ランチェスター戦略(Lanchester’s laws)とは、イギリス出身のF.W.ランチェスターによって生み出されたマーケティング戦略です。もともとは、軍事戦略の計略的分析として展開されてきたもので、「ランチェスターの法則」とも呼ばれています。
日本におけるランチェスター戦略研究の第一人者である田岡伸夫は、ランチェスター戦略を「占拠率の科学である」と称しています。それは企業間競争における占拠率(市場シェア)に基づく戦略を用いているためです。
また、ランチェスター戦略は、成熟市場で既存業者がいかに生存していくかを科学的に分析しており、いまでも規模の大小を問わず数多くの企業が参考としている経営戦略です。
そのため、経営戦略を学ぶ上では欠かせない議論の一つとなっています。
この記事では、
- ランチェスター戦略の基本原理
- ランチェスター戦略の2つの戦略
- ランチェスター戦略の事例
を紹介していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:ランチェスター戦略とは
1章では、ランチェスター戦略を「基本原理」「経営学への応用」「2つの戦略」という項目から概説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:ランチェスターの法則の基本原理
そもそも、ランチェスターとは航空工学のエンジニアとしてキャリアを積み、第一次世界大戦と第二次世界大戦の両方にわたって、さまざまな戦闘の兵力数や損失数、戦闘期間、損害量などについて計量的な分析をおこなった人物です。
このときの研究の成果が「ランチェスターの法則」と呼ばれるようになり、後の「ランチェスター戦略」へと発展していくことになります。戦略を紹介する前に、ランチェスターの法則の2つの基本原理を紹介します。
1-1-1: 一騎打ちの法則
一騎討ちとは、
戦争においてひとりの兵士がひとりの敵を狙い撃ちにする戦い方
です。
もし一騎討ちにおいて、個々の兵士の戦力が均衡しており、双方の兵士が戦闘で死亡すると仮定すると、30人対20人の戦では、30人の軍勢のうち20人が死亡し、10人が生存するのに対して、20人の軍勢では20人すべてが死亡します。
つまり、単純に30人の軍勢は戦闘前から有利であると言え、勝負の結果に大きく影響します。これは非常に単純な原理ですが、もっとも基本的な法則と言えます。
1-1-2: 集中効果の法則
集中効果とは、
戦闘において自軍の攻撃が敵に対し、どれだけ効果的に与えられているかを示すもの
です。
たとえば、個々の兵士の戦力が均衡する3対2という兵数で戦いをしていると仮定すると、兵力3の軍勢は、兵力2の軍勢から1/3に分散した総数2の攻撃を受けるのに対して、兵力2の軍勢は、兵力3の軍勢から1/2に分散した総数3の攻撃を受けることになります。
つまり、兵力3対2の戦いにおいて、双方の受けた損害を割合で考えると2/3対3/2となり、損害の比がすなわち4対9という形で転じます。
ゆえに、兵数が3対2とわずか1人の差であっても、双方が敵に与える損害、つまり各軍勢の戦闘力に換算すると、それぞれの兵数の2乗の9対4に変化します。そのため、少数の軍勢は兵数の差以上の損害を受けることになります。これが集中効果の法則です。
1-1-3: 動的な2つの原則
どちらの法則の例でも、「個々の兵士の戦力が均衡している」と仮定しましたが、この戦力の差は「交換比」と表現されます。
つまり、
- もし兵数で劣った軍勢であってもより効率的な戦力をもつ場合(強力な武器を使用していたり、優れた軍略を保持していたりすれる場合)、交換比は変化し、戦闘力も逆転する可能性がある
- 逆に、この交換比が1、つまり均衡している場合は、兵数の多寡によって軍配は決する
ことを意味します。
本来のランチェスターの法則では、この交換比は戦時中変わらない静的なものであると考えられていました。しかし、アメリカの数学者であるクープマンによって、この交換比は戦時中の状況変化や補強といった対策によって変化しうる動的なものであると修正されました。
