ジェンダー論

【第一波フェミニズムとは】背景から具体的な運動までわかりやすく解説

第一波フェミニズムとは
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第一波フェミニズム(First-wave feminism)とは、欧米諸国に広がった法制度上の平等、近代的市民社会の理念にもとづく男性との平等を要求する運動であり、思想です。

ヨーロッパやアメリカだけでなく、日本でも展開された運動を時代的背景から学ぶことで、第一波フェミニズムの本質が見えてきます。

この記事では、

  • 第一波フェミニズムの背景・目的
  • 第二波フェミニズムとの違い
  • 第一波フェミニズムの具体的な運動

についてそれぞれ解説します。

好きな所から読んでみてください。

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1章:第一波フェミニズムとは

1章では第一波フェミニズムを「背景」「目的」「第二波フェミニズムとの違い」から概説します。より具体的な運動・思想を知りたい場合は2章からお読みください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 第一波フェミニズムの背景

結論からいえば、第一波フェミニズムの背景には、個人は自由で平等であるという近代的市民社会の理念の共有がありました。

「アメリカ独立革命」(1776)と「フランス革命」(1789)は政治的近代の幕を開けました。具体的には、それぞれは以下のような歴史的出来事でした。

  • 独立革命は自由主義の視点によって、法の下での個人の自由と万人の平等とがきわめて重要なものであることを知らしめ、それは選挙権と自治への参加の権利要求としてあらわれた
  • フランス革命では自由、平等、友愛が高らかに宣言され、近代市民社会の理念が示された

ところが、人権宣言の「人間(homme)」は、フランス語で「男性」を意味します。これに抗議して女性劇作家オランプ・ド・グージュ(Olympe de Gouges)は『女性と女性市民の権利宣言』を発表し、性別を考慮して女性たちの政治的進出が必要だと訴えました。その後、ロベスピエールらと対立して、1793年に反革命の罪状で粛清されます。

その前年、イギリスではメアリー・ウルンストンクラフトが『女性の権利の擁護』を発表します。そこでは人類の一方から、他方に認めている権利を剥奪することは専制的で非論理的であると訴え、第一波フェミニズムがここにはじまったとされています2 落合恵美子 1994=2004『21世紀家族へ――家族の戦後体制の見かた・超えかた』有斐閣, 2-3頁;ヒラータ,ヘレナ他編,志賀亮一・杉村和子監訳 2000=2002『読む事典・女性学』藤原書店,119頁



1-2: 第一波フェミニズムの目的

このような背景から登場したのが、第一波フェミニズムです。冒頭の確認となりますが、第一波フェミニズムとは、

欧米諸国に広がった法制度上の平等、近代的市民社会の理念にもとづく男性との平等を要求する運動であり、思想

です(「リベラル・フェミニズム」とも称されます)。

およそ1860年から1920年にかけて広がり、女性参政権獲得運動がよく知られています。

もちろんその当時のフェミニストたちにとって「我らは第一波だ」という認識はなく、1960年代にはじまる第二波フェミニズム(いわゆる「ウーマンリブ」)と区別するために使われはじめた区分です。

そもそもフェミニズムとは、女性たちの政治的権利をめぐる闘争の集団的運動であり、思想のことですが、これらの闘争の背景にあったのは、女性たちが抑圧されているという自らの気づきでした。

具体的には、次のような状況がありました3中村久司,2017 『サフラジェット――英国女性参政権運動の肖像とシルビア・パンクハースト』大月書店

  • 19世紀イギリスでは、トーマス・ハーディの小説『キャスターブリッジの市長』(1886)に描かれているように、妻の首に綱をつけて市場に連れていき、市場でオークションにかける悪癖が横行していた。
  • 女性は法の下でも劣位に置かれ、婚姻制度によって結婚すればすべての財産が夫のものになった。離婚すると、財産に加えて子どもたちも失った。
  • 夫による妻への暴力行使が妻の「矯正」目的であれば違法とならなかった。一方で子育ての責任は妻が全て負い、子どもが汚れていると母親のみが逮捕されたケースもあるほど。
  • さらに大学には入れるが、学位取得が1920年(オックスフォード大学、ケンブリッジ大学は1948年)までできなかった。

