ポストモダン・フェミニズム(Postmodern feminism)とは、ポストモダンとフェミニズムが接合した、女の主体を問う理論的潮流のことです。
ポストモダン・フェミニズムはジェンダーの軸以外の階級や民族などの差異の軸も取り込みながら、頑強な異性愛社会を分析し、未来を構想するための可能性をも切り拓いています。
この記事では、
- ポストモダン・フェミニズムの背景や特徴
- ポストモダン・フェミニズムの具体的な運動
をそれぞれ解説していきます。
関心のある所から読み進めてください。
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1章:ポストモダン・フェミニズムとは
1章ではポストモダン・フェミニズムを「背景」「特徴」から概説します。ポストモダン・フェミニズムの具体的な運動を知りたい場合は、2章からお読みください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:ポストモダン・フェミニズムの背景
ポストモダン・フェミニズムとは、その名のとおり、ポストモダンとフェミニズムが組み合わさったものです。まず、前半部の「ポストモダン」とは一体どんな思想でしょうか?
簡単にいえば、
ポストモダンとはモダンについての再帰的問いかけであり、モダン全体を問題化する理論的動き
です。(→より詳しくはこちら)
つまり、歴史の進歩の頂点にあるとされてきた近代の価値を徹底的に問い直す思想がポストモダンだということができます。
つぎに、フェミニズムはどうでしょうか?フェミニズムとは、ひとことでいえば、女性解放の思想であり運動です。
ここでピンと来た方も多いかもしれません。第二波フェミニズムは、近代の価値そのものを女性の視点から問い直すという意味で、ポストモダンに特別な類似性を見出すことができます。
とはいえ両者はすんなりと結びつくわけではなく、ポストモダンによって、第二波フェミニズムもさらなる問い直しの対象となります。フェミニズムが前提とする女というカテゴリー自体が批判の対象になったのです。
1980年代前半、さまざまなエスニックマイノリティ、黒人、レズビアンなどから、第二波フェミニズムは白人異性愛中心であると批判が起こりました。女というカテゴリーの本質主義的傾向は近代のたまものだとして、それを修正する理論が模索されはじめたのです。
この理論的な動きこそがポストモダン・フェミニズムです。具体的には、次のようなフェミニズムなどが挙げられます。
- 精神分析派フェミニズム
- レズビアン・フェミニズム
- ポストコロニアル・フェミニズム(→より詳しくはこちら)
- ブラック・フェミニズム
1-2:ポストモダン・フェミニズムの主張
では、ポストモダン・フェミニズムの思想的特徴はどのようなものでしょうか?ここで断っておかなければならないのが、ポストモダン・フェミニズムはひとくくりにすることがきわめて難しいということです。
そのなかでひとつだけその特徴を抽出するとしたら、ポストモダン・フェミニズムの中心課題は、第二波フェミニズムが強調してきた「女性の主体」や「統一的なアイデンティティ」など、女性を一枚岩でくくる本質主義を脱構築することでした。
脱構築とは
- ポスト構造主義の代表的な論者であるジャック・デリダによって提唱された考え
- 西洋哲学において前提とされる、内部/外部、自己/他者、真理/虚偽、善/悪、自然/技術、男/女、西洋/非西洋などさまざまな二項対立を疑い、その差異化をつうじた意味の体系を明るみに出す方法のことである
ポストモダン・フェミニズムにおいてひとつの重要な批判対象となるのが、男/女という二項対立によって成立する異性愛社会です。その解体を試みるため、ポストモダン・フェミニズムは男根、ロゴス、資本主義という支配体系に挑戦状を叩きつけました。
そこで注目すべきが、ジェンダーという考え方の変化です。ジェンダーとは、第一義的には社会的性差のことで、第二波フェミニズムが展開した最大のキーワードのひとつです。
シモーヌ・ド・ボーヴォワールがその著作『第二の性』(1949)で「ひとは女に生まれない、女になるのだ」と述べたように、第二波フェミニズムにおいてジェンダーは、生物学的事実であるセックスと切り離され、社会的につくられるものであるという考えが広く浸透しました。
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ボーヴォワールの議論で重要なポイントが、男女のジェンダーは非対称的につくられるという点です。
