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経済学

【合成の誤謬とは】ミクロ・マクロ経済学の視点の違いと具体例からわかりやすく解説

合成の誤謬とは

合成の誤謬(fallacy of composition)とは、個人レベルにおける合理的な行動が、集団もしくは全体レベルでは必ずしも合理的な結果をもたらさない事象を示します。

合成の誤謬は、「農作物の廃棄」「少子化」などにも関わる身近な現象であり、理解しておくと経済活動をより深く理解することができます。

この記事では、

  • マクロ・ミクロ経済における合成の誤謬
  • 合成の誤謬の具体例

などをそれぞれ解説していきます。

好きな箇所から読んでみてください。

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1章:合成の誤謬とは

1章では合成の誤謬を概説していきます。具体例に関心のある方は、2章から読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: ミクロ経済とマクロ経済

合成の誤謬は、ミクロ経済学とマクロ経済学の説明が必ずしも一致しないことが発生の原因と考えられています。そこで、まずはミクロ経済学とマクロ経済学の違いについて簡単に説明します。

大まかにいえば、ミクロ経済学とマクロ経済学にはそれぞれ次のような違いがあります。

  • ミクロ経済学・・・個々の家計や企業が、価格などの市場情報をもとにどのような経済行動をとるかを分析する学問
  • マクロ経済学・・・雇用、物価、所得、経済成長、為替レート、政府財政赤字など、経済全体にかかわる問題を分析する学問

説明をみてわかるように、ミクロ経済学では個人や企業という小さい主体を対象とします。そして、個々の経済主体が満足度(家計なら効用、企業なら利潤)の最大化を目指して行動した場合、その帰結として経済全体がどのような状態になるかを研究します2中谷巌 『マクロ経済学入門』日本経済新聞出版社, 14頁

一方、マクロ経済学では、個々の経済主体の行動様式からスタートするというアプローチは基本的にはとらず、ミクロの経済主体による行動の結果をいくつかの代表的な変数(成長率やインフレ率、失業率など)に集計して、そのマクロ変数の動き方を研究します3中谷巌 『マクロ経済学入門』日本経済新聞出版社, 15頁

それぞれの研究は綿密に関わりあっており、実際、ミクロ経済学においても、以下のような結論が導かれています。

個々の経済主体が効用(利益)の最大化を目指すとき、競争に制限を設けずに自由に放任すると、「一定の条件」が満たされれば経済全体の効用も最大化され、一人ひとりが自由に経済活動を行えば、社会全体も最も豊かになる4中谷巌 『マクロ経済学入門』日本経済新聞出版社, 14頁

そのため、ミクロ経済の集合がマクロ経済学の結論のひとつになることは一定の条件下で証明されています。

この「一定の条件下」を除く事象のひとつが、合成の誤謬にあたるミクロ経済とマクロ経済の不一致です。

次項では、合成の誤謬の代表的な事例である「家計の貯蓄」のケースを解説しながら、合成の誤謬を詳しく見ていきます。



1-2:合成の誤謬と家計の貯蓄

まず、個人所得(ここでは税金や社会保険料を差し引いた可処分所得を示す)の用途に関する基本的な事項を紹介します。

  • 消費・・・所得をなにか財やサービスと交換すること。所得における消費の割合は「消費性向」と呼ばれる
  • 貯蓄・・・将来の支出を見据えて所得を貯めること。所得における貯蓄の割合は「貯蓄性向」と呼ばれる

そして、消費性向と貯蓄性向の和は必ず1となります。つまり、消費性向が高くなれば、貯蓄性向は低くなり、逆に貯蓄性向が高くなれば、消費性向は低くなります。

消費性向と貯蓄性向がどのように決まるのかには複雑な要件があり、一概に決めることはできませんが、その国のな文化などにも影響を受けると言われています5実際に、かつて、アメリカは消費性向が非常に高く、自分たちの所得を超えるような高い消費を行っていました。しかし日本では消費性向が低く、代わりに非常に高い貯蓄性向を持つ国として知られていました。2000年以降は、日本の急速な高齢化にともなって貯蓄性向も低下し、かつてほどの差はなくなりましたが、文化による有意的な差は一般に認められています。。しかし、一般的に景気の先行きにポジティブな要素が多ければ、消費性向が上昇すると考えられており、実際に消費性向と景気動向の連動性を示す研究も数多く存在します6農林中金総合研究所『金融市場2004 1月号』2-4頁https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/f0401dke1.pdf

