文化相対主義(Cultural relativism)とは、それぞれの社会がその成員の生活を導くために打ち立てた価値を認め、あらゆる慣習に内在する尊厳と、自身のものとは異なる伝統への寛容の必要性とを強調する哲学のことです1『文化人類学20の理論』(2006)を参照。
人類史上もっともグローバルな世界に生きている私たちには、文化相対主義への理解が必要不可欠であると言っても過言ではありません。
しかし近年は文化相対主義を正しく理解ぜずに、全く異なった意味でこの思想を利用するケースが増えているように思えます。
そこで、この記事では
- 文化相対主義の意味
- この思想に投げかけられた批判
- 文化相対主義が誕生する歴史的背景
- 現代でも有効な文化相対主義の考え
を順番に紹介します。
あなたの関心に沿って、読み進めてください。
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1章:文化相対主義とは何か?
それでは、さっそく文化相対主義の意味、文化相対主義になされた批判を解説します。文化相対主義が誕生した歴史的背景に関心のある方は、2章からお読みください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 文化相対主義の意味を解説
それでは、文化相対主義の意味を解説します。
文化相対主義は、文化人類学という学問から生まれた思想です。この思想は文化人類学の理論ではなく、学問を成り立たせる世界観・倫理観となっています。
しかし、文化人類学の学問外で文化相対主義が使われるとき、多くの場合、本来の意味に即したものではありません。
再度繰り返しますが、本来の文化相対主義とは、
それぞれの社会がその成員の生活を導くために打ち立てた価値を認め、あらゆる慣習に内在する尊厳と、自身のものとは異なる伝統への寛容の必要性とを強調する哲学
のことです。
文化相対主義のシンプルかつ強力な主張は、「文化を序列化してはいけない」ということです。
人間文化はそれぞれ特殊ですから、なんらかの基準に照らして相互を比較することはできません。
加えて、価値のある文化は、自分の文化だけではありません。もしも全く異なる文化に生まれていたら、全く異なった生き方に価値を見出したかもしれません。
1-1-1: 文化相対主義の根底にある「文化化」
文化相対主義の根底には「文化化(ぶんかか)」という考えがあります。
文化相対主義の本来の意味を考える上で、重要な部分ですのでしっかり理解しましょう。
文化化とは、
「人間が幼い頃に、また年を取ってからも、自分の文化に習熟していく学習過程」3『文化人類学20の理論』(2006)を参照
のことです。
つまり、文化化の要点は、以下のことです。
- 人間は生まれ育った文化を身につけ、この身につけた文化に即して自分の経験の理解すること
- そのため、人間の判断にはその人が生まれ育った文化が色濃く影響すること
文化は人間によって学習されて、人びとの判断に影響を与えることを理解しましょう。
1-1-2: 文化相対主義の「相対」が意味するもの
そもそも、文化相対主義の「相対」とはなにを意味するのでしょうか?
本来「相対的」という言葉は、他の何かと関係しているとか、他の何かに依存していることを指します。そのため、文化相対主義のそもそもの意味は、判断は文化に関係・依存していることを指します。
では、どのように文化と関係・依存しているのでしょうか?
「文化化という学習過程」と、「その過程で何を学習したのか」に判断は依存している、ということになります。
ちなみに、これまで解説した文化相対主義の概念は、綾部恒雄(編)『文化人類学20の理論』(弘文堂)で詳細に議論されています。興味のある方はぜひ参照ください。
1-2: 文化相対主義への批判
本来、文化相対主義は多様性を重視するリベラルな思想です。
にもかかわらず、文化相対主義に対する批判は多くありました。その事例をいくつか紹介します。
文化相対主義に投げかけられた批判とは、
- ナチス・ドイツを批判できない
- この思想は政治利用されやすい
といったものです。詳しく順番に解説します。
1-2-1: 文化相対主義とナチス
文化相対主義の定義をもう一度思い出してみましょう。
文化相対主義とは、
「それぞれの社会がその成員の生活を導くために打ち立てた価値を認め、あらゆる慣習に内在する尊厳と、自身のものとは異なる伝統への寛容の必要性とを強調する哲学」4『文化人類学20の理論』(2006)を参照
でした。
しかし、この論理でナチス・ドイツを説明すると、
文化相対主義はすべての社会の価値や内在する慣習を認めるため、ナチス・ドイツがおこなった人道的罪も社会に内在する価値があるとして認めなければならないのか?と疑問がわきます。
1−2−1: 文化相対主義は政治利用されやすい?
文化相対主義は政治家が自らの権利を守るために、利用する場合があります。
たとえば、西洋型の民主化と自由化を求められた、かつてのシンガポール政府は自国の権威的な体制を守ろうとしました。
そのとき、シンガポール政府が持ち出したアイデアは、西洋的な自由の価値ではなく、社会的調和を重んじる「アジア的価値」の存在でした。つまり、文化相対主義を使用して、自らの立場を正当化したのでした。
このように、文化相対主義への批判とは、以下の点にありました。
- ナチス・ドイツにも「あなたはあなた、わたしはわたしの考え方がある」と主張される可能性がある
- 自らの立場を正当化するときに、政治利用されやすい
しかし、文化相対主義への批判は明らかに誤解です。それは文化相対主義の誕生した歴史的背景を確認することでわかります。
いったん、これまでのまとめをします。
- 文化相対主義は、同等の価値のある世界中の文化に敬意を払う必要性を主張
- 自分の文化を学習していく過程=文化化が原理にある
- 人びとの判断は、文化化のあいだに学習した内容に関係・依存している
2章:文化相対主義が生まれた歴史
文化相対主義は、社会進化論と人種主義に強く反対する思想として生まれました。
文化相対主義が生まれた歴史を理解することで、
- 文化相対主義の本来の意味
- 文化相対主義が現代社会でも有効な理由
がわかります。
それぞれわかりやすく解説します。
2-1: 文化相対主義 VS 社会進化論と人種主義
19世紀から20世紀にかけて、人間の慣習の違いを説明する2つの理論がありました。
社会進化論と人種主義です。
社会進化論
- 人間の習慣の違いを進化の度合いと考えるもの
- 「原始」から「文明」へと一直線に進化するもの
人種主義
- 人間の習慣の違いは「人種」にあるとするもの
- 習慣が「原始的」なのは、「劣った人種」だからとする考え方
今では考えられない理論ですが、両者は強力なパワーをもった考え方でした。
事実、社会進化論と人種主義は植民地支配を正当化する考え方でした。欧米人がアジア・アフリカの民族を植民地支配することは、当然とされたのです。
社会進化論と人種主義については、次の記事を参照ください。
【社会進化論とは】スペンサーの議論や問題点をわかりやすく解説
【保存版】人種主義とは?その意味から具体例までわかりやすく解説
人種とはそもそも何だ?と考える方は、「人種」の記事がおすすめです。
2-1-1: 文化相対主義とフランツ・ボアズ
社会進化論と人種主義に対して、強く反対したのが「アメリカ人類学の父」であるフランツ・ボアズでした。
フランツ・ボアズはアメリカ北西海岸での先住民に関する調査をした人物です。
フランツ・ボアズは先住民への調査をするなかで、
- 個々の文化は、環境や隣接する他の文化との交流など独自の歴史をもって形成される
- そのため、単純に進化の図式に入れることはできない
と考えるようになりました。これが文化相対主義の原理です。
そして、進化論や人種主義が当たり前の時代に、文化相対主義は革新的でリベラルな思想でした。
ボアズの考えは、弟子であるルース・ベネディクトらによって広められました。ベネディクトの『文化の型』はベストセラーになり、文化相対主義の考えを世の中に広めました。
ベネディクトの『文化の型』は人類学的な考えを学べる良い本です。ぜひ読んでみてください。
2−1−2: 文化相対主義への批判は誤解
文化相対主義の生まれた歴史をみると、文化相対主義への批判は誤解であることがわかります。
なぜならば、文化相対主義の原理には、
- ある思考や行動の様式が他より優れていることは、いかなる普遍的な基準に照らしても正当化できないこと
- 人間は、自分の文化に縛られて、他の文化について独断的な判断をしやすいこと
といったものがあるからです。
これらの原理が示すのは、文化相対主義は自らの視点を省みる倫理観であることです。
そのため、文化相対主義へなされた批判には以下のように回答できます。
文化相対主義とは
- 「あなたはあなた、わたしはわたしの考え方がある」という主張ではない
- 自らの立場を正当化する思想ではなく、自らの立場を反省的に疑う倫理観
という思想です。
3章:現代社会でも有効な文化相対主義
文化相対主義を正しく理解すると、時代を問わず有効な思想だとわかります。
文化相対主義は、私たちの視点は常に限定されていると思い出せてくれるからです。
異文化との出会いが頻繁に起こる時代に住む私たちにとって、文化相対主義は今でも大切な倫理観であるべきでしょう。
異文化との接触だけでなく、友人や先輩、後輩と話すときでも構いません。私たちの視点は育ってきた文化に依存しています。
文化相対主義を正しく理解すると、
- 女性として育ってきたのか?
- 男性として育ってきたのか?
- お金持ちの家庭で育ったのか?
- 貧困に直面して育ってきたのか?
などの疑問を自分に投げかけてみることに繋がります。
自分の視点を確信させる条件を疑ってみることを、文化相対主義は思い出させてくれるのです。
4章:文化相対主義を学ぶための書籍リスト
最後に、文化相対主義を学ぶための書籍リストを紹介します。
まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。
太田好信 浜本満(編)『メイキング文化人類学』(世界思想社)
フランツ・ボアズと彼の思想について学ぶことができます。「アメリカ人類学の父」について知りたい人は、まず手に取ってみましょう。民族誌の歴史に関しても学べる初学者の教科書的存在です。
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Boas, F The Mind of Primitive Man(New York: Free Press)
「フランツ・ボアズを英語で読んでみたい!」という方におすすめ。英語自体は比較的簡単です。ボアズを学ばずして、文化相対主義は語れません。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
最後に、この記事の要点をまとめます。
- 文化相対主義とは、同等の価値のある世界中の文化に敬意を払う必要性を主張
- 文化相対主義は「自らの立場を正当化するときに政治利用されやすい」などの批判
- 自らの立場を正当化する思想ではなく、自らの立場を反省的に疑う倫理観は現代も有効
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