- 男を一般的な「ひと」と見なす社会では、女は主体ではない他者である
- 逆にいえば、男は女という他者を得てはじめて主体=男であることが可能となる
- したがって、女がたとえ表面上は男と同等な地位を得たとしても、男という主体からはつねに差異化されたものとして差別されることになる
こうして、ボーヴォワールから第二波フェミニズムまでは社会的性差としてのジェンダーが焦点化されてきたわけですが、生物学的事実として、当たり前のように前提とされるセックスも、実は社会的につくられるジェンダーであると主張したのがジュディス・バトラーです。(※バトラーの思想については第2章でさらに掘り下げていきます)
ポストモダン・フェミニズムによって、ジェンダーの考え方は大きく変化しました。ジェンダーとは、私たちの身体をも巻き込みながら、異性愛社会を維持するために言説によって編み上げられたひとつの非対称的な階層秩序であると位置づけられたのです。
このように、女というカテゴリーは社会的役割だけでなく、その身体まで解体されようとしていました。フェミニズムが女性解放運動とするならば、女とは何か、誰が、何から誰を解放するのかという問いが次々に生まれ、解放の主体自体が曖昧にならざるをえなくなりました。
1-3:ポストモダン・フェミニズムへの批判
そこで問題となるのは、女性の主体を相対化することは、女性たちの抵抗するアイデンティティそのもの、さらにはフェミニズムの社会変革の基盤そのものを掘り崩すことになりかねないということです。
このような懸念から、ポストモダン・フェミニズムに対して以下のような批判が生まれました。
- ニヒリズムに陥っているのではないか
- フェミニズムが目指してきたものを崩壊させようとしているのではないか
- 女性的なものをとらえ直しているようでいて、逆に男女の差異を強調していないか
- 女性間の差異を強調するばかりで現実における女性差別を無視することにならないか
いうなれば、女というカテゴリーをめぐって、本質主義と構築主義の間で意見が割れることになったのです。(→本質主義と構築主義についてはこちら)
もちろん、大きな収穫もありました。ポストモダン・フェミニズムの議論が展開することによって、第二波フェミニズムで提示された家父長制とジェンダーという重要なキーワードに新たなキーワードが加えられ、多元的なフェミニズムの模索がつづけられていったのです2金井淑子 1997「ポストモダン・フェミニズム」江原由美子・金井淑子編『ワードマップ フェミニズム』新曜社;竹村和子 2002「ジェンダー」岩波女性学事典 163−165頁。
新たなキーワード
- ファルス中心主義
- 他者表象の政治
- 西欧中心フェミニズムの脱中心化
- 異性愛のヘゲモニー
代表的な論者に、ジュリア・クリステヴァ、リュス・イリガライ、エレーヌ・シクスー、ベル・フックス、ジョーン・スコット、イヴ・セジウィックやジュディス・バトラーなどが挙げられます。
- ポストモダン・フェミニズムとは、ポストモダンとフェミニズムが接合した理論的潮流のことである
- ポストモダンによってフェミニズムが前提とする女というカテゴリー自体が批判の対象になった
- ポストモダン・フェミニズムの登場で、ジェンダー概念の用法が変化した
2章:ポストモダン・フェミニズムの具体的な理論
さて、2章では、上記の代表的な論者のなかからジュディス・バトラーとジョーン・スコットの議論を紹介していきます。
2-1:バトラーが問うた女というカテゴリー
ここでは、ジュディス・バトラーの身体性の議論を紹介していきます3ジュディス・バトラー, 1990=1999『ジェンダー・トラブル――フェミニズムとアイデンティティの攪乱』竹村和子訳 青土社.;上野千鶴子 1995「差異の政治学」井上俊ほか編『ジェンダーの社会学』岩波書店.。
2-1-1:身体性は捏造されたものである
第1章で述べたとおり、1980年代にポストモダン・フェミニズムが登場することによって、それまでのフェミニズムが前提としてきた「女」とは何か、という根本的な問いが生まれました。
この問いに、バトラーはそれまで社会的性差ととらえられてきたジェンダーを、セックスという生物学的性にまで適用することで答えようとします。
そのためにまずとっかかりにするのが、ホーヴォワールによる「ひとは女に生まれない。女になる」というテーゼです。第1章で述べたとおり、ボーヴォワールはジェンダーを、社会的につくり上げられるものであると論じました。
しかし、バトラーはこのテーゼを以下のように批判します。
- このテーゼのなかに、女になる前に前提とされている抽象的で中立的な「ひと」を見つける
