全体主義(totalitarianism)とは、個人の利益より全体の利益を優先し、個人が全体のために従属しなければならないとする思想。また、カリスマ的指導者が世界を一貫した世界観で語ろうとするのが特徴のことです。
特に哲学者ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』で広く知られるようになりました。
全体主義は、イタリアのファシズムやドイツのナチズム、冷戦中のロシアなどの国家を指す時に使われた言葉ですが、実は「何十年も昔にあった歴史的出来事」で割り切って良い概念ではありません。
全体主義の本質を知ると、それは今でも別の形で起こりうるものだということが分かるはずです。
そのため、全体主義について知ることは、日本という平和な国家で暮らす私たちにとっても、とても重要なことなのです。
そこでこの記事では、
- 全体主義の意味や特徴、権威主義との違い
- 全体主義がなぜ、どのようにして生まれたのか?
- 全体主義について学べる書籍リスト
について解説します。
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1章:全体主義とは何か?
1章では全体主義の意味や特徴など、基本的なことを説明します。
2章では、全体主義が生まれた時代背景について説明しますので、より詳しいことを知りたい場合は2章からお読みください。
1-1:全体主義の意味
もう一度意味を確認しますが、
全体主義とは、個人の利益より全体の利益を優先し、個人が全体のために従属しなければならないとする思想
のことです。
「全体主義」という言葉を使い始めたのは、イタリアのファシズム政権やドイツのナチス寄り知識人達だったそうです。
そして、全体主義的国家として代表的なのも、そのファシズム、ナチズムや戦時の日本のような国です。
また、米ソ冷戦時にはロシアなどの社会主義国も全体主義国家と言われました。
これらの国家は、「全体」の目的達成のために国民の自由や行動が制限され、国民は「全体」つまり国家のために力を尽くすことが求められたのです。
そして、個人の利益は「全体」の目的を達成することでしか得られないとされました。
1-2:全体主義の特徴
全体主義的思想を持つ国家の特徴としては、以下のようなものがあります。
1-2-1:恣意的に作られた世界観・イデオロギー
全体主義の特徴の一つは、権力によって恣意的に作られた「世界観」「物語」「イデオロギー」が国民に共有されているということです。
具体的に言うと、たとえばナチスドイツでは、
- ユダヤ人や世界の経済を牛耳っており、彼らのせいで我々ドイツ人は不利益を被っている
- ユダヤ人は異分子であり、彼らを絶滅させることでドイツは逼迫した現状を打開できる
と考えられました。
確かに、当時からユダヤ資本は世界経済で大きな役割を持っており、エリートのユダヤ人も多くいました。
しかし、彼らによって世界経済が牛耳られているというのは陰謀論ですし、それを理由に彼らを絶滅させようとするのは反ユダヤ主義であり、いずれも合理的な発想ではありません。
しかし、当時のドイツでは、このような世界観・イデオロギーに国民が飛びつき、頼ってしまうような状況が生まれていました。
そのため、こうした世界観・イデオロギーによってホロコーストのような悲劇が起こってしまったのです。
恣意的に作られた世界観・イデオロギーは全体主義国家の特徴の一つです。
1-2-2:権力を独占する政府やカリスマ指導者
イタリア・ファシズムにはムッソリーニ、ナチスドイツにはヒトラーというカリスマ指導者がおり、戦時日本には権力を独占した軍部がありました。
全体主義国家は、国家権力を掌握しなければ成立しません。
権力を独占しなければ、全体の目的のために国民を動員することなどできないからです。
そのため、必然的に全体主義国家には権力を独占する強力な政府やカリスマ指導者が存在することになるのです。
全体主義国家では、権威主義的政府・指導者が国家を支配します。そのため、民主主義と対立的です。民主主義について詳しくは以下の記事で解説しています。
1-2-3:国民の思想・行動のコントロール
全体主義国家は、異分子を徹底して排除する必要があります。
なぜなら、国家に対して異を唱える勢力が大きな力を持ってしまうと、国民に世界観・イデオロギーを共有させることができず、権力を独占できなくなるからです。
