人種のるつぼ(Melting Pot)とは、多様な人種や民族がひとつの場所で溶け合い、新しい一つの文化や社会が形成されることを指します。「るつぼ」とは、金属などの物質を溶かし混ぜ合わせるために使われる耐熱性のある容器のことです。
いろいろな文化を背景にもった人々が同じ地域(るつぼ)に集まることで溶け合い新たな文化が生まれることを説明した用語ですが、実社会においてさまざまな民族が簡単に混ざり合うことはあるのでしょうか?
この記事では、
- 人種のるつぼの意味
- 人種のるつぼとサラダボウル概念の違い
- 人種のるつぼの現状
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:人種のるつぼとは
まず、1章では人種のるつぼを「意味」「サラダボウルとの違い」から概観します。
2章ではアメリカ社会から人種のるつぼ論の歴史を、3章では人種のるつぼと形容された社会の例と現状を紹介しますので、好きな箇所から読み進めてください。
1-1: 人種のるつぼの意味
まず、冒頭の確認となりますが、人種のるつぼとは、
多様な人種や民族がひとつの場所で溶け合い、新しい文化や社会が形成されること
を指します。
たとえば、大都市のニューヨークを想定してみてください。
ニューヨークでは、白人、黒人、アジア系の人々などの多様な人々が行きかいます。実際に訪れた方は活気のある街で新たに独自の文化が形成されると感じた人もいるかもしれません。
移民としてアメリカへやって来た1世は、母国語と異なる英語でコミュニケーションを取ることに不自由さを感じた人も少なくなかったですし、読み書きのできなかった人も相当数いました。
しかし、移民1世の子供たちは公立学校へ通い、アメリカ流の教育を受け、民主主義や個人主義、独立自尊を学習していきます。2世や3世になれば、アメリカ人としてのアイデンティティを強くもつ世代になるでしょう。
このように、「アメリカ人のすべてが混ざりあって新しいアメリカ文化が生まれること」は「人種のるつぼ」という言葉で表現され、長らくアメリカ社会を形容するレトリックとなっていました(さらに詳しくは2章で解説)。
1-2: 人種のるつぼとサラダボウル
しかし、実際のアメリカ社会は「人種のるつぼ」と形容されるほど混ざり合っていないという意見も多くあります。
たしかに、「ジムクロウ法」や「ワンドロップルール」といった人種主義的な制度を考えると、「人種のるつぼ」がアメリカ社会の正しい形容なのか?と疑問をもたざるおえません。
また、1950年代〜60年代のマイノリティによる公民権運動が高まるにつれて、人種のるつぼ論は同化主義を意味する言葉となってきました。
そこで、代替案として登場するのが「サラダボウル」(the salad bowl concept)という考え方です。
具体的に、「サラダボウル」と「人種のるつぼ」とは以下のような違いがあります。
- 「人種のるつぼ」の考え方は多民族が集まって単一で同質な文化(=a single homogeneous culture)が形成されていくという考え方である
- 一方で「サラダボウル」概念は、それぞれの野菜を入れて混ぜ合わせたボウルの中での状態を指し、ボウルの中でも個別の野菜が元の形や味の特徴を失わないように、アメリカというボウルの中に各民族がルーツとなる国々の文化の特徴を失うことなく共存していくという考え方
ちなみに、「サラダボウル」と同じ概念をカナダでは「文化のモザイク」(the cultural mosaic)と呼びます。
どちらの概念がアメリカ社会を適切に形容してるのかはあなた自身の判断にお任せしますが、両者の違いはしっかりと理解するべきです。
そして、アメリカがどちらのような社会を自画像として採用したのかは歴史的にも面白い問題かもしれません。
- 人種のるつぼとは、多様な人種や民族がひとつの場所で溶け合い、新しい一つの文化や社会が形成されることを指す
- サラダボウル概念は、アメリカというボウルの中に各民族がルーツとなる国々の文化の特徴を失うことなく共存していくという考え方を指す
2章:人種のるつぼとアメリカ
さて、2章ではアメリカ社会から人種のるつぼ論の「歴史」と「問題点」を紹介します。
2-1: 人種のるつぼ論の歴史
人種のるつぼ論の歴史を議論する際に必ず登場するが、クレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』とザングウィルの戯曲『メルティングポット』です。それぞれ解説していきます。
2-1-1: クレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』
端的にいえば、クレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』は、学術的な研究ではないものの、人種のるつぼ論の先駆けという評価を受けた書簡形式小説となっています。
