政治思想・政治哲学

【自然法とは】定義と古代ローマ~イギリスまでの歴史をわかりやすく解説

自然法とは
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自然法(Natural law)とは、特定の社会や国家の枠を超えて、理性によって作られた法の概念のことです。

自然法の思想は、その後の民主主義や法の支配など近代社会を形成する上で、非常に重要な意義を持ちました。

ローマ帝国の万民法からキリスト教の「神の法」へ、そしてイギリスにおける慣習法の歴史の中で形成、発展してきたものです。

この記事では、

  • 自然法の意味や自由主義、民主主義との関係
  • 自然法が形成された歴史的過程

について詳しく説明します。

知りたいところから読んでください。

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1章:自然法とは

もう一度確認しましょう。自然法(Natural law)とは、特定の社会や国家の枠を超えて、理性によって作られた法の概念のことです。

誰かが作ったものではなく、歴史の中で形成されてきたものです。歴史については2章で説明しますので、まずは意味から確認していきましょう。

1-1:自然法の意味

自然法は英語で「Natural law」と書くことからも分かるように、自然の(つまり人為的でははない)法という意味です。

「法が人の手で作られていないってどういうこと?」と思われるかもしれません。

たとえば、科学法則は人間が自然の中から見つけ出すものです。つまり、人間が作ったというよりも、自然に存在する法則性をすくい取って作ったものです。

それと同じように、自然法も自然に存在すると考えられた法なのです。

「法」とは社会における国家や個人の行動を規定し、ルール違反は取り締まるものですよね。

そのような社会を規定するルールが、「誰かが作ったのではなく、最初から自然に存在したのだ」そして、「自然に存在するのだから、それは特定の社会や国家、時代に関係なく普遍的なものなのだ」と考えられたのが自然法思想です。



1-2:実定法との区別

上記の自然法に対して、「実定法」という対義語があります。

自然法が人為的ではなく自然に存在すると考えられたのに対して、実定法とは人為的に作られた法のことです。「人定法(人によって定められた法)」と言われることもあります。

整理すると以下のようになるでしょう。

自然法実定法
法の形成自然に存在する(人為的ではない)人為的に作られた
対象範囲国家や時代に関係なく、人類に普遍的なもの特定の社会

1-3:自由主義・民主主義と自然法

現代の多くの国家は、自由主義と民主主義を基盤にしています。この自由主義、民主主義は、「自然法」の観念があったからこそ形成できたものです。

  • 自由主義…個人の思想、主張、信仰、財産の所有、行動などを国家権力が不当に規制しない、他人から侵害されないことを保障する思想
  • 民主主義…国家は国民のものであり、国民が主権者となって国家を運営する思想

そもそも、自由主義(リベラリズム)という思想は、自然法に基づいた「自然権」の思想の中から生まれたものです。それは、「国家は不当に個人の身体や生命を脅かしてはならない」という権利として出発しました。

また、自然法思想から「法の支配」が国家にも及ぶようになったことで、国家の政治権力が制限されるようになり、それが後の市民革命に繋がったため、自然法がなければ民主主義もなかったと言えるでしょう。

このように、現代社会の基盤となった思想が自然法なのです。2章では、自然法がどのように形成されたのか歴史から説明します。

1章のまとめ
  • 自然法とは国家や時代を超えて普遍的で、自然に存在すると考えられた法のこと
  • 実定法とは、人為的に作られた法のこと
  • 自然法は、自由主義や民主主義の基盤となった
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2章:自然法の歴史

それでは、歴史の中でどのように自然法が形成されてきたのか見ていきましょう。先に要点を言うと以下のようになります。

自然法の歴史
  • ローマ帝国でローマ市民を対象に作られた「市民法」から、帝国拡大と諸民族の統合に伴い、普遍的な法である「万民法」へ拡大した
  • ローマ帝国でキリスト教が国教となり、その教義が社会に浸透するに伴い、神が作った法である「神の法」が超越的に存在し、その下で自然法が、そして具体的な法律である人定法があると考えられた
  • イギリスでは王朝が繰り返し入れ替わる歴史の中で、王朝を超えて守られるべき法が必要とされ、司法の整備やマグナ・カルタの制定などが行われた
  • マグナ・カルタはその後繰り返し参照され、法の支配が社会に浸透し、そうした社会の中から社会契約思想が生まれ「自然権」が定義された

