国際レジーム論(regime theory)とは、
無政府状態である国際社会において、合理的に利益追求する国家/非国家主体が、国際的な課題を解決するために協調して作る、国際レジーム(制度・ルール)について研究する理論
のことです。
国際関係論におけるリベラリズムの流れから派生した理論の一つで、現代の国際社会における国際機関、国際的なルールや制度、規範、取り組みなどを説明する上でとても重要な理論です。
現代の国際政治学・国際関係論を学ぶ上では、避けては通れません。
また、国際情勢についてより深く理解したい社会人の方にとっても、知的好奇心が刺激される面白い理論だと思います。
そこでこの記事では、
- 国際レジーム論とは何か
- 国際レジーム論の具体例
- 国際レジーム論の3つの立場からの説明
- 国際レジーム論の学び方
などについて詳しく解説します。
読みたいところから読んでみてください。
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1章:国際レジーム論とは?
もう一度確認しましょう。
国際レジーム論(regime theory)とは、
無政府状態である国際社会において、合理的に利益追求する国家/非国家主体が、国際的な課題を解決するために協調して作る、国際レジーム(制度・ルール)について研究する理論
のことです。
実は、国際レジーム論の分野では「そもそも国際レジームとは何か?」という定義について長年議論があり、現在ではコンセンサスとなっている定義があります。
まずはその定義から確認しましょう。
1-1:国際レジームの定義
著名な国際政治学者による定義を紹介します。それぞれの定義を知ることで、国際レジームという概念がどのように考えられてきたか理解できるはずです。
オラン・ヤング(Oran R. Young)
国家によって構成される社会で、様々な目標を追求しているアクターの必要に応えるために作られた制度的取り決め(ヤング「グローバル・ガヴァナンスの理論」渡辺・土山編より引用)
コヘイン(Robert Owen Keohane)とナイ(Joseph Samuel Nye, Jr.)
相互依存の関係に影響を与える統御の枠組みのセット。行動と行動の効果を規制するルール、規範および手続きのセット(Nye & Keohane, Power and Interdependenceより引用)
エルンスト・ハース(Ernst Bernard Haas)
一般に認められたルールのセット、ある問題領域について、それを規制するために合意された、相互的な期待、規範、ルールそして手続きのセット(Ernst Bernard Haas,“Why Collaborate? Issue-Linkage and International Regimes” World Politicsより引用)
クラズナー(Stephen D. Krasner)
レジームとは、国際関係の特定の分野における明示的、あるいはインプリシットな、原理、規範、ルール、そして意思決定の手続きのセットであり、それを中心として行為者の期待が収斂していくもの、である。(山本『国際レジームとガバナンス』(2008)より引用)
クラズナーの定義が最も包括的なものであり、これ以降国際レジームの定義は上記のものが一般的に使われるようになりました。
1-2:国際レジーム論の問題意識
「そもそも、なぜ国際レジーム論のような学問が生まれたの?」
と思われるかもしれません。
そもそも、1960年代以降、国際政治学の世界では、アメリカの世界における覇権が相対的に低下したと考えられていました。
しかし、国際社会ではGATTを中心とした自由貿易体制が機能し、自由貿易を維持発展させることができていました。
自由主義を標榜するアメリカの覇権が低下しているのにも関わらず、アメリカの影響力のもと維持されていた自由貿易体制は陰りを見せていない。それはなぜか?