そのような評価の背景にはクレヴクール自身、フランス国籍を捨ててアメリカ人をなった人物であり、『アメリカ農夫の手紙』が1782年に刊行されたという時代的な背景も重要かもしれません。
社会学者の村井忠政は、『アメリカ農夫の手紙』における要点を以下のようにまとめています1「メルティングポットの誕生 ―メルティングポット論の系譜(1)―」『名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究』(2, 17-30頁, 2004)を参照。
- ヨーロッパからの移民たちが、アメリカ人という「新しい人種」として生まれ変わると想定されていること
- ヨーロッパの封建的な旧世界に対して、アメリカ社会は新しい思想をもつ新世界であること
- アメリカン・ドリーム的な芽生えがみえること
当然、このような楽観的なクレヴクールのモノの見方は、後世の社会学者に「クレヴクール神話」と呼ばれ批判の対象となってきました。
しかし、多文化主義に反対の立場の論者が『アメリカ農夫の手紙』をしばしば引用するという点をみると、人種のるつぼ論の先駆けとしてクレヴクールの主張を無視することはできません。
多文化主義に関しては、以下の記事を参照ください。
2-1-2: ザングウィルの戯曲『メルティングポット』
さて、「人種のるつぼ(Melting Pot)」という言葉は、もともとイギリスの推理小説作家であったイズレイル・ザングウィル(Israel Zangwill)が制作した戯曲に由来します。
具体的には、ザングウィルの『メルティングポット』は、
- さまざまな異なる民族が一つに溶け合って新しい民族になることを描いた作品
- 1908年にワシントンで初演、その後シカゴやニューヨークで公演されたもの
です。
戯曲『メルティングポット』に踏み込むと脱線するため避けますが、おおざっぱにいえば、『メルティングポット』において創造主たる神の錬金術師が多様な人種・民族を溶かし、融合させた場面が人種のるつぼ論のイメージを提供したといえます。
ちなみに、「溶かすこと(melting)」は神の意志であるため、アメリカ社会への同化は自動的な過程として描かれます。このような公演が成功を収めると、シンボルとして「人種のるつぼ」は一般の人まで普及していきました。
2-2: 人種のるつぼの問題点
上述した村井は人種のるつぼ論の歴史を踏まえて、このレトリックに内在する問題点をいくつか指摘します。
たとえば、「溶ける(melt)」という強烈なイメージについて次のように述べています。
- 「溶ける」の内容は具体的に何を意味するのか?は明確ではない
- 交婚を通した「生物学的」な溶けるなのか?多様な文化の融合を意味する溶けるなのか?文化が溶け合うとしたら、主流文化と他の文化は対等に溶け合うのか?
これらの問題からわかるのは、「人種のるつぼ」がレトリックの範囲にあり、社会科学的な理論ではないことでしょう。
この点を考慮すると、人種のるつぼ論を「誰が誰のためにどの目的のために」援用するのかを慎重に見極め姿勢が重要になるでしょう。
- 人種のるつぼ論の歴史を議論する際に必ず登場するが、クレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』とザングウィルの戯曲『メルティングポット』である
- 「人種のるつぼ」はレトリックの範囲にあり、社会科学的な理論ではない
3章:人種のるつぼの現状
さて、「人種のるつぼ」の表現が使われる国家はアメリカに限ったことではありません。
新大陸(北アメリカと南アメリカ)にあるそれぞれの国家には、
- ヨーロッパ列強の植民地であった過去であること
- 先住民が住んでいた地域にヨーロッパからの入植者が入ってきたこと
- 強制的に連れて来られたアフリカ系黒人が新たに入ってきて多民族の国家になったこと
という点においてアメリカの歴史と似ています。
しかし、新国家が成立して以降は植民したヨーロッパ諸国の植民政策の違いによって社会の構成も変化していきました。
そこで、3章では北アメリカ大陸のカナダ、南アメリカ大陸ではブラジルに関して簡単に紹介します。
3-1: カナダの現状
現在、カナダは200を超える民族から構成されており、ひとつの価値観に縛られることのない他民族が平和に共生できる社会である「モザイク社会(mosaic society)」を目標としています。
1971年には世界で初めて政府として「多文化主義(multiculthuralism)」をかかげすべての民族や人種が社会参加できるような社会をつくることを目指しました。
ここで注意していただきたいのは、「人種のるつぼ」と「多文化主義」に以下のような違いがあることです。
- 人種のるつぼ・・・社会の構成員たちが混ざることで最大公約数的な新しい文化を作り出す社会
