新しい中世(New medievalism)とは、グローバル化が進む現在の国際社会において、主権国家体制が崩れ、ヨーロッパ中世の世界に近い世界システムが生まれていると考える概念のことです。
国際政治学・国際関係論の世界で論じられてきたもので、現在の国際社会を説明する有効な考え方とされています。
はじめて聞いた方は「現在の国際社会が中世に似ているってどういうこと??」
と不思議に思われるかもしれませんが、その意味を知れば、現代(特に冷戦以降)の国際社会がどのような構造を持っているのかよく分かります。
世の中で起こっている事象を見渡しても、個人の頭の中ではなかなか整理できないものですが、こうした考え方の枠組みを一つ知っておくと、世の中の動向がスッキリ理解できると思います。
そこでこの記事では、
- 新しい中世とはどういう概念か?
- 新しい中世の見方では、現代の国際社会はどんなものか?
- 新しい中世を含めた国際政治学の学び方
などについて紹介します。
政治学、国際政治学、国際関係論などを学ぶ学生にはもちろん、国際情勢について理解を深めたい社会人の方にも役立つ内容です。
読みたいところから読んでみてください。
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1章:新しい中世とは?
もう一度確認しましょう。
新しい中世とは、
グローバル化が進む現在の国際社会において、主権国家体制が崩れ、ヨーロッパ中世の世界に近い世界システムが生まれている
という国際政治学・国際関係論での考え方のことです。
国際政治学者のヘドリー・ブル(Hedley Bul)や日本の著名な国際政治学者である田中明彦が論じている概念です。
1-1:新しい中世の意味
現代社会が「新しい中世」になっていることについて理解するためには、そもそも近代社会が主権国家体制というシステムであったことを知っておく必要があります。
1-1-1:近代社会のシステム「主権国家体制」とは
主権国家体制とは、
- 国際社会では国家が最高の権力であり、その上位に権力は認めない
- 国家と国家の関係は対等であり、いかなる国家も、他の国家をコントロールできない
- 国際社会における主体は「国家」のみ
ということを前提としたシステムです。
主権国家体制は1648年のウェストファリア条約でヨーロッパ世界において最初に成立し、それから時間をかけて世界中に広がっていきました。
主権国家体制が形成された歴史などについて、詳しくは以下の記事で解説しました。
1-1-2:主権国家体制以前の世界
では、主権国家体制以前の世界はどのような世界だったのでしょうか?
それが「中世」的な世界です。
そして、中世の特徴を知ると、現在の国際社会が中世的になっていることの意味が理解できるはずです。
ヨーロッパの中世社会の特徴は、
- 領主、国王、カトリック教会(教皇、司教、修道院)、騎士団、都市国家、大学など、国際社会における主体が多様だった
- 明確な国境を持った近代国家とは異なり、領土と主体の関係が曖昧だった
(たとえば、ハブスブルク家が多くの国家の王権を支配したり、領土を相続して受け継ぎ領土がモザイク的に入り乱れていた) - 主体間の関係が重層的で入り組んだものだった
- 多様な主体、重層的な権力関係や領土関係から、国内社会と国際社会の境界が曖昧だった
- イデオロギーとしては、ローマカトリック教会の思想が支配的だった
というものです。
さて、ここまでを前提にヘドリー・ブルと田中明彦の議論を見てみましょう。
1-2:ヘドリー・ブルが論じた「新しい中世」
オーストラリア出身の国際政治学者、ヘドリー・ブルは、1977年の著書『国際社会論-アナーキカル・ソサエティ-』で、現在の世界が中世的な秩序に向かいつつあると論じました。
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それは世界で、以下のような動きが見られているからです。
- 国家の地域統合:EUのように国家が地域レベルで政治的なまとまりになる
- 国家の分裂:独立・分離運動で主権国家が分裂していく
