「福祉国家(Welfare State)」とは、医療保険、社会福祉サービス、貧困層への補助などの社会保障制度の拡充を重視し、実現している国家のことです。
第二次世界大戦後の西側先進国は、多くが福祉国家路線の政策を実行、実現しており、日本もその一つだったと言えます。
「だった」と過去形なのは、近年の先進国は福祉国家路線の政策が実現するのが難しくなっており、新自由主義的政策に移行する国家が多いからです。
しかし、福祉国家路線の政策は間違いなく「あった方が良いもの」ですので、それを時代遅れのものとして切って捨てるのではなく、これからの時代でどうやって実現すべきか考える事が大事です。
なぜなら、私たちもいつ社会的弱者になるか分からず、弱者の立場に立てば福祉が生きていく最後の命綱になるからです。
そこでこの記事では、
- 福祉国家とは?
- 福祉国家の政策や実現している国家について
- 福祉国家の歴史
- 福祉国家の種類
などについて詳しく説明します。
読みたいところから読んでください。
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1章:福祉国家とは?
もう一度確認すると、
福祉国家とは、医療保険、社会福祉サービス、貧困層への補助などの社会保障制度の拡充を重視し、実現している国家のことです。
福祉国家的な政策は、古典的自由主義や新自由主義との対比で見ると分かりやすいです。
1-1:福祉国家の意味
そもそも、経済学の思想では「国家は市場(経済活動)にできるだけ介入すべきではない」と考えられました。
これを古典的自由主義と言います。
また、近年は古典的自由主義が新たな形で復活したという意味合いで、自由放任の思想を新自由主義(Neoliberalism)と呼びます。
福祉国家路線の政策は、その反対側にある政策だと考えてください。
別の言い方をすれば、新自由主義的な政策=小さな政府、福祉国家的な政策=大きな政府ということです。
福祉国家路線の政策を行う思想には、
- 社会民主主義
議会制民主主義に基づきつつ、国家が社会課題を解決する(民主主義を前提にする点で社会主義とは異なる) - ニューリベラリズム(新しい自由主義/社会自由主義)
自由主義を前提にしつつ、個人の自己実現の障害を国家が減らしてあげるべき
などがあります。
また、経済学者のケインズの思想が福祉国家的な政策の理論的な基盤になったことから、ケインズ主義と言われることもあります。
社会民主主義は、ヨーロッパ、特にデンマークやスウェーデンなどの北欧諸国で、ニューリベラリズムはアメリカで福祉国家路線の政策が行われた思想でした。
1-2:福祉国家的政策
福祉国家が行う政策には、大きく3つのものがあります。
1-2-1:所得補償
所得補償とは、
- 生活保護
- 失業保険
- 年金
- 求職者支援制度
など、さまざまな事情でお金がなく生活にも困るレベルの人に対して、現金を給付する制度です。
1-2-2:医療保障
医療保障とは、
- 健康保険(医療保険)
- 疾病予防
- 治療のための休業中の所得補償
など、病気や怪我をした場合の経済的負担や治療のサポートをする制度です。
1-2-3:社会保障
社会保障とは、
- 高齢者の介護サービス
- 障害年金などの障害者のサポート
- 母子家庭の補助
- ホームレス
など、サポートがなければ通常の生活が送れない人に対して行われる公的サービスのことです。
福祉国家では、社会的弱者でも生きていけるように、これらの充実した制度が税金から賄われているのです。
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1-3:福祉国家を実現する国
福祉国家として有名なのは北欧諸国(デンマーク、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)ですが、実際には第二次世界大戦後の多くの西側先進国が福祉国家化しました。
アメリカやカナダ、日本、フランス、ドイツなども福祉国家なのです。
とは言え、福祉国家路線の政策は「恒常的な財政赤字」という問題を生み、各国が福祉国家路線に制限を加えざるを得なくなっているのが現状です。
※現代社会における福祉国家について、以下の本がおすすめです。
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ここまでを整理します。
- 福祉国家とは、所得補償、医療保障、社会保障などを通じて国民の福祉の向上を目指す政策を重視する国家
- 戦後の西側先進国の多くが福祉国家であり、80年代以降は新自由主義と入れ替わった
2章:福祉国家の発展と衰退の歴史
福祉国家は、戦後の西側先進国の既定路線になり、その後新自由主義によって過去のものになろうとしています。
福祉国家の起源は、18世紀のヨーロッパにあります。
日本での起源は、太平洋戦争です。
2-1:福祉国家思想の誕生
福祉国家の思想が生まれたのは、18世紀〜19世紀のイギリスやドイツ帝国です。
当時のヨーロッパでは、産業革命以降、都市化・人口集中、労働条件の悪化、格差の拡大などから、過酷な労働環境で生活する労働者階級が生まれていました。
彼らを放っておけば、革命運動や治安の悪化に繋がります。
また、19世紀にはマルクス主義の登場によって、労働者階級は社会主義を支持するようになりました。
※マルクス主義に関してはこちらの記事を参考にしてください。空想的社会主義、マルクス主義(参考:マルクス経済学の理論)