つまり、市民革命によって獲得したはずの万人の平等という普遍的原理が肯定されているにもかかわらず、女性と男性の間で権力が不平等に分配されていたのです。

この意味で、フェミニズムの政治的権利要求は、普遍的人権の概念化との関わりがなければ出現しませんでした4ヒラータ 同上 319−320頁

このように、第一波フェミニズムは「私たちも人間(homme)に入れなさい」という政治的権利を求める要求であったからこそ、女性参政権獲得要求を核として表出するわけです。女性たちは運動や社会活動を通して、1918年にイギリス、1920年にアメリカで女性の普通選挙権が実現しました。



1-3: 第一波フェミニズムと第二波フェミニズムの違い

第一波フェミニズムが上述のような運動・思想ならば、第二波フェミニズムとは、1960年代後半以降に世界各地で巻き起こった女性解放運動を指します。両者には第二次世界大戦を挟み40年超の開きがあります。

この第一波と第二波の「波」の区分けについてもさまざまな議論があり、今日、この区分け自体が一部の女性歴史家たちによって退けられています。

その理由は、歴史的叙述にまだ欠如が多いからです。そもそも、女性が(どんな形であれ)平等を目指した運動が止まったことが一度たりともあるかと言えばそうではありません5北村紗衣 2020「波を読む――第四波フェミニズムと大衆文化」『現代思想』48巻4号, 49頁; 牟田和恵 2006『ジェンダー家族を超えて』新曜社,156頁; ヒラータ 同上 321頁 。とはいえ、本稿では、便宜上この区分けを踏襲します。

第一波フェミニズムと第二波フェミニズムの主な主張の違いに関していえば、以下のとおりです6落合恵美子 2015「時代の転換をデザインするジェンダー」落合恵美子編『変革の鍵としてのジェンダー』ミネルヴァ書房, 2-3頁; 牟田 同上 91頁

  • 第一波フェミニズム・・・平等という政治的権利獲得を目指したもの
  • 第二波フェミニズム・・・安定した社会のただなかで「名前のない悩み」(ベティ・フリーダン)を抱く高学歴中産階級の主婦層の鬱屈を背景にした、性役割への異議申し立てが中心であった

つまり、

  • 第一波フェミニズムでは、これまでの男性のあり方に女性が合わせることが「解放」とされがちだった
  • 第二波フェミニズムは、家事や育児など家庭で行われてきた活動こそが重要であると認識した

のです7江原由美子 2013「フェミニズムと家族」『社会学評論』64(4)556頁

このように強調した内容には異なる点もありますが、引き継いでいる点もあります。それは、「民主主義と経済活動の主体を、つまり女性市民と女性労働者を個として認めよ」8ヒラータ 同上 321頁という要求です。

そのため、当然ながら、第一波フェミニズムが目指した普遍的原理である平等への要求は、現代のフェミニズムに継承されていると言うことができます。

※第二波フェミニズムに関しては、次の記事で詳しく解説しています。→【第二波フェミニズムとは】背景・目的・具体的な運動からわかりやすく解説

1章のまとめ
  • 第一波フェミニズムとは、欧米諸国に広がった法制度上の平等、近代的市民社会の理念にもとづく男性との平等を要求する運動であり、思想である
  • 第一波フェミニズムの背景には、個人は自由で平等であるという近代的市民社会の理念の共有があった
  • 市民革命によって獲得したはずの万人の平等という普遍的原理が肯定されているにもかかわらず、女性と男性の間で権力が不平等に分配されていた
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2章:第一波フェミニズムの具体的な運動

さて、2章では第一波フェミニズムの具体的な運動を「ヨーロッパ」「アメリカ」「日本」における地域から紹介していきます。

2-1: ヨーロッパ

第1章で述べたとおり、近代フェミニズムの成立は、

  • フランスでは、女性劇作家オランプ・ド・グージュによる『女性と女性市民の権利宣言』の発表
  • イギリスでは、メアリー・ウルンストンクラフトによる『女性の権利の擁護』(1792)の発表

