南北問題(North–South divide)とは、主に北半球に位置する先進国と南半球に位置する開発途上国の間にある経済格差だけでなく、そこから生まれる貧困や教育、政治などの解決すべき問題を総称する言葉です。
先進国と開発途上国の格差は、国際社会が今もなお解決しなければならない課題の一つです。
その解決のためには、この南北問題がどのように始まり、何が原因で、どのような対策をしていくべきかを考える必要があります。
そこで、この記事では、
- 南北問題のはじまり
- 南北問題の原因
- 南北問題を解決するための対策
について解説していきます。
関心のある所から読んでみてください。
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1章:南北問題とは
1章では、南北問題の始まり、現状、原因について解説していきます。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:南北問題の問題化
「南北問題」という言葉が初めて使われたのは、1960年のことでした。当時のイギリスのロイド銀行会長だったオリバー・フランクス(Oliver Shewell Franks, Baron Franks)が、演説の中で「東西問題」ではなく「南北問題」に関心を向けるべきという主旨の発言をしたことがきっかけです。
それまで国際社会で問題となっていたのは「東西問題」とは、第二次世界大戦後に起こったソ連を中心とした東側社会主義国と、アメリカを中心とした西側資本主義国によるイデオロギーの対立によって起こった緊張関係のことです。これは「東西冷戦」とも言われます。
冷戦に関する政治学的な議論として、以下の記事も参考にしてください。
→「歴史の終わり」とはどういう議論か
しかし、1960年代になり、アフリカ諸国を中心に旧植民地だった国々が次々に独立を果たしていくなかで南北問題が明らかになっていきます。たとえば、次のような問題がありました。
- 十分なインフラ整備がされていない
- 開発や工業化が進まず経済成長が遅れる
- 脆弱な社会サービスの制度により貧困問題や民族対立なども発生する
そのような中で、フランクスは北半球の資本主義先進諸国と南半球の発展途上国の格差が拡大していることを指摘し、その解決こそ喫緊の課題であると主張したのです。
フランクスのこの発言により、南北問題が国際的に議論されることになりますが、冷戦構造は色濃く残り続けました。それは、以下で青山(2013)が指摘する意味においてです22青山利勝(2013)「国際開発援助の変容:南北問題から地球環境問題へ」『国民経済雑誌』,207(5),51-71頁[/mfn]。
西側自由主義陣営と東側社会主義陣営は、開発途上国をそれぞれの陣営にいかに多く取り込むかといった政治戦略に基づいて開発援助競争を激化させていくことになった
つまり、先進国にとっては開発途上国に援助することで、多くの国から支持を得て国際社会での発言権を高めることが関心の中心だったのです。
このように南北問題は、開発や経済発展の格差だけでなく、東西のイデオロギーの対立や政治的な問題も複雑に絡まっていました。
一部の国は「開発主義」によって工業化を促進させ、経済的に成功することもできました。詳しくは以下の記事をご覧ください。
1-2:南北問題の現状
さて、南北問題が注目を浴び始めて70年が経ちましたが、現在も南北問題は解決していません。
特に、貧困問題は深刻です。世界銀行は、貧困を定義するボーダーライン「国際貧困ライン」を1日1.9ドル未満で暮らす人々と定義しています。
世界銀行の2015年の調査によると、世界で約7億3600万人が国際貧困ライン以下で暮らす貧困層であることが分かっています。その中の85%以上がサブサハラアフリカ地域または南アジア地域に集中しています。
世界銀行に関しては、以下の記事で詳しく解説しています。国際問題に関心のある方は、知っておきたい機関です。
また、教育の格差も存在します。以下のデータは、ユニセフ(UNICEF,国連児童基金)が2017年に発表した「世界子供白書2017」によるものです3UNICEF「世界子供白書2017」表5:教育指標より 。
若者(15歳~24歳)の識字率
- 世界平均・・・男子92%/女子85%
- 後発開発途上国・・・男子80%/女子73%
- 西部・中部アフリカ・・・男子69%/女子55%
初等学校(小学校)に入学した児童が最終学年まで残る割合
- 世界平均・・・男子76%/女子77%
- 後発開発途上国・・・男子52%/女子54%
- 東部・南部アフリカ・・・男子48%/女子51%
※後発開発途上国とは、国連が定めるの基準(一人当たり国民所得(GNI)、人的資源指数(HAI)、経済脆弱性指数(EVI))を下回る国を指します。一般的に開発途上国と言ったときに後発開発途上国はこれに含まれます。
このデータからも、先進国と開発途上国の教育格差を計り知ることができます。この他にも、飢餓や感染症、紛争などさまざまな問題を抱えています。
1-3:南北問題の原因:なぜ途上国は貧しいのか?