- 私的で国際的な暴力の復活:暴力の独占による支配
- 国際的な機構の成立:国際機関や国境を越えた社会運動によって、国際社会が動いている
- 技術の発展による世界の一体化:技術の発展によって国家の枠組みを超えて「われわれ意識」が生まれている
とは言え、ブルの研究の結論は、上記の5つの動きは見られているが、現在の世界は「新しい中世」と言える秩序には至っていないというものでした。
これが1970年代のブルの認識です。
1-3:田中明彦が論じた「新しい中世」
それに対し、日本の国際政治学者田中明彦が『新しい中世』(1996)で論じたのが、冷戦後の国際社会は、主権国家体制が崩れ「新しい中世」的な秩序に向かっているというものです。
改めて、「中世」と近代社会(主権国家体制成立以後の世界)を比べると、以下のように整理できます。
中世 | 近代社会 | |
主体 | 領主、国王、教会など多様 | 国家 |
権力関係 | 重層的に入り乱れている | 国家が最高の権力を持ち、国家の上位に権力がない |
国家と領土 | モザイク的、相続などで変更される | 国家が明確な領土を持つ |
イデオロギー | カトリック教会の思想・教義 | イデオロギーが複数あり対立を生んでいた |
個人の帰属意識 | 支配者が多様で領土も明確ではないため、曖昧 | 国家に帰属意識を持つ |
国内問題と国際問題の区別 | 曖昧で区別できない | 明確に区別できる |
それぞれについて、現在の国際社会について考えると、
- 主体
国家以外の非国家主体(国際機関、多国籍企業、NGOなど)が登場し、国際社会の動向に影響を与えるようになり、国家もその動向に左右されるようになった - 主体間の権力関係
安保理の常任理事国は、他の国家に比べて特権(拒否権)を持っており、またIMF(国際通貨基金)は拠出金に応じた過重投票権を導入している。つまり、国家間に優劣があり、権力関係は対等ではなくなっている - 国家と領土
国境は明確だが、外国人による不動産所有や外資企業の存在など、飛び地的なものは増えている - イデオロギー
冷戦終結によって、イデオロギーの対立(共産主義と自由主義)の時代が終わり、自由主義体制に対抗できるイデオロギーが存在しない、つまり自由主義が支配的なイデオロギーになっている - 帰属意識
帰属意識は国家だけでなく、企業や宗教など多様になっている - 国内問題と国際問題の区別
グローバル化により他の国家が国内問題に影響を与えることが増えている(たとえば多国籍企業や貿易摩擦による交渉・要求の影響)ため、国内問題と国際問題の区別が曖昧になっている
このように、多くの面で現代社会は、近代的な国家システム(主権国家体制)から、中世に近いシステム(新しい中世)に移行していると考えられるのです。
とは言え、「技術水準」や「経済的相互依存関係」について中世の社会とは大きく異なり、また、単一のイデオロギーを普及するカトリック教会のような単一の権威も存在しません。
つまり、資本主義の拡大・深化という点で、現代社会は「中世」とも異なる「新しい中世」という時代に向かっている。
これが、田中明彦が論じた「新しい中世」論です。
- 「新しい中世」は、ヘドリーブルや田中明彦などの国際政治学分野で論じられている、現代社会が中世的な秩序に向かっているという考え方
- 17世紀のヨーロッパから、主権国家体制が世界に拡大してきたが、冷戦以降は主権国家体制が崩れている
- 現代の国際社会では、主体が多様化し、関係性は複雑に、国際問題と国内問題の区別が付きにくくなるなどの傾向が見られる
2章:「新しい中世」として見た現代の国際関係
さて、ここまで少し歴史的な説明が続いたので、
「もっと具体的に、現代社会の『新しい中世』との関連を知りたい」
と思われるかもしれません。
田中明彦は『新しい中世』(1996)で、現代の国際社会の支配的なイデオロギーである「自由主義的民主制・市場経済」を軸に、国家を3つに分類しました。
この分類を見ると、各国がどのような状況に置かれていて、これからどのようなことが起こりうるか理解し予測する手掛かりになります。
