社会思想

【ポピュラーサイエンスとは】役割から分析対象までわかりやすく解説

ポピュラーサイエンスとは

ポピュラーサイエンス(Popular science)とは、専門家が見つけた自然のことわりを広く非専門家に伝達するための科学の形態です。具体例としては講談社が発刊する「ブルーバックス」やNHKが放映する「高校科学」などが挙げられます。

ポピュラーサイエンスはこれまで専門家の言説や意見を拡散するだけの単純な行為として認識されきましたが、近年の研究においては、この行為の社会的な役割や文化的な生産性に注目が集まっています。

そこでこの記事では、

  • ポピュラーサイエンスの機能と役割
  • ポピュラーサイエンス研究の主な分析対象

について解説したいと思います。

最新の研究成果にもとづき解説を進めるので、興味のある方はぜひご覧ください。

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1章:ポピュラーサイエンスの機能と役割

1章では、先行研究の成果に依拠しつつ、ポピュラーサイエンスの機能と役割について解説します。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:ルドヴィック・フレックの議論

まず注目すべきは、ポーランド出身の科学史家ルドヴィック・フレックによってドイツ語で書かれた『科学的事実の成立と発展』という著作です。

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1935年刊行のこの著作は長らく歴史に埋もれていましたが、20世紀後半に再発見され、ポピュラーサイエンスの機能と役割をめぐる諸議論の礎となりました。

以下ではまず、本書でフレックが展開したポピュラーサイエンス論を確認してみたいと思います。

1-1-1:『科学的事実の成立と発展』の内容

フレックが『科学的事実の成立と発展』で議論しているのは社会的・文化的条件が科学研究に与える影響です。

しかし、彼はその一環として、非専門家が専門家の研究成果や言説を知るための科学、すなわちポピュラーサイエンスにも注目しています。

フレックの議論でまず重要なのは、彼が一時代の科学を以下のように区分けしていることです。

  • 専門家によって日々研究が進められている「内側」(「専門家による科学」)
  • 非専門家のための「外側」(「ポピュラーサイエンス」)

これを前提にフレックは、それぞれの領域に固有の文化があることを指摘しています。たとえば、科学の「外側」は、それ独自の出版文化を持ち、また「内側」と異なり、事実を単純化、一義化、ヴィジュアル化する傾向があることに言及しています。

これは当時としては、きわめて画期的な指摘であったと言えます。なぜなら、従来専門家による科学のたんなる付属物であると考えられていたポピュラーサイエンスも、上記のような研究に値する独自の文化を持っていることを浮き彫りにしたからです。



1-1-2:「内側」と「外側」の関係

これに加えて、フレックは科学的営みの「内側」と「外側」の関係、すなわち「専門家による科学」と「ポピュラーサイエンス」の関係についても非常に鋭い議論を展開しています。

ポピュラーサイエンスは多くの場合、専門家による科学との対比で「科学的に価値の低いもの」あるいは「二義的なもの」という否定的な評価を受けていますが、フレックはこうした常識的な見解を大胆にも退けます。

それは、フレックによれば、次のような理由があるためです。

  • ある知識がポピュラーサイエンスの領域でも流通し始めたということは、その知識をめぐって専門家のあいだである程度見解が一致したということにほかならない
  • そして、当然のことながら、専門家による最先端の議論もこうしてポピュラー化した(つまり、定説化した)知識を前提にしなければ成り立たない

言い換えると、科学の「内側」が知識の生産に携わっていることは間違いないにしても、こうした知識の生産には定説化した知識をあつかう科学の「外側」が循環的に影響を与えているということです。このこともまた、当時としてはとても先進的な指摘でした。

なぜなら、一時代の科学のあり方または知識の生産プロセスを正確に把握するには、専門家の活動だけではなく、その「外側」に位置し、循環的に彼らの認識に大きな影響を与えているポピュラーサイエンスの領域を考慮に入なければならないことを明らかにしたからです。

以上がフレックによるポピュラーサイエンス論の概要です。

まとめるならフレックは、

  • ポピュラーサイエンスが持つ独自の文化(事実の単純化など)
  • 「専門家による科学」と「ポピュラーサイエンス」の関係

について議論を深めたと言えます。

そしてこれらはいずれも、現在においてもなおポピュラーサイエンスをめぐる議論の前提を形成しています。

以下では、フレックの再発見を経て1980年代以降に出現したいくつかの議論を参照することで、ポピュラーサイエンスの機能や役割についてより詳しく解説してみたいと思います。