そのため、全体主義国家は、
- プロパガンダ(マスメディアなどを通じて特定の思想に誘導すること)
- 言論統制(国家への批判や敵国を肯定することなど、特定の言論を禁止すること)
- 暴力による支配(国家に刃向かう人間を捕らえ罰を与えるなど)
といった手段を使う傾向があります。
1-2-4:計画経済
全体主義国家は、国家の目的(たとえば隣国の支配、植民地化など)を行うために、膨大な軍事予算が必要とされます。
そのため、全体主義国家では計画経済が実践される傾向があります。
計画経済とは、国家が自国の経済活動を計画・統制することです。戦時の日本でも、民間企業の多くが軍事産業のために利用されたり、国民の生活のための配給が行われたりしました。
1-3:全体主義と権威主義との違い
ここまで全体主義の特徴を解説しましたが、
「全体主義と権威主義って同じもの?」
と思われた方も多いかも知れません。
確かに、全体主義も権威主義も、権力を独占した支配者によって個人が抑圧される点は共通しています。
しかし、全体主義と権威主義には以下のような違いがあります。
- イデオロギー:全体主義にはあるが、権威主義では弱い
- 国家の目的:全体主義にはあるが、権威主義では弱い(目的は支配者の私的利益の追求にある)
- 汚職:全体主義にはないが、権威主義にはある(支配者などの権力者が私的利益追求のために国家を利用するため)
つまり、権威主義は支配者が個人的な目的(利益追求など)のために、国家を支配し国民を抑圧するのですが、全体主義は国家がイデオロギーを持ち、国民も共有し、個人ではなく「全体」の目的のために行動する、という点に違いがあるのです。
※全体主義について以下の本で分かりやすく説明されているので、入門書として最適です。
ここまでをまとめます。
- 全体主義は、ナチスドイツやイタリアファシズム、戦時日本などに見られた、全体の目的のために国民が動員される思想
- 全体主義には、一貫した世界観が共有されることや、計画経済、言論統制などの特徴がある
- 権威主義が個人の利益追求を目的としているのに対し、全体主義は「全体」の目的達成の思想
ここまで読んで、
「なんで『全体主義』のような思想が突然生まれてしまったんだろう?」
と思いませんでしたか?
この点について、ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』で様々な要因から解説しました。
これから、全体主義がなぜ、どのように生まれたのか詳しく説明します。
2章:全体主義はなぜ・どのように生まれたのか?
自らもユダヤ人として迫害され、学者として、そして当事者として全体主義について研究したハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は、その経験と研究の集大成として『全体主義の起源』を執筆しました。
『全体主義の起源』は、現代人にとっても読むべき名著です。
そこから分かる全体主義形成の流れを見てみましょう。
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2-1:全体主義の起源①反ユダヤ主義
アーレントは、ナチスドイツの全体主義形成の要因の一つとして、国民国家形成に伴う「反ユダヤ主義」があると考えました。
2-1-1:国民国家とは
国民国家というのは、簡単に言えば「私たちは〇〇人だ」という認識を共有した人々によって構成された国家のことです。
たとえば、日本に住む私たちは、自分たちのことを「日本人だ」そして日本を「日本人の国だ」と考えるのが当然だと思います。
しかし、こうした認識は国民国家が形成される以前は、存在しないものでした。
たとえば、日本なら江戸時代やもっと昔の人々にとって、自分は〇〇藩や〇〇村の人間という意識はあっても、「日本人」という意識は希薄でした。
なぜなら、
- 国家というまとまりを認識させてくれる媒体(たとえば新聞などのマスメディア)
- 統一された教育
- 国家を脅かす海外の勢力の存在
などがないと、私たちは「自分が〇〇人」という意識を持つことができないからです。
ヨーロッパでは、19世紀初頭以降になってようやく国民意識が広がり、統一された国家の必要性が認識されるようになりました。
国民国家の形成は、主権国家体制が作られたことに起因します。主権国家体制について詳しくいは以下の記事をご覧ください。
