動物倫理(Animal ethics)とは、私たち人間だけでなく人間以外の動物にも権利が認められるべきではないか、動物の権利を人間が奪うのは権利の侵害ではないか、という動物に関する倫理を議論する学問です1中村隆文『「正しさ」の理由』ナカニシヤ出版134-136頁、小松光彦、樽井正義、谷寿美編『倫理学案内』慶應技術大学出版会181頁等を参考。
現代社会では動物は家畜として食料にされ科学実験に使われたりと、人間よりぞんざいな扱いを受けています。そのような状況に対して、過激な活動家が運動していたり、個人レベルで菜食主義を採る人も存在することはあなたもご存じでしょう。
一方で、そのような活動に対して「ばからしい」「意味がない」と考える人の意見も散見されます。あなたは動物の権利に対してどのような立場を取りますか?
動物倫理の問題が身近になってきている以上、それを理解しようとすることは非常に重要です。動物愛護に賛成であろうと反対であろうと、動物倫理を学ぶことには意義があります。
この記事では、
- 動物倫理の問題
- 近代社会の「人間中心主義」
- 動物倫理に関する代表的な議論
について詳しく解説します。
知りたいところから読んで、あなた自身の意見を深めるきっかけにしてください。
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1章:動物の倫理とは
動物の倫理は、動物の権利について議論する応用倫理学の一分野です。「動物の権利(Animal rights)」と言われることもあります。
1章で、まずは動物倫理が対象とする問題、課題と、動物倫理が批判する「人間中心主義」について説明します。動物倫理の主な議論について、詳しくは2章で説明していきます。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:動物の権利に関する問題
動物倫理が対象とするのは、
- そもそも、動物には配慮をすべきなのかどうか?その根拠は?
- 動物に配慮するとしたら、どのような配慮をすべきなのか?(動物実験は?食べることは?ペットとするのは?)
- 配慮するとすれば、どの動物まで配慮するべきなのか?(犬猫のような人気ペット?ネズミも?野生動物も?)
といった問題です。①を最も根本的な問題としつつ、②、③について議論が分かれていきます3中村、前掲書133-134頁。
とはいえこれらの問題は切り分けられるものでもなく、繋がりあったものでもあります。
あなたも素朴な疑問として、なぜ人間を殺したり暴力をふるったりすると重い罪になるのに、動物には許されることがあるのか?人間で実験をしてはいけないのに、動物実験が許されるのはなぜなのか?など考えたことがあるのではないでしょうか?
考えるきっかけとして、日本の動物愛護法における罰則規定を見てみましょう。
愛護動物* をみだりに殺し又は傷つけた場合は、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処されます。また、愛護動物に対し、みだりに、給餌若しくは給水をやめ、酷使し、又はその健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束することにより衰弱させること、自己の飼養し、又は保管する愛護動物であって疾病にかかり、又は負傷したものの適切な保護を行わないこと、排せつ物の堆積した施設又は他の愛護動物の死体が放置された施設であって自己の管理するものにおいて飼養し、又は保管することその他の虐待を行った者は、100万円以下の罰金に処され、遺棄した者も、100万円以下の罰金に処されます。
- *愛護動物とは
- 1 牛、馬、豚、めん羊、山羊、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる
2 その他、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの4引用:環境省サイト「動物の愛護と適切な管理」(太字は筆者)
日本の法律では、「愛護動物」を傷つけたりした場合のみ罪に問われることになっています。これはまさに、動物倫理における③の問題について国家がどう考えているか?を表しています。
感情論として、「どんな動物も保護されないとかわいそう」と思う方は多いかもしれませんが、一方で一切の肉食をせず、一切の動物実験も行わない(その結果として医療が発展しなくていい)とまで考えられる人は少ないのではないでしょうか。
つまり、動物に配慮することについて総論レベルで賛成するとしても、実際にはどこまでの配慮をするのか現実的な線引きが必要なのです。
その現実的な線引きは政策や法にも関わるものであり、動物倫理学でもさかんに議論されています。
1-2:人間中心主義
そもそも、日本では「生類憐みの令」に代表されるように、もともと動物に配慮することや動物と共存する社会的規範がある程度存在していたと思われます。
