社会思想

【多文化主義とはなにか】その定義や問題点をわかりやすく解説

多文化主義とは

多文化主義(multiculturalism)とは、文化や社会の多様なあり方を肯定的に歓迎する思想を指します。

聞いたことがあるかもしれませんが、ヨーロッパ諸国で多文化主義は失敗したと言われています。

しかし、「そもそも、多文化主義とはなにか?」「なぜ多文化主義は失敗したと言われるのか?」を詳しく知る機会は少ないと思います。

そこでこの記事では、

  • 多文化主義の定義・意味
  • 多文化主義のバックラッシュ
  • 多文化主義の問題点

を順番に解説していきます。

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1章:多文化主義とはなにか?

1章では、多文化主義を「定義・意味」「バックラッシュ」などから概説します。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 多文化主義の定義・意味

冒頭の定義をさらに細かくすると、以下のようになります。

世界観や社会的アイデンティティの多元性・複数性を認めるだけでなく、多様性が人間の営みにとってきわめて貴重なものであるとみなし、肯定的価値を与えること2『文化人類学20の理論』(2006)を参照

多文化主義の強力な主張は、「文化の多元性と平等性」です。リベラリストの立場から、多文化主義は文化的差異の多元性を容認します。

多文化主義が容認する範囲は、

  • 社会の多様な構成員のあり方
  • 複数の文化の共存
  • 数々の歴史的伝統の承認

といったものです。簡潔にいうと、多様な人間の世界観です。

多文化主義は、多様な人間の世界観やアイデンティティが既存の公共空間でそれぞれ公正な扱いをうけて、それぞれ等しい価値をもつものとして認められることを求めます。

この定義から、多文化主義は非常にリベラルな思想であることがわかると思います。

また多様な文化を公正に扱うという点で、「多文化主義」と「文化相対主義」を混同される方がいます。両者は異なった歴史的文脈から出てきた、異なった思想です。

「文化相対主義」について、詳しくは以下の記事をご覧ください。

文化相対主義とは
【文化相対主義とはなにか】具体的な例や問題点をわかりやすく解説文化相対主義とはそれぞれの社会がその成員の生活を導くために打ち立てた価値を認め、あらゆる慣習に内在する尊厳と、自身のものとは異なる伝統への寛容の必要性とを強調する哲学です。この記事はグローバル化が進む今日こそ、必要なこの概念を解説しています。...

では、世界ではどのような多文化主義のあり方あるのでしょうか?



1-2: 多文化主義のあり方

多文化主義は民族、人種、言語、ライフスタイル、宗教、価値観といった多様性を認める姿勢を賞賛しますが、そのあり方は国によってさまざまです。

たとえば、多文化主義を以下のかたちで区別することが可能です。

  • 多民族並存型のイギリス
  • 同化を強調するフランス
  • 多様な差異と権利を認めるカナダの「サラダボール型」
  • 統合をすすめるアメリカの「メルティングポット型」→より詳しくはこちら

しかし、実際にはこのような区別で多文化主義を把握することは難しいです(各国のあり方を覚える必要がないのは、このためです)。

ですので、多文化主義と一言でいっても異なった政策や考え方に基づき、その実現を目指していると考えるのが良いと思います。

多文化主義に関してはさまざまな学問領域から、多様な議論がされているため、本来ならば解説本を紹介するのも難しいです。

しかし、あえて言及するならば、政治哲学の領域からのキムリッカの議論は必須だと思います。

1-3: 多文化主義に対するバックラッシュ

さて、多文化主義は世界各地で多様な言語や民族の共生を進める一方で、多文化主義に対するバックラッシュも生み出してきました。

多文化主義に対するバックラッシュは「文化戦争(cultural wars)」といわれます。「文化戦争」は、多文化主義が多様性を推し進めた結果、その国家にあった本来のアイデンティティが失われているといった主張をします。

ここではアメリカとオーストラリアの事例をみてみましょう。

1-3-1: 多文化主義に対するアメリカでのバックラッシュ

1990年代初頭の共和党政治家のパトリック・ビュキャナンによるバックラッシュがよく知られています。

「文化戦争」という用語は、パトリック・ビュキャナンの活動に由来してます。

パトリック・ビュキャナンのした活動は、

  • アメリカの信仰心と伝統文化のための闘いを宣言
  • 国民文化の規範的価値や代表的構成員の正当性に関する闘い

といったものでした。

その他にも、パトリック・ビュキャナンの文化戦争に含まれた要素は、

  • マイノリティのためのアファーマティブアクションの撤廃
  • 移民排斥
  • 同性愛結婚の非合法化
  • 国家シンボルの普遍化と強制
  • 過去の暴力に対する謝罪や補償への抵抗

