心理学

【アイヒマン実験(ミルグラム実験)とは】実験の詳細をわかりやすく解説

アイヒマン実験とは

アイヒマン実験(milgram experiment)とは、特定の条件がそろうと道徳的に問題があることであっても、人は誰しも権威者の命令に服従する可能性があることを明らかにした、スタンリー・ミルグラムによる実験のことです。

あなたは、どんな状況になっても自分は人に残酷な行為をすることはない、と考えているかもしれません。

しかし、「そんなことはないのだ、特定の条件がそろえば誰でも権威者の命令に従い、残酷な行為を行いうるのだ」ということを明らかにしたのがこの実験です。

この記事では、

  • アイヒマン実験の具体的な内容や背景
  • アイヒマン実験への批判や意義

について詳しく解説します。

関心のあるところから読んでみてください。

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1章:アイヒマン実験とは

繰り返しになりますが、アイヒマン実験(ミルグラム実験/Milgram experiment)とは、

  • 心理学者のスタンリー・ミルグラム(Stanley Milgram)が1950年代~1960年代に行った実験
  • 特定の条件がそろえば誰しも権威者の命令に従う(残酷なことであっても)ことが明らかにされた

という実験のことです。

実験では被験者が「教師役」と「学習者」に分かれて、電気ショックを用いるようなシチュエーションで行われたことから、後に実験方法が批判されました。一方、第二次世界大戦における残酷な行い(例えばナチスドイツによるユダヤ人の大量虐殺)を説明できる人間の行動原理を明らかにしたことから、現在でも多くの分野に影響を与えました。

1章では実験について詳しく説明します。

1-1: アイヒマン実験の背景

アイヒマン実験を行ったのはアメリカ・イェール大学の教授であり心理学者のスタンリー・ミルグラム(Stanley Milgram)です。

ミルグラムが行った実験は、1963年に社会心理学の雑誌「Journal of Abnormal and Social Psychology」で発表され、ミルグラムの名前から「ミルグラム実験」と呼ばれるようになりました。

「じゃあ、なぜアイヒマン実験と呼ばれるの?」

と疑問かもしれません。

ミルグラムはナチスドイツでホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)の指導的立場にあったアドルフ・アイヒマン(Adolf Otto Eichmann)に興味を持ち実験を始めたため、「アイヒマン実験」と呼ばれているのです。

アドルフ・アイヒマンはナチスにおいて親衛隊の将校をしていた人物で、アウシュビッツ強制収容所へのユダヤ人の移送を指揮し、数百万人のユダヤ人の虐殺に深く関わった人物です。

ナチスドイツが行ったホロコーストによる犠牲者は、150万人とも600万人とも言われており、人類史上まれに見る凄惨な行いでした。そのため、その指揮的立場にいたアイヒマンも「恐ろしい大悪人なのだろう」と思われました。しかし、現実は違いました。

1961年にアイヒマンを裁く目的で行われたアイヒマン裁判において、アイヒマンは、出世好きの官僚的な性格の小役人だったことが明らかにされたのです。

ミルグラムは「なぜこんな人物に残虐な行為が指揮できたのだろう?」と考えました。

そこでミルグラム、人は道徳的に問題があるとわかっていても、ある状況下においては権威者に対して服従する心理を持っているのではないか、と仮説を立てました。それを実証すべく行われたのが、一連の実験だったのです。

ちなみに、アーレントは哲学者の立場からアイヒマンの残虐行為をヨーロッパの哲学的伝統や「全体主義」が生まれた社会的な背景から説明しました。ミルグラムはあくまで個人の行為を掘り下げて研究していますので、アイヒマンの行為の説明が両者で異なるのは当然です。

それぞれの説明の違いについて以下の記事も参考にしてみてください。

『エルサレムのアイヒマン』とは|アーレントの議論をわかりやすく解説

ハンナ・アーレントの『人間の条件』の内容・議論をわかりやすく解説

【全体主義とは】生まれた理由からアーレントの主張までわかりやすく解説

1-2: アイヒマン実験の概要

ミルグラム実験の具体的な内容を説明します。

1-2-1:実験方法

実験は、「教師役」が「学習者」に問題を出し、間違うごとに強い電気ショックを段階的に与えていくというものです。

■被験者集めの過程

ミルグラムは、被験者を集めるために地元紙の広告欄を利用しました。学生では、前もってどういった実験であるのかがバレてしまう可能性を懸念したのです。またエリート校であるイェール大学の学生に絞ってしまうことで、知能や年齢、社会的背景が近い人物ばかりが集まってしまうことも問題でした。

地元紙の広告欄を見て集まったのは、20~50代の様々な教育歴や社会背景を持つ男性です。ただ、それだけでは実験に有効な人数が集まらず、ダイレクトメールなども使って、ミルグラムは様々な男性の被験者を集めました。