1-2:1980年代以降の議論

第二次世界大戦の混乱を経て、長らくその存在を忘却されていたフレックは、戦後、パラダイム論で有名なトマス・クーンなどによって再発見されます。

その後、社会的・文化的観点を考慮にいれて科学的営みを再興する研究が盛んにおこなわれることになりますが、こうしたなかで、上述したフレックのポピュラーサイエンス論にも注目が集まります。

そして、1980年代には、ポピュラーサイエンスの機能や役割をめぐって議論が盛んに交わされるようになります。以下では、こうした議論を適宜参照しつつ、ポピュラーサイエンスについてさらに掘り下げたいと思います。

1-2-1:ポピュラーサイエンスと大衆文化

1970年代にイギリスで誕生したカルチュラル・スタディーズは、文学や絵画などの高級文化ではなく、いわゆる大衆文化の分析を積極的に推進しました。

こうした研究潮流に乗じて、科学論の分野でも、専門家による「高級科学文化」に対して、ポピュラーサイエンスをひとつの「大衆的な科学文化」として位置づけ、その自律性を浮き彫りにする研究が活発化します。

こうした研究は、ポピュラーサインエンスは独自の文化を形成しているというフレックの主張をさらに押し進めたものであり、具体的には、テレビ、ラジオ、雑誌あるいは博物館などで科学的な知識がどのように表象されているかについて議論が深まりを見せています。

そのなかでもシーツ=ピエンソンの研究は、彼女の言う「低級科学文化」(low scientific culture)がロンドンとパリに出現した様子を詳細に記述する野心的な試みとなっています。



1-2-2:サイエンス・コミュニケーション

上記と並行して1980年代に出現したのが、専門家と非専門家をつなぐある種のコミュニケーション・ツールとしてポピュラーサイエンスを捉える議論です。

この議論の前提となるのは、以下のようなという考え方です。

遺伝子組み換え食品や生殖技術などで科学的な営みが日常生活にきわめて大きな影響をおよぼしている近代社会においては、科学知識の生産プロセスに、専門家のみならず、一般市民も積極的に参画すべきではないか

こうした考え方を前提に、ポピュラーサイエンスが一般市民の科学への参画を促進するためのある種公共的なツールとしていかに機能するかについて分析する研究が提出されてきました。

こういった議論の契機となったのは、1985年にシンとホイットレイによって刊行された『説明的科学』(Expository Science)という論文集です。

この論文集ではポピュラーサイエンスがいかにコミュニケーション・ツールとして機能するかが複眼的に分析されており、以後本書は、この分野におけるもっとも基礎的な文献のひとつとなっています

また、当然のことながら、科学の社会的な位置付けや市民層の発展の経緯は国や地域ごとに異なるため、こうした研究はあまり議論を一般化していません。

そのため、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど、それぞれの国や地域の状況について個別に分析を進める傾向があります。日本についても、1990年代以降、サイエンス・コミュニケーションをテーマにした研究が次々と提出されています。

1章のまとめ
  • ポピュラーサイエンスとは、専門家が見つけた自然のことわりを広く非専門家に伝達するための科学の形態である
  • 『科学的事実の成立と発展』はポピュラーサイエンスの機能と役割をめぐる諸議論の礎となった
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2章:ポピュラーサイエンス研究の主な分析対象

ここまではポピュラーサイエンス一般に妥当する機能や役割を確認してきました。

2章では、これらの議論を踏まえつつ、ポピュラーサイエンス研究における主な分析対象について詳しく見ていこうと思います。

2-1:進化論(『種の起源』)のポピュラリゼーション

ポピュラーサイエンスの対象となった科学知識は多岐にわたります。

とりわけポピュラーサイエンスが初めて出現した19世紀から20世紀初頭においては、社会的・文化的に計り知れない影響を与えたダーウィンの進化論にまつわる知識がポピュラリゼーションの対象となる場合が多くありました。

そのため、進化論のポピュラリゼーションについては、現在のポピュラーサイエンス研究においても主要なテーマのひとつとなっています。

こういった活動としてはたとえば、19世紀のドイツで生物学を研究していたエルンスト・ヘッケルや、同じく19世紀のドイツで活躍していた作家ヴィルヘルム・ベルシェの執筆活動を挙げることができます。

ヘッケルとベルシェの活動

  • ダーウィンの『種の起源』に感化されたヘッケルとベルシェはともに、当時ダーウィンの進化論を広く普及させるために執筆活動に従事していた
  • 注目すべきは、彼らがダーウィンの進化論として紹介した理論の内容が、必ずしもダーウィンの理論と一致しているわけではないことである
  • すなわちヘッケルやベルシェは、ダーウィンの理論をそのまま紹介しているわけではなく、自らの理解や思想に即して、意識的にせよ無意識的にせよ、「ダーウィンの進化論」の改変をおこなっていた