こうした背景から、国家が積極的に労働者を保護していくために、公的扶助や社会保険を導入し始めたのです。
2-1-1:ビスマルクによる社会保険の導入
社会保険は、19世紀のドイツ帝国の宰相ビスマルクによって導入されました。
19世紀、ドイツは産業化によって人口集中、労働環境の悪化といった問題が出はじめたころだったのですが、それに対して政府を攻撃する労働運動も発生していました。
ドイツはもともと、長い間バラバラに統一されていた国です。
それを統一し、国民国家化を進めようとしていたところだったため、労働運動などが激化して国家としての統一性が失われてはなりません。
そこで、老齢年金制度や疾病保険、災害保険などの社会保険を導入し、労働運動を抑えようとしたのです。
これを機に各国で社会保険制度の導入が進んだのですが、日本もその中の一つです。
2-1-2:日本における社会保険の導入
日本では、第二次世界大戦前にドイツ・ビスマルクをならって1922年に健康保険制度が導入されました。
さらに、第二次世界大戦後には、
- 元軍人、失業者への生活援助、年金
- 劣悪な公衆衛生や栄養不足の対処としての感染症予防
- 戦没者やその遺族、戦傷病者に対する援助、給付金
などの福祉国家的な政策が行われます。
戦争がきっかけになったのは皮肉ですが、国民を戦争に駆り出すためには「戦後のあなたやあなたの家族の生活は心配入りませんよ」と保障する必要があったのです。
そのため、戦時中から戦後にかけて福祉国家路線の政策がはじまったのでした。
※日本の社会保険の歴史について、以下の本ではとても簡単に分かりやすく説明されています。
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2-1-3:アメリカにおける福祉国家路線のはじまり
特にアメリカは、もともと自由主義の国だったため、「政府はできるだけ小さい方が良い」、つまり福祉政策は最小限で良いと考えられがちでした。
しかし、1930年代の世界恐慌から回復するためには、国家が経済に積極的に介入していかなければなりません。
そこで、30年代から「ニューディール政策」という、政府が積極的に公共事業や失業者の支援を行う「大きな政府」的な政策がはじめられました。(→ニューディール政策に関してより詳しくはこちら)
これが、アメリカの福祉国家路線のはじまりです。
2-2:先進国の福祉国家化
このように、福祉国家路線の政策の起源はさまざまですが、福祉国家路線の政策が主流になったのは、高度経済成長期に入ってからです。
多くの西側先進国は、1950年代〜1970年代に、戦後復興と共に急速な経済成長を遂げることができました。
それ共に、各国でケインズ主義(ケインズ経済学)が注目されます。
「国家が有効需要を作り出す」つまり、国家が積極的に公共事業を行うことで経済を成長させる、という経済政策の思想が主流になりました。
ケインズ主義によって、「大きな政府」路線の政策が既定路線になりました。
さらに、国家が豊かになると共に、「社会的弱者や援助なしには普通の生活ができない人々に対して、国家が支援すべき」という声が高まります。
こうして福祉国家的な政策が主流になったのです。
日本でも、
- 高齢者の医療費無料化(その後1割負担になる)
- 生活保護の扶助基準引き上げ
- 雇用保険(失業保険など)
- 厚生年金の給付額を引き上げ
- 児童手当の開始
などが70年代に行われました。
2-3:新自由主義台頭後の福祉国家論
しかし、福祉国家路線の政策は1970年代ごろから既にほころびを見せます。
- 1973年、1979年のオイルショックによる景気へのダメージ
- 各国で財政赤字が無視できない大きさになった
主に上記2つの理由から「国家が国民の生活を手厚く保障する」という福祉国家路線の政策が批難されるようになりました。
「生活が苦しいのは自己責任だ」「自分の生活は自助努力で何とかするべきだ」というわけです。
そして1980年代からは、
- イギリスのマーガレット・サッチャー政権(→サッチャリズムに関してはこちら)
- アメリカのロナルド・レーガン政権(→レーガノミクスに関してはこちら)
- 日本の中曽根康弘政権
において新自由主義と言われる政策が実行され、福祉国家路線から大きく転換します。
新自由主義とは、政府の財政支出を切り詰め、国民に自助努力を求め、「小さな政府」を志向する政治思想のことです。
※新自由主義について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
【新自由主義とは】定義・問題点・生まれた背景をわかりやすく解説
こうして、各国の福祉国家路線の政策は新自由主義に取って代わられ、現在に至っています。
ここまでの流れをまとめます。
- 福祉国家的な政策は、多くの国で第二次世界大戦時の国民への保障と、戦後の成長がきっかけとなった
- 福祉国家的な政策は1970年代に停滞し、1980年代に新自由主義的な政策に転換した
- 福祉国家的な政策は、ケインズ経済学が理論的な支柱になった
3章:福祉国家の類型(レジーム)
さて、ここまで福祉国家を一つの概念としてまとめて説明してきましたが、実は各国の政策は微妙に異なる性質を持っています。
どのような国が福祉国家になるのか?福祉国家にはどのような種類があるのか?社会学者や経済学者によって研究されてきました。
3-1:ウィレンスキーの研究
社会学者のウィレンスキー(Harold L. Wilensky)は、
- 世界の64カ国の経済(GNP)における福祉支出の度合いを統計的に分析した