このような問題意識から、
「国際レジームは、覇権とは独立して機能するものなのではないか?」
と考えられるようになったのです。
これが、国際レジーム論が形成・発展してきた原点にある問題意識です。
国際レジーム論について簡単に言うと以下のようにまとめられます。
- 国際社会には、国家や非国家主体(国際機関やNGO、企業など)を規制する権力がないため、各々の主体は合理的に行動する
- しかし、国際社会には解決すべき課題があり、その解決のために、様々な主体が協調して国際的な制度やルール、機関、規範(国際レジーム)を作ることがある
- こうした国際レジームの形成や維持、変化などについて研究するのが国際レジーム論
■国際レジームの代表例
具体的には、国際レジームとは以下のようなものです。
- 多角的自由貿易体制(GATT・WTO)
- バーゼル合意(BIS)による規制強化
- 対人地雷禁止
- 国際援助
- ブレトンウッズ体制
- 大量破壊兵器
つまり、国際社会で問題化したことについて、国家同士で協力してルール化・制度化してきたものが国際レジームです。
その国際レジームについて、「なぜ国家間で協調できたのか?」「国際レジームはどのように国家の行動に影響を与えているか?」「国際レジームは作られた後にどのように変化しているか?」などを研究するのが国際レジーム論です。
1-3:国際レジームを構成する要素
国際レジーム論では、国際レジームが何から構成されているのか研究されてきました。
国際レジーム論の代表的研究者である山本吉宣は、国際レジームの要素を以下のように整理しています。
1-3-1:問題領域
国際レジームは、そもそも特定の問題領域に成立するものです。
たとえば、国際貿易や安全保障、大量破壊兵器の禁止、などが問題領域です。
その領域で解決すべき問題が国家間で共有された場合に、各国が協調して国際レジームが形成されていくのです。
1-3-2:主体(アクター)
ご存知だと思いますが、国際政治学では国家、国際機関、NGO、企業などのことを主体(アクター)と言います。
国際レジームが形成される上では、様々な主体が、その問題領域におけるレジームの形成する役割を担ったり、レジームによって規制される対象となります。
1-3-3:規範
規範とは、特定の問題について「こうあるべき」と国家間で共有された価値観のことです。
たとえば、国際貿易では「多角的に自由貿易を発展させるべき」「保護主義や特定の国家を優遇するような貿易は改善されるべき」という規範が共有されています。
規範が共有されることで問題のテーマが明確になり、解決のための制度化が進むことになります。
1-3-4:科学的知識や事実
国際レジームの要素として、その問題領域に関する科学的な事実や原因と結果の知識も必要です。
国家間で利害関係を超えて、問題について解決を目指すためには、明確な根拠となる知識、情報が必要とされるからです。
※この点について、2-3で説明しています。
1-3-5:実質的なルール
ルールとは、関係する主体(アクター)の行動を規制するものです。
ルールには2種類があります。
- 第一義的なルール(構成的なルール)
国際レジームにおける主体は何か、取り扱うテーマは何か、どのような目的でレジームを形成するのか、などを決めるルール - 第二義的なルール(規制的ルール)
構成的なルールの元で作られる、主体を規制する具体的なルール
1-3-6:ルール違反に対するルール
前述の実質的なルールに対し、そのルールに違反があった場合の取り決めを決めたものがルール違反に対するルールです。
ルール違反に対するルールがなければ、レジームに強制力が伴わないからです。
1-3-7:集団的意思決定の手続き
国際レジームは複数の国家によって作られるため、意思決定の手続きが決まっている必要があります。
たとえば全員一致(GATT)や出資額に応じた加重投票制(IMF)などです。
1-3-8:実行のためのプログラム・組織
国際レジームはルールがあるだけでなく、実際に問題解決を遂行するプログラムや組織が必要です。
実行のためのプログラム・組織とは、例えばWTOのような国際機関や、国際機関の下部組織の事務局などです。
※参考:山本吉宣『国際レジームとガバナンス』
このように、国際レジームは様々な要素から成り立つものなのです。
いったんここまでをまとめます。
- 国際レジーム論とは、国際社会で形成される制度・ルール・規範などについて、その形成や維持、変容を説明する理論
- 国際レジーム論は、リベラリズム(ネオリベラリズム)から派生してできた
- 国際レジームは、問題領域、主体、ルール、規範、意思決定の手続きなど複数の要素から成り立っている
2章:国際レジームの理論(レジーム論)
国際レジーム論についてより理解を深めるためには、レジームと関わる主体やレジーム形成を説明する3つの立場について知っておくことが大事です。
2-1:レジーム形成に関わる主体
国際レジームには、
- 国際レジームを形成する主体
- 国際レジームによって規制される主体