権威者の役割として、大学の生物学教師が実験に立ち会うこととなりました。無表情で近づきがたい雰囲気を出し、被験者の後ろで実験を見守る役割です。また電気ショックを受ける学習者の役割をしたのは、会計士をしている一般男性でした。電気ショックを受ける練習を念入りに行って実験に参加しました。この会計士は穏やかな見た目で、良い人である印象を人に与える人物です。

■実験の準備

被験者は学習者とともに実験室に入ります。この時、被験者は学習者がサクラであるということは知りません。同じ立場の被験者であると思っています。そして、くじ引きで「教師役」と「学習者」をその場で決めました。

この時に少しトリックがあり、このくじは全て「教師」と書かれています。先に被験者にくじを開かせることによって、被験者が必ず「教師役」、サクラである学習者は必ず「学習者」となるようになっていたのです。

電気ショックを与える実験ですが、実際に被験者に電気ショックを与えるわけにはいきません。実際は学習者にはスイッチを押しても電気は流れず、苦しむ演技をすることになっています。

1-2-2:実験内容

教師役となった被験者は、まず45ボルトの電気ショックを自分で体験します。学習者がこれからどの程度の傷みを感じるのかを認識させておきます。

そして教師役と学習者はお互いの姿が見えないように、別室に入ります。声だけがスピーカーを通じて聞こえるような状態になっており、これは電気ショックが流れていないことがわからないようにするためでした。

その後、教師役は単語を二個ずつセットで言っていきます。

「青い 箱」「いい 一日」「野生 あひる」等です。その後、単語をひとつ言って、その単語の対になる単語を四択から選ばせます。もし選択を間違えたら、電気ショックを与えます。

電気ショックのボタンは以下のように30個が用意されていました。

  • 左から15ボルト、右に行くにしたがって15ボルトずつ上がく
  • 最後が450ボルト
  • スイッチの4つずつをまとめるように、軽い電撃/中位の電撃/強い電撃/強烈な電撃/激烈な電撃/超激烈な電撃/危険:過激な電撃と記載
  • その後は×××とだけ書かれており、一目で押してはいけないスイッチであることがわかるようになってる

そして、間違えば間違うほど、強い電気ショックが与えられていく仕組みでした。

先ほども説明したように、間違っても実際のところ、電気ショックは流れません。しかし、電気ショックを与えるたびに、スピーカーからは「ギャー!」などの叫び声が聞こえるようになっています。

つまり教師役は、向こうの部屋で学習者の男性が電気ショックを受けていると信じている状態になります。

その叫び声は段階的に強まり、壁を叩いて実験の中止を懇願するなどし、最終的には無反応になるようにされていました。

学習者の叫び声がすることで、被験者である教師役の人の心の中では葛藤が起こります。しかし教師役の部屋には無表情で近づきがたい雰囲気の権威者がいます。その人に「実験を辞めたい」と伝えると権威者はこういいます。

うながし1:続けてください、(あるいは)そのまま進めてください。

うながし2:続けてもらわないと実験が成り立ちません。

うながし3:とにかく続けてもらわないと本当に困るんです。

うながし4:ほかに選択の余地はないんです。絶対に続けてください。

ここまで権威者が言っても中止の申し出がある場合は、実験は中止になります。そうでなければ、最大の電気ショック450ボルトが3回与えられた時点で実験が終了となります。

ちなみに、被験者が「学習者に肉体的な障害が長期的に残る心配」を口にした場合は、「電撃は苦痛ではありますが、永続的な肉体への損傷はありません」と答えることになっていました。

1-2-3:実験結果

このような設定がなされていたため、通常の倫理観を持つ人なら途中で実験を辞めたいと懇願することが考えられます。

実際にスタンレー・ミルグラムは事前にアンケートを採っていました。

■自分であればどこまで電気ショックを与えるかという予測をするアンケート

  • イェール大学の生徒110人へのアンケート
    →生徒は全員が自分は途中で権威者に歯向かうであろうと回答
  • 職員他一般の人へのアンケート
    →自分は歯向かう、服従はしないという回答

ところが、実際は驚くべき結果でした。

なんと40人の被験者のうち26人が最大の450ボルトまで電気ショックを与え続けるという結果になったのです。おおむね全体の65%の人は権威者に最後まで服従し続けたのです。

つまり、3分の2の人は学習者がどれほど悲痛な声を上げても無言になっても、権威者に言われるがままに残酷な罰を与え続けたことを意味します。

残りの3分の1の人も300ボルトよりも低いところで中止した人はいませんでした。

「でも、それって学習者が目の前にいないからではない?」と思われるかもしれません。

そこで実際に同じ部屋で同様の実験を行った結果、およそ4割の人が、最後まで服従し続けました。さらにスイッチではなく、直接「教師役」が学習者の身体に触れることで電気ショックが流れるようにしても、およそ3割の人は最後まで服従し続けました。