また、経済学者の伊藤元重は家計支出と景気動向について次のように述べています7伊藤元重『はじめての経済学』(上) 日本経済新聞出版社, 59頁

家計部門による消費が好調であれば、財、サービスがたくさん売れるので、企業部門もそれに応じて生産や投資を拡大させようとするでしょう。生産や投資の拡大が経済を活性化させ、雇用増大にもつながると期待できるので、それが国民の所得を高めて、さらに消費を増やしていくことに繋がります。消費の増加は、投資や雇用の拡大を通じて、結果的に経済全体のGDPの規模を拡大していくことになります。

この連動は、家計部門が支出を増やすという行動が、社会全体の経済を活性化するという点で望ましい流れであると言えます。しかし、ここで重要であるのは、家計部門が必ずしも経済を活性化するために支出を増やしているわけではいない点です。

実際、家計部門というミクロレベルでは、同じ所得をどう使うかに限った話であり、消費性向が高くなっても貯蓄性向が高くなっても家計の所得には影響しません。

そして、家計部門は家計内の合理性でのみ動くため、個々の家計部門が経済全体の都合を考慮することはありません。つまり、このミクロレベル(家計部門)とマクロレベル(経済全体)の立場の違いが合成の誤謬を生み出すのです。

実際に、景気後退の局面を例にとって考えてみましょう。

  1. 家計部門は、将来の所得減に備えて、いま得られている所得を貯蓄に回し始めるかもしれない
  2. 家計部門としてはいま得られている所得の使い道を変えているだけであり、所得自体に変化はない。そのため、この選択は家計部門においては合理性をもつ
  3. しかし、家計部門全体の貯蓄性向が高くなれば、消費の恩恵を受ける企業は、投資や雇用を控えるようになり、その結果、企業の収益は低下する
  4. 労働者の賃金は低下し、いずれは家計部門自体の所得減に繋がる

このようにみると、ミクロレベル(家計部門)では合理的な判断でも、マクロレベル(経済全体)では必ずしも好ましい結果にならないことがわかります。

合成の誤謬の仕組みを理解できたところで、次章では別の具体的な事例を用いながら、もう少し合成の誤謬に対する理解を進めていきます。その前に一旦、これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • 合成の誤謬とは、個人レベルでは合理的な行動であっても、集団もしくは全体レベルでは必ずしも合理的な行動にならない事象を示す
  • ミクロレベル(家計部門)とマクロレベル(経済全体)の立場の違いが合成の誤謬を生み出す
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2章:合成の誤謬の具体例

さて、2章では合成の誤謬の具体例から、さらに深掘りしていきます。

2-1:農作物の需給調整

農作物は、好天が続き豊作になると、出荷予定だった農作物を市場に流通させずに廃棄する需給調整がおこなわれることがあります。これは合成の誤謬を防ぐための特例的な措置です。

需給調整をおこなう目的は、マクロ経済学の需給曲線で説明することができます。図1は、ある農作物の需要曲線(D)と供給曲線(S)を示したものです。
※図の意味が分からなくても、合成の誤謬の意味は理解できます。

豊作による需給曲線の推移(図1「豊作による需給曲線の推移」筆者作成)

通常、その農作物の需要曲線D1と供給曲線S1の交点C1で均衡しているとします。そこで、ある年にその農作物が豊作になり、需給調整がおこなわれないまま、生産されたすべての農作物が市場に流通したとします。

すると、以下のような現象が起きます。

  • 供給曲線S1は右下のS2に移動し、あたらしい均衡点C2が生まれる
  • Cでは、C1に比べ価格は下落し、流通量は増加する
  • そのため、消費者にとっては安く農作物をたくさん買うことができる
  • その一方で、生産者は生産量の増加以上に出荷価格が下落すれば、本来予定していた収入を得られない可能性が生まれる

つまり、

ミクロレベル(生産者単体)で、生産したものを流通させて所得を増やすという合理的な選択をすることは、マクロレベル(市場全体)では、流通価格が低下し、生産者全体の所得減少につながってしまう

のです。

本来、生産者が合同して生産量を調整する行為は独占禁止法で制限されているカルテルに該当します。

しかし、農作物は自然環境による影響を多く受け、生産者による供給量の調整が難しいことから、農業関係者が持続的に事業を営むことができるよう政府による需給調整がおこなわれています。

実際、農作物の需給調整については、農林水産省も公的な声明を以下のように出しています8農林水産省『野菜の需給調整について』 https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/yasai_zyukyu/y_zyukyu/taisaku/index.html

気象条件等によって供給量が変動し、豊作等により野菜の価格低迷が続いた場合には、生産者の所得が確保できなくなり、次期作以降の野菜の安定的な供給に影響が出ることがあります。このため、価格状況に応じて緊急的な需給調整対策を講じます



