ハビトゥス(habitus)とは、日常生活の認知、評価、行為を方向付ける性向(dispositions)のシステムを指します。
定義だけではさすがにわかりづらいですよね。しかし読み終えていただければ、一見個人の意思に基づいた自由な判断にみえることも、実は社会的な性向があるとわかるはずです。
この記事では、
- ハビトゥスの定義・意味
- ハビトゥスとプラクティスの関係
- ハビトゥスに関する研究とその具体例
を解説します。
読みたい箇所からで構いませんので、ぜひ読んでみてください。
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1章:ハビトゥスとはなにか?
最初に、ハビトゥスの定義をもう一度確認しましょう。ハビトゥスとは、
日常生活の認知、評価、行為を方向付ける性向(dispositions)のシステム
を指します。
「ハビトゥス」という概念は、普通フランス人社会学者のピエール・ブルデューの研究と関係づけられます。しかし、実際は社会学や哲学に長い歴史のある概念です。
たとえば、ハビトゥスは、以下の研究に見いだすことができます。
- 現象学のフッサールの研究(→詳しくはこちら)
- 社会学のウェーバーの研究
- 人類学のモースの研究
そこで1章ではブルデューのハビトゥス概念の基礎となった、モースの研究をまず紹介します。その後、ブルデューの研究をみてきましょう。
- 「ハビトゥス」という語はギリシャ語の概念である「ヘクシス」のラテン語訳で、「ヘクシス」はアリストテレスの『ニコマコス倫理学』の主題である
- そういった意味で、「ハビトゥス」は西欧思想の原点の一つといえる
1-1: モースのハビトゥス:意味とその具体例
それでは、モースの研究とは何だったんでしょうか?モースの研究は互酬性に関する『贈与論』が有名ですが、人間身体に関する研究もおこなっていました。
モースは『社会学と人類学』(1968)で、人間の身体の用い方は社会によって異なるため、その違いを個人的なものとして説明するのは不十分であることを明らかにしました。
たとえば、歩き方一つをとってみても人間は異なる歩き方をします。ここでは、イギリス兵とフランス兵の歩き方を考えてみてましょう。イギリス兵とフランス兵は異なる歩調で行進しますが、それには次のような違いがあるからです。
- 生まれつき体の作り方が違うから異なる歩調で行進するわけではない
- むしろ、各社会で良しとされる行進のあり方を個人が学習する
- つまり、行進のあり方を後天的に学習して身体にしみついた
モースはこのように社会的に習得された身体技法の型をハビトゥスと呼びました。モースは他の身体技法の例を提示しています。たとえば、日常生活における歩き方や食事の仕方、休憩時の姿勢などです。
社会的に習得されて、一度身についた技法は癖となります。そのような身体技法がモースのいうハビトゥスです。
1-2: ブルデューのハビトゥス:意味とその具体例
さて、ブルデューはモースのハビトゥス概念を発展させました。モースのハビトゥス概念にどんな意味が付加されたのでしょうか?
結論からいうと、ブルデューは①過去の蓄積の重要性と、②無意識的な実践の重要性を加えました1新 睦人 (編)『新しい社会学のあゆみ』(有斐閣アルマ)。
ブルデュー以前の社会学では、人間の行為を主観的に説明していました。つまり、人間は行為の目的をまず描いて、その実現に向けて手段を用いるという解釈です。
主観的な行為の説明に対して、ブルデューは次の指摘をします。
- 目的が主観的な要因だからといって、優先権を与えるべきではない
- そもそも、目的や手段は自然発生するわけではない
- むしろ、目的や手段は過去の蓄積からうまれる
- つまり、目的と手段は資本という同一の要因がある
たとえば、大学入試で頑張っていい大学に入学して、いい職を得ようとすることを考えてみてください。ブルデューはこの点に関して、この行為は自分の可能性はどの程度か、自分にふさわしい場所はどこか、という漠然的な感覚に基づいていると指摘しました。
そして、その感覚は長年の訓練で組み込まれた性向であると考えたのです。つまり、私たちは長年の訓練と蓄積によって日常生活の認知、評価、行為をしているのです。
ブルデューは「日常生活の認知、評価、行為」をプラクティス(または慣習的行為)と呼びました。プラクティスとは、日常生活における立ち振る舞い、会話、食事、政治的判断といったあらゆる領域で人が慣習的におこなっている認知、評価、行為を包括する概念といえます。
そして、プラクティスを方向付ける性向のシステムをハビトゥス、とブルデューは呼びました。
ブルデューの指摘をまとめると、以下のようになります。
- 子どもは歩き方を言葉で教わらなくても身体で覚えていくように、行為者は実践のなかで身につけることである
- 当事者は一度身についたら、指摘されるまで気づかない実践の性向がある(無意識的な実践)
- 趣味や政治的意見は個人の自由な意思決定ではなく、身体にしみついた社会的性向によるものである
このように、モースのハビトゥスは身体技法の型を意味しましたが、ブルデューのハビトゥスは日常生活における行為や思考を方向付ける性向のシステム、とその意味が広がったことがわかると思います。
ブルデューのハビトゥスに関する研究は次の書籍を参照ください。
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- ハビトゥスとは、日常生活の認知、評価、行為を方向付ける性向(dispositions)のシステムである
- モースのハビトゥスは身体技法の型を意味したが、ブルデューのハビトゥスは日常生活における行為や思考を方向付ける性向のシステム、とその意味が発展した
2章:ハビトゥスに関するブルデューの議論
2章では、ハビトゥスをさらに深掘りしてきます。ポイントを見逃したら、読み返してみてください。
2-1: ハビトゥスと構造
