規範倫理学(Normative ethics)とは、私たちが行う行為の「道徳的な正しさとは何か」を論じる倫理学の一分野です。
つまり「善い人」とはどんな人か?正しい行為とはどのようなことか?など判断に迷ったときに、どのような選択をすべきか?といった問いに答え、私たちに行動指針を与えてくれます。
また、安楽死、人工妊娠中絶、環境倫理などの応用倫理学に繋がる議論をする分野でもあります。
社会問題を考えたり、自分の人生を考える上でも役立つ分野です。
そこでこの記事では、
- 規範倫理学の基本的な考え方や問題意識、特徴
- 規範倫理学の3つの理論
について詳しく解説します。
関心のあるところから読んでみてください。
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1章:規範倫理学とは
もう一度確認しましょう。規範倫理学とは、私たちが行う行為の「道徳的正しさ」を主に論じる倫理学の一分野です。
1章では要点のみ説明しますので、功利主義、義務論、徳倫理学などの詳しい理論から知りたい場合は2章からお読みください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:規範倫理学のイメージ
具体的に考えてみましょう。たとえば、「死刑制度に賛成か、反対か」という議論は人間の生死を扱う制度に関する議論ですので、道徳的・倫理的議論です。
あなたは死刑制度に賛成、反対のどちらの立場を支持しますか?
どちらの立場を取るにしろ、「どのような理由があっても人を殺すことは認められない」「冤罪の可能性がある限り死刑は認められない」とか「深く傷ついた遺族の心を癒すためには死刑以外にはないはず」とかいろいろな道徳的・倫理的理由を持ってそれぞれの立場を支持すると思います。
このようなときに、ただ感情的に議論するだけでは議論が平行線です。それでは、たとえば実際の政策や法律を作る上で役立ちません。
そこで、どっちの立場が「道徳的に正しい」のか明らかにするために、研究され蓄積されてきたのが、規範倫理学という分野なのです。
※倫理学の入門書として、以下の書籍をおすすめします。
1-2:規範倫理学の課題・論点
規範倫理学には、主に以下の2つの論点があります2中村隆俊『「正しさ」の理由』ナカニシヤ出版3-5頁。
- 「善」とは何かという議論
「善(善いこと)」とはどのようなことか、何を「善いこと」とするのかという価値観に関する議論 - 「正」とは何かという議論
「正(正しいこと)」とはどのようなことか、道徳的に正しい判断はどうやってできるのか、ということに関する議論
この「善」と「正」について、功利主義、義務論、徳倫理学という3つの理論はそれぞれ異なる立場を取っています。2章で詳しく説明します。
1-3:規範倫理学とメタ倫理学、記述倫理学の違い
倫理学には主に、規範倫理学、メタ倫理学、記述倫理学という3つの分野があります。
- 規範倫理学:行為の正・不正や価値のある行為(善)について検討する
- 記述倫理学:倫理の実態を記述する歴史的、科学的研究
- メタ倫理学:倫理学における概念、用語そのものを分析する
特に区別するべきなのが、メタ倫理学との区別です。メタ倫理学は、倫理学全般の用語や概念についてより高い次元から「メタ」に分析する、哲学的な領域です。それに対して、規範倫理学やより身近で具体的な議論をします。
しかし、メタ倫理学の議論は規範倫理学ともつながっているものですので、どちらも併せて学ぶことをおすすめします。
メタ倫理学について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
規範倫理学のポイントが理解できたでしょうか?
