地域主義(regionalism/リージョナリズム)とは、
特定の地理的範囲の国家間で、何らかの政治的まとまりを志向する思想
のことです
また、地域主義/リージョナリズムに基づいて、実際に政治的まとまりを作ることを「地域統合」と言います。
共に国際政治学・国際関係論で使われる概念です。
あなたがどのように考えているか分かりませんが、地域主義/リージョナリズムや地域統合という考え方は、これからの国際情勢を理解する上で、とても大事な概念になっていくと思われます。
そのため、国際政治学系の学習をしている学生はもちろんのこと、それ以外の学生や社会人の方にもぜひしっかり知っておいて欲しいです。
そこでこの記事では、
- 地域主義とはどういうものなのか?
- 地域主義の具体例
- 地域主義が台頭している理由
- 最新の事例としてのイギリスEU離脱問題
- 日本が構想してきた地域主義について
について詳しく紹介します。
ぜひ知りたいところから読んでみてください。
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1章:地域主義とは?
それではさっそく、地域主義/リージョナリズムと地域統合について解説していきます。
1-1:地域主義の定義
地域主義について、国際政治学者の大庭三枝は以下のように定義しています。
ある地理的範囲に位置している複数の国家によって、その域内の平和や繁栄の実現をめざし、そのための政策協調や地域協力を進めることで、単なる国家集合以上のまとまりを現出させようとする志向性
大庭三枝『重層的地域としてのアジア-対立と共存の構造-』(2014)より引用
多くの学者が地域主義の定義をしていますが、大庭三枝の定義が包括的で分かりやすいのではないかと思います。
地域主義と地域統合をあえて区別すれば、
- 地域主義とは・・・特定の地理的範囲の国家間で、何らかの政治的まとまりを志向する思想
- 地域統合とは・・・地域主義に基づいて、地域に政治的まとまりをつくること
のことだと言えます。が、実際には混同して使われていることも多いです。
地域主義には国家内の一地方としてのローカルな政治的まとまりという意味もありますが、この記事では「国家間の地域主義」について解説します。
具体的には、これから紹介するようなものが地域主義/地域統合だと言えます。
※大庭三枝は地域主義、地域統合の代表的な研究者の一人です。上記の定義やさまざまな論点について以下の本で詳しく解説されています。
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1-2:地域主義の具体例
現在、世界には様々な地域主義/地域統合が存在します。
具体的には以下のようなものです。
【地域主義の具体例】
- EU
- NAFTA
- APEC
他にも様々なものがあります。
少し前までよくニュースになっていた「TPP」も、実は地域主義/地域統合の一種です。
また、最近ではイギリスがEUからの離脱を国民投票で可決し、EUからのイギリスの離脱について「ブレグジット問題」としてよくニュースになるようになっています。
※ブレグジットについて詳しくは3章で解説します。
1-3:地域主義/地域統合の目的は経済的連携の強化
「地域主義/地域統合は何を目的としているの?」
ともいう疑問も多いと思います。
端的に言えば、地域主義/地域統合はその地域内での経済的連携の強化を目的として行われます。
1-3-1:FTA/EPAとは
そのため、具体的な手段としては「FTA(自由貿易協定)」「EPA(経済連携協定)」といった、経済自由化を進める協定の締結から行われることが多いです。
【FTA/EPAとは】
FTAとは、貿易(製品、サービスなどのモノの取引)の自由化を目的とした協定。EPAとは、モノに限らずヒト・モノ・カネ・情報などの取引や移動の自由化を目的とした協定。
※ちなみにEPAは日本政府の造語である。
こうした協定は90年代以降増加したのですが、当初は二国間での貿易・経済の自由化を進めるために結ばれることが多かったです。
しかし近年のトレンドは、それを二国間以上に広げ、特定の地域の中の国家の間で相互に締結し、地域的なまとまりを作る(=地域主義/地域統合)というものです。
1-3-2:なぜ地域間での自由化を進めるのか
「なぜ二国間から地域レベルでの自由化を進めるようになったの?」