- というのも、あらかじめ無性の「ひと」がいて、ジェンダーの刷り込みを待って女になるわけではなく、身体はつねにすでに言説によって性別化されている
ここでの身体は、文化そのものです。
つねにすでに書き込まれていると理解されている文化が、実はさかのぼってその文化自体をつくり上げているように、つねにすでに男と女に性別化されていると思われている身体も、言説のなかで起源として性別化される身体として産出されたものなのです。(→言説についてはこちらで詳しく解説しています)
つまり、生物学的なセックスをくりかえし様式化することで、セックスを自然なものとして産出していくジェンダーのプロセスがあり、それこそが人びとのジェンダー・アイデンティティ、そして異性愛の階層秩序をつくり上げ、強化していくというわけです。
もしセックスの不変の性質に対して意義をさしはさむことができるとすれば、おそらくこの「セックス」と呼ばれる構築物も、ジェンダーと同じように文化的に構築されていることになろう。実際のところ、おそらくそれはこれまでも常にジェンダーだったのであり、したがってセックスとジェンダーの区別はなんら区別ではないということになる4同上 28-29頁。
バトラーは、ボーヴォワールのテーゼに隠されていた、予めセックスを起源としてジェンダーをその帰結としてとらえる生物学的決定論を逆転し、セックスもジェンダーも構築物であり、「ジェンダーはセックスそのものが確立されていく生産装置である」と言い切るのです。
つまり、バトラーは以下のような主張をしたのです。
- セックスはホルモンや染色体などの物質として固定されているというそれまでのフェミニズムが超えられなかった考えを覆し、身体性が言説によって歴史的に捏造されたものであると主張した
- そうすることで、盤石であると信じられてきた巨大な異性愛社会の基盤にメスを入れた
2-1-2:身体性は捏造されたものである
この、「私」という主体はつくられたものであるというバトラーの批判は、肌の色やセクシュアリティや民族や階級や身体能力など、アイデンティティを拠り所として、第二波フェミニズムの女という主体に対して批判を行ってきたフェミニストたちにも向けられます。
しかし同時に、バトラーのフェミニズムに対する希望は、このアイデンティティからはじまりまるという点は強調しておきたいところです。つまり、それは以下のこを意味します。
- バトラーの議論にのっとれば、身体がそうであったように、アイデンティティは言説によって日々構築されるもの
- それゆえアイデンティティは実体ではなく、反復的な意味づけの実践であるととらえる必要がある
バトラーが希望を見出すのが、まさにこのアイデンティティのプロセスなのです。
私たちにこの異性愛社会という頑強な基盤を覆す可能性があるとしたら、それは革命を起こすことでもなく、女性性に閉じこもることでもなく、両性具有に希望を見出すことでもない、私たちのアイデンティティをつくりつづけるこの反復という規則化されたプロセスを、実践の内部から異を唱えることによって撹乱することであるとバトラーは訴えます。
ここまで、セックス本質論への反論について紹介しましたが、バトラーは同時に、二分法の意味の範囲をずらす行為遂行性、ジェンダーの言語秩序に回収されない撹乱の可能性、2000年代以降の生の被傷性の平等についての議論など、社会変革を志向する、ポジティブで注目すべき論点を多数提供しています。
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この記事を読んでもし興味を持たれたら、ぜひ、原典にあたってみてください。
2-2:スコット ジェンダーは意味を付与する知
1章で見てきたように、エスニックマイノリティの女性、レズビアンの女性、障害者の女性など、多様な女性たちによる女カテゴリーの使用に対する批判は、フェミニズムに強い衝撃を与えました。
このような批判が存在するということは、ジェンダーの視点が無意味であるということなのでしょうか?「いいえ、そうではない」といいたいですね。
多様な状況に生きるさまざまな女性の経験は、それぞれの場における「男性」の性を与えられた人びととの経験とは異なる経験をしているということは間違いありません。
これをどう新たな理論として提示することできるか、その難問に挑んだのがポスト構造主義とジェンダーの視点から歴史学を塗り替えたジョーン・スコットです。
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ここでは、江原由美子の整理にのっとりスコットの理論を紹介したいと思います5江原由美子 1995「ジェンダーと社会理論」井上俊ほか編『ジェンダーの社会学』岩波書店; ジョーン・スコット1988=1992『ジェンダーと歴史学』荻野美穂訳 平凡社。