などが含まれました。

多様性を承認する多文化主義とは、正反対の思想だとわかると思います。

1-3-2: 多文化主義に対するオーストラリアでのバックラッシュ

オーストラリアでは、下院議員ポーリン・ハンソンを中心とした文化戦争が有名です。

まず、多文化主義を進めたオーストラリアの状況をみていきましょう。

1970年代半ば以降、オーストラリアは以下のような多文化主義政策を進めてきました。

  • アジア系移民の増加に伴い、従来の白豪主義を放棄→詳しくはこちら
  • 非白人、移民、難民に対して開けた政策
  • 先住民の迫害の歴史に対する謝罪と補償

これらの政策に対して、1990年初頭からバックラッシュが起こります。

下院議員のポーリン・ハンソンは先住民への補償や難民・アジア系移民の受け入れはオーストラリア本来のアイデンティティと伝統を脅かす、と主張したのです。

そして、驚くべきことに、20年近く多文化主義を掲げてきたにもかかわらず、ハンソンの主張はオーストラリアで大きな支持を得ました。



1-4: 多文化主義へのバックラッシュにある原理

多文化主義へのバックラッシュは、アメリカとオーストラリアだけではありません。

単一民族として規定する傾向にある日本のような国々、さらにはフランス、イギリスなど多様化した社会と文化のあり方を認めてきた国々でも起きています。

そのため、多文化主義は、

国民文化の統一性とアイデンティティの真正性に新たな問題と投げかけた

といえます。

多文化主義をとおして、国民国家の自画像をめぐる闘いがおこなわれているのです。しかしながら、大きな疑問が残ります。

いったいどうして異なる文化や多様な価値観の尊重が謳われるとき、激しいバックラッシュが起きるのでしょうか?少し言い方をかえると、多文化主義的思想の内部にはどんな問題点があったために、バックラッシュが起きたのでしょうか?

次の章では、多文化主義の問題点を解説し、これらの疑問に答えていきます。

まずその前に、これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • 多文化主義とは、文化の多元性と平等性を推進するリベラルな思想
  • 多文化主義には、国々によって異なったあり方がある
  • 多文化主義を推し進めた結果、文化戦争というバックラッシュがある
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2章:多文化主義の問題点とは?多文化主義は失敗?

それでは、多文化主義の問題点を解説していきます。

多文化主義の問題点は、

  1. 構造的な現実に対する無関心
  2. 公共空間における中立性の前提
  3. 文化の本質化
  4. リベラル民主主義の落とし穴

という4つの点から説明できます。

それぞれ順番にわかりやすく解説していきます。

2-1: 構造的な現実に対する無関心

第一の問題点は、多文化主義を目指す社会の構造に関してです。多文化主義は複数の文化の共存を賞賛し推進しますが、次の点を問題視しません。

  • 対話や共生の場は、だれによってどのように構成されるのか?
  • だれが、どの立場から、どのような理由で、異文化を承認するのか?

つまり、多文化主義がおこなわれる社会の構造的現実については問わないのです。

その結果、多文化主義は以下のような悪循環に陥ります。

  • 社会の主流をなす構成員の優性は、暗黙のうちに了解される
  • 主流社会は異文化に対して、「寛容さ」を示せば十分だとされる
  • 差異の公正な扱いを求める負担を、主流社会側ではなく、マイノリティが負う

その結果、不均衡な社会を支えるのは主流社会側なのにもかかわらず、不均衡の是正を求めるマイノリティが過剰に注目されて、その結果、社会の調和を乱す厄介者になってしまうのです。