と思われるかもしれません。
これは単に、地理的に近い国家間の方がヒトやモノの取引・移動が多く、自由化を進めるメリットが大きいからです。
たとえば日本の場合、戦後の経済成長と共に東南アジアとの経済的連携を深めました。
主に製造業の生産拠点が東南アジアに作られ「A国ではこの材料を調達する」「B国ではこの部品を生産する」「C国では製品として組み立てる」というように、国家をまたいだ生産ネットワークが作られたのです。
また、中国が共産主義路線を緩和し「市場経済化(部分的に民間企業の設立・活動を認める)」を進めてからは、日本と東南アジア、として中国との間での経済的連携が強まりました。
このように、地理的に近い国家間では経済的な結びつきが強いことが多いため、その地域内の経済をより活性化させるために、地域主義/地域統合を進めることがあるのです。
※日本とアジアの経済面での事実上の地域統合について、カッツェンスタインが書いた以下の書籍が代表的です。
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1-4:地域主義が持つ思想
さて、国際政治学や国際関係論では、地域主義/地域統合の背景には政治思想があると考えます。
それは以下のものです。
1-4-1:リベラリズム
地域主義/地域統合の目的としては、主に経済的結びつきの強化であることは説明した通りです。
しかし、「地域内の経済的結びつきを強化することで、地域内での安全保障上の脅威を減らそう」という目的もないとは言えません。
このような「国家間の協調や経済的結びつきの強化によって安定的な秩序を作る」という思想のことを、国際政治学ではリベラリズムと言います。
※国際関係論におけるリベラリズムについて、詳しくは以下の記事をお読みください。
【リベラリズム(国際関係)とは】現代までの変遷と理論をわかりやすく解説
1-4-2:リアリズム
地域主義/地域統合の目的として、自国の利益の追求の側面も否めません。
なぜなら、国家は基本的に自国の利益を度外視して行動するとは考えられないからです。
そのため、地域主義/地域統合には、一定の「利益追求」という意味でのリアリズム的思想もないとは言えません。
たとえは、トランプ政権以前のアメリカは、自国の利益追求のためにTPPの拡大を構想し、日本を強引に引き入れようとした側面があります。また、その背景には台頭する中国への牽制もあったでしょう。
※国際関係論におけるリアリズムについて、詳しくは以下の記事をご覧ください。
【現実主義(リアリズム)とは】国際関係の重要理論をわかりやすく解説
また、地域主義について研究する学問には「国際レジーム論」があります。国際レジーム論について詳しくは以下の記事で説明しています。
【国際レジーム論とは】定義から3つの立場の説明までわかりやすく解説
このように、地域主義/地域統合は、リベラリズム的(国際協調、経済連携)側面とリアリズム的側面(自国の利益追求)の両面があることは、頭の隅っこにでも置いておいてください。
- 地域主義/地域統合とは、国家間で経済的結びつきを強めるために、地理的に近い国家同士で政治的なまとまりを作ること
- 地域主義/地域統合は、実際にはFTA(自由貿易協定)を使ってなされることが多い
さて、ここまで地域主義/地域統合について詳しく解説しましたが、実は地域主義/地域統合は1990年代以降に急速に世界で増えた現象です。
その背景には「米中貿易戦争の過激化」「トランプ政権の保護主義的政策」「TPPの一連の騒動」とも関係する、国際環境の変化がありました。
2章では、その国際環境の変化について詳しく解説します。
EUからのイギリスの離脱問題(ブレグジット)については3章で解説します。
2章:地域主義が台頭した背景
地域主義/地域統合の構想は、1990年代以降に急増しました。
その背景には、GATT・WTOを中心とした「自由貿易体制」が崩れたことがあります。
2-1: GATT・WTO体制とは
GATT・WTO体制とは、第二次世界大戦の反省から生まれたものです。
第二次世界大戦の原因の一つは、イギリスをはじめとする大国が1930年代からの世界大恐慌からの立ち直りのために「ブロック経済化」したことでした。
ブロック経済とは、特定の地域内の経済的な結びつきを重視し、地域外との貿易を制限する政策のことです。
