を行うという面で重商主義の特徴を引き継いでいます。
それは戦後に世界が形成してきた、「多角的自由貿易規範」という遺産を捨てる行為であり、世界を混迷に向かわせているものです。
※多角的自由貿易にかわって、近年は地域主義・地域統合が主流になりつつあります。詳しくは以下の記事をご覧ください。
【地域主義・地域統合とは】国際経済の新たな流れが生まれた理由・背景を解説
こうした意味で、重商主義について理解しそれを批判することには、現代でも意義があると考えられます。
4章:重商主義について学べる書籍
重商主義について理解することはできましたか?
重商主義は、経済思想を学ぶ上で原点として語られることが多いですし、その後の経済学の成立を理解する上でも、押さえておきたいものです。
ただし、重商主義という概念を単体で理解しようとしてもあまり意味がありません。
重商主義、重農主義とその後の古典的経済学の成立を、セットとして学ぶことをおすすめします。
そこで、経済思想のはじまりを初学者にもわかりやすく解説されている本を紹介します。
松原隆一郎『経済思想入門』(ちくま学芸文庫)
経済思想についてとても分かりやすく、1冊にまとめられています。入門書としてとてもいい本ですので、買って手元に置いておくことをおすすめします。
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西部邁『西部邁の経済思想入門』(放送大学叢書)
保守思想で有名な故西部邁による経済思想の入門書です。王道の思想史の流れだけでなく、それを独自の立場から説明しているため、上記の本と2冊合わせて読むと深く理解できます。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 重商主義とは、貿易による貴金属の獲得と蓄積が国家の富であると考え、貿易差額(黒字)を増大させようと考えた思想のこと
- 重商主義は、権力者の富になったものの、農業に悪影響を及ぼし国家の経済にダメージを与えた
- ヒュームは重商主義のような保護主義では、国内に貴金属を蓄積することはできないと批判
- ケネーなどの重農主義者は、工業は経済に貢献しない、農業だけが新しい価値を生み出すと重商主義を批判
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