端的に言えば、世界の各国を見渡すと、「新しい中世」の進行度が深いのが「第一圏域」、最も「新しい中世」から遠いのが「第三圏域」、そしてその中間にあたる近代的な社会が「第二圏域」だと考えたのです。
それぞれを整理すると、以下のようになります。
第一圏域 | 第二圏域 | 第三圏域 | |
政治の争点 | 経済の分配問題や象徴的問題(価値ある生活) | 軍事(領土)問題、経済開発問題 | 軍事問題 |
政治の特徴 | 対立ではなく調整 | 対立 | 生存 |
政治に登場する主体 | 国家以外にも非国家主体も多く、多様 | 主に国家 | 部族、軍、宗教組織などの域内の多様な集団 |
影響力行使の手段 | 経済的手段と「説得力」 | 軍事的手段と経済的主題、国内的にはナショナリズム | 軍事的手段 |
戦争 | 国家間ではほとんど起こらない | 国家間でも起こる可能性がある | ホッブズ的な戦争状態 |
人々の生活への脅威 | 経済問題、心の問題、テロや麻薬などの社会問題、他の圏域からの問題 | 経済問題、他国からの軍事的脅威、国内の圧政 | 戦争、気が、虐殺、疫病、経済危機など無数にある |
※田中明彦『ワードポリティクス』(2000)を参考に作成
2-1:第一圏域(新しい中世圏)
第一圏域は、
- 経済:市場経済が成熟・安定している
- 政治:自由民主主義が成熟・安定している(→民主主義についてはこちらの記事)
という国家で、アメリカやヨーロッパ各国、日本などの先進国で構成されます。
平均寿命も長く、一人当たりのGDPが1万ドル以上の国がここに入ります。
この圏域の各国は「新しい中世」化が進んでいるのが特徴です。
そのため、国家間の人の移動が自由で国境を超えるハードルが低く、また企業も国際化しており、人の帰属意識は国家だけでなく企業やNGOなど多様化しています。
国民国家を前提としたナショナリズム(われわれ意識)は弱く、国内問題と国際問題の区別が難しくなっています。
第一圏域の国家間では、国際社会で紛争が起こった時に、軍事力を使って解決する方向に国民の意識はまとまりません。
そのため、第一圏域での紛争解決には、「説得力」と言える力が重要になってきます。
※この説得力について、田中明彦は後に「ワードポリティクス」という言葉を使って説明しました。
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2-2:第二圏域(近代圏)
第二圏域は、
- 市場経済が成熟、安定しているが自由主義的な政治体制が成熟、安定していない
- 自由主義的な政治体制が成熟、安定しているが、市場経済が成熟、安定してない
- どちらもある程度成熟、安定しているが、「第一圏域」の各国ほどではない
という国家の群で、端的に言えば「新しい中世」化が進んでいない、旧来の近代国家的な世界だということです。
たとえば、経済的には市場経済化し急速に経済成長した中国やインドネシアは、政治体制としては自由主義的な民主制ではありません。
また、政治的には民主化に進もうとしているものの、経済発展が順調ではないロシアのような国家もあります。
特徴は、主権国家体制的な国際政治で、国家としての統一感を強めるためにナショナリズムが利用されたり、軍備を拡張したり、領土の拡張に熱心なことがあります。
このもっとも身近な例は中国ですね。
とは言え、第二圏域にも第一圏域に近い国家(ラテンアメリカ、台湾、シンガポール)などもあり、それらの国は新しい中世に近づいていると考えられます。
中国の「第二圏域」的な行動が明らかな一例が、米中貿易戦争だとも言えます。以下の記事でも解説しています。
2-3:第三圏域(混沌圏)
第三圏域は、
- 経済的には市場経済の浸透に遠い
- 政治体制としても自由主義的民主制に遠い(権威体制、圧政、無秩序)
という国家群のことです。
たとえば、ソマリア、ルワンダ、シエラレオネ、リベリアなどのアフリカや、シリア、レバノンなども含まれます。
経済的にも政治体制的にも無秩序で混沌としており、主権国家体制も成立していないような国家です。
