社会的ジレンマ(social dilemma)とは、個人がそれぞれの利益を求めて行動することによって、社会が不利益を被る場合に生じる葛藤感情のことです。具体的には、いじめなどの身近な問題から環境問題などのマクロな問題にいたるまで、多様な問題があります。
社会的ジレンマに囚われてしまうと、個人の得る利益ばかりに目がいってしまい、社会生活を送ることが困難になってしまう可能性があります。
そのため、社会的ジレンマに関する理解は、社会を構築していく上でも重要なものとなります。
そこで、今回の記事では、
- 社会的ジレンマの意味
- 社会的ジレンマの例
- 社会的ジレンマと環境問題
- 社会的ジレンマの解説策
をそれぞれ解説していきます。
関心のある箇所から読み進めてください。
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1章:社会的ジレンマとは
まず、1章では社会的ジレンマの「意味」と「例」を紹介します。社会的ジレンマと環境問題は2章で、社会的ジレンマの解決策は3章で解説しますので、好きな章だけ読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 社会的ジレンマの意味
まず、冒頭の確認となりますが、社会的ジレンマとはある行動をとることで「個人の利益」と「社会全体の利益」が対立しどちらを選べばいいのか迷った際に発生する葛藤のことです。
では一体、「個人の利益」や「社会全体の利益」とは具体的に何を指すのでしょうか?それぞれ解説していきます。
社会的ジレンマと類似の概念に「囚人のジレンマ」がありますが、これらは考え方としては同じものだと思ってください。囚人のジレンマが2人の囚人の行動をモデルにした概念であるのに対し、社会的ジレンマはそれを3人以上の社会に拡大した考え方である、という違いがあります。
1-1-1: 個人の利益
簡単にいえば、個人の利益とは、
自分自身の欲求が満たされるような利益(例:空腹を満たすこと・なるべく楽をして暮らすこと・昇進することなど)のこと
を指します。
「個人の利益」を生む行動の多くは社会にとっての非協力的行動とされており、個人がそれぞれに欲求を満たそうとすることで、その人の代わりに不利益を被る人が生まれたり、社会全体が上手く回らなくなってしまったりすることが危惧されます。
1-1-2: 社会全体の利益
一方で、社会全体の利益とは、
社会がより発展し、過ごしやすい環境となるような利益(例:犯罪がなく安全な世の中になること・地球温暖化が食い止められること)のこと
を指します。
一般的に、「社会全体の利益」を生む行動(例:盗みをしないなどのモラルを守った行動を取ること・環境を守るためにゴミ分別をすることなど)は社会にとっての協力的行動とされます。
多くの人が安心・安全な世界で生活できるようになるためには、人々の社会への協力的な行動が必要不可欠といえるでしょう。
社会心理学者の山岸俊男は、社会的ジレンマは以下の書物で3つすべてに当てはまる場合に発生しやすいと示しています2山岸俊男 2000 『社会的ジレンマ 「環境破壊」から「いじめ」まで』(PHP新書, p.17-18)を参照。
- 個々人は協力または非協力行動のどちらかを選択する
- 個々人にとっては協力行動よりも非協力行動をとる方が望ましい結果を得る
- しかし全員が自分にとって有利な非協力行動をとると、そろって協力行動をとる場合よりも望ましくない結果が生起する
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1-1-3: 社会的ジレンマの起源
そもそも、社会的ジレンマはヨーロッパの牧草地をヒントに考案された経済学理論の「共有地(コモンズ)の悲劇」の法則から考えられた概念です。
共有地の悲劇とは、羊飼いの話から着想を得た以下のような法則です。
- 羊飼いたちは、牧草地で自分の羊を育てる
- ある日、土地の管理のため、広い共用の牧草地を複数の羊飼いで分け合って使用することになった
- 通常、羊飼いたちは自分の羊に牧草をたくさん食べさせて、大きな羊に育てたいと考える