つまり、戦時中に兵数や兵力に差があっても、優れた武器の開発や、優れた補給路を確保できれば軍配を変化させられる可能性を示しました。
1-2:ランチェスター戦略の経営学への応用
さて、第二次世界大戦が終わり、世界的な戦争が収束した現代で、このランチェスターの法則は経営学の分野で更なる発展を遂げます。
具体的には、ランチェスター戦略では、
- 企業間の戦力差を計る指標として主に「占有率(市場シェア)」を利用する
- また、兵力とは企業がもつ社員数や資本金などの量的経営資源、交換比がブランド力や社員の教育度合いのような質的経営資源と置き換えられる
- そして、量的経営資源と質的経営資源を掛け合わせたものが、ランチェスターの法則における戦闘力にあたる
ものです。
このように、企業間競争では直接的な武力の衝突はありませんが、経営資源を投入して、他社との競争に打ち勝っていく点で軍事的な発想が垣間見えます。この思想から生まれたのが経営学におけるランチェスター戦略でした。
1-2-1: ランチェスター戦略における占有率
ランチェスター戦略では、占有率40%を「相対的安定値」と定義しており、企業は製品の市場占有率がまずは40%になるように戦略を立案していくことを推奨しています。
この40%という数字には、以下のような意味があります。
- 市場において自社の製品が安定的な地位を獲得するために必要な占有率
- 逆に、市場占有率がトップであっても、その占有率が40%を下回っていればまだ安定的な地位を占めているとは言い難く、他社に逆転される危険性が高くなる
- もし、占有率が他社を下回り、占有率トップ企業との競合になれば、ランチェスターの法則でもわかるように兵力、ここでは占有率で上回る企業が有利となり、競争は苦しいものになる
ここから、占拠率の性質をランチェスターの法則をもとに分析すると、占有率1位以外の企業の占有率は安定せず、常に不安定な環境に身を置かれることがわかります。
もちろん、マーケティング戦略にはさまざまな論点があり、占有率1位であることだけが絶対的な安定条件とはなりませんが、少なくてもランチェスター戦略においては、必要不可欠な条件といえます。
1-3:ランチェスター法則における2つの戦略
前節において純粋な競争関係での力関係では、ナンバーワンだけが安定的な位置に君臨し、絶対的な有利となることを述べました。ランチェスター戦略では、これを「ナンバーワン主義」と呼びます。
では、ナンバーワンとは具体的にどういうことなのでしょうか?経営学者の田岡は、以下のように説明しています2田岡信夫『ランチェスター戦略入門1』(サンマーク出版, 76頁)。
ナンバーワンの「地域」をいかにつくるか、ナンバーワンの「得意先」をいかにもつか、ナンバーワンの「商品」をいかにつくるかということが、ランチェスター法則から導き出される1つの結論だということになろう
つまり、端から国内販売数のナンバーワンを目指すのではなく、地域ごと、得意先ごと、商品ごとという戦略的セグメンテーションをもとにナンバーワンを目指すことを推奨しています。
この前提をもとに、ランチェスター戦略では2つの立場から戦略を分析することができます。ナンバーワンである「強者の立場」と、それ以外の「弱者の立場」からの戦略です。(図1)
(図1「ランチェスター戦略での強者と弱者の戦略」筆者作成)
1-3-1: 弱者の戦略
占有率が劣る企業が取るべき基本的な戦略が「差別化戦略」です。強者に対して、経営資源に量的なハンデがある企業では、真正面から戦いを挑んでも、ランチェスターの法則から不利な戦いを強いられます。
そこで、弱者が取るべき選択は強者が取らない選択を集中的に攻める「差別化戦略」が最も有効と言えます。つまり、弱者の戦略では、複数のターゲットに対して満遍なく経営資源を分配する総花的戦略ではなく、ターゲットを限定した1点集中主義型の戦略が必要になります。
たとえば、
- 東京全体で占有率1位を目指すためには莫大な経営資源が必要になるが、東京都の限られた一部の地区で占有率1位を目指す分には、経営資源の少ない企業でも実現可能な目標である
- そして、顧客により近い位置で製品やサービスを提供できるようになれば、総花的戦略を採る強者では得られない差別化された強みを手に入れることができる
