逆差別(reverse discrimination)とは、逆差別とは、ある特定の集団に対して実施された優遇措置によって、優遇措置の対象とならない他の集団が受ける差別を指します。
たとえば、女性を優遇した大学入学制度によって、同等かそれ以上の学力をもつ男性の入学が拒否されるような場合に「逆差別」という言葉が使われます。
しかし、実際に逆差別は可能なのでしょうか?言い換えると、ある社会で支配的な集団はどのようにして社会的弱者から差別を受けるが可能なのでしょうか?
この記事では、
- 逆差別の意味
- 逆差別のアメリカ・日本の事例
- 逆差別の支持派と否定派の意見
をそれぞれ解説します。
知りたい箇所からで構いませんので、社会を考えるための第一歩にしていただけると幸いです。
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1章:逆差別とはなにか?
1章では、逆差別を概説しますので、用途に合わせて読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 逆差別の意味
まず、冒頭の定義を確認しますが、
逆差別とは、ある特定の集団に対して実施された優遇措置によって、優遇措置の対象とならない他の集団が受ける差別
を指します。
そもそも、逆差別は可能なのか?と疑問は一旦置いておいて、その具体的な意味を紹介します。逆差別の定義によると、「優遇措置の対象となる集団」と「優遇措置から外れる集団」があることがわかると思います。
一般的に、それぞれの集団は次のように区別されます。
- 優遇措置の対象となる集団・・・過去の差別を受けてきた集団(ex: 民族マイノリティ、性的マイノリティ)
- 優遇措置から外れる集団・・・過去に優遇されてきた集団
ここで重要なのは、そもそも優遇措置が実施されるのはなぜか?と考えることです。結論からいうと、特定の集団に対する優遇措置の目的は歴史的な不正義よって生じた現在社会での社会経済的格差を是正するためです。
つまり、今日の社会における不正義に対してではなく、過去の人種的・性的不正義に対して措置がとられているのです。
人種主義に関しては、次の記事が詳しいです。
「過去におきた不正義に対して、現在生きる人たちがなぜ罪を償わなければならないのか?」と思った方は鋭いです。まさにそのような理由から「優遇措置は逆差別だ!」と主張されるからです。
1-2: アメリカにおける逆差別の事例
アメリカ社会で逆差別が問題となる場合、それは「アファーマティブ・アクション」という措置をめぐってです(日本語では「積極的差別是正措置」)。
アファーマティブ・アクションとは、過去の不正義から生じた状況を改善するために採られる積極的な措置を意味します。(→詳しくはこちらの記事)
たとえば、人種的・性的マイノリティが優遇措置を受ける対象となるものや、教育面や雇用面でマイノリティが優遇されるものがあります2たとえば、賀川 真理 2005『カリフォルニア政治と「マイノリティ」―住民提案に見られる多民族社会の現状』不磨書房や、中村(2005)「教育と『人種』−再隔離とアファーマティブ・アクション−」『アメリカニズムと「人種」』川島正樹(編)pp.222-249名古屋大学出版会など。
ここでは、有色人種を優遇した入学制度に対して白人学生が起こした訴訟の事例を紹介します。
- 原告・・・母親に女手一つで育てられたジェリル・ホップウッドという白人女性
- 被告・・・テキサス大学法科大学院(全米でも指折りの法科大学院)
- 訴訟理由・・・ホップウッドよりも入学試験の成績や出願時のGPAが低いマイノリティ学生がいたにもかかわらず、彼女は不合格したため
- 被告の反論・・・州議会や裁判所に人種的・民族的多様性の促進が重要。テキサス住民の40%を占める黒人とメキシコ系だが、彼らは法曹界にほとんどいない。アファーマティブ・アクションを多様性を促進する方法の一つ
どうでしょう?逆差別を主張する白人女性の論理は理解できましたか?ホップウッドが主張したような逆差別の論理は珍しいものではないです。
事実、「アファーマティブ・アクションは逆差別である」という白人の主張は徐々に大きくなっています。その結果、カリフォルニア州、ワシントン州、ミシガン州における公教育と雇用でアファーマティブ・アクションは現在禁止されています。
「先祖の罪を誰が払うべきか?」は重要な問題です。この点をマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう ──いまを生き延びるための哲学』は取り上げているので、ぜひ参照することをおすすめします。
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1-2-1: ハワイにおける優遇制度
ハワイにはネイティブハワイアンの社会経済的な格差を是正する措置が多くあります。それに対して「ハオレ」(白人を意味するハワイ語)から逆差別という主張がされています。
たとえば、ハオレによる訴訟には、以下のものがあります3Rohrer, Judy 2010 Haoles in Hawaii. University of Hawaii Press.。
- ライス裁判・・・ハワイ人問題事務局(OHA)の理事がハワイ人に制限されていたことが差別かどうかを争った裁判
- カメハメハ学校裁判・・・ハワイ人以外の入学を認めない入学制度が差別的であるとハオレが裁判を起こしたもの
どの訴訟も「同じ人間(人種)を公平に扱わないことは逆差別である」というリベラルな考えを前提にしていました。この「カラーブラインド」といわれる思想をもとに、ハオレは逆差別を訴えたのでした。
「ハオレ」と「カラーブラインド」について詳しく解説しましたので、興味のある方は参照ください。
1-3: 日本における逆差別の事例
日本における逆差別の事例は、アメリカ社会の事例と非常に似ています。たとえば、日本における「アファーマティブ・アクション」には以下のようなものがあります。
- 部落問題解消のための優遇措置
- 女性の社会的地位向上のための優遇措置
- マイノリティための優遇制度(アイヌ民族、沖縄、在日韓国・朝鮮人など)