が大きく寄与しています。

特に、ウルンストンクラフトの発表で人類の一方から、他方に認めている権利を剥奪することは専制的で非論理的であると訴えたことが、第一波フェミニズムのはじまりとされています9落合 同上 2−3頁;ヒラータ 同上 119頁)

その前提には18世紀後半の市民革命によって、人びとに近代的市民社会の理念が共有された点が挙げられます。普遍的原理として個人の自由と平等が掲げられた一方で、女性たちは「人間」には含まれず、その理想的な役割は家庭に見出されていきました。

たとえば、イギリスのヴィクトリア時代(1837−1901)に理想とされた女性像は、次のようなものでした。

  • 理想の女性像は、良妻賢母を体現した「家庭の天使」(コベントリー・パトモア)
  • 「人間」である夫に庇護された、愛される妻、善き母という純潔で貞淑なイメージが規範として持ち上げられる
  • その一方で、家庭の外の女性たちは逸脱者としてみなされた

そもそも女性たちは「人間」ではないわけですから、男性との格差は明確でした。上述のように夫が妻の首に縄をかけて市場に売りに行ったり、家から追い出され子どもと引き離されたり、財産の権利がなかったりするのは当たり前のことだったのです。

そして、そのような抑圧的な雰囲気のなかで女性たちは声を上げはじめます。女性の市民的権利と並んで、教育の平等や性的自立、婚姻における男女の平等、母性などについて多様な議論がスタートします。

すると、以下のように第一波フェミニズムが展開されます。

  • 1860年代に至ってはじめて、既婚女性の財産権、雇用、教育、参政権の要求を掲げて集団的な「女性運動」が登場し、第一波フェミニズムは実際に動き始める
  • 19世紀後半までには、妻の財産権の確立や女性中高等教育の拡大、女性の身体を締めつける衣服の改良運動、女性参政権運動の興隆などさまざまな成果があった

しかし一方で、出生率の低下から都市問題、社会主義とニヒリズムの興隆まで、あらゆる社会悪の要因として「女性問題」が取り上げられるようになります。フェミニストたちはブルジョワの社会秩序を脅かす危険な存在として、批判の対象になりました10牟田 同上 28頁



2-1-1: 女性参政権運動〜サフラジェットの登場

イギリスの第一波フェミニズムの核となる女性参政権運動を語る上で欠かせない存在が、「サフラジェット(闘争的女性参政権活動家)」です。

サフラジェットとして生きる女性たちを描いた映画『未来を花束にして』(原題Suffragette)が2017年に公開され話題となったので、ご存知の方も多いかもしれません。(※2020年7月現在アマゾンプライムビデオで観ることができますので、まだの方はぜひチェックしてみてください)

イギリスでの女性参政権運動のはじまりは、次のとおりです。

  • 1866年、1499人の女性たちがジョン・スチュアート・ミルに請願書を手渡し、ミルがそれを議会に提出することを同意したときに刻まれる
  • 翌年マンチェスターで女性参政権委員会が創設され、その後ロンドンをはじめとする各地に参政権委員会がつくられ、ミリセント・ギャレット・フォーセットが新しい指導者として頭角をあらわす

そして、女性の権利は社会の重要な論点として認識されるようになり、1903年にエメリン・パンクハーストが女性社会政治同盟(WSPU)を長女クリスタベルと次女シルビアを中心に結成します。

おだやかな運動を展開したフォーセットとは対照的に、カリスマ性のあるパンクハーストは運動を闘争的な方向に導きました。WSPUの会員たちは「サフラジェット」と呼ばれ、何千人もの女性たちが法律を破り、投獄されました。

具体的には、サフラジェットは次のような活動をしていきます。

  • 「Deeds not Words(言葉ではなく行動を)」をモットーに、首相官邸への投石、政治家邸宅、教会、駅舎、スポーツ施設などへの放火
  • ウェストミンスター寺院やイングランド銀行の爆破
  • 獄中ではハンガーストライキ