- しかし、共有地はたくさんの牧草が生い茂っているとはいえ、もしも羊が無制限に牧草を食べてしまったら、たちまち荒れ果てて草が生えなくなってしう
- 共有地を長く使用するためには、それぞれの羊飼いが、羊が牧草を食べ過ぎないように管理する必要がある
- ところが、実際、多くの羊飼いは牧草に制限を設けず、羊の気の向くままに牧草を食べさせた
- 土地の管理のために共有を始めたというのに、牧草地はたちまち荒地になってしまいました
この話から理解できるように、共有地の悲劇とは、
- 自分たちの社会に役立つとわかっているにも関わらず、自分の利益を優先した行動をとってしまうこと
- その利己的な行動の結果として、暮らしやすい社会を失ってしまうこと
として知られています。
つまり、共有地の悲劇は、社会的ジレンマの葛藤状況を的確に示した例だったのです。
1-2: 社会的ジレンマの例
社会的ジレンマを感じやすい場面として、いじめの場面が挙げられます。
たとえば、あなたは友人がクラスメイトにいじめられている場面を見てしまったとします。現場を見てしまったあなたの行動は幾つか考えられますが、ここでは2つの例を挙げてみたいと思います。
まず、1つ目は、
あなたが友人の前に立ちはだかり、いじめをやめるよう訴えること
です。
直接訴えることは勇気が要りますが、いじめが如何に理不尽なことなのか、くだらないことなのかなど、いじめているクラスメイトに直接伝えることができます。
クラス全体にいじめに対する否定的な認識が広がれば、あなたのクラスで2度といじめが起きないようにすることができるでしょう。しかし、あなたがいじめているクラスメイトに目をつけられてしまい、明日からいじめられるかもという可能性も否定しきれません。
2つ目の行動は、
いじめを見て見ぬふりをすること
です。
見て見ぬふりをすれば、いじめられている友人は苦しい思いをするかもしれませんが、あなたに被害が及ぶことはないでしょう。しかし、この場合にはいじめられている友人があなたのことを恨んでしまうことが危惧されます。
非常にシンプル場面ですが、このいじめのシーンからは、
「いじめられたくない」という個人の利益の追求と、「いじめを止めさせて、集団の平和を守る」という社会全体の利益が対立して社会的ジレンマが生み出されていること
がわかると思います。
- 社会的ジレンマとは、個人がそれぞれの利益を求めて行動することによって、社会が不利益を被る場合に生じる葛藤感情のことである
- 共有地の悲劇は、社会的ジレンマの葛藤状況を的確に示した例であった
- 社会的ジレンマを感じやすい場面として、いじめの場面が挙げられる
2章:社会的ジレンマと環境問題
社会的ジレンマによって解決が妨げられている問題として近年着目されているのは、環境問題です。
たとえば、代表例である地球温暖化は、私たちが日常的にたくさんのエネルギーを消費することによって引き起こされます。地球温暖化の危険性は、ニュースとして報じられることもあれば学校教育の一環で教えられることもあり、広く認識されているといえます。問題提起されたのも一昼夜の話ではありません。
しかし、地球温暖化問題は依然大きな課題であり、年々地球の気温は上昇し続けているという現状があります。道路には排気ガスを排出しながら自動車が走り、夏の日の商業店舗は肌寒いほどにエアコンが付けられていることも少なくありません。
なぜ、多くの人が環境問題を認識しているにも関わらず、解決に向けての行動がなかなか起こされないのでしょうか?
環境問題の背景に、人々が抱える社会的ジレンマを見てとることできます。具体的に、「エアコンの温度管理」についてみていきましょう。
- エアコンの温度管理について、社会のためになる行動、すなわち「社会全体の利益」を生む行動は、夏場は28度、冬場は22度というように定められた温度以上にエアコンをかけないこと
- しかし、夏場にエアコンを28度に設定していても、なかなか部屋が冷えない状況にあるとき生まれる「素早く部屋を冷やしたい」という欲求は、「個人の利益」を求める感情である
このような行為の結果、舩橋晴俊が以下のように指摘する社会的ジレンマに直面する人が多いのではないのでしょうか?