2-2:買占め

2-1では、供給者側の視点による合成の誤謬を説明しましたが、需要者側でも合成の誤謬といえる事態が起こることがあります。それが、集団発生的な買い占めです。集団発生的な買い占めは歴史的に見てもさまざまな場面でみられる現象です。

日本国内でも古くは大正時代にかけてコメの流通減と米価暴騰が起きた「米騒動」や、記憶の新しいところでは2020年に大流行した新型コロナウイルスをきっかけとしたマスクの品薄および価格高騰が具体的な事例として挙げられます。

通常、ミクロ経済学の定説では図2で説明されるように、長期的な需要の増加にともなう需要不足は、供給量の増加によって解消されて、価格の上昇は見られても、いずれは新たな衡点が生まれると考えられています。

一般的な需要増加時の需給曲線(図2「一般的な需要増加時の需給曲線」筆者作成)

しかし、パニックとも言える集団発生的な買い占めでは、急激な需要の増加に対して、供給の増加が追い付くことができず、図3にように供給曲線が垂直になってしまいます。供給量が変化しないにも関わらず、価格だけが上昇していく現象が見られます。

買い占め発生時の需給曲線 (図3「買い占め発生時の需給曲線」筆者作成)

これは、需要が急激に増えても、生産者側に増産をする用意がなければ、すぐにはその需要に対応できないために起こります。

集団発生的な買い占めも、ミクロレベル(消費者)では買っておく必要があるという合理的な行動であっても、マクロレベル(市場全体)では、急激な価格上昇と品薄状態が起こり、欲しい人に商品が行き届かないという点で合成の誤謬であると言えます。



2-3:少子化

最後に、少子化問題についても合成の誤謬を使ってその原因を考えてみます。

内閣府が発表する「令和元年版少子化社会対策白書」によると、2017年の合計特殊出生率は1.43です。人口を維持するための合計特殊出生率が2.07とされていることから、日本国内少子化が急速に進行していることはもはや共通認識として議論されています9内閣府『令和元年版少子化社会対策白書』5頁 https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w2019/r01pdfhonpen/pdf/s1-2.pdf

同白書による「妻の年齢別にみた、理想の子供数を持たない理由」では、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が、いずれの世代においても第一位の理由となっています。つまり、金銭的な余裕のなさが指摘しています10内閣府『令和元年版少子化社会対策白書』25頁 https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w2019/r01pdfhonpen/pdf/s1-5.pdf

そのため、以下のことがいえます。

  • ミクロレベル(夫婦単体)で考えると、子育てや教育に必要な費用と、夫婦の所得が釣り合わないから子供を生まないという合理的な行動をとる
  • しかし、マクロレベル(国家全体)では、子供が減り、労働者人口が減っていっていくことで国家の活力が失われていくという合成の誤謬が生まれる

上記の事例からもわかるように、合成の誤謬は身近な問題の原因を探るうえで、一つの枠組みを提供してくれます。

もちろん、上記に挙げた事例もすべてが合成の誤謬が原因であるとは言えませんが、合成の誤謬を理解することができれば、ミクロあるいはマクロの視点だけで事象の原因追及または課題解決をおこなうことの危険性を考慮することができます。

1章のまとめ
  • 合成の誤謬を防ぐために、好天が続き豊作になると、出荷予定だった農作物を市場に流通させずに廃棄する需給調整がおこなわれることがある
  • 買い占めが起こると、供給が増えないのに需要だけ増えることで価格が急上昇し、個人の需要に応えられない合成の誤謬が発生する
  • 少子化は、個人レベルでは経済的理由などから子を産まないという合理的選択肢を取ることで、国家レベルでは少子化による悪影響が発生するという、合成の誤謬の一例
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3章:合成の誤謬について学べるおすすめ本

合成の誤謬を理解することはできましたか?

経済を理解する上では避けられない議論ですので、以下の本も参考にしてみてください。

オススメ書籍

オススメ度★★★ 奥野正寛『ミクロ経済入門』(日本経済新聞社出版社)

ミクロ経済学全般の基本的な内容を学べる1冊です。消費者から家計、企業までの動きが解説されており、身近な例も多く、親しみやすい内容となっています。

オススメ度★★ 中谷巌『マクロ経済入門』(日本経済新聞出版社)

こちらはマクロ経済全般の基本的な内容が学べる1冊です。新聞によく出てくる単語が数多く解説されており、経済全体を学びたい方にはおすすめです。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 合成の誤謬とは、個人レベルでは合理的な行動であっても、集団もしくは全体レベルでは必ずしも合理的な行動にならない事象を示す
  • ミクロレベル(家計部門)とマクロレベル(経済全体)の立場の違いが合成の誤謬を生み出す

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