このような、暴力的・非合法の運動は一躍世間の注目を集めました。

当初、サフラジェットという呼び名はジャーナリストが作った蔑称でしたが、会員自身がこの言葉を採用し、新聞名に使うなどしました。

彼女たちの過激な行動は批判も多く巻き起こし、WSPUの組織自体は大きく成長することはありませんでした。しかし、注目を集めることによって女性参政権の問題に感心が高まり、より穏健な女性参政権連合組織には多くの女性が集結しました。

1907年にロンドンで実施されたデモ行進には、約3000人もの女性や支援者たちが集まり、海外を含め大きく報道され、海外からの参加者はサフラジェットの手法を各国に持ち帰りました11中村 同上 15頁;牟田 同上 103−5頁; タトル,リサ,渡辺和子監訳 1986=1998『新版 フェミニズム事典』明石書店 441頁

ちなみに、次女シルビアは意見の相違から母エメリンと姉クリスタベルによってWSPUを追放されます。しかし、第一次世界大戦中は戦争支持にまわったWSPUとは対照的に、追放後も仲間とともに反戦運動と参政権獲得運動を続けました。

シルビアは自らロンドンのスラム街であるイースト・エンドに住み、日々搾取と貧困と闘う人びとと生活をともにし、第二次世界大戦後にエチオピアに渡りました。シルビアの人生については中村久司著 『サフラジェット』(2017)に詳しいです。

こうして第一次世界大戦後の1918年、イギリス人民代表法により30歳以上の女性に選挙権・被選挙権が認められ、1928年男女平等の普通選挙が実現しました。



2-2: アメリカ

アメリカでは奴隷制撤廃運動がきっかけとなり、19世紀中庸に第一波フェミニズムが生まれ、女性参政権運動に発展しました。

イギリスをしのぐ女子高等教育の発展を背景に、女性たちは奴隷反対運動のなかで、人権の擁護が自分たちにも適用されるべきだと自覚していったことがあります。

1840年にロンドンで行われた奴隷反対運動の世界会議で女性の参加拒否が決議されたことを契機に、女性自らの権利獲得のための行動がはじまります。具体的には、以下のような展開がありました。

  • 1848年7月19日にニューヨーク州のセネカ・フォールズで「女性の完全な市民権の獲得」を掲げてはじめての女性会議がもたれ、およそ300人が集合
  • 財産権、発言および演説の自由、離婚の権利、職業選択の自由、教育の機会均等、婦人参政権などを求める「所感宣言」をエリザベス・ケイディ・スタントンが発出し決議
  • その後地方にも波及していき、翌々年から全米女性会議が開催されるようになった

それからしばらくは低調だったものの、南北戦争後にさらなる転機が訪れます。新しく自由を勝ち取った奴隷に対して、投票権など国民の権利と義務を授けることを規定したアメリカ合衆国憲法第14・15条修正法案に「男性の」という言葉が冠されていたのです。

女性たちの希望も叶えられるはずと信じていたフェミニストたちには、「黒人の時間」を邪魔してはならないので待つようにと言われ、黒人のフェミニストは黒人全体の利益を優先するようにと説得されました。

奴隷解放運動にかかわってきたフェミニストたちにとって修正案は大きな衝撃となり、女性参政権獲得を掲げ「全米女性参政権協会」が設立されます。

1900年代以降、イギリスのサフラジェット創始者エメリン・パンクハーストの訪米や戦闘的な女性参政権運動の影響を受け、1913年になってアリス・ポールが女性参政権議会連合を結成、運動の再生を図りました。

数万人規模の女性たちが集まった女性参政権パレードや積極的なロビー活動、広報活動を経て、1920年8月26日、ついに女性参政権修正案は批准されました12牟田 同上 108頁; タトル 同上 440−1頁



2-3: 日本

では、日本における第一波フェミニズムはどうとらえるべきでしょうか?これについて牟田和恵は概ね2つの見解があると述べています13牟田 同上 109-120頁

  • まずひとつは、第一波を「欧米に広がったもの」と説明し、日本には存在しなかったという見方
  • もうひとつは、雑誌『青鞜』を中心とした平塚らいちょうらの活動とそれに続く婦人参政権運動を日本の第一波としてとらえる見方