もちろん、これは科学の歪曲でもありますが、同時に、専門家による科学の外側で進化論を題材とした「大衆的な科学文化」を生成させていたとも考えられます。

こうして出現した「進化論」が社会のなかでどのような機能を果たしていたかについては、19世紀から20世紀初頭にいたる当時の社会状況に配慮したていねいな議論が求められていると言えます。



2-2:博物館、動物園、植物館、水族館、プラネタリウム

19世紀には、専門的な科学研究の成果を市民に還元するために、博物館、動物園、植物館、水族館、プラネタリウムなどの展示施設が次々と設立されました。

これらの施設で紹介された知識、ないしは、その展示の仕方などもポピュラーサイエンス研究の分析対象であると言えます。

展示施設

  • 展示品(発掘物、珍しい動物や植物、そして星座の模型)を無造作に並べているわけではなく、通常展示の仕方に独特な工夫が施されている
  • こうした工夫がもたらす効果については近年議論が深まりを見せている

たとえば、クレッチュマンは、2006年に刊行した『空間が開けるとき:19世紀ドイツにおける自然史博物館』という著作で、ドイツの自然史博物館について包括的に分析しています。

本書で提示されるクレッチュマンの分析手法はたいへん示唆に富み、ドイツ以外の国や地域の博物館、あるいは、動物園、植物館、水族館、プラネタリウムなど他の展示施設を分析するさいにも大いに参考になると言えます。

また、展示の政治性に関しては、カルチュラル・スタディーズの吉見俊哉が『博覧会の政治学』で議論しています。日本の博覧会を議論に含まれていますので、読みやすくもあると思います。

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2-3:書籍、ラジオ、テレビ、インターネット

ポピュラーサイエンスにおいて紹介される知識の中身が大事なのは当然ですが、そのさいに使われるメディアにも同様に注目しなければなりません。

なぜならば、それには以下のような理由があるためです。

  • 知識を一般市民に普及させようとする場合には、使用するメディアの特性や性質を考慮せざるを得ず、それに応じて、それぞれのメディアに固有の科学文化が誕生する余地がある
  • たとえば、インターネットの登場に伴って、誰もが好きなときにあらゆる情報にアクセスできるようになったが、これに応じてポピュラーサイエンスも従来と比べてより身近に存在するようになっている

こうした「新しいポピュラーサイエンス」の機能や役割については、書籍、ラジオ、テレビなどによって推進されていた「古いポピュラーサイエンス」と比較して、入念に研究されなければならないと考えられます。

2章のまとめ
  • 進化論のポピュラリゼーションについては、現在のポピュラーサイエンス研究においても主要なテーマのひとつである
  • ポピュラーサイエンスにおいて紹介される知識が伝えられるメディアにも同様に注目しなければならない
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3章:ポピュラーサイエンスを知るためにおすすめの本

ポピュラーサイエンスについての理解は深まりましたか?

この記事で紹介した内容はあくまでもほんの一部にすぎませんので、ここからはあなた自身の学びを深めるための書物を紹介します。ぜひ読んでみてください。

おすすめ書籍

Ludwik Fleck: Genesis and Development of a Scientific Fact. [1979] (translated by Frederick Bradley, Thaddeus J. Trenn, Chicago)

1935年にフレックによりドイツ語で刊行された『科学的事実の成立と発展』の英語訳です。ポピュラーサイエンスを語る場合、この著作はもっとも重要な基礎文献のひとつと言えます。ポピュラーサイエンスの機能と役割が、具体例に寄り添いつつ非常に分かりやすく解説されています。

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Terry Shinn ⁄ Richard Whitley (ed.): Expository Science: Forms and Functions of Popularisation. [1985] (Dordrecht)

ポピュラーサイエンスの機能や役割をテーマにした論考が収められた論文集です。本書は1980年代にポピュラーサイエンスが本格的に再考されるきっかけとなったことでも有名です。特に冒頭に収められたホイットレイの論文では、専門家と一般市民をつなぐコミュニケーション・ツールとしてのポピュラーサイエンスについてかなり詳しく分析されています。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ポピュラーサイエンスとは、専門家が見つけた自然のことわりを広く非専門家に伝達するための科学の形態である
  • 『科学的事実の成立と発展』はポピュラーサイエンスの機能と役割をめぐる諸議論の礎となった
  • 進化論のポピュラリゼーションについては、現在のポピュラーサイエンス研究においても主要なテーマのひとつである

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