南北問題が起こる原因は多様ですが、ここでは「植民地主義の歴史」「急激な人口増加」の項目から紹介します。
1-3-1: 植民地主義の歴史
南北問題の原因の一つに、先進国による植民地支配の歴史を挙げることができます。
現在の発展途上国の多くは、過去に植民地支配を受けていたり、外国資本が国内に進出していたりした国がほとんどです。そのため、先進国のニーズに合わせて特定の原料や食糧、農作物などに偏った生産を強いられてきました。
その結果、以下のような状況が作り出されます。
- 特定の農産物や水産物、地下資源など、自然から採取した一次産品の生産や輸出に依存した経済を生み出す(これは「モノカルチャー経済」と呼ばれる)
- こういった一次産品は安価で、天候や自然災害の影響も受けやすく、安定した十分な利益を得ることができない
- 先進国が工業化を進め次々と発展していくなかで、モノカルチャー経済から脱却できない開発途上国は工業化が遅れ、さらに格差が開いていく
より学術的な議論は、以下の記事を参照ください。
【ポストコロニアリズムとはなにか】定義や代表的な理論を簡単に解説
1-3-2: 急激な人口増加
また、急激な人口増加も南北問題を拡大させた原因の一つと言われています。
近年、開発途上国の人口増加は先進国のそれを大きく上回っており、開発途上国地域の人口が世界人口に占める比率は、1950年の67.7%から2000年の80.3%へと上昇しました。
しかし、これに経済成長が追い付いていないため、結果として貧困者数が増え、慢性的な食糧不足によって飢餓も起こってしまいます。
さらに近年は、地球環境問題も南北問題を助長させていると言われています。たとえば、上述のモノカルチャー経済で生産される農作物などの一次産品は、次のような問題があります。
- 天候などに影響を受けやすいため、近年の気候変動などによる開発途上国の経済への打撃も深刻化する
- 日照りが続いたり、極端な豪雨が発生したりすることで、産業に大きなダメージを与えてしまう
もちろん、国際社会はこうした地球環境問題への対策を進めていますが、地球環境問題への対策は開発途上国の工業化の推進にとっては障害になる側面も持っています。
CO2などの排出を抑制する国際的な取り決めは、CO2などの排出を抑えるための設備も資金も技術力もなく、経済発展のために工業化を進めたい開発途上国にとっては足かせにしかなりません。
何よりこれまで地球環境が破壊されてきたのは、他ならぬ先進諸国の工業化による大量生産・大量消費が原因です。しかしそのような取り決めをする国際会議の場で発言力があるのは、多額の資金を拠出できる先進諸国です。
そのために、開発途上国の先進国への依存が強まってしまうという負のスパイラルも発生しているのです。
1-4:南北問題と南南問題
南北問題は、もともとは先進諸国と開発途上国の間の格差問題でした。しかし、1980年代ごろになると、開発途上国の中でも格差が生まれるようになってきます。
この開発途上国間における経済格差を「南南問題」とよびます。この南南問題が発生した背景にあったのが「資源ナショナリズム」という風潮でした。資源ナショナリズムとは、自国の産出される資源は自国で管理するべきという考え方です。
- 1960年にイランやイラクなどの石油産出国によってOPEC(石油輸出国機構)が設立されたことにより、資源ナショナリズムが加速していった
- しかし資源を持つ国はその資源を利用して経済発展できる一方で、資源を持たない国や資源の採掘にコストがかかるような国では開発が進まず、経済を発展させることができない
- その結果、開発途上国の間でも資源保有国と非資源保有国との間で経済格差が広がり、南南問題と言われるようになった
石油産出国が集まる中東地域にある国や、中国、台湾、韓国、シンガポールなどの工業化に成功した新興経済圏(NIES)と呼ばれる国が著しい経済成長を実現する一方で、資源を持たない国や、資金援助による累積債務で苦しむ中南米地域の国々の経済は停滞し、開発途上国間の経済は拡大していきました。
- 南北問題とは、主に北半球に位置する先進国と南半球に位置する開発途上国の間にある一連の問題を指す言葉である
- 南北問題は「植民地主義の歴史」「急激な人口増加」などに原因がある
- 開発途上国の中でも格差が生まれたことで、南南問題が起きた
2章:南北問題に対する対策
さて、2章では、南北問題を解決するために国際社会、日本がこれまでとってきた対策を紹介していきます。
2-1:国際社会の対策
まずは国際社会におけるこれまでの取り組みについて解説します。南北問題を解決するために、国際社会が動き始めたのは1960年代前半でした。
1961年に国連は「第1次国連開発10年のための国際開発戦略」を発表しました。これは当時のアメリカの大統領だったJ. F. ケネディが、開発途上国の発展には民主主義の確立と貧困からの脱却が重要だと提案したことがきっかけとされています。
しかし、この裏には開発途上国を西側の自由資本主義にひきこもうとする政治的狙いもあったと言われています。
この「国連開発の10年」では、開発途上国全体の国内総生産(GNP)年平均成長率を5%以上に引き上げることを目標に掲げ、60年代後半には5.3%となり達成することができました。
他にも、
- 資源産出国が持つ自国の資源の主権を守るための「天然の富と資源に対する永久主権」(1962年)
- 開発途上国の貿易の拡大のための機関「国連貿易開発会議(UNCTAD)」の設立(1964年)
など、南北問題を解決すべくさまざまな決議の採択が行われました。
しかし、国全体のGNP目標値は達成しましたが、その間に急激に増加した人口により、人口当たりのGNP増加率は2.7%と、先進国の3.7%を下回る結果になりました。