2-1-2:異分子と考えられたユダヤ人の差別
「国民国家と『反ユダヤ主義』に何の関係があるの?」
と疑問に思われたかもしれませんが、実は重要な関係があります。
国民国家というのは、「私たち〇〇人」という意識を、国民みなが共有した国家です。
逆を言えば「彼らは△△人」と、国民ではない人たちとの間に明確な境界を作り、「われわれ意識」を作るということでもあります。
「私たち○○人」という我々意識を「ナショナリズム」と言います。ナショナリズムにについて詳しくは以下の記事で解説しています。
当時、ドイツは国民国家として成立して日が浅く、まだ「われわれ意識」が希薄でしたが、国民国家として統一しなければ安定せず、海外からの驚異にも対処できません。
そこで、強い「われわれ意識」を作るために、国内に多数存在し、しかもドイツ人ではないユダヤ人を異分子として認識するようになったのです。
私たちの身近な世界を見ても、「仲間はずれ」を作って自分たちの団結を高める、ということは良く見られますよね。つまり、いじめと同じ論理です。
彼らが異分子として認識されたのは、
- ユダヤ人が国家を持たず、ドイツ国内にも多数存在していたため
- ユダヤ人は、エリート・知識人の多くの割合を占め、ユダヤ資本として世界経済にも影響力を持っている異質な存在だった
- ユダヤ人は親族やユダヤ人同士の繋がりを大事にして、それ以外の人々との交流に消極的だった
などの理由がありました。
上記のような認識は、ドイツの経済が逼迫してくると「原因は、世界経済を牛耳っているユダヤ人にある」という陰謀論に繋がり、迫害が正当化されることになります。
こうして生まれた反ユダヤ主義は、ナチスの全体主義を形作る一つの要因になりました。
2-2:全体主義の起源②帝国主義
国民国家の成立と共に、資本主義経済も成長し、各国はさらなる富を求めて他国を侵略し、植民地化していくようになりました。これが帝国主義です。
帝国主義を通じて、支配国は、
を強化することになり、それが全体主義にも繋がりました。
2-2-1:人種主義
繰り返しになりますが、国民国家は「われわれ意識」を共有する国民による国家です。
しかし、帝国主義的国家は植民地を支配しても、まったく異なる文化を持つ現地人と「われわれ意識」を共有することはできません。
そこで、彼らは人種を強く意識し、支配を正当化するために人種に優劣の思想を持ち込みました。つまり、「劣等な彼らを支配するには暴力しかない」「劣等な社会を文明化させるために支配しているのだ」とういことです。
このような人種によって優劣があるという思想は、優生思想と言われました。
こうして生まれた人種主義は、さらにナショナリズムと結びつきます。
2-2-2:ナショナリズム
ドイツやロシアのような植民地の争奪戦に遅れた国家では、人種主義がナショナリズムを生みました。
当時、ドイツの国外にもドイツに出自を持つ人々が住んでいたため、彼らは「同じ『血』を持つ人々はみなドイツ人だ」と考えました。
そして、「国外で大変な思いをしている同胞たちのために、彼らも同じ国境の中に入れてあげよう」というナショナリズム的な思想が生まれます。
しかし、国境を広げようとした先には、ユダヤ人など他の民族が住んでいます。
そこで、ナショナリズムと反ユダヤ主義から、「ユダヤ人は劣っているから追い出してしまおう」という思想が生まれたのです。
これが、ナチスドイツの全体主義の要素となったのです。
2-3:全体主義の実践
ナチスドイツの全体主義の背景に、反ユダヤ主義や帝国主義があったことが分かったと思います。
しかし、それがさらに全体主義に繋がったことについて、アーレントは「大衆のアトム化」という言葉で説明しました。
2-3-1:大衆のアトム化
国民国家を支えた「われわれ意識」というナショナリズムは、階級社会や資本主義経済の発展によって、崩れてしまいました。
こうして生まれたのが「大衆」です。
アーレントは、国民国家にいた「市民」が、全体主義が勃興する前には「大衆」になっていたと考えました。
- 市民・・・特定の階級や集団に属しているため、自らの利益を自分で認識している人々
- 大衆・・・自分の利益が分からなくなった人々
つまり、どこにも所属しない人々が増えたことを、アーレントは「アトム化」と呼び、これが全体主義を準備したと考えます。
2-3-2:全体主義が持つ世界観への共感