- 多文化主義・・・それぞれのルーツをお互いが尊重することを目指す社会
それでは、まずカナダの総人口3,700万人の出身地別民族構成をみていきましょう。数値につきましては、2006年日本の外務省がカナダ統計局のデータを元にまとめたものです。
- イギリス出身: 25%
- 北米(カナダ・アメリカ)の地域に居住していてカナダ人となった人: 24%
- イギリス・フランスを除くヨーロッパ: 23%
- フランス: 11%
- 東アジア・東南アジア・オセアニア: 5%
- 先住民: 4%
- 残りの8%は南アジア、アフリカ・アラブ諸国、中南米、カリブとなっています。
全体的に見るとヨーロッパをルーツとする民族が83%を越え圧倒的にヨーロッパ系の人々が多い国ですが、各都市の出身地別の構成にはそれぞれ特徴があります。
カナダの公用語は英語とフランス語とされています。しかし、たとえば、バンクーバー、トロント、モントリオール、エドモントンなどの大都市では公用語ではないアジア圏の言語も聞かれます。
必ずしも公用語を話せなくても生活ができ、お互いにルーツになる文化を尊重する国の姿勢からきているのでしょう。
3-2: ブラジルの現状
さて、ブラジルはどうでしょうか?
アメリカやカナダと異なり、ブラジルでは40%を超える人々が混血だといいます。ブラジル国内では「パルド人」と呼ばれています。
- ブラジルで最も多いのは、ポルトガルを中心としたヨーロッパ系の白人(総人口の48%)。
- 2番目が混血(パルド人)の43%で白人系とパルド人を合わせると全人口の9割を超えている
- ブラジルの人口でもっとも多いヨーロッパ系白人だが、地域によって白人の占める人口割合にも差があり、ブラジル北部では23.5%、北東部では28.8%、中西部では50.5%、南東部では58%、南部では78%となっている
そのため、都市によってブラジル全土の人種割合が各都市にあてはまるというわけではなく都市によって人口構成に特徴があると考えられます。
混血が多いという点からいえば、アメリカやカナダに比べて「人種のるつぼ」の社会であるといえるかもしれません。
しかしながら、半強制的に連れてこられたアフリカ系の黒人やアジアからの移民たちがヨーロッパでも早い時代に移民してきた人たちと同様の仕事が得られるようになるのには、何世代かを経る必要があったことも事実です。
そのため、社会的な「溶け具合」が「生物学的な」溶け具合と同一でないといえるかもしれません。
また、混血も含めて多くの民族が居住するブラジルですが、宗教の面では数的にキリスト教が多いというのがブラジルの特色です。
これらの点を考慮すると、社会の一側面だけを切り抜いて、ある社会を「人種のるつぼ」と形容するのはあまりに短絡的だといえるでしょう。
3章:人種のるつぼを学ぶための本
人種のるつぼについて理解を深めることはできましたか?
ここで紹介した内容はあくまで学術的な議論の一部であるため、より詳しくはこれから紹介する本をご覧ください。
古矢旬『アメリカニズム』(東京大学出版会)
これだけ読めば、アメリカを支える考え方を大まかに理解できると思います。家に一冊あると助かる教科書的な本です。
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貴堂嘉之『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)
チャンスの国、自由の国としてアメリカはヨーロッパからだけではなく中国や日本人移民をも引きつけてきたました。多様な移民を抱えるアメリカの歴史を手軽に知るための書籍。
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今津晃『世界の歴史<17> アメリカ大陸の明暗』(河出文庫)
北米でも南米でもヨーロッパの植民地が拡大していくことは、先住民から生活の場所である土地を奪っていくことでもありました。また、ヨーロッパの各国の植民地政策の違いにより植民された地域の社会や人々のその後の進むべき方向性や考え方にも多大な影響を与えていきました。その違いがよくわかる本です。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 人種のるつぼとは、多様な人種や民族がひとつの場所で溶け合い、新しい一つの文化や社会が形成されることを指す
- サラダボウル概念は、アメリカというボウルの中に各民族がルーツとなる国々の文化の特徴を失うことなく共存していくという考え方を指す
- 種のるつぼ論の歴史を議論する際に必ず登場するが、クレヴクールの『アメリカ農夫の手紙』とザングウィルの戯曲『メルティングポット』である
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