詳しく説明していきます。

2-1:中世以前の自然法思想の形成

自然法が形成された直接のきっかけは、イギリスのコモン・ロー思想やジョン・ロックの自然権思想です。

しかし、それ以前から自然法思想に繋がる観念は形成されていました。まずは、そのイギリス以前のヨーロッパにおける「法」に関わる伝統から説明していきます。

2-1-1:ローマ帝国における自然法思想

自然法思想は、ローマ帝国において諸民族に共通の法・ルールが意識されるようになる中で、その原初形態となるものが形成されました。

ローマ帝国では下記のような経緯で「万民法」が作られました。

  • ローマ市民の法である「市民法」が作られる
  • 帝国拡大に伴い外国人が増え、生活や商取引等におけるトラブル増加に伴い、諸民族に共通する法として「万民法」が作られる
  • 万民法形成に伴い、民族に関係なく、互いに公平な立場で法にのっとってトラブルを解決していこうとする慣習が生まれた

つまり、多様な民族を一つの社会に包摂する過程で共通するルールが必要になり、それが「万民法」へ、そして特定の時代、社会を超えた「自然法」に繋がる思想が形成されていったのです。

2-1-2:キリスト教の神の法

さらにその後、キリスト教の教義によっても自然法思想は展開します。

東ローマ帝国においては392年にキリスト教が国教になり、その後西ローマ帝国でも国教とされました。こうして、これ以降のヨーロッパ世界ではキリスト教・カトリック教会が支配的になっていきます。

その過程で、ヨーロッパ社会における普遍的な法は「神の法(永久法)」とされました。

「神の法」という考え方は、ローマ帝国における「万民法」とは異なるものです。

なぜなら、万民法が異なる民族、社会に共通する普遍的な法であったのに対して、「神の法」とは人間の理性を超えた存在である、神々によって作られた法であると考えられたものだからです。

神を頂点に、その下に人間を位置づけ、法についても「神の法」が頂点に、その下に「自然法」があり、さらにその下に「人定法」があると考えました。

「人定法」が定められるときには、「自然法」に従っているかが検討されたのです。



2-1-3:中世ヨーロッパの自然法思想

こうしてキリスト教によって支配された中世ヨーロッパでは、「神の法に基づいた自然法」によって普遍的な法の支配が広がりました。

しかし、これはまだ近代社会における「自然法」とは異なるものでした。

なぜなら、このころは人間の理性ではなく神への信仰が大きく、法も「神の法」に従っているという意識があったからです。

また、このころの自然法は、ロック以降に主張される「個々人の自由を守る」ものではありませんでした。ロック以降の自然法は「自由主義」と不可分の思想ですが、中世は個人の自由はないに等しく、法ではなく権力者の意向から処罰が与えられるようなことも少なくなかったからです。

2-2:イギリス・コモンローとマグナカルタ

近代的な意味での「自然法」による法の支配はイギリスの「コモン・ロー」の伝統からはじまりました。

イギリスは長い歴史の中で目まぐるしく王朝が変化していきましたが、その中でしっかりと国内を管理、統治していくことが課題として認識されるようになっていきます。

その中で、時代(王朝)を超えて守られるルールが必要とされ、それがコモン・ロー、自然法の思想を発展させたのです。

2-2-1:司法制度の整備

ヘンリー2世(1133年~1189年)は下記のように法律を定め、国内の司法を強化しました。

  • クラレンドン法(1164年)
    重罪を侵した聖職者に対し、聖位をはく奪した後は教会の裁判所ではなく世俗の裁判所で裁かれることを決めた。それまでは、重罪を侵した聖職者は聖位をはく奪されるだけで罪を免れていたが、罪を償わなければならなくなった。
  • クラレンドン巡回裁判法(1166年)
    事件の立証を陪審(事件が起きた地域の住民の代表による事実認定)で行うこと、事件解決を当事者同士の暴力的手段などにさせないこと、それらを守るために裁判官が地方巡回することなどが決められた。