と考えることはできます。
また弱者の戦略として、強者のマネにならない独創的なアイディアにもとづく戦略も非常に重要です。たとえば、強者がはじめた新しいサービスを弱者がそのまま模倣して始めたとしても、経営資源に不利がある弱者では強者の二番煎じ程度のサービスしか提供できません。
もしも強者が市場に参入していたとしても、強者がおこなっていない革新的なサービスを提供することができれば、弱者にも戦いにおける勝機が生まれます。
したがって、スタートアップ企業でまず重視されるのが弱者の戦略です。
1-3-2: 強者の戦略
占有率で優位に立つ強者が採るべき戦略が「ミート戦略(総花的戦略)」です。経営資源で量的な有利に立つ企業では、弱者に対して真正面から勝負に受けて立ち、量的有利のまま勝ち切る戦略が有効であると言えます。
つまり、強者の戦略では、弱者の動向に常に目を配り、行動を起こしたらすぐに対策・模倣・追随するような戦略が求められます。
たとえば、
- 弱者がこれまで提供されていなかった新しい製品を市場に投入してきたとしたら、その製品をすぐに研究すること
- そして、性能の似た製品を投入することができれば、経営資源に余裕のある強者は弱者のもつ顧客を奪える可能性が高くなる
と考えることはできます。
また、弱者が今後、採用する可能性のある戦略をあらかじめ調べ、強者が先手を打って採用することも有効です。「悪い芽は早いうちに摘んでおく」発想で、弱者の行動を制限することで、強者の立場をより確固なものになります。
1-3-3: ランチェスター戦略の要点
こうしてみると、ランチェスター戦略では同じ企業でもターゲットとする市場の立場によって採るべき戦略は変わることがわかります。
たとえば、
- 東日本では知名度も市場占有率も高く、強者の戦略を採っている企業も、西日本で全く知られていないような場合、その企業は弱者の戦略を採るべき
- もしもランチェスターの法則を理解しておらず、東日本と同じ戦略を西日本で取ってもライバル企業からシェアを奪うことは難しい
といえます。
そして、占有率で劣る企業が大きなシェアを獲得したいのであれば、小さくてもナンバーワンとなれる地位をどれだけ作っていくかが重要です。
上述した田岡が指摘するように、小さいナンバーワンとなる「点」いくつも作って、そのナンバーワンを繋げて「線」にして、長期的には大きな「面」を形成するステップが理想です。
これは「点と線と面積の原理」とも呼ばれ、世界的な自動車メーカーであるフォルクスワーゲン社や、世界中に顧客を持つタイヤメーカーのブリヂストン社もこの原理に従って、世界的な大企業に成長したとされています。
- ランチェスターの法則とは、イギリス出身のF.W.ランチェスターによって生み出された軍事戦略で、それが応用されたのがランチェスター戦略
- 企業間競争では直接的な武力の衝突はないが、経営資源を投入して、他社との競争に打ち勝っていく点で軍事的な発想が経営学に応用された
- ランチェスター戦略においては、強者の戦略と弱者の戦略という異なった戦略がある
2章:ランチェスター戦略の事例
さて、ランチェスター戦略の事例として、2章ではビール業界をとり上げます。ビール業界はかねてより国内大手5社3*国内大手5社とは、アサヒ、キリン、サントリー、サッポロ、オリオンの5社を指すで市場シェアを争ってきており、ランチェスター戦略の分析対象となってきた寡占業界です。
2-1: アサヒビールの事例
1990年頃まで「ビールと言えばキリン」と言われるほど、市場ではキリンビールが圧倒的なシェアを誇っていました。
しかし、1987年にアサヒスーパードライが発売されたのを機に、アサヒビールが果敢な攻勢を挑み、2000年に初めて市場シェア首位に立ちました。(図2)
(図2「ビール類マーケットシェア推移」https://www.asahigroup-holdings.com/ir/event/pdf/kessan/2018_4q_factbook.pdfを参照, 最終閲覧日3月27日)