ハビトゥス概念の特徴は、「行為者」と「構造」が関わった概念であることです。それをブルデューは「構造化された構造」と「構造化する構造」を言葉で説明しています。
2-1-1: ハビトゥスの特徴その①:構造化された構造
「構造化された構造」とは、
ハビトゥスは社会構造によって条件づけられること
を意味します。
たとえば、ある社会における女性や中産階級の人びとのハビトゥスは、その社会の性差や階級構造によって作り出されます。より一般的な例をあげると、以下の例はすべてハビトゥスです。
- 言語を学ぶこと
- 社会での振る舞いや会話の仕方を学ぶこと
- 芸術鑑賞の仕方を学ぶこと
私たちは身体的な傾向の中に、それぞれの仕方を社会的に内在化しているのです。簡単に言い換えると、私たちのハビトゥスは社会構造の内部で形作られるということです。
2-1-2: ハビトゥスの特徴その②:構造化する構造
その一方で、「構造化する構造」とは、
ハビトゥスはプラクティスの産出・組織として機能すること
を意味します。
たとえば、ある社会における女性や中産階級の人びとのハビトゥスに方向付けられて、女性や中産階級の人びとらしい行為が作り出されると、性差や階級構造自体が再生産されます。
つまり、ハビトゥスによって作り出されるプラクティスには次の特徴があります。
- 何らかの慣習的な拘束を受ける
- 行為者の自由な意思や意図に基づく完全に自由な行為(プラクシス)ではない
ただし注意したいのは、ハビトゥス概念は人びとをおロボットのように機械的に行為をすると指摘したわけではないことです。それは状況に合わせて即興的に対応しながら、異なるプラクティスを生み出す可能性もあるからです。
そのため、あくまでも構造に規定された即興性としてハビトゥス概念を想定しました。
2-2: ハビトゥスと無意識
そして、ブルデューはハビトゥスを「無意識(または半意識的)」と考えています。1章でも述べましたが、ブルデュー以前の社会学では人間の行為が主観的にコントロールされていると考えられていました。
しかしハビトゥスとは、過去の体験から習得された性向です。つまり、身体的、知覚、思考、行為はハビトゥスによって方向付けられています。
つまり、言い換えると、ハビトゥスとは、
- 主体がさまざまな情報を収集・判断して、行為を決定するわけではない
- むしろ多くの人間の行為は、半ば自動化した性向をベースとする
といった特徴をもちます。
ハビトゥスは言葉、身振り、表情、動作となってあらわれて、目の前にいる相手とのやり取りを可能にするのです。
2-3: ハビトゥスと文化資本
最後に、ハビトゥスと必ず一緒に出てくる「文化資本」という概念を紹介します。
ハビトゥスが過去の体験から習得された性向であるとすると、それらが文化的な価値としてあらわれたものは文化資本といわれます。たとえば、文化資本には学歴や医師の免許といった資格を意味します。
言い換えると、文化資本とはこれまでに取得した知識や能力が社会的に認知された履歴として通用することを意味します。
- 文化資本が資本であるのは、獲得した履歴が一定の地位や収入を保証するためである
- 学校で学んでつけた知識や家で身につけた教養は、自分の将来を決める基礎となる
ちなみに、自分のもつ資本について本人が熟知していることを期待してはいけません。自分と周りの人間との優劣は、自分の能力や趣味として自覚されて、劣等感や優越感を生みます。そして、他人からはそのようなものとして知覚されます。
※文化資本に関してより詳しくはこちらの記事を参照ください。→【文化資本とは】学歴など事例から再生産の過程までわかりやすく解説
まとめると、ハビトゥスからブルデューが明らかにしたのは、社会的行為は個人の主観が自分の頭に描いた目的を遂行する世界ではないことです。社会的行為とは、ごくごく日常の生活における立ち振る舞いなどの行動であったのです。
- ハビトゥスとは「行為者」と「構造」が関わった概念。「構造化された構造」と「構造化する構造」によって構成される
- 人間の行為は、半ば自動化した性向をベースとする
- 過去の体験から習得された性向であるハビトゥスが文化的な価値としてあらわれたものは、文化資本と呼ばれる
3章:ハビトゥスを学ぶための書籍リスト
ハビトゥスを理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
新 睦人 (編)『新しい社会学のあゆみ』(有斐閣アルマ)
社会学の理論と歴史を網羅した初学者用の本です。ハビトゥスは社会学を学ぼうとする方に必須な概念ですから、強くおすすめします。この記事も多くは、この本を参照しました。
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マルセル・モース『社会学と人類学』(弘文堂)
モースに身体技法の議論は、ハビトゥスを理解するための第一歩です。ハビトゥスを深く学びたい方にはおすすめ。
ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオン -社会的判断力批判 ブルデューライブラリー』(藤原書店)
ブルデューがハビトゥス概念を応用し、プラクティス理論にまとめ上げたもの。私たちの趣味嗜好から政治的な意見が、階級差にあることを示しています。ハビトゥスを真面目学びたい方向け。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
いかがでしたか?この記事の内容をまとめます。
- ハビトゥスとは、日常生活の認知、評価、行為を方向付ける性向(dispositions)のシステムである
- モースのハビトゥスは身体技法の型を意味したが、ブルデューのハビトゥスは日常生活における行為や思考を方向付ける性向のシステム、とその意味が発展した
- 「ハビトゥスと構造」、「ハビトゥスと無意識」、「ハビトゥスと文化資本」はハビトゥスを理解するため鍵である
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