こうして司法制度が決められたことで、「法の支配」の実現に近づきます。



2-2-2:マグナ・カルタ

リチャード1世(1157年~1199年)の弟ジョン(1167年~1216年)は、戦争の国費を議会を通さず王権によって支出したため、国内諸侯から反発にあいました。

  • 諸侯は結束してジョンに対抗し、ジョンはこれに対抗したため内戦状態になる
  • ジョンは国内からの支持を失い制圧され、諸侯からの要求を受け入れざるを得なくなる
  • 諸侯からの要求は、国王の徴税権を制限すること、法の支配を徹底することなどが明確にされた(マグナ・カルタ)

上記のような経緯で、大憲章マグナ・カルタが制定されたのです。こうして、王権がある程度制限され、権力とはいかなるものか?どこまでの権力が許されるのか?ということがはじめて規定されたのです。

マグナ・カルタマグナ・カルタ

マグナ・カルタは、諸侯と王の政治的争いと妥協の結果に生み出されたものですが、結果的に権力者も法に従って行動することになり、その後の「法の支配」を形成するきっかけになりました。

マグナ・カルタの意義は以下の点です。

  • 個人の自由がはじめて(部分的に)保証された
    マグナ・カルタの第38条では、イングランドの国民は法、もしくは法にのっとった裁判の判決以外で、自由、生命、財産を侵害されないと明記された。ここに個人的自由が保障された。
  • マグナ・カルタが繰り返し参照される中でコモン・ロー(慣習に基づいた法)と結びついた
    マグナ・カルタ以前から慣習的に作られたルールに従う精神と、マグナ・カルタが結びついて、コモン・ローの思想が形成、強化された。
  • コモン・ローの重視から、判例主義的な慣習が形成された
    コモン・ローの精神は、判例にしたがって裁判を行うイギリスの伝統的な判例主義を生み出した。

つまり、法によって政治権力を制限し個人の自由や権利を守る、という思想が社会に浸透し、それが自由主義(リベラリズム)の原点となっていったのです。

ここまでを整理すると、

  • ローマ帝国以来の社会や民族を超えた法の支配=神の法の思想が、イギリスでは時代(王朝)を超えた法の支配の思想に結びついた
  • マグナ・カルタの制定により、個人の自由がはじめて明記された
  • その後何度もマグナ・カルタが参照されることで、法を守って権力を制限し社会を管理する思想が発展した

ということです。こうして、社会や時代を超えて通用する「自然法」思想が形成されたのです。

しかし、ここで疑問が生まれます。

それは、「結局、マグナ・カルタ以来の法の支配の思想も、イギリスの歴史の中で生まれたものだろう。それは国家を超えて通用する普遍的な『法の支配』や『自然法』とどう関係するの?」ということです。

自然法は、社会や時代を超えて人類に普遍的に関わる規範的な法であるはずです。それならば、イギリス社会の中で積み重ねられてきた慣習法とは関係なく、理性によってあらかじめ決められているべきですよね。

結論を言えば、ここまで自然発生的に展開してきた「自然法」「法の支配」という思想は、哲学者たちによって「自然権」として概念化されたことで、普遍的(少なくともヨーロッパ社会では)なものとなりました。

マグナ・カルタは清教徒革命の根拠にもなりました。清教徒革命について詳しくは以下の記事で説明しています。

【清教徒革命(ピューリタン革命)とは】名誉革命との違いや歴史を解説



2-3:自然法と自然権の関わり

イギリス社会における法の支配の浸透により、それが「自然権」の思想が生まれる下地になったと言えます。

自然権(Natural rights)とは、どのような政府だろうが(政府がなかろうが)、必ず守られるべき権利のことです。

自然権とは、たとえば、

  • 他人から暴力や暴言によって傷つけられたり、殺されたりしない
  • 監禁されて一生を過ごすことがない
  • 財産を他人に取り上げられて、生活できなくなることがない

といった権利のことです。これは、世界中どのような国、社会においても認められる権利です。

もちろん未だにこの自由が保障されない地域もあると考えられますが、そのような社会は国際社会から批判の対象になることからも、これらの自然権は現代では「当たり前」のものになっていることが分かります。