の2種類の主体が関わります。
したがって、国際レジームを形成する主体の関係性から、以下の3つの類型があることになります。
- 国家が作り、国家や非国家主体を規制するレジーム
ex.GATT・WTO体制による多角的自由貿易体制レジーム
→国家がつくり、国際貿易における国家や企業を規制する - 国家や非国家主体がつくり、国家や非国家主体を規制するレジーム
ex.BIS規制
→BIS(国際決済銀行)によって国際銀行業務の規制(自己資本比率8%)が決められた。 - 非国家主体が作り、非国家主体を規制する
ex.国際商事仲裁制度
2-2:レジームの形成と変容
国際レジーム論では、レジームの形成に以下のパターンがあると考えます。
2-2-1:力(パワー)による形成
リアリストは、国際レジームの形成を力(パワー)による「強制」「支配」から説明します。
■覇権国が利益追求のために国際レジームを作る
リアリズムの立場からは、覇権国が自国の利益追求のために国際秩序(レジーム)を作ると考えます。
A・F・K・オルガンスキー(A. F. K. Organski)は、国際レジームを作ることによって他国を間接的に支配し、行動を規制し、自国がより繁栄できるようにすると説明しました。
たとえば、戦後の国際経済体制にはIMF(国際通貨基金)と世界銀行を軸にしたブレトンウッズ体制と、GATT・WTOを中心とした自由貿易体制がありますが、これは戦中からアメリカによって構想されていたレジームです。
自由主義的な理念を世界に強制し、自国に有利なレジームを作り上げた、という見方もできるのです。
■公共財としての国際レジーム
アメリカの経済学者C・P・キンドルバーガー(Charles P. Kindleberger)は、
- 覇権国は自国の利益のために国際レジームを作ることがある
- しかし、レジームは他国にとっても利益になる「公共財」としての性質を持つことがある
- レジームの維持にはコストが必要だが、覇権国はレジームの維持のためにコストを負担し、他国はそれにタダ乗りするという状況が生まれることがある
このように、結果的に国際レジームが「覇権国が供給する公共財」になることもあるのです。
■覇権国による規範の形成
国際政治学の世界では、力や経済的利益など実体的なものではなく、「規範」という非実体的なものを重視する立場(コンストラクティヴィズム/社会構築主義)が存在します。
規範とは「〜であるべき」という理念のようなものだと考えてください。
コンストラクティヴィズム寄りの説明では、
- 覇権国は特定の問題領域において「〜であるべき」という規範を主張する
- 覇権国は、その影響力の強さから規範を各国の共有させる
- その結果、規範からレジームが形成し発展していく
と言うことができます。
例えば、IMF、世界銀行、GATTなどは「経済的自由主義」というアメリカ的な規範を前提としていますから、アメリカという覇権国による、規範の生成とレジーム形成だと言うこともできます。
※国際政治学におけるリアリズム(現実主義)について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
2-2-2:利益・交渉による形成
リベラリストは、国際レジームを、各国が自国の利益に基づいて交渉によって、協調的に作られたものと考えます。
つまり、リアリスト的な大国・覇権国の「強制」「支配」ではなく、力に違いはあっても交渉によって協調的に国際レジームが作られると考えるのです。
具体的には、合理選択理論、もしくはゲーム理論と言われる理論を用いて説明します。
■リベラリズムのレジームの類型
リベラリズムが考える、合理的選択によるレジーム形成では、「調和(各国が最適な利益を享受できている状態)」「独立(各国の利害がまったく関係ない状態)」「対立(ゼロサムゲームで誰かの利益が誰かの不利益になる状態)」があり、いずれでもない場合のレジームが形成されると考えます。
形成されるレジームは、
- 囚人のジレンマ
- 調和のゲーム
- 鹿刈りのゲーム
などの種類があり、いずれも国家が合理的に行動した結果、レジームが形成されると考えられています。
合理的選択によるレジーム形成については、様々な理論がありますのでぜひ著作にあたってみることをおすすめします。
※国際政治学におけるリベラリズムについて、詳しくは以下の記事をご覧ください。
2-2-3:規範による形成
リアリズム、リベラリズムは共に「国家は合理的な行為者である」という前提に立ちつつ、「力よるレジーム形成」「合理的選択によるレジーム形成」という点で異なる理論です。
これに対して、そもそも「国家は合理的な行為者である」という前提とは違った理論で説明するのが、コンストラクティヴィズム(社会構築主義)です。
コンストラクティヴィズムの最大の特徴は、規範(norm)によってレジーム形成を説明する点です。
コンストラクティヴィズムの立場からは、
- 規範起業家(NGOや特定の国家)が問題提起し、特定の問題領域における規範(〜あるべきという理念)を主張する