『青鞜』とは、社会的変化を志向する「新しい女性」たちによって1911年に創刊されたものです。もともと政治運動というより、文芸による女性たちの力や才能の発表と成長を目指していました。

その後、1924年に市川房枝らが婦人参政権団体「婦人参政権獲得期成同盟」を組織しましたが、女性参政権は第2次世界大戦後まで実現しませんでした。

結局、1945年、アメリカ占領軍の指令のもとでの衆議院議員選挙法の改正により、20歳以上の男女に平等な選挙権が付与され、いわば外から与えられた形となったのです。これには、以下のような当時の状況が関係しています。

  • そもそも、日本の体制下では、女性の政治活動自体が非合法であり、政治集会や街頭行動は違法とされていた
  • そのため、運動が組織として「うねり」を起こすほどに成長する可能性は極めて低かった

とはいえ、日本近代はたしかに「フェミニズム思想」をもっていたし、運動ももっていたと牟田は強調します。

たとえ直接的な動員力や組織力が低かったとしても、バッシングや揶揄的なまなざしも含め、マスメディアを通し多様な経路で運ばれ、社会に大きなインパクトを与えました。これはイギリスでサフラジェットと呼ばれた女性たちが、批判自体も運動の戦術として意識的に取り込み、利用したことと通じるものがありました。

そのため、マスメディアを通じて問題意識を社会的に広く知らしめることができたという意味では、社会運動として成功だったと言うことができるでしょう。

つまり、

  • そもそも、フェミニズムが政治的平等や参政権の獲得など、特定の目標に向けた組織的な動員を主とする政治運動であるだけでなく、文化・思想運動でもある
  • そのため、日本の女性たちが挙げた声、すなわち女性たちを押さえつけてきた仕組みや構造を変えようとする意志のあらわれは、厳密に「第一波」に属するかどうかはさておき、フェミニズムを引っ張るひとつであった

と言うことができます。

2章のまとめ
  • イギリスの第一波フェミニズムの核となる女性参政権運動を語る上で欠かせない存在が、サフラジェット(闘争的女性参政権活動家)である
  • アメリカでは女性たちは奴隷反対運動のなかで、人権の擁護が自分たちにも適用されるべきだと自覚していったことが運動の背景にある
  • 日本では概ね2つの見解があるが、マスメディアを通し多様な経路で運ばれ、社会に大きなインパクトを与えていった

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3章:第一波フェミニズムを学ぶためのおすすめ本

第一波フェミニズムについて理解できたでしょうか。この記事で紹介した内容はあくまでもほんの一部にすぎませんので、下記の書籍からさらに学びを深めてください。

おすすめ書籍

オススメ度★★★牟田和恵 『ジェンダー家族を超えて――近現代の生/性の政治とフェミニズム』(新曜社)

近代の国家と社会がどのような仕組みと仕掛けのもとで、ジェンダー家族をつくりあげてきたのかを他国の歴史と比較しながら検証した一冊です。異性愛や血縁に拠らない新たな家族のつながりを展望した終章も必読です。

オススメ度★★★ ヒラータ,ヘレナ他編『読む事典・女性学』(藤原書店)

フランスではじめて出されたフェミニズム事典の日本語訳。「事典」といってもただ語句を並べるだけではなく、ひとつの問題意識とそれを解くための議論をさまざまな概念を組み合わせながら丁寧に紹介しています。

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オススメ度★★★ 中村久司『サフラジェット――英国女性参政権運動の肖像とシルビア・パンクハースト』(大月書店)

サフラジェットの全体像に迫った日本初の評伝。搾取と貧困にあえぐ人びとと生活をともにし、人道のために闘った次女シルビア・パンクハーストの生き様に焦点を当ており、著者の熱っぽい筆致は胸アツ必至です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 第一波フェミニズムとは、欧米諸国に広がった法制度上の平等、近代的市民社会の理念にもとづく男性との平等を要求する運動であり、思想である
  • 第一波フェミニズムの背景には、個人は自由で平等であるという近代的市民社会の理念の共有があった
  • 第一波フェミニズムは「ヨーロッパ」「アメリカ」「日本」のそれぞれの地域における文脈をもって展開された

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