図2から確認できるように、アサヒビールとキリンビール(B社)の市場シェアは、1980年頃には最大60%ほどの差がありました。これだけの差があれば、アサヒビールはキリンビールに正面から対抗しても勝てる余地はありません。
そこで、アサヒビールはキリンビールがつくっていない新商品を開発する差別化戦略をとり、対抗策を立てることになります。
- アサヒスーパードライが開発されるまでは、ビールというのはコクがあって、味わい深いテイストであるのが一般的であった
- しかし、アサヒスーパードライでは、当時のビールでは斬新な発想であった「キレ」を追求し、辛口のビールという新しいニーズを開拓した
- その結果、アサヒビールは辛口ビールというジャンルで、ナンバーワンの商品を得た
その後、アサヒビールはアサヒスーパードライを主力に、市場シェアを全国に拡大いきます。
2-2: オリオンビールの事例
国内大手のメーカーのなかでも、特に異色の戦略をとるのがオリオンビールです。オリオンビールは沖縄県を拠点とするビールメーカーで、日本国内の市場シェアは1%に満たない企業ですが、地元の沖縄県では50%以上のシェアを占めるナンバーワンの地域をもつメーカーです。
オリオンビールの特徴は、
- 非常にクリアな味わいで、苦味もコクも少ないこと
- 沖縄県は亜熱帯気候に属しているため、ビールもコクがあり味わい深いものより、気軽に飲めるライトなテイストのもののほうが好まれる傾向がある
- 気候が似ている東南アジアや中南米などで一般に好まれるテイストのビールだが、日本国内でこのテイストのビールをメインで作り続けているのはオリオンビールだけである
といえます。
つまり、オリオンビールはその他大手4社ではターゲットにしにくい地域を徹底的に攻めることで、地域のナンバーワンを守り続けてるのです。
同じビールを作っているメーカーでも、各社の戦略は多様であることがわかります。国内のビール市場は飽和状態であり、戦略なくビールを作り続けても売れる時代は終わりました。今後はますます、明確なターゲットを設定して、計略的にマーケティングができる企業が生き残っていく時代に変わっていくでしょう。
ランチェスター戦略は、一時期のトレンドを反映した戦略論ではなく、計略的分析に基づいた、法則性が実証されている戦略論です。ゆえに、ビール業界以外のあらゆる業界でも適用できる戦略論であり、その重要性は今後ますます高まっていくことでしょう。
- アサヒビールはキリンビールがつくっていない新商品を開発する差別化戦略をとり、対抗策を立てた
- オリオンビールはその他大手4社ではターゲットにしにくい地域を徹底的に攻めることで、地域のナンバーワンを守り続けてる
3章:ランチェスター戦略について学ぶおすすめ本
ランチェスター戦略について理解を深めることはできたでしょうか?
これから紹介する書籍・論文を参考にして、さらにあなたの学びを深めていってください。
ランチェスター・システムズ『図解ランチェスター戦略経営入門』(サンマーク出版)
日本ランチェスター協会によるランチェスター戦略の入門書です。ひとつ一つの論点が図解されており、非常にわかりやすい内容にまとまっています。
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田岡信夫『ランチェスター戦略入門1』(サンマーク出版)
→日本のランチェスター戦略の第一人者である田岡信夫によるランチェスター戦略の解説書です。マーケティングに関する事例がとても豊富であり、ランチェスターの法則が経営学に生かせる可能性を大いに示した名著です。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ランチェスターの法則とは、イギリス出身のF.W.ランチェスターによって生み出された軍事戦略で、それが応用されたのがランチェスター戦略
- 企業間競争では直接的な武力の衝突はないが、経営資源を投入して、他社との競争に打ち勝っていく点で軍事的な発想が経営学に応用された
- ランチェスター戦略においては、強者と弱者の戦略という異なった戦略がある
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