これらの国家では、エスニック集団や部族間で虐殺が起こったり、大量の難民が生まれたり、疫病が蔓延したりしており、人々は経済発展や政治の安定よりも、何より「生存」を第一に考えなければなりません。
主権国家体制を前提とした「近代」からすら遠ざかっているのです。
このような国際社会においては、
- 第二圏域の一部と第一圏域は、経済的な相互依存を強めて、新しい中世的な秩序を形成
- 第一圏域の一部の国家は、第二圏域の未熟な部分(たとえば人権問題)に変化を求めて介入する
- 経済面で成果が乏しい第二圏域の国家に対し、第一圏域の国家の支援は限定的になる
- 第二圏域内で経済成長&民主化を進めている国家と、第一圏域の国家は良好な関係を維持
- 第三圏域に対しては、国連などの国際機関やNGOによる介入が中心になる
というように、それぞれの圏域間で独自の関係が生まれていくと考えられています。
こうして見ると、
「どの国も『市場経済・民主制』に向かって発展していくというのは、各国の多様性を認めない社会進化論的な考え方では?」
と思われるかもしれませんが、国際政治学は「こうなるべき」という理想を示す学問ではなく、「こういう現象が起こっている」という「説明の学問」です。
そのため、あくまで現在の国際社会を端的に説明する一つの枠組みだと考えてください。
それではここまでをまとめます。
- 田中明彦は、新しい中世という秩序観に基づいて、市場経済・自由主義的民主制の進度によって、各国を分類した
- 第一圏域は、新しい中世的な世界で「説得力」が影響力を行使する手段として使われる
- 第二圏域は、主権国家体制的な世界で、軍事力や経済力が利用される
- 第三圏域は無秩序で、各国の人々は生存を第一に考えなければならない
3章:新しい中世の学び方
「新しい中世」について理解できましたか?
まず、国際政治学について広く学びたいという場合は、以下のページでさまざま本を紹介していますのでぜひご覧ください。
→【国際政治学のおすすめ本7選】代表的理論と名著・必読書を紹介
「新しい中世」は現在進行形で起こっている事象です。
そのため、国際政治学・国際関係論の世界では今でも研究が進んでいます。
そこで、「新しい中世」を理解し国際情勢の動向をより深く認識したい場合は、これから紹介する書籍から学ぶことをおすすめします。
また、リアルタイムで起こっている国際情勢から、自分で判断することも大事ですので、ぜひ新聞や専門誌からも学んでみてください。
オススメ度★★★田中明彦『新しい中世-相互依存の世界システム-』(講談社学術文庫)
「新しい中世」は1996年の著作で書かれたことですが、新版となって2017年に出版されたのがこちらです。「新しい中世」やその前提である相互依存的な世界システムについて理解する上で必読書です。
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オススメ度★★田中明彦『ワード・ポリティクス―グローバリゼーションの中の日本外交』(筑摩書房)
「ワードポリティクス」は、田中明彦が「新しい中世」の次の段階の国際政治について論じた著作で、国際社会における説得力(ワードパワー)について論じたものです。こちらも、現代の国際政治を理解する上での必読書です。
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オススメ度★ヘドリー・ブル『国際社会論―アナーキカル・ソサイエティ』(岩波書店)
国際政治学や「新しい中世」論の古典的名著です。より専門的に学びたい場合は、ぜひ一度読むことをおすすめします。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 「新しい中世」は、現代の国際社会が主権国家体制以前の「中世」的秩序に近づいていると考えるもの
- 市場経済・自由主義的民主制が成熟している国家ほど、「新しい中世」的な秩序になっている
- 「新しい中世」的な世界では、第一圏域、第二圏域、第三圏域の間で独自の関係性が生まれる
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