これが大戦の原因の一つになった反省から、「排他的なブロック経済的政策を制限し、グローバルに自由貿易を推進しよう」という理念から生まれたのが、GATTというルールであり、それが発展した国際機関になったのがWTOです。
GATT・WTOによって、
- 国家間の貿易トラブルの解決
- グローバルな貿易ルール作り
- 「グローバルな自由貿易」という理念の発信
という役割が担われていたのですが、1990年代頃からその影響力が弱体化しました。
2-2:GATT・WTO体制弱体化の原因
GATT・WTO体制が弱体化した大きな原因は、途上国の台頭です。
GATT・WTOでのルール作りは、一部の先進国が主導してきました。
しかし途上国が経済発展し、国際的な発言力を高めたために、GATT・WTOという多数の国が参加する場でのルール作りが難しくなり、その結果問題解決やルール作りが停滞していきます。
このような動きの中で、各国は「GATT・WTOの影響力は限定的だ」と考えるようになったと思われます。
2-3:ルール作りの新しい場としてのFTA(自由貿易協定)
GATT・WTOの代わりに、1990年代以降増加したのがFTA(自由貿易協定)です。
つまり、グローバルな枠組みではなく、ルール作りがやりやすい二国間でのルール作りがなされるようになったのです。
さらに、先ほども触れたように、FTAを使って地域的なまとまりを構想することがトレンドになりました(メガFTA)。つまり、貿易自由化・経済連携が地域主義のもとで行われるようになったのです。
こうした経緯で、国際社会では地域主義/地域統合が台頭し現在に至っているのです。
■地域主義/地域統合が台頭する現在の問題
しかし、戦後の自由貿易体制はあくまでGATT・WTOのもとで行われてきましたので、現在の状況は理想的なものではありません。
なぜなら、トランプ政権が行っているような「保護主義(自国産業の保護のために、自由な貿易を制限する)」の台頭を強く抑えられなくなってきていますし、自国の国益を目的とした地域主義(アメリカが構想した拡大TPPや中国が構想中の地域統合構想)をコントロールできない可能性もあるからです。
このように、地域主義/地域統合が台頭しやすい国際環境に変化している一方で、現在の状況には問題点もあるのです。
- 地域主義/地域統合が増えたのは90年代以降
- 地域主義/地域統合が増えた背景には、GATT・WTOを軸とした自由貿易秩序が崩れたことがあった
- 現在は、各国の国益追求の行動をコントロールできなくなりつつある
さて、ここまでは地域主義/地域統合の世界的な動向について解説してきましたが、現在大きな問題になっているのは、イギリスのEU離脱問題(ブレグジット)です。
3章では、ブレグジット問題について簡単に説明します。
日本の地域主義/地域統合について知りたい場合は、4章をお読みください。
3章:【事例】EUの地域統合と抱える問題点(ブレグジット問題)
イギリスのEU離脱問題は「ブレグジット」と言われ、特に2016年以降、ヨーロッパで大きな問題になっています。
ブレグジット(Brexit)とは、イギリス(British)と離脱(exit)を合わせた言葉です。
なぜイギリスはEUを離脱すると言い出したのでしょうか?
ここでは簡単に、よくある疑問に答える形で解説します。
3-1:なぜイギリスはEUを離脱することになったの?
イギリスのEU離脱の直接のきっかけは、2016年の国民投票で、イギリス国民に直接「EU離脱に賛成かどうか?」を問いかけた結果、「賛成」が52%と過半数を超えたからです。
そもそも、これほど離脱賛成派が増えたのは、
- イギリスのEUのための支出が多い(もっとイギリス国民のために使うべき)
- EU内では人の移動が自由であるため、EUに加盟し続けることでテロのリスクが高まる
- EU外の国家との貿易自由化が進められない(イギリスはアメリカ、中国、オーストラリアなどの大国との間でFTAを締結できていない)
など、EUに加盟し続けることは、イギリスにとってデメリットの方が多いためであるという国内世論が高まったためです。
3-2:なぜ離脱が決まってからも問題になっているの?
国民投票で離脱が決まったことで、イギリスは離脱せざるを得なくなりました。
それ以降もブレグジットが繰り返し問題として取り上げられているのは、離脱する上での取り決めである「離脱協定」の内容を、イギリスとEUの間で交渉しているからです。
3-3:これからどうなるの?