- その結果、福祉国家の進展度を決めるのは、その国の文化や政治制度に関係なく、経済発展の水準のみである
- つまり、どんな国も経済発展すると福祉国家になる
という研究をしました。
これは単純明快ですが、しかし福祉国家のそれぞれの違いについて説明することができないため、その後批判されました。
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3-2:キャッスルズの研究
キャッスルズ(Francis G. Castles)は、
- 福祉支出ではなく福祉の結果から計測するため、教育への公的支出の比率や申請時死亡率を指標にして研究した
- その結果、先進国の間では経済水準と福祉のレベルには相関関係がないことが分かった
- つまり、先進国に限って言えば、経済水準が高いほど福祉国家として充実しているわけではない
という研究をしました。
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3-3:エスピン・アンデルセンの研究
こうした研究を踏まえて、多様な福祉国家を類型化したのが、社会学者エスピン・アンデルセン(Esping-Andersen)の研究です。
3-3-1:脱商品化と階層化
アンデルセンは先進国の福祉国家としての度合いを「脱商品化」と「階層化」という2つの指標を用いて分類しました。
- 脱商品化・・・労働力を商品と考えた場合、どれだけ「商品」から脱しているか。つまり、労働力を安売りすること(=商品化)をせずに生きていける社会なのかかどうか。
労働力を安売りしなければならないような社会の場合、脱商品化が低い。 - 階層化・・・国民の全員が等しく福祉を受けられるかどうか。福祉の供給が職業ごとに行われている場合は、階層化が高い。
この2つの指標を軸に、先進国を分類したわけです。
3-3-2:福祉国家の3つのモデル
アンデルセンは、以下のように福祉国家を分類しました。
- 社会民主主義モデル・・・福祉が手厚いため脱商品化が進んでおり(つまり労働力を安売りしなくて良い)、国民に等しく福祉が提供されている(階層化が低い)
- 保守主義モデル・・・福祉が手厚いため脱商品化はある程度進んでいるが、福祉の供給は職業などによって異なるため、階層化が高い
- 自由主義モデル・・・福祉が手厚くないため脱商品化は進んでおらず、供給される福祉は職業などで異なるため、階層化も高い
単純化して言えば、自由主義モデルがもっとも福祉国家としての充実度は低いと言えそうです。
ちなみに、アンデルセンの分類では、日本は保守主義と自由主義の混合型だと考えられました。
アンデルセンの研究について以下の本が詳しいです。
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3-4:福祉国家が誕生した要因
さらに、福祉国家がどのようにして生まれたのかについても研究され、以下の要因から説明されます。
- 資源動員・・・労働組合が強いため、福祉政策への要求が政治的に通りやすく、福祉国家化した(北欧など)
- 政党政治・・・福祉政策に批判的な右派政党が弱い国家ほど、福祉国家化しやすい
- 労働者の連合・・・労働者がどのような人々と連合を組んで福祉政策を求めたのか、という点からの説明
- 経営者の力・・・労働者の勤労意欲を向上させるために、福祉政策の導入に積極的な経営者がいたことで福祉国家化が進んだ
このように、福祉国家化は様々な要因から進められたのです。
ここまでをまとめます。
- ウィレンスキーの研究では、経済発展すればどの国も福祉国家になるという結果になった
- キャッスルズの研究では、どの国先進国の間では経済水準と福祉のレベルに相関はない
- アンデルセンの研究では、先進国の間では福祉国家に社会民主主義モデル、自由主義モデル、保守主義モデルがあることが分かった
4章:福祉国家の学び方
福祉国家について理解を深めることはできましたか?
まず、政治・政治学について広く関心があるという場合は、以下の記事で紹介している本を順番に読んでみることをおすすめします。
福祉国家について掘り下げて知りたい場合、これから紹介する本を読んでみてください。
福祉政策は、私たちが高齢になったり、怪我や病気、失業をしたりしたときに、セーフティーネットになる重要なものです。
つまり、福祉国家について学ぶことは、学生にも社会人にも大事なことなのです。
また、新聞や雑誌からも福祉政策についてリアルタイムの動向を学ぶことをおすすめします。
オススメ度★★★圷洋一『福祉国家』(法律文化社)
福祉国家研究の専門家が、福祉国家の議論を整理した本です。この記事を読んでもっと新しい研究まで知りたいと思った方はぜひ読んでください。
オススメ度★★★田中拓道『福祉政治史-格差に抗するデモクラシー-』(勁草書房)
福祉国家の歴史を整理し、これからの福祉国家の在り方まで論じられた素晴らしい本です。各国の事例まで詳しくのっているので、ぜひ読んでみてください。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 福祉国家とは、国民の医療の負担、失業時の保障、老齢年金などの福祉政策を重視し、財政の大きな割合を福祉政策に割く国家
- 福祉国家は戦後主流になったが、財政赤字の拡大から下火になり、各国では福祉政策は削られつつある
- 福祉国家にも類型があり、国家の政党政治や歴史などさまざまな要因から決まっている
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