しかし、近代化やグローバリゼーション(とそれに伴う西欧化)に伴い、日本における動物倫理に関する規範も変わってきたかもしれません。なぜなら、欧米には「人間中心主義」と言われる動物や自然に対する態度があるからです。
1-2-1:ユダヤ教、キリスト教、ギリシャ哲学の人間中心主義
人間中心主義(anthropocentrism)とは、人間の利益や幸福のためなら、自然に対してどのような扱いをしても倫理的な問題がないと考える態度のことです5小松ら、前掲書177頁等。
人間中心主義は、ユダヤ教やキリスト教、古代ギリシャ哲学にその起源があります。
- ユダヤ教の教義…神は人間に動物を支配する権利を与えた
- 古代ギリシャ哲学…自然(植物や動物)は人間のために存在している(アリストテレス)
- キリスト教…神が作った自然の秩序には序列があり、動物は人間のために存在する
このように古代の宗教の教義や哲学の中に、すでに自然・動物支配の正当性が論じられていたのです。
1-2-2:近代科学・哲学の人間中心主義
さらに近代科学や哲学の中でも、こうした人間中心主義は補強されました。
- デカルト…人間は理性によって行動する存在だが、動物は理性をもたない自動機械である
- クロード・ベルナール…動物がいかに苦痛を感じていたとしても、人間にとって有益なら動物実験は倫理的に問題ない6小松等、前掲書178-179頁
このように、キリスト教の影響化で発展したヨーロッパの哲学、思想、科学は人間だけが理性的存在であり、動物はそうではないことや、人間は自己の目的のために自然や動物を利用しても問題ないと考えてきたのです。
動物倫理は、このような人間中心主義を批判することから展開していきました。
2章で詳しく説明しますので、いったん1章のポイントを整理します。
- 動物へは配慮すべきか?配慮するならどのように?どの動物に?というのが動物倫理の問題
- 動物倫理は、ヨーロッパで発展してきた人間中心主義への挑戦としてはじまった
2章:動物倫理に関する議論
動物倫理に関する議論は、人間の差別を撤廃する運動が広がる中から生まれてきました。動物倫理の議論として代表的な、レーガン、シンガー、動物福祉の議論を順番に説明します。
2-1:差別撤廃の運動の拡大
動物倫理の議論がはじまった一つのきっかけは「差別」への注目です。
そもそも、あなたもご存じの通り人間社会にも長い間に渡って、人間には本質的な「優劣」があると考えられ、人種差別や女性差別が行われてきた歴史があります。
しかし、
- 1950年代以降のアメリカにおける人種差別撤廃の公民権運動
- 1960年代からはウーマンリブ運動(女性解放運動)がはじまる(→詳しくはこちら)
といった出来事から差別を撤廃するための激しい運動が世界中に展開しました。
こうした運動を支持する根拠として、科学の面からも「人種による優劣はない」ことが分かったこともあります。つまり、それまで人間の優劣に客観的規準があるかのように言われ、それが差別の根拠とされていたのに対し、そんな客観的規準などなかったことが明らかにされたのです。
こうした経緯から、人間同士だけでなく人間と動物の間にも本質的な差異は少ないのではないか、動物の権利にも配慮するべきではないかという議論が行われるようになったのです。
しかし、「自然に人間の方が力を持つようになったのだから、動物への支配が認められるはず」とか、逆に「人間は強者だからこそ、動物にも配慮すべき」という意見では説得力がありません。
そこで、動物の権利を倫理学・哲学の面から明確にしようと議論が起こり、レーガンらの倫理学者が動物倫理について論じました。
人種について詳しくは以下の記事をご覧ください。
2-2:トム・レーガンの動物倫理
トム・レーガン(Tom Regan/1938年~2017年)は、動物倫理学を代表する哲学者で、権利論や義務論の立場から動物の権利(animal rights)を主張しました。
レーガンは、人間、動物という具体的な区別を超えた普遍的な「守られる対象」として、「生の主体(the subject of a life)」を定義します。
「生の主体」とは、
- 欲求や信念をもっている
- 記憶や将来に対する感覚を持っている
- 選好を持って未来志向的に生きている
といった要素を持った存在者のことです。
この要素を持っている「生の主体」であるならば、権利が守られるべきであるということです。
この定義に従えば、人間はもちろん多くの哺乳動物は「生の主体」として権利に配慮されるべきであることになります。
しかし、一方でここで疑問も生まれます。たとえば、上記の要素を満たさない「生の主体」ではない爬虫類や魚類、両生類などの生物も、人間の開発によって住む場所を奪われているからです。
レーガンの主張に従えば、「生の主体」以外の動物の権利は無視してもいいということなのでしょうか?