自然権も、自然法と同じく歴史の中で(一説には古代ギリシャから)形成されてきたと考えられています。

2-3-1:自然権と自然法の区別

「自然権と自然法はどう関わるの?」

と思われたかもしれません。

繰り返しになりますが、自然法は、特定の社会に関わりない理性による普遍的な法のことです。別言すれば、理性によって国家や個人に秩序を与えるのが自然法の役割です。

その「自然法」が、絶対に奪われてはならない特定の権利(自然権)を守ると考えられたわけです。自然状態でも守られるべき法(自然法)によって、自然状態において守られるべき権利(自然権)が保護されるという関係です。

そのため、自然法に従う社会(イギリスや近代ヨーロッパ社会)は、自然法が示す自然権も守らなければならなくなります。

このような自然権の概念を定義したのが、ホッブズやロックらの社会契約思想の哲学者たちです。

2-3-2:自然権に関するホッブズの主張

ホッブズ(Thomas Hobbes/1588年~1679年)は、自然権とは、個人が自分の意志でどのようなことも行える自由のことであると考えました。その自由のためには、自分の身体や生命が守られる必要があるため、身体、生命の自由を自然権と主張します。

そして、

  • 自然法に従って行為する場合に限り、自分の身体や生命の自由が守られる
  • 人々の身体や生命を保障する国家のみが、国家として正当性を持つ
  • 人々は、身体や生命を保障してもらうために社会契約する

と考えました。

ホッブズの思想は、法の支配とは国家の権力を制限し、人々の自由を守るものであるという自由主義(リベラリズム)の思想であることが分かります。

つまり、慣習の積み重ねとして展開してきた「自然法」「法の支配」という思想が、社会、国家を超えた普遍的な自由主義(リベラリズム)の思想として、体系化されはじめたのです。

2-3-3:自然権に関するロックの主張

ロック(John Locke/1632-1704)は、自然法とは神が作った永遠不変の法であり、自然権とは神が人間に与えた権利であると考えました。

  • 人間は自然状態(国家のような統治機構がない、人々がバラバラに存在していた原始的な状態)においても、神の作った法である「自然法」に従って生きていた
  • 自然状態において、神は人間に「自己保存権」と「処罰権」という2つの自然権を与えた

つまり、国家が存在しない自然状態においては、人々は自然法に従って安定した生活をしていたと考えたのです。

しかし、人間が労働によって価値を生み出し、それを所有するようになったことで混乱が生じ、国家が必要とされたと考えました。

ロックについてこれ以上は深くは論じませんが、ロックの思想は自然権、自然法においてとても重要なものです。詳しくはロックの『統治二論』について説明した以下の記事を参照してください。

【ジョンロックの思想とは】『統治二論』からわかりやすく解説

2章のまとめ
  • ローマ帝国拡大の過程で、諸民族に普遍的な法を作る中で「万民法」の思想が生まれた
  • キリスト教国教化以降、普遍的な「神の法」が考えられ「自然法」思想の源流が生まれた
  • イギリスの歴史の中で、司法の整備やマグナ・カルタの制定から「法の支配」が強まり、自然法思想は社会契約思想の中で、自然権として定義されていった
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3章:自然法に関する議論のオススメ本

自然法思想について理解を深めることはできましたか?

自然法は、政治思想や政治哲学においてとても重要な概念です。とはいえ、専門的に研究するのでなければ政治哲学・政治思想の大きな流れの中で学ぶことをオススメします。

自然法に関する議論を学ぶためには、下記の本が分かりやすく勉強になります。

オススメ書籍

オススメ度★★★中村隆文『リベラリズムの系譜学―法の支配と民主主義は「自由」に何をもたらすか―』(みすず書房)

この本は、「自由」と「民主主義」をめぐるリベラリズムのさまざまな議論についてとても分かりやすくまとめられた本です。自然法の思想を含め大きな流れの中でさまざまな議論が解説されているのでオススメです。

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この本は、社会思想という切り口で政治学や経済学など社会科学のベースとなった思想について、一貫した流れから説かれています。これも通読することで自然法思想や社会契約思想を含む、社会思想の流れを頭に入れることができます。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 自然法とは、特定の社会や時代を超えて理性によって決められた普遍的な法のこと
  • 自然法は、古代ローマの万民法、キリスト教における神の法から発展し、イギリスの慣習法の歴史の中で発展した
  • 自然法の思想から、社会契約思想の哲学者たちは自然権を定義し、そこから自由主義(リベラリズム)が展開した

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