2-2: 公共空間における中立性の前提

第二の問題は、公共空間が実は主流社会の価値に大きく規定されることを問わない点です。

個人の自由と平等をうたう民主主義的な社会では、

  • 公共空間を価値中立的な場とみなすこと
  • 社会の構成員はだれもが同等の位置にあるかのように扱うこと

を原則としています。

しかし、実は公共空間は主流社会の文化的特色に大きく影響を受けています。この点を多文化主義は問題としません。

そもそも、民主主義とはどんな政治体制なんだ?と思う方は次の記事を参照ください。民主主義については次の記事で詳しく解説しています。

【民主主義とは】基礎知識・歴史・重要用語をわかりやすく解説

2-2-1: フランスのイスラム系生徒の事例

イスラム系生徒のスカーフ着用を処罰したフランスの事例をみていきましょう。

フランスには、公教育の場にキリスト教のアイコンを含むあらゆる宗教的シンボルをもちこまないという政策があります(ライシテ政策)。

一見、リベラルな政策に見えますが、大きな問題があります。問題点は以下のとおりです。

  • フランスの公共空間を規定する言語やマナーを文化的特殊性に規定されない無色なものとして扱うことで、公共空間はあたかも普遍的にみえる
  • 「異文化」は「特殊で偏った」ものとして、普遍から距離をおいて位置づけられる
  • 結果的に、フランス国家の規範を変えることはならない

つまり、公共空間が歴史的な特殊性によって色づけられていることはあえて触れないのです。



2-3: 文化の本質化

多文化主義の第三の問題点は、主流社会が文化を本質化することです。ここでは、西洋社会におけるアジア系文化に関する簡単な例をみていきましょう。

個人主義を規範とする西洋社会は、アジア系文化の和の文化や集団主義といった特徴を理由に、アジア系の人びとを相容れない他者とする場合があります。

この考え方だと、文化的差異が古い過去から続いている実体であるかのようにみえます。そして、文化的差異は消えることがないようにみえます。

多文化主義が文化を本質化し固定化する、とはまさにこの意味です。そのような文化的差異は、排除の根拠になるためきわめて危険なのです。



2-4: リベラル民主主義の落とし穴

最後の問題点は、多文化主義が法概念の落とし穴から抜け出せないことです。

私たちが住むリベラルな民主主義社会では、

  • 個人は透明な主体
  • 人種・性別・出自に関係なく、法の前では平等

といった原則があります。

「民主主義の原則なんて知ってて当たり前だろう」と突っ込まれそうですが、リベラル民主主義の落とし穴は、この個人の自由と平等の原則にあるのです。

2-4-1: アファーマティブアクションは撤廃すべき?

皆さん、アファーマティブアクションはご存じですか?

アファーマティブ・アクションとは、

過去の人種的・性的不正義に対して積極的措置を用いて、人種的・性的マイノリティが抱える社会経済的格差を是正する措置

を指します。

つまり、アファーマティブアクションは「黒人」や「女性」といった集団的権利です。

さらにいうと、機会を平等に与えられた個人が人種・性別に関係なく社会的成功への責任をもつ社会において、前世代が犯した過ちを償う責任が現代を生きる人々にはないのです。

そのため、個人の自由と平等を保障するリベラル民主主義の原則とアファーマティブアクションは相容れません。その結果、個人の自由と平等を保障する多文化主義は、現実の不均衡を生んでいる既存の社会構造を変革しようとする政策までも否定してしまうという落とし穴にはまってしますのです。

いかかでしたか?多文化主義の問題点を理解することはできましたか?

これまで排除されてきた他者を包摂し、リベラルな立場から擁護することだけでは足りないことがわかります。だれが、どの位置から社会の規範を生産しているのか?を考えないといけないのです。

2章のまとめ
  • 主流社会に恩恵を与える社会の構造を問わない点
  • 公共空間における中立性を前提している点
  • 文化を本質化し固定化している点
  • 個人の自由と平等を保障するリベラル民主主義の原則が政策すらを否定する点
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3章:多文化主義を知るための書籍リスト

最後に、多文化主義を知るための書籍リストを紹介します。この記事も、この本を多く参照して執筆されています。

おすすめ書籍

マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)

「ハーバード白熱教室」で有名なマイケル・サンデルの本です。よりよい社会を作るためのアイデアが満載です。翻訳もわかりやすく、手軽に読めるのでオススメです。

ジョン・ロールズ『正義論』(紀伊國屋書店)

いわずと知れた正義に関する名著です。正義とはなにか?を考えることは多文化主義的な思想と深く関わります。

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綾部恒雄(編)『文化人類学20の理論』(弘文堂)

多文化主義の専門書ではありませんが、多文化主義を網羅的に理解することができます。この記事も、この本を多く参照しています。

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まとめ

いかかでしたか?最後に、この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 多文化主義とは、文化の多元性と平等性を推進するリベラルな思想
  • 多文化主義を推し進めた結果、文化戦争というバックラッシュがある
  • 今後は多文化主義の問題点を乗り越えることが重要

これからも、皆さんのためになるたくさんの社会思想や学問について紹介しています。