その後も、国連による「国連開発の10年」は、1960年から10年ごとに見直しが行われ、1990年の第4次戦略まで続きます。その間、先進国による援助も拡大していきました。
しかし、開発途上国の経済が著しく好転することなく、地球環境問題などの新しい課題も増え、現在も先進国と開発途上国の格差は解決していません。
地球環境問題について詳しくは下記の記事も参考にしてください。
2-1-1: 持続可能な開発目標(SDGs)
近年の国際社会の取り組みとしては「持続可能な開発目標(SDGs)」という全世界共通の目標を合言葉に、開発途上国の貧困や教育の質の向上、経済発展、そして地球環境保全に取り組んでいます。
SDGsとは、2015年に開催された「国連持続可能な開発サミット」において掲げられた目標で、「誰も取り残さない」を合言葉に途上国と先進国が一緒になって取り組む世界共通の目標です。
このSDGsの目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」における具体的なターゲットの中では、南北問題を解決するための以下のようなターゲットが明記されています4外務省HP「JAPAN SDGs Action Platform」(最終閲覧日:2020年6月27日)。
17.2 先進国は、開発途上国に対するODAをGNI比0.7%に、後発開発途上国に対するODAをGNI比0.15~0.20%にするという目標を達成するとの多くの国によるコミットメントを含むODAに係るコミットメントを完全に実施する。ODA供与国が、少なくともGNI比0.20%のODAを後発開発途上国に供与するという目標の設定を検討することを奨励する。
17.9 全ての持続可能な開発目標を実施するための国家計画を支援するべく、南北協力、南南協力及び三角協力などを通じて、開発途上国における効果的かつ的をしぼった能力構築の実施に対する国際的な支援を強化する。
17.11 開発途上国による輸出を大幅に増加させ、特に2020年までに世界の輸出に占める後発開発途上国のシェアを倍増させる。
このように、世界各国が共通の目標を掲げ、南北問題の解決に向けて、今もなお取り組みが行われています。
2-2:日本が行ってきた対策
日本が南北問題の解決のための取り組みを始めたのは、1954年のコロンボプランという南アジア諸国へのODAによる支援への参加です。
当初は、このODAは戦後賠償と言う意味合いが強く、援助国も南アジアに限られていました。しかしその後、1974年にODAの実施機関として国際協力事業団(現在の国際協力機構(JICA)の前身)を設立し、ODAを拡大していきました。
日本のODAの特徴は、以下のとおりです。
開発途上国に開発に必要な資金を貸し付ける有償資金協力や、返済の義務が無い無償資金協力による援助を行っている点
専門家や青年海外協力隊などのボランティアを派遣して技術移転を行う技術協力事業も数多く実施している点
近年では、アジア太平洋経済協力(APEC)や東南アジア諸国連合(ASEAN)と連携してアジアに対する国際協力を一層強化しています。
また、アジアだけでなく、アフリカ開発会議(TICAD)や太平洋・島サミット(PALM)などを主導することにより、アフリカ地域や太平洋島嶼国地域との協力関係も強化し、積極的に開発途上国の開発に取り組んでいます。
さらには、自治体やNGO、企業などによる支援も行われています。政府の取り組みだけでは手が届かない部分を補うことができ、そして草の根レベルで現地の課題に直接アプローチすることのできる民間の団体等による支援の重要性は年々増しています。
- 国際社会が動き始めたのは1960年代前半で、現在では「持続可能な開発目標(SDGs)」がある
- 日本社会は1954年のコロンボプランという南アジア諸国へのODAによる支援を始めて、現在では民間でも幅広く行われている
3章:南北問題について学べるおすすめ本
南北問題について理解できましたか?さらに深く詳しく知りたいという方は、以下のような本をご覧ください。
オススメ度★★★ 谷口誠『21世紀の南北問題―グローバル化時代の挑戦』(早稲田大学出版部)
21世紀におけるグローバル化した国際社会で南北問題がどのように変化していて、どう対処すればよいかを提案してくれる一冊です。
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オススメ度★★★ 大塚啓二郎『なぜ貧しい国はなくならないのか(第2版)正しい開発戦略を考える』(日本経済新聞出版)
開発途上国の貧困がなくならない理由を、国際社会の開発戦略を通して丁寧に解説してくれる一冊です。
オススメ度★★★ 中嶋嶺雄『国際関係論 同時代史への羅針盤』(中公新書)
国際関係論を理解することを通して、南北問題の本質を学ぶことができる一冊です。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 南北問題とは、主に北半球に位置する先進国と南半球に位置する開発途上国の間にある一連の問題を指す言葉である
- 南北問題は「植民地主義の歴史」「急激な人口増加」などに原因がある
- 国際社会が動き始めたのは1960年代前半で、現在では「持続可能な開発目標(SDGs)」がある
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引用・参考文献
世界銀行HP「貧困に関するデータ」より(最終閲覧日:2020年6月25日)
JICA緒方研究所(2006)「開発途上国の高齢化を見据えて ~新しい支援・協力への視座~」客員研究員報告書(最終閲覧日:2020年6月27日)