■2015年の実験

同じ実験を2015年にポーランドで行った結果についても触れておきましょう。

「2015年でも電気ショックは与えられるか」というテーマで同じ実験をした結果、なんと9割の人が最大の450ボルトまで電気ショックを与え続けたという、おそるべき結果が発表されました。時代が変わっても、アイヒマン実験における服従の心理の存在が特例的なことではないということが実証されたのです。

ちなみにこの実験の時に、女性の場合はどうかという検証もなされています。

実は女性が被験者だった場合、途中で中止を願い出た人の数は男性の3倍にのぼりました。女性は男性に比べると権威者からの指示に従いにくいようです。(*とはいえど、社会文化的な背景が人格形成に大きく影響するため、一概に女性だからとは言い切れません)

1章のまとめ
  • アイヒマン実験は、電気ショックを与える想定のもとで行われ、電気ショックで学習者に苦痛を与えることが分かっていても、権威者からの命令があると、服従してしまうことが明らかにされた
  • アイヒマン実験は、ナチスのアイヒマンが普通の人物なのに残酷な行為を行ったことがきっかけだった
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2章:アイヒマン実験:批判と意義

アイヒマン実験は、社会心理学の発展において大きな意義があります。一方、これから説明するような批判がなされたことも事実です。

 2-1: アイヒマン実験への批判

アイヒマン実験は、実際に電気ショックを使っているわけではありません。

■被験者に対する精神的負担への批判

とはいえ、被験者たちに「無抵抗な人間に対する電気ショック」という残酷な行為を行わせるもので、被験者に強い不安や恐怖を与えるものでした。また、無表情で近づきがたい雰囲気の権威者に中止を願い出ても許可がなされず、自身の良心と状況との間で強い葛藤状態に追い込まれる状況もありました。

この実験がもとになり精神バランスを崩した被験者や、権威的な人物を異様におびえるようになった被験者もいました。実験によって被験者に精神的苦痛を与えたことに対し、多くの批判がなされました。

■実験結果の危険性への批判

また善良な一般人を服従させて悪事を働かせることがいかに簡単であるか、世間に知らしめてしまった点も批判されました。

自発的に悪事を働こうとする人間は、社会に少なからず存在します。特定の条件がそろえば、多くの人は権威者に服従してしまうことが明らかになったのですから、この実験結果が悪用される可能性もあります。

これらの点からミルグラムの実験は批判されたのです。

 2-2: アイヒマン実験の意義

もちろん、アイヒマン実験が明らかにしたことには大きな意義があります。

ミルグラムが行ったアンケートからも明らかなように、通常、多くの人は権威者から命令されたとしても「残虐な行為なんてしない」と考えます。

しかし、実験によって、一般的な倫理観・道徳心を持っている人でも、条件がそろえば権威者に服従し、残虐行為を行ってしまうことが分かりました(ちなみに、この実験の元となったアドルフ・アイヒマンも結婚記念日に妻に花束を贈るような男性だと裁判で明らかになりました)。

また、この実験結果により、戦争や犯罪行為などにおける、普通の人間による非人道的行為が、なぜ起こるのか説明可能になりました。

もちろん決められた条件のもとで行われた実験結果と、現実の社会における人間の行為がまったく同じものになるとは言えません。しかし、「道徳心を持った人間でも残酷な行為を行い得る」という傾向が明らかになっただけでも大きな意義があったのです。

2章のまとめ
  • アイヒマン実験は被験者に心理的負担を与える点や、悪用される可能性がある点が批判された
  • アイヒマン実験の結果には人間の残虐性を説明できるようになった点に意義がある
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 3章:アイヒマン実験に関するおすすめ本・映画

アイヒマン実験(ミルグラム実験)について理解を深めることができたでしょうか。

アイヒマン実験に関するより詳しい解説やなされた批判などについて、詳しくはこれから紹介する本から学んでみてください。

おすすめ本

オススメ度★★★スタンレー・ミルグラム『服従の心理』(河出文庫)

ミルグラムの『服従の心理』の訳書は複数ありますが、これは訳を担当している山形先生のあとがきが奥深く面白いということで知られています。

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トーマス・ブラス『服従実験とは何だったのか-スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』(誠信書房)

ミルグラムは、実はアイヒマン実験以外にも様々な人間の危うい心理を明らかにする実験を行っています。ミルグラムの人物やさまざまな実験について、こちらの本で詳しく解説されています。

マイケル・アルメレイダ監督「アイヒマンの後継者ーミルグラム博士の恐るべき告発」

アイヒマン実験が、現代の社会にどうつながっているのか、ミルグラムの強い批判を受け続けた人生を通して描いている映画です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • アイヒマン実験とは、心理学者スタンリーミルグラムが行った、特定の条件がそろうと人間が権威者の命令に服従してしまうことを明らかにした実験
  • アイヒマン実験は被験者に心理的負担を与えたことなどが批判された
  • アイヒマン実験の結果はアイヒマンの行動を証明するものではないものの、人間の残虐行為を説明する一つの方法として意義がある

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【参考文献】

スタンