男性学(Men’s studies)とは、女性学への反応として生まれ発展した男性を研究する学問です。
男性学は男性内部の権力関係(政治)にも目を向けるという点でも極めて重要な学問分野です。
そこで、この記事では、
- 男性学の歴史や問題関心
- 男性学とフェミニズムの関係
などをそれぞれ解説していきます。
関心のある所から読み進めてください。
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1章:男性学とは
1章では男性学を「歴史」「問題意識」「研究対象」から概説します。フェミニズムとの関係を知りたい場合は、2章からお読みください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:男性学の歴史
男性学とは、その名のとおり男性を研究する学問ですが、その一番の特徴は、女性学への反応として生まれたという点です。そのため、女性学とは切っては切り離せない関係にあります。
女性学といえば、1960年代後半からはじまる第二波フェミニズムの潮流のなかから生まれた、女性の解放の実践を目指す新しい学問です2現在は男性学も含みジェンダー研究やジェンダー・スタディーズと呼ばれることが多いです。。(→第二波フェミニズムに関してはこちらの記事)
女性学と男性学の関係
- それまでの人間を対象とした学術研究のほとんどは、当たり前のように男性を「人間一般」とみなし、女性の存在を無視してきた
- そのような学問の風潮への異議申し立てとして大学に女性学が誕生し、その女性学への男性側からのリアクションが、男性学という学術研究に発展した
アメリカではすでに1970年代半ばに男性学の研究書がいくつも刊行され、日本でも市民活動で同様の動きが見られました。
そして、日本で学術的な男性学研究の著作が見られはじめたのは、1986年の渡辺恒夫による『脱男性の時代――アンドロジナスをめざす文明学』の出版がきっかけでした。
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「男性学」という名前が定着しはじめたのは、伊藤公雄『男性学入門』が出版された1996年以降のことです。1990年代は、大学で男性学の講座が開設されたり、それがマスメディアに立てつづけに取り上げられたりと、さながら「男性問題の時代」としての活況を呈していたといいます3伊藤公雄 2009「男の性もまたひとつではない」天野正子ほか編『新編日本のフェミニズム12 男性学』岩波書店 77頁。
では、なぜ1990年代に男性学に注目が集まったのでしょうか?それは、冷戦終了後グローバル化と情報化、そして新自由主義が一気に加速し、それまでのライフスタイルや価値観が大きく転換したからということができるでしょう。(→新自由主義に関してはこちらの記事)
理想の男性像の変化
- 田中俊之によれば、日本では1991年にデビューしたSMAPの登場が、理想の男性像を塗り替える大きなきっかけになった4田中俊之 2015 『男がつらいよ――絶望の時代の希望の男性学』角川文庫 15頁
- つまり、「男は黙ってサッポロビール」(1979年)や「24時間戦えますか?」(1989年)というCMのキャッチコピーで表象された昭和の男性像が、「かっこよくて優しくて、歌えて、踊れて、料理もコントもできる」平成の男性像に転換した
このように、一般男性にとって目指すべきモデルが一気に変わってしまったことが、男性学が関心を集めた背景の一つであったということができます。
1-2:男性学の問題関心
では、男性学の着目点はどのようなものなのでしょうか?
大きく分けると男性学には、「社会学・政治学的な男性学」と「心理学的・個人的な男性学」の二つ流れがあります5伊藤公雄 2009「男性学・男性性研究の過去・現在・未来」天野正子ほか編『新編日本のフェミニズム12 男性学』岩波書店 9頁。
まず、社会学・政治学的な男性学は、次のような流れです。
- 女性学によって映し出される「権力者」としての男性像を目の当たりにし、男性性のもつ抑圧性を意識したうえで、当事者として自己省察するマジョリティ研究
- マジョリティ研究とは、マイノリティの存在に無自覚なマジョリティの反応や対応についての分析をとおして、二項の非対称な関係性を把握する研究分野のこと
※マジョリティ研究について詳しくは、次の記事で詳しいです→【ハオレとはだれか?】その意味から白人性までわかりやすく解説
つぎに、心理学的・個人的な男性学は、以下のような流れを指します。
- 男性もまた「ジェンダー化された存在」であり、時には性差別の被害者であると主張するもの
- これについてはフェミニストから、心理レベル・個人レベルのトピックに先鋭化しており男性の特権を無視しているという痛烈な批判が寄せられている6渋谷知美 2001「「フェミニスト男性研究」の視点と構想」『社会学評論』51巻4号 457頁
このようにして男性学は、女性学の手法や批判を取り入れながら、社会的につくられた「男らしさ」に相応しい生き方を迫られる存在として、男性を描きなおそうという問題関心を持っています。
1-3:男性学の研究対象
男性学の研究対象は、どのようなものでしょうか?女性学の研究対象が多岐に渡るように、男性学もひとつに絞れるものがあるわけではありません。
たとえば、3章のおすすめ図書にも挙げているリーティングス『新編日本のフェミニズム12 男性学』の目次をめくると、以下のような多種多様なタイトルが目に飛び込んできます。
- メンズ・リブ
- メンズ雑誌
- 独身差別
- マンガの男性表象
- 戦争と男性性
- 自慰と性交
- 買春
- 主夫
- 男の子育て
- 猛烈サラリーマン
- 同性愛者
- DV
- 殺人
- 男性更年期
- ハゲとからかい