大衆がアトム化と合わせて、対一次世界大戦後のドイツは「国土の明け渡し」「多額の賠償金」「世界恐慌によってあふれかえる失業者」など、多くの問題を抱えていました。
不安になった大衆に手を差しのばしたのが、明快な世界観、物語を提示してくれたナチスです。
ナチスが提示した世界観は、反ユダヤ主義に基づいた、ユダヤ人による世界経済の支配という陰謀論です。
ヒトラーは、この都合の良い物語とカリスマ的指導力で大衆を動員し、さらにその物語をそのまま国家の目的に据えて、全体主義国家を作り上げたのでした。
アトム化し不安を抱えていた大衆は、この分かりやすい物語を受け入れ、徐々に過激になっていったのです。
2-2-3:全体主義的支配
その後ナチスは、
- 秘密結社的な組織形態をつくり、全体主義国家として過激化していった
- ユダヤ人を段階的に社会から切り離し、隔離し、人格すらも抹消した
- 人格すら抹消することで、ドイツ人はユダヤ人を虐殺することに良心の呵責を覚えないようにした
など巧みな国家運営で、ユダヤ人を大量虐殺するほどまでに突き進んでいったことは、皆さんも知ることだと思います。
このように、全体主義の背景には「反ユダヤ主義」「帝国主義」「アトム化」などの要因があったわけです。
アーレントの思想は「公共哲学」という領域でも議論されています。公共哲学について以下の記事で詳しく解説します。
2章の内容をまとめます。
- ナチスドイツの全体主義の背景には、ユダヤ人を異分子とみなす反ユダヤ主義や陰謀論、人種主義、帝国主義と結びついたナショナリズムがあった
- 大衆が繋がりを失った「アトム化」した社会では、分かりやすい世界観が受け入れられやすく、全体主義が生まれやすい
3章:全体主義について学べる書籍リスト
ここまで読んで、「やっぱり全体主義なんて現代人の自分にとっては、歴史上の出来事に過ぎない」と思われましたか?
確かに「反ユダヤ主義」「帝国主義」などを、文字通りに解釈すれば私たちには無縁に思えるかもしれません。
しかし、現在の日本は、将来の見通しが立たず、多くの人が漠然とした未来への不安を抱えていて、「つながり」を感じない「アトム化」した大衆が多いとは思いませんか?
このような社会で、「とても分かりやすい世界観」を提示してくれる権力者が現れたら、私たちも絶対に影響を受けないとは言えないでしょう。
少なくとも、「そんなこともあるかもしれない」という意識は持っておいた方が良いと思います。
そこで、そんなことを避けるためにも、以下の書籍を読んでみることをおすすめします。
オススメ度★★仲正昌樹『悪と全体主義-ハンナ・アーレントから考える-』(NHK出版新書)
この本は、ハンナ・アーレントが語った全体主義についてとても分かりやすく解説した本です。まったく前提知識を持っていなくても理解できるように書かれていて、全体主義の入門書として最高の良書です。
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オススメ度★★ハンナ・アーレント『全体主義の起源』(みすず書房)
ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』の原著も読んでみることをおすすめします。原著は難しいですが、政治学や哲学をしっかり学びたい方は必読です。
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オススメ度★★ジョージ・オーウェル『一九八四年[新訳版] 』(ハヤカワepi文庫)
「ビッグ・ブラザー」が支配する全体主義国家をテーマにしたSF小説の金字塔です。全体主義についてイメージを膨らませることができるだけでなく、単にエンターテインメントとしてもとても面白い小説です。ぜひ読んでみてください。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 全体主義の背景には、反ユダヤ主義や帝国主義、ナショナリズム、人種主義など様々な思想があり、全体主義の正当化に利用された
- 全体主義は、大衆のアトム化により「分かりやすい世界観」が受け入れられやすい社会で生まれ、強化された
- 全体主義は過去のことと割り切ることは出来ず、将来生まれる可能性は0ではない
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