また、「生の主体」である哺乳動物に権利を認めるとすれば、どんな権利を認めるべきなのでしょうか?彼らの住む場所を一切奪わず、彼らの命を一切奪わずに人間が文明を維持することは難しいかもしれません。
2-3:ピーター・シンガーの動物倫理
ピーター・シンガー(Peter Singer/1946年~)は、功利主義の立場から、上記の問題に一部答える議論をしています。
シンガーは、動物の権利は「どこまで権利を認めるのか」という問題ではなく、動物にも人間と同じように「快楽の感受能力」があるのだから、動物に苦痛を与えることも悪であると主張します。
そしてシンガーは、下記のように強く動物への配慮を求めました7中村、前掲書138-139頁。
- 『動物の解放』(1975年)という著作を執筆し、動物実験や工場畜産、牛や豚などの家畜を食べることも倫理的に認められないと主張
- 動物も快楽・苦痛を感じる面では人間と同じなのに、人間の権利しか認めないのは種差別(speciesim)であると主張
※『動物の解放』は動物の権利に関する運動のバイブル的なものとなりました。
実は、功利主義(における特に快楽主義の側面)から動物に配慮すべきと考えたのは、シンガーがはじめてではありません。功利主義の開祖であるベンサムすら、動物も尊重すべきと主張しているのです。
功利主義とは、
- 人間は快楽・苦痛によって行動・選択する存在である
- 快楽が多いことが幸福である
- 幸福を増大させる行為が道徳的に正しい行為である
と考えた立場です。
シンガーの議論のポイントは、「功利主義的立場から考えれば、動物の権利について権利論的に定義することなく動物への配慮が正しいと言える」という点です。
さらに、功利主義の立場から考えれば、具体的な政策レベルの判断もできるとシンガーは主張します。
たとえば、動物愛護の点から考えればペットを飼うことには異議があるかもしれません。しかし、動物を野放しにすることによって繁殖しすぎ、飢えて苦しみを感じる可能性もあります。
その場合、功利主義から考えれば、人間がペットにすることで飢えや異常繁殖を防ぐことは、動物の快楽に繋がるため認められると言えるかもしれません。
レーガンやシンガーの動物倫理の議論は、動物実験への反対などの動物愛護運動の理論的基盤となりました。
2-4:動物福祉の議論
レーガン、シンガーは倫理学の立場から議論しましたが、科学や医学の研究の現場でも、動物実験に関する取り決めが行われています。
それは、動物実験は必要ではあるが動物が感じる苦痛は最小限にすべき、という考えが広まったためです。
2-4-1:3R
動物学者のウィリアム・ラッセルと微生物学者のレックス・バーチは、動物実験における動物の福祉の原則として「3R 」を提唱しました。
3Rとは、「代替」「削減」「改善」という動物実験の原則です。
- Replacement(代替)
実権に使う動物は、意識や感覚を持たないのないできるだけ下等な動物に「代替」すること - Reduction(削減)
実権に使う動物の数は最小限にすること - Refinement(改善)
実験による動物に与えられる苦痛は、最小限に軽減する工夫をすること
2-4-2:動物実験に関する法規制
動物実験について、多くの国は法律で規制しています。主なタイプとして、
- アメリカ、カナダ型:研究者の自主規制に頼るもの
- EU型:法律(たとえば許認可制)によって規制するもの
の2つがあります。日本は自主規制によって動物実験に基準を設けることで、動物福祉を実現しようとしています。
このように、動物倫理に関しては、権利論や功利主義による倫理学的議論と、現実の政策や現場レベルの規制とが行われている現状があります。
しかし、現場レベルの検討も法規制も、倫理学的議論あってのものです。あなたもこれをきっかけにより深く学んでみてはいかがでしょうか。
- 動物倫理、動物の権利に関する運動は、人間社会の差別撤廃運動から派生した
- レーガンは、「生の主体」の要素を持つ存在は権利を持つと論じ、権利論の立場から動物への配慮を訴えた
- シンガーは、功利主義の立場から、動物も快楽を感じる存在である以上人間と同じように配慮すべきと考え、動物開放運動の代表的論者となった
- 動物実験は、現場レベルで3Rなどの規制が生まれてきた(動物福祉)
3章:動物倫理に関するオススメ書籍
動物倫理について理解を深めることはできましたか?
動物倫理は倫理学(応用倫理学)の一分野ですので、深く理解するために倫理学の基本から学ぶと良いでしょう。また、この記事で紹介しきれなかった動物倫理の本もあるので、これから紹介する本をぜひ読んでみてください。
『マンガで学ぶ動物倫理』(化学同人)
倫理学者が書いた動物倫理の入門書です。とても分かりやすい読み物になっているので、興味がある方はこの本から読んでみると良いかもしれません。
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伊勢田哲治 (著)『動物からの倫理学入門』(名古屋大学出版会)
倫理学者が書いた、動物倫理を中心とした倫理学の入門書です。とても分かりやすい内容ですので、先に紹介したマンガと合わせて読んでみると理解が深まるでしょう。
この本は倫理学の入門書で、倫理学におけるさまざまな立場が紹介されています。動物の倫理についても書かれており、倫理学を全体像から学ぶ場合に役立ちます。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- 動物倫理、動物の権利に関する運動は、人種差別撤廃や科学的研究による人間と動物の質的差異の少なさが明らかになったことなどから起こった
- レーガンは、「生の主体」の要素を満たす存在(たとえば哺乳類)は、権利が認められるべきとした
- シンガーは、人間と同じく快楽を感じる存在である動物は、人間と同じように配慮されるべきと主張し、動物開放の代表的論者となった
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【写真の引用元】
Wikipediaのピーター・シンガーのページ(https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Singer#/media/File:Peter_Singer_-_Effective_Altruism_-Melb_Australia_Aug_2015.jpg)最終閲覧日2019年11月1日