多賀太は、男性学の問題関心を以下のように3つに整理しています7多賀太 2013「男性学」木村涼子ほか編『よくわかるジェンダー・スタディーズ』ミネルヴァ書房 84-85頁。
- 固定的なジェンダーのあり方が女性だけでなく男性にも抑圧的に働くこと(働きすぎや過労死)
- 女性がかかえる問題の発生に男性がいかに関与しているか(DV加害者の大半が男性)
- 男性内の社会階層、エスニシティ、セクシュアリティなどの不平等
このように男性学は、多くの男性たちに、ジェンダー問題を自分たち自身の問題としてとらえるためのヒントを提供してきました。こうして、男性学は女性学との相互の関係性のなかで新たな視点を加えながら、ジェンダー研究全体の発展に貢献していくのです。
- 男性学とは、女性学への反応として生まれ発展した、男性を研究する学問
- 男性学は、社会的につくられた「男らしさ」に相応しい生き方を迫られる存在として、男性を描きなおそうとしている
- 男性学の研究対象は、男性というジェンダーにまつわるもの
2章:男性学とフェミニズム
さて、2章では男性学という学問についてより詳しく紹介していきます。
2-1:男性性研究
本節では、男性性研究(masculinity studies)について、多賀太の整理にそって紹介します8多賀太 2006『男らしさの社会学』世界思想社 22-24頁。
2-1-1:社会構築主義に立つ男性性研究
オーストラリアの社会学者、レイウィン・コンネルは男性性についての科学的な知に3つの大きな流れがあると述べます。
- 20世紀初頭以降の「精神分析学」の流れ
- 20世紀半ば以降の「性役割研究」の流れ
- 1980年代以降の「社会構築主義」の流れ
とりわけ、男性学研究において主流を占めているのが、③の社会構築主義です。その特徴は、人びとの社会的相互行為に着目し、社会現象をプロセスととらえる点です。
つまり、男性性の意味とあり方は、相互規定関係にあるという見方が社会構築主義です。それは一体、どういうことでしょうか?まず、男らしさについて考えてみましょう。
男らしさとは
- 一人の男性にとっての男らしさは、あらかじめ社会的・集合的に決められており、一人ひとりの男性の行為やアイデンティティは、そうした意味に左右されている
- とはいえ、そうした意味は絶対的・普遍的に固定されているわけではなく、個々の男性たちの行為が集まって、日々、その意味を生み出していると考えることもできる
- ということは、もし多くの男性がその社会的な意味と反する行動をとれば、男性性の定義はゆらぎはじめる
- つまり、男性は男性性によって形成される客体であり、男性性を生み出す主体でもあるということができる
たとえば、現在男性には筋トレが流行していますが、平安時代には、光源氏のような「優雅」で「上品」な男性貴族が「イケメン」とされていました。
これは女性性でも同じことがいえますが、要するに、男性性は生物学的にあらかじめ規定されているわけではなく、社会的な定義と一人ひとりの身体のあり方との相互作用によって、社会的・歴史的に構築されているのです。
このような立場に立つと、これまで「男性」とひとくくりにされてきた人々の多様性や、男性同士の権力関係を分析できるようになるはずです。
2-1-2:ヘゲモニックな男性性
次に見ていくのは、コンネルが提唱する「ヘゲモニックな男性性」という概念です。ひとことでいうと、特定の社会状況におけるいろいろな男性のあり方のうち、権威と権力と結びついた最も賞賛される男性のあり方のことです9多賀 2013 同上 85頁。
女性に対する男性の優位は、人びとによる「ヘゲモニックな男性性」の賞賛をとおして正当化される
そして、同性愛男性など「ヘゲモニックな男性性」以外のタイプの男性は「従属的男性性」として劣位に置かれ、女性的な男性と見なされることが多くなる
※ヘゲモニーに関しては次の記事を参照ください→【ヘゲモニーとは】意味からグラムシの議論までわかりやすく解説
このように考えると、フェミニストが家父長制と呼んできた男性支配の社会構造は、すべての男性によるすべての女性の支配構造とは単純にはいえなくなりますね。(→家父長制に関してはこちらの記事)
そこで男性学の知見を踏まえて補足すると、家父長制とは、特定のタイプの男性性が女性性とほかのタイプの男性性を従属させることによって、全体としての男性による女性支配を正当化する構造と定義されることになります。
ここまで来てわかるように、男性内部の権力関係に目を向けることは、男性内部だけでなく、全体としての女性支配のメカニズムを解き明かすことにもつながります。
2-2:ハゲというからかい
つづいて、男性学の実証研究のひとつであるハゲの研究を紹介したいと思います。
須長史生は1999年に出版された『ハゲを生きる――外見と男らしさの社会学』において、当事者へのインタビュー調査をつうじハゲをめぐる相互行為が典型的な形で現れるからかいに焦点を当てました10須永史生 1999「”男らしさ”はテストされ、そして維持される」天野正子ほか編『新編日本のフェミニズム12 男性学』岩波書店 313−327頁。
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遊びのようで真面目であり、真面目なようで遊びであるハゲをめぐるやりとりは、軽微なようで過酷であり、過酷なようで軽微であることを同時に示しており、この微妙なところにからかいは成立しています。
では、その政治とはどのようなものなのでしょうか?須永によると、ハゲをめぐるからかいの特徴は二つあります。
- 冗談の文脈で生起
- 多くが同性からなされている
「おい、ハゲ!」といわれたときに、当事者は「あぁ、ハゲで悪いか」と受け止めるか、あえてバーコード頭で強調するなどユーモアで返すことで相互行為の継続を絶ちます。そこではキレたり反論したりすることは許されません。なぜでしょうか?