また、厚生労働省は近年、女性の雇用と社会的地位の向上を目的に優遇措置を推進しています。さらに、アイヌ民族といった民族マイノリティに対して補助金制度があります。
日本におけるこれら優遇措置に対して、男性やマジョリティ側から「逆差別である」という意見があります。
たとえば、日本が近代化する過程で抑圧をうけたアイヌ民族に対する補助金制度は、特権としてしばしば批判の対象になります。ある元市議会議員によると、「アイヌなどもういない」のにかかわらず、「同じ日本人を区別する」ことが補助金制度の問題であるといいます。
このように、アメリカ社会でも日本社会でも「逆差別」が主張される背景には、「同じ人間(人種)を公平に扱わないことは逆差別である」というリベラルな考えが前提である、といえます。
- 逆差別とは、ある特定の集団に対して実施された優遇措置によって、優遇措置の対象とならない他の集団が受ける差別
- 「同じ人間(人種)を公平に扱わないことは逆差別である」というリベラルな考えが前提である
2章:逆差別の支持派と否定派の議論
2章では逆差別の「支持派」と「否定派」の議論を解説します。その議論をとおして、逆差別に関する理解を深めていってください。
2-1: 逆差別の支持派
まず、逆差別の支持派の議論を詳しく解説します。支持派とは、逆差別が実際に存在すると考える人たちの意見です。逆差別が存在すると考える人たちは、アファーマティブ・アクションという制度の特徴を批判します。
アファーマティブ・アクションでは、以下のような特徴があります。
- 必然的に人種や性別といった集団的な分類がされる
- 女性やマイノリティを優遇するため、個人の能力は考慮しない
特に重要なのは、アファーマティブ・アクションが「集団的な」優遇措置だということです。なぜならば、私たちの暮らす社会は、次のような考えが支配的だからです。
- 自由民主主義・・・個人の自由と平等は保護されるべきもっとも重要な権利の一つ(→より詳しくはこちら)
- 新自由主義・・・個人の主体性を強調することで集団の妥当性が否定する傾向がある(→より詳しくはこちら)
自由民主主義は私たちの社会を成り立たせる根本的な考え方ですから、深い説明は必要ないと思います。重要なのは、新自由主義的な考え方が広く共有される社会で暮らすということです。
なぜならば、新自由主義は、個人の自己責任の強調し、人種や性別といった集団的な権利を否定する立場にたちます。すると当然のように、アファーマティブ・アクションのような特定の人種や民族に与えられる集合的な権利は否認されるからです。
このように、「機会への公平性と個人主義」という前提が、支持派の議論の前提となっています。
2-2: 逆差別の否定派
まず、逆差別の否定派の議論を紹介します。否定派とは、逆差別は存在しえないと考える人びとのことを指します。逆差別は存在しないと考える最大の理由は、差別は個人の行為ではなく、社会構造と結びついたものと考えてるからです。
たとえば、人種主義の例を考えてみましょう。「人種主義は個人の行為ではなく、社会構造と結びついたもの」というとき、それは、支配的な人種集団が他の人種集団を搾取するパワーのシステムを意味しています。
具体的には、以下の意味を指します。
- パワーのシステムが構築された社会に生まれ落ちた個人は、望むと望まないにかかわらず特定の利益または不利益を受ける
- 個人の意思に関係なく構築された社会構造上に生まれる時点で、個人は何らかの恩恵や困難を経験する
つまり、人種主義という社会構造の内部に個人は生まれ落ち、生活を営み、死を迎えるのです。
ハワイ先住民であり、ハワイ大学の教授であるトラスク教授はこの点に関して、次のような指摘をしています4ハウナニ=ケイ・トラスク 『大地にしがみつけ-ハワイ先住民女性の訴え-』(春風社)。
- 人種主義という差別を社会構造として考えるとき、白人に対して人種差別をする制度とは考えられない
- なぜならば、白人という支配的な人種集団が有色人種を搾取するパワーのシステム上で、白人への逆差別は起こり得ない
個人の自由と主体性が強調される社会に住む私たちは、歴史的につくられた社会構造に自分を結びつけることが難しい状況にいます。
しかし、逆差別を巡る一連の問題をとおして、私たちの暮らす社会とはどのように作られたのか?と再考する必要があるのではないでしょうか?
- 逆差別の支持派の議論には、「機会への公平性と個人主義」という前提がある。それによって、アファーマティブ・アクションのような特定の人種や民族に与えられる集合的な権利を否定する
- 逆差別の否定派は差別は個人の行為ではなく、社会構造と結びついたものと考える。差別が社会構造であるとき、逆差別は起こりえないと主張する
3章:逆差別の学び方
どうでしょう?逆差別に関する理解を深めることはできましたか?これから紹介する書籍から賛成派と反対派の主張を広く学びことをおすすめします。
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)
政治哲学者が逆差別やアファーマティブ・アクションの問題を議論しています。「白熱教室」で有名なサンデル教授の本は読み物としても非常に面白いのでおすすめ。
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ハウナニ=ケイ・トラスク 『大地にしがみつけ-ハワイ先住民女性の訴え-』(春風社)
先住民のトラスク教授(ハワイ大学)がハワイの帝国主義的状況を批判的に考察した書籍。先住民の視点からすると、逆差別などあり得ないと主張しています。一度読む価値のある本。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 逆差別とは、ある特定の集団に対して実施された優遇措置によって、優遇措置の対象とならない他の集団が受ける差別である
- 逆差別の支持派の議論には、「機会への公平性と個人主義」という前提がある。それによって、アファーマティブ・アクションのような特定の人種や民族に与えられる集合的な権利を否定すり
- 逆差別の否定派は差別は個人の行為ではなく、社会構造と結びついたものと考える。差別が社会構造であるとき、逆差別は起こりえないと主張した
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