- 規範が徐々に各国、各主体に共有されるようになる
- 各主体が規範を学習し、内面化させていく
- 規範によって国際レジームが形成される
というように国際レジームの形成が説明されます
例えば、経済的自由主義という規範は、アメリカを中心に世界各国が受け入れ、今ではほとんどの国が内面化しています。
それに伴って、IMF、世界銀行、GATT・WTOなどを中心とした国際経済体制もレジームとして強化されました。
たとえば、GATT・WTOでのラウンド交渉やルールの領域は、GATTが誕生した当時と比べてはるかに多国間・多様な領域に広がっています。
2-3:エピステミック・コミュニティ論
ピーター・ハース(Peter M. Haas)は、国際レジームは知識共同体(科学的知識を持った、国境を越えた専門家集団)によって、国際レジームが形成されると考えました。
たとえば、環境保護、エネルギー問題などのグローバルイシューに関する領域では、政治家は科学的な専門知識を持ちません。
そのため、国境を越えた科学者達のネットワークによって議論が進められ、国際レジームの形成が主導されることがあるわけです。
たとえば、専門家によって重大な問題(たとえば地球温暖化の事実)が提起されれば、世界中が注目しますし、議論が進むことで国家の行動にも影響が与えられるでしょう。
また、科学的知識や事実が国家の「何が利益か?」という判断(選好)にも影響を与えることも考えられます。
エピステミック・コミュニティ論は、ネオリアリズム的な「無政府状態という国際構造が国家行動に影響を与えている」という構造レベルの説明から離れているのが特徴的な理論です。
2-4:力・利益・規範の関係
このように、国際レジーム論はレジームの形成、維持、変容について様々な立場から説明されているのですが、重要なのは「力」「利益」「規範」のそれぞれは複雑に作用しあっているということです。
力は国家の選好や規範に影響を与えますし、逆に規範は国家の力や選好に影響します。また、利益は国家の力の行使の仕方に影響しますし、利益によって形成される規範も変わってきます。
整理すると以下の図のようになります。
「ということは、結局国際レジーム論では、レジームの形成・維持・変容を説明する一律の命題はないということ?」
と思われるかもしれません。
実はその通りなのです。
一律の命題が導き出せないため、個別のレジームについて力・利益・規範のそれぞれのバランスや因果関係を研究するのが、レジーム論の研究の姿です。
- 国際レジームの形成は、力・利益・規範のそれぞれから説明できる
- リアリズムは力による支配、強制として説明し、リベラリズムは合理的選択によって説明し、コンストラクティヴィズムは規範の形成による学習、教育によって説明する
- 力、利益、規範はそれぞれ複雑に作用し合っている
3章:国際レジーム論の学び方
国際レジーム論について理解することができましたか?
まず、国際政治学について広く学びたいという場合は、以下のページでさまざま本を紹介していますのでぜひご覧ください。
→【国際政治学のおすすめ本7選】代表的理論と名著・必読書を紹介
繰り返しになりますが、国際レジーム論は国際政治学における3つの立場から、それぞれ説明されるものです。また、この記事では触れていませんが、グローバルガヴァナンス論とも非常に深く関連しています。
そのため、国際レジーム論を学ぶ上では他の理論と関連させながら学んでいくことが大事です。
また、新聞や雑誌などから現実の国際レジームの動きを観察し、それぞれの理論からどのように説明できるか考えるのも大事です。
これから紹介する書籍や新聞、雑誌をぜひ読んで学んでください。
オススメ度★★★山本吉宣『国際レジームとガバナンス』(有斐閣)
国際レジーム論について網羅的に詳しく論じられている、最高のテキストです。国際レジーム論を学ぶ方には必読書です。
オススメ度★★大矢根聡『国際レジームと日米の外交構想 — WTO・APEC・FTAの転換局面』(有斐閣)
こちらも国際政治学者として著名な学者による国際レジーム論の書籍で、こちらは主に経済的レジームについて解説されています。経済は国際レジーム論でも中心的なテーマですので、ぜひ読んで学んでください。
国際レジーム論を学ぶ上では、実際の事例(国連、WTO、IMF、、など)を観察して自分で考えることも大事です。以下の新聞・雑誌は、その上でとても役に立つものです。
まとめ
今回の内容をまとめます。
- 国際レジーム論は、アメリカの覇権衰退後にアメリカ主導で作られた国際レジームがなぜ維持・発展しているのか?という問題意識から生まれた
- 国際レジーム論は、リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズムのそれぞれの立場から説明される
- 国際レジームの形成・変容には、力・利益・規範のそれぞれが複雑に関係している
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