2-2-1:構造と機能
江原由美子は「からかいの政治学」で、男性によるフェミニストへのからかいを「構造」と「機能」に分けて論じました11江原由美子 1985 『女性解放という思想』勁草書房。
- 構造
からかいは遊びの文脈に位置しているがゆえに、からかわれる側に真面目に受け取ってはいけないルールが発生する。かつ「匿名的・普遍的・自明的」であるがゆえに、からかう側は責任から逃れられて、結果、優位に立つことができる - 機能
からかいは、一方で親密性の確認、他方で侮辱をする手口として利用されるという不整合なふたつの機能がある
須永はこれらをハゲをめぐるからかいに当てはめます。
上で述べたとおり、からかいは構造的に遊びに位置しており、遊びの場を乱すヤツだと思われないためにも、からかわれた側は怒りを封印せざるを得ません。それにより、からかう側の優位性が確保されます。
さらにフィクションとしての女性の目が利用され、「ハゲるとモテない」などと、「匿名的・普遍的・自明的」に批判することで、からかいという行為の責任から逃れ、効果的にからかいに参与できるのです。
そしてからかいは機能的に、からかわれる側の困難さと戸惑いをもたらします。なぜなら、身体への言及は他者の領域の侵犯であり、つつしむべきものとされる規範があるなかで、「ハゲ」とツッコむことは、より強い親密さの表明になり、同時に、より強い侮辱と攻撃の意味を持つことにもなるからです。
まとめると、以下のようになります。
- からかう側・・・遊びという隠れ蓑をまとうことで自らを合理化しつつ、相手の心に攻撃を仕掛けている
- からかわれる側・・・それを単なるじゃれあいのように楽しむわけにもいかず、正面から反発もしにくい困難な状況を甘受せざるを得ない
では、この状況をどう切り抜けていけばいいのでしょうか?
無視することが最良の策であると本人も思わざるを得ない状況ではありますが、須永によれば、ハゲをめぐるからかいはフェミニストへのそれとは異なり、受け止めたり、ピエロになったりすることが求められると述べます。
つまり、ハゲをめぐるからかいそのものに、男性同士の人格的な社会的成熟度をテストする性質が潜んでいるのです。「ハゲ」と呼ばれたとき、呼びかけられた人がどう対応するのか、からかう側は舌なめずりして待ち構えている光景とそこにある政治を、私たちは容易に想像することができるでしょう。
以上、ハゲをめぐる男性性の表れについて見てきました。ここで紹介したのは研究のごく一部ですので、もっと知りたい方は、ぜひ、本を手にとってみてください。
- 男性性研究は、男性性の意味とあり方は、相互規定関係にあるという社会構築主義の視点に立つ
- 「ヘゲモニックな男性性」とは、権威と権力と結びついた最も賞賛される男性のあり方のこと
- 男性性研究は、男性内部の権力関係(政治)にも目を向ける
3章:男性学を学ぶためのおすすめ本
男性学に関して理解は深まりましたか?以下ではさらに理解を深めるための書物を紹介します。
天野正子ほか編『新編日本のフェミニズム12 男性学』(岩波書店)
1995年に『日本のフェミニズム』の別巻として出版された新編。日本の男性学における第一人者らの論考が網羅されており、とりあえず男性学とはなにかを知りたい方には最適。
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伊藤公雄『男性学入門』(作品社)
日本で「男性学」の普及に大きく貢献した代表的な著作。学術書というよりも一般向けに書かれており読みやすいのが特徴。「男らしさの鎧」を脱いで自由になろうと呼びかけている。
田中俊之『男がつらいよ――絶望の時代の希望の男性学』(角川文庫)
人気男性学者による初の一般書。どちらかといえば中年男性向けに、男性の生きづらさに焦点を当て、これまで求められてきた規範的な男性像から降りることを提唱しています。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 男性学とは、女性学への反応として生まれ発展した、男性を研究する学問
- 男性学は、社会的につくられた「男らしさ」に相応しい生き方を迫られる存在として、男性を描きなおそうとしている
- 男性性研究は、男性性の意味とあり方は、相互規定関係にあるという社会構築主義の視点に立つ
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