イギリスがEUから離脱するためには、
- イギリスの下院でEU離脱を承認
- EUの立法機関である欧州議会での、各加盟国から選出された欧州議会議員による承認
という2つの承認を受ける必要があります。
しかし、現在、イギリス国内ではEU離脱案を巡って対立が深まっており、メイ首相にも辞任が要求されるなど、混乱している状況です。
これからどのように状況が動くのか、注視していく必要があるでしょう。
現在、多くの地域主義/地域統合は構想段階であり、そこからの「離脱」が問題になることはほとんどありません。
最も歴史のある地域主義/地域統合であるEUの混乱は、これからの地域主義/地域統合の動きを慎重にさせていくかもしれません。
- 2016年の国民投票でブレグジットが問題化し、現在は離脱協定を交渉中
- EUから離脱するためには、イギリス下院と欧州議会での承認が必要
さて、EUという地域主義/地域統合について紹介しましたが、次は日本の地域主義/地域統合について紹介します。
4章:日本が構想してきた地域主義
日本人の多くの方は、日本も地域主義/地域統合を構想してきたとは知らないかもしれません。
実際、日本の地域主義/地域統合は、まだ成功しているとは言えない状況です。
そこには「日本であるからこそ」の理由もあります。
日本の地域主義/地域統合について解説します。
4-1:日本の地域主義への葛藤
日本は戦後「アジア」という地域において、戦後繰り返し経済的・政治的結びつきを強めようと活動してきました。
1950年代はアジアへの「賠償支払い」を利用しての経済的結びつきの強化が求められ、1960年代後半からは、日本はアジア(主に東南アジア)に対して様々な政治的な働きかけをしました。
しかし、戦後の日本のアジアでの構想は、慎重な姿勢で進められていて構想段階で頓挫するものも少なくありませんでした。
なぜなら、アジアには「日本による支配」の記憶が強く根付いていて、日本との政治的関わりを強める事に対する抵抗感があったからです。
そのため、実際に日本がアジアでの地域主義/地域統合ができるようになるのは、90年代以降からでした。
※戦前・戦中の日本が持っていたアジアの地域支配を目指す思想(アジア主義)について、詳しくは以下の記事で解説しています。
【アジア主義とは】戦前〜現代までの思想と構想をわかりやすく解説
4-2:日本の地域主義的構想への出発
90年代までに、日本は製造業を中心とした生産ネットワークの形成を通じて、アジアとの間で「事実上の経済統合」を進めました。
「事実上の経済統合」とは、政治的働きかけによるものではなく、民間企業の活動によって自然に経済的に、地域統合がなされたということです。
しかし、90年代に入ってからは、政治的な働きかけで地域主義/地域統合を具体的に構想するようになります。
その理由は、
- 日本の経済が低迷しアジアの成長を取り込みたいと考えるようになったため
- 中国の経済的台頭から影響を受けたため
というものです。
具体的には、小泉政権の頃からFTA(自由貿易協定)を使った「東アジア共同体」が構想されるようになり、2000年代半ばには第一次安倍政権の頃にASEANにインド、オーストラリア、ニュージーランドまで含んだ16カ国の経済統合を構想しました。
この構想は現在も、「RCEP」という地域統合構想として交渉中です。
4-3:日本の地域主義の目的
日本の地域主義/地域統合の目的は、アジアで独自に貿易・経済のルールを描こうとする中国への牽制という面が強くなっているのではないかと思われます。
日本は中国が経済的に強くなってきた90年代から、中国のWTO加盟を支援してきましたし、2000年代以降はアジア太平洋の多くの国を含んだ構想を作り、中国の国家行動に一定のルールを与えようとしてきたと考えられるのです。
一方で、日本の力だけでは中国の行動に影響を与えたり、アジアの国を巻き込んで独自の地域構想を作るのは難しい現実もあります。
そのため、アメリカから提案されたTPPに乗らざるを得なかったという事情もあったのです。
このように、地域主義について理解を深めることは、国際経済情勢を理解する上でとても役に立つことなのです。
そこで最後に、地域主義について学べる書籍を紹介します。
5章:地域主義について学べる書籍リスト
まず、国際政治学について広く学びたいという場合は、以下のページでさまざま本を紹介していますのでぜひご覧ください。
→【国際政治学のおすすめ本7選】代表的理論と名著・必読書を紹介
繰り返しになりますが、これからの国際経済のトレンドを追う上では、地域主義/地域統合についての理解を深めることが必要不可欠です。
これから紹介する書籍を読めば、地域主義/地域統合について理解し、これからの国際経済情勢を読む上でも役立つはずです。
オススメ度★★★大庭三枝『重層的地域としてのアジア-対立と共存の構造-』(有斐閣)
この本はアジアの地域主義/地域統合について網羅的に研究された本で、この記事を書く上でも参考にしました。とても良い本なので、少しでも興味があればぜひ読んでみて欲しいです。
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オススメ度★★宮城大蔵『増補 海洋国家日本の戦後史:-アジア変貌の軌跡を読み解く』 (ちくま学芸文庫)
この本では、戦後の日本がアジアとどのように関わってきたのか、分かりやすく解説されています。専門知識を持っていなくても読みやすいので、ぜひ読んでみてください。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
今回の内容をまとめます。
- 地域主義/地域統合は経済的結びつきを強める目的で進められることが多く、世界では90年代以降に増加した。
- GATT・WTO体制が弱体化したことから、地域主義/地域統合が増えやすくなった
- 日本の地域主義/地域統合は、中国の国家行動からの影響が強い
このサイトでは、これからも国際情勢の最新事情やそれに関わる研究について解説していきますので、ぜひブックマークして繰り返し読んでみてください。