2章では詳しい理論を解説しますので、まずはここまでをまとめます。
- 規範倫理学とは、私たちの道徳的営みに関する「善さ」や「正しさ」を議論する学問
- 規範倫理学は、身近な道徳的議論における対立を解決してくれる
2章:規範倫理学の3つの立場
規範倫理学には、主に以下の3つの立場が存在します。
- 功利主義:関係者の幸福の総量を増大させるような選択が、道徳的に正しい行為である
- 義務論:行為が特定の「義務」に適合している場合、その行為は道徳的に正しい
- 徳倫理学:行為の結果ではなく、行為者が「徳」を持っているか、「有徳な行為者」が成すであろう行為を行っているか、という点から行為の正しさが判断される
功利主義 | 義務論 | 徳倫理学 | |
正しさの 判断基準 |
行為の結果が幸福を増進するものであれば、その行為は正しい | 特定の「義務」に適合している場合、その行為は正しい
|
行為者の徳や「有徳者」が行うかどうか |
善の 判断基準 |
善とは幸福それ自体 | 善行の義務にのっとった行為が「善」 | 徳を持つこと、その徳を持った人が行為すること自体が善 |
代表的な 論者 |
ベンサム、J・S・ミルなど | カント、ロス、ロールズなど | アリストテレス、アンスコム、ハーストハウス、スロート |
代表的な 理論・概念 |
最大多数の最大幸福 | 定言命法、正義の二原理など | 卓越性、フロネーシス、エウダイモニア |
規範倫理学は、この3つの立場を軸に議論が展開しますので、それぞれの立場をしっかり押さえておきましょう。
※これから詳しく解説しますが、規範倫理学について深く知りたい場合は以下の書籍をオススメします。
2-1:功利主義
功利主義とは、関係者の幸福の総量を増大させるような行為が、道徳的に正しい行為であると考える理論です。「功利(utility)」もしくは「効用」とは、何らかのものや制度、サービスなどから私たちが受け取る「快楽」のことです。
功利主義は、18世紀の哲学者ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham/1748-1832年)が提唱した理論で、倫理学以外にも経済学を中心に社会科学に広く影響を与えました。
功利主義の特徴をまとめると以下のようになります。
【功利主義の特徴】
- 幸福主義:功利主義にとっての善いこと(善)とは、幸福であることのみ
- 帰結主義:行為の正しさを、結果(帰結)から考える立場
- 総和主義:関係者の得る快楽を加算し、最大にすることが望ましいとする立場3赤林朗ら編『入門・倫理学』92-94頁
これらの立場を総合すると、人間の幸福の量は測定可能であり、社会の幸福を増大させるような結果(帰結)に繋がる道徳的判断・行為こそが、道徳的に正しい行為である、ということになります。
それぞれ簡単に説明します。
2-1-1:幸福主義
そもそも、道徳的価値の問題には「善の問題(何が善いことなのか、という価値観の問題)」と、「正の問題(道徳的に正しい行為とは何なのか)」という2つのものがあります。
これには3つの立場がそれぞれ立場を明らかにしているのですが、功利主義は、
- 善とは「幸福」である
- 人間の感じる「快楽」「苦痛」の量は測定でき、「快楽」が「苦痛」を上回る状態が「幸福」である
これが「幸福主義」という立場です。
功利主義の「何が善いことなのか」という問いに対する答えは、このようにとても明確なのです。
2-1-2:帰結主義
帰結主義とは、行為の道徳的な正しさについて「行為の結果(帰結)」から判断するという立場のことです。
功利主義は、行為の結果が幸福量を増大させるか?という点から考える立場ですので、当然帰結主義の一つであることが分かると思います。
2-3-1:総和主義
総和主義とは、行為の結果(帰結)のよしあしについて、
- 関係者が得られる幸福は加算できる(単純加算主義)
- 幸福の総量は最大化すべき(最大化)
と考える立場のことです。
ここでの「関係者」とは、例えば日本の政策を考える場合は日本国民ですし、地方自治の問題なら地方の行政単位での住民のことになります。
つまり、その「関係者」の幸福の量の増減が測定可能で、それを加算して最大化できるような選択が正しい、と考えるのが総和主義です。
※功利主義について、詳しくは以下の記事にまとめています。
【功利主義とは】義務論との違いやベンサム~現代の理論までわかりやすく解説
功利主義の生みの親であるベンサムの思想について、詳しくは以下の記事を参照してください。
2-2:義務論
義務論とは、帰結主義(行為の結果から、その行為の道徳的正しさを判断する立場)の立場を取らず、行為が特定の「義務」に基づいているかどうかから、行為の正しさを判断する理論です。
つまり、特定の「義務」に一致している行為が正しい行為であり、「義務」から外れた行為が間違った行為であるということになります4赤林ら、前掲書106-107頁。
2-2-1:カントの義務論
義務論として最も有名で、現代でも議論されるのがカント(Immanuel Kant)の義務論です。
カントの義務論は、
- 行為の道徳的な正しさは、その行為を行う時の意志(≒動機)から判断できる
- 人間は行為するときに行為の基準(意志の格率)に従って行動する