今日の環境問題を見て、我々は、自分で自分の首をしめているのではないかということを直観的に感じている人は多いであろう。また、ごくあたりまえの市民が、直接的あるいは 間接的に、環境悪化の加害者あるいは共犯者として、環境破壊の過程に巻き込まれている のではないか、という認識も広がりつつある3舩橋晴俊 1995 「環境問題への社会学的視座 一「社会的ジレンマ論」と「社会制御システム論」ー」環境社会学研究 1(0), 5-20頁 『環境社会研究』を参照。
社会的ジレンマと環境問題が密接に関わっていることを理解できたと思います。
3章:社会的ジレンマの解決策
では一体、社会的ジレンマを解決するには、どのような行動をとればいいのでしょうか?結論からいえば、社会的ジレンマを解消する方法は2つ提唱されています。
シンプルですが、1つ目の手段は、
人々が「社会全体の利益」を意識的に優先させて物事を考えることができるように促すこと
です。
長期的な視点でいえば、「社会全体の利益」はあなたにとっても暮らしやすい世の中を作ることに役立つため、いずれは「個人の利益」ともなり得るでしょう。
しかし、1つ目の「社会全体の利益」を優先させることは極めて理想主義的です。訪れるのはいつになるのか分からない「社会全体の利益」を優先させることで、自分自身が不利益を被ることは大いに考えられます。
そこで、社会心理学者の山岸俊男は、社会的ジレンマを解消する2つ目の手段として、人間の協調心理を利用する方法を提案しています。
山岸は社会的ジレンマに関する以下のような実験をおこなっています。
- 2人の実験参加者に課題を与え、課題の解決をするにあたって以下の3つの条件を提示する
- 2人の実験参加者は、3つの条件の中から最も「自分にとって有益だ」と思う条件をそれぞれ1つずつ選ぶよう指示される
条件1:課題解決の際に、協力しあわなければどちらも500円を得る
条件2:協力しあえばどちらも1000円を得る
条件3:相手が協力して自分だけ裏切れば、自分は1500円、相手は0円を得る
山岸によると、大半の実験参加者は条件3(非協力行動)を選択したといいます。
ところが、実験参加者に、条件選択の際に「もう一人の実験参加者はあなたと協力することを決めた」と伝えた場合には、実験参加者は条件2(協力行動)を選択する確率が高くなったそうです。実験参加者はもう一人の実験参加者の意見に影響された、協調したと考えることができます。
この実験結果から、山岸は、社会的ジレンマによる非協力行動の選択は、人間の協調心理によって解消される可能性を示唆しています。
2つ目の社会的ジレンマ解消法は、「個人の利益」「社会全体の利益」を基に自分で考えるのではなく、なるべく誰かと同じ答えを示すことといえます。
しかし、同時に、2つ目の社会的ジレンマ解消法にある、次のような点は問題視されるべきです。
- 2つ目の社会的ジレンマ解消法は、選択の権利を放棄した行動ともいえる
- 実験参加者は、自分の頭で考えず、ただ他者の意見に同調したにすぎないため
- 同調を繰り返すことによって人間は社会的ジレンマを感じずに済むが、真剣に自分の頭で考えることを止めてしまうともいえる
過ぎた同調行動は、社会を危険な方向へと導きかねません。葛藤を感じることがあるとしても、「個人の利益」「社会全体の利益」のバランスについて自分自身で考え、選択していくことが大切だといえるでしょう。
- 1つ目の手段は、人々が「社会全体の利益」を意識的に優先させて物事を考えることができるように促すこと
- 2つ目の手段として、人間の協調心理を利用する方法がある
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4章:社会的ジレンマを学ぶ本・論文
社会的ジレンマについて理解を深めることはできましたか?
心理学の実験や議論は多様にありますので、次に紹介する本からどんどん学びを進めていってください。(参考文献も含む)
『社会的ジレンマ 「環境破壊」から「いじめ」まで』 (PHP新書)
人間が社会的ジレンマを感じやすい場面について、身近な場面から地球環境などの大きなテーマまで幅広く解説されています。普段、自分がどのような選択を取ることが多いのかを振り返りながら読むとおすすめです。
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竹田 茂夫『ゲーム理論を読みとく ─戦略的理性の批判』(ちくま文庫)
社会的ジレンマの現象の1つである囚人のジレンマは、ゲーム理論として知られています。社会的ジレンマを活用して自分に有利に物事を動かすテクニックが、理論に基づいて紹介されています。
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その他参考文献
山岸俊男『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』(中公新書)
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論文:神信人・山岸俊男「社会的ジレンマにおける集団協力ヒューリスティクスの効果」社会心理学研究 12(3) 190-198『日本社会心理学会』
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 社会的ジレンマとは、個人がそれぞれの利益を求めて行動することによって、社会が不利益を被る場合に生じる葛藤感情のことである
- 社会的ジレンマと環境問題には、密接な関わりがある
- 社会的ジレンマの解決策として、人間の協調心理を利用する方法がある
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