まず、スコットはジェンダーを以下のふたつの命題によって定義します。
- 両性間に認知された差異に基づく社会関係の構成要素である
- 権力の関係を示す第一義的な方法である
まず、①の命題には、次の4つの要素が含まれ、両性間の社会関係は、これらが相互に関連した要素によって規定されます。
- 文化的シンボル
- シンボルがもつ規範的概念
- 社会的経済的政治的制度
- 主観的アイデンティティ
そして②の命題にとって重要になってくるのは比喩です。スコットは、性別カテゴリーを用いた比喩が、政治的比喩として利用される側面に光を当てます。たとえば、それは次のようなものです。
- 駅伝大会で劣勢の選手に「男だろ!」と檄を飛ばす監督
- 惣菜に「おかあさん」と名付ける企業
- 戦争を正当化するために「女・子ども」を敵から守る男であれと呼びかける戦争指導者など
男と女という生物学的差異を根拠とした世界の二分割は、性差とは何の関係もない局面においてさえ、私たちのあらゆる社会生活のなかで使われているのは、あなたも実感するところだと思います。
そもそも言語は意味を確立するために差異化を用いますが、性差は差異化を示す第一義的な方法でもあります。(→構造言語学はこちらで詳しく解説しています)
性別の比喩は、ジェンダーを論拠としながら権力の正当化において頻繁に利用され、さらにその比喩がふたたび男女の対立の意味も確定していくのです。つまり、比喩は社会と身体を循環しながら男女の性差を強固につくり上げていっているのです。
そしてスコットはジェンダーを、世界を秩序立てるために身体的差異に意味を与える知として位置づけます。ジェンダー関係の二項対立と社会過程はどちらも権力の意味の一部であり、どちらを変更しても政治システム自体が脅かされると主張し、ここに社会変革の可能性を見出します。
このようなスコットの見地に立つと、分析の対象が一気に広がることがわかります。
- 第二波フェミニズムにおいてジェンダー関係は、どちらかというと家庭や職場における男女間の葛藤や対立に目が向けられていた
- しかし、スコットによるジェンダーの社会理論によって、戦争・政治・医療・教育・芸術など、一見ジェンダーとは直接的には関係しないような領域での出来事によって、変わりゆくジェンダーに注目し、分析することができるようになった
このスコットの功績は、女性史の発展に大きな影響を与えただけでなく、ジェンダーの軸以外の階級や民族などの差異の軸も取り込みながら、頑強な異性愛社会を分析し、未来を構想するための可能性をも切り拓いている、といったら大げさでしょうか。
- バトラーは、それまで社会的性差ととらえられてきたジェンダーを、セックスという生物学的性にまで適用した
- バトラーは、身体性は歴史的に捏造されたものであると主張した
- スコットは、ジェンダーを、世界を秩序立てるために身体的差異に意味を与える知として位置づけた
3章:ポストモダン・フェミニズムを学ぶためのおすすめ本
ポストモダン・フェミニズムについて理解が深まりましたか?
この記事で紹介した内容はあくまでもきっかけにすぎませんので、下記の書籍からさらに学びを深めてください。
ジュディス・バトラー『ジェンダー・トラブル――フェミニズムとアイデンティティの攪乱』青土社)
ジェンダー・パフォーマティヴィティの理論によって、フェミニズムやクィア理論、哲学、法学、カルチュラル・スタディーズ、批評理論など幅広い領域に影響を与えた必読書です。
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ジョーン・スコット『ジェンダーと歴史学』(平凡社)
ポスト構造主義の認識論に依拠しながら、歴史学がジェンダーをつくり上げる手助けをしてきたとし、歴史を女性の視点から読み直し、読み替える女性史研究の重要性を指摘しました。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ポストモダン・フェミニズムとは、ポストモダンとフェミニズムが接合した、女の主体を問う理論的潮流のこと
- ポストモダン・フェミニズムの登場によって、女というカテゴリーが本質主義であると批判された
- バトラーによって、セックスもジェンダー同様構築されたものだという認識が広がった
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