- その基準(意志の格率)が、道徳的に正しい行為を導く「義務」になっているかどうかは、定言命法でテストできる
というものです。
カントの議論で特に有名なのは「定言命法」です。定言命法とは以下のようなものです。
- 「~したければ~せよ」というような、条件付きの命令とは異なり、無条件に「~せよ」と命令するのが「定言命法」
- 行為の基準が「定言命法」になっているなら、それは「義務」であり、その義務にのっとって行為する場合は道徳的に正しい行為である
2-2-2:その他の義務論
義務論には、他にも議論があります。
■ロスの義務論
- 道徳的に正しい行為とは、「誠実」「正義」「善行」などの7つの義務に一致する行為である
- 義務が衝突した場合は、その場で義務の重みを考慮して優先すべき義務を決めるべき(一応の義務)
■ロールズの正義論
- 言論、思想、財産などの基本的自由について、すべての人は平等であるべき
- どうしても存在してしまう不平等は、その社会におけるもっとも貧しい人に、もっとも大きな利益をもたらすものでなければならない
他にも義務論にはさまざまなものがありますが、特にロールズの義務論は政治哲学の世界にとても大きな影響を与えました。
ロールズの議論について詳しくは以下の記事で解説しています。
【正義論とは】二つの原理・無知のヴェールから批判までわかりやすく解説
政治哲学については以下のページを参照してください。
また、義務論についてここでは要点のみ解説しましたが、詳しくは下の記事で説明しています。
2-3:徳倫理学
徳倫理学とは、行為の「善さ」や「正しさ」について、その行為そのものではなく、行為者の性格・徳に焦点を当てて議論する倫理学の分野のことです。
行為そのものではなく行為者側に焦点を当てることから、功利主義や義務論を「行為論」と呼ぶのに対し、徳倫理学は「徳論」と呼ばれます。
2-3-1:徳倫理学における「徳」
徳倫理学における「徳(virture)」とは、
- 人間が開花(flourish)するために必要な性格の特徴のこと
簡単に言うと、より良い自分になるための性格の特徴を得ることが、「開花する」ことであり、徳を身に着けること - 卓越した人が持つ性格的特徴のこと
などと定義されます。
徳倫理学は、行為者が「徳」を持ちより立派になること、素晴らしい人間になることを論じるものですので、功利主義や義務論が論じる「行為の正しさ」を二義的に考える点が特徴的です。
2-3-2:徳倫理学における「善」
徳倫理学における「善いこと(善)」は、
- 徳を持っているということ
- 徳を持って行為することそれ自体
であるとされています。つまり徳を持って行動すること自体が善いことであり、「徳」は何かの手段のために身につけるものではないのです。
2-3-3:徳倫理学における「正」
功利主義や義務論は、それぞれの立場で「行為の正しさ」を論じます。
功利主義は、幸福の総量を増大させる行為が「正」ですし、義務論は特定の義務に一致する行為が「正」です。
それに対して、徳倫理学は、正しい行為とは、
- 行為者が「適格な行為者(有徳な行為者)」である場合、なす行為は正しい
- 「卓越した動機」を持った行為者によってなされる行為は正しい
と議論されます。つまり、「行為」ではなく「行為者」に焦点を当てて道徳的正しさを論じるのです。
※徳倫理学について、詳しくは以下の記事で説明していますので、ぜひご覧ください。
功利主義、義務論、徳倫理学のそれぞれの立場についてここでもう一度まとめます。
- 功利主義:関係者の幸福の総量を増大させるような選択が、道徳的に正しい行為である
- 義務論:行為が特定の「義務」に適合している場合、その行為は道徳的に正しい
- 徳倫理学:行為の結果ではなく、行為者が「徳」を持っているか、「有徳な行為者」が成すであろう行為を行っているか、という点から行為の正しさが判断される
3章:規範倫理学の学び方・オススメ本
規範倫理学について概要をつかむことはできましたか?
規範倫理学にはさまざまな議論がありますので、まずは入門書から大づかみに議論を捉えて、それから各理論の内容を深く学んでいくことをオススメします。
赤林朗、児玉聡編『入門・倫理学』(勁草書房)
規範倫理学について学ぶためには、まずは入門書から学び始めるのをオススメします。この本では倫理学の理論が網羅的に論じられているため、読みたいところをつまみ読みするだけでも学びになります。
加藤尚武『現代倫理学入門』 (講談社学術文庫)
こちらは理論別というよりも、さまざまな素朴な倫理的問題から議論がはじめられている本です。切り口が異なるため、前述のテキストと合わせて読んでみることをオススメします。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- 規範倫理学とは、行為の道徳的正しさや「善さ」について議論する学問
- 規範倫理学には、幸福の総量を増大させる行為が正しいとする功利主義、特定の義務と一致した行為が正しいとする義務論、有徳な行為者が行う行為や卓越した動機から行われる行為が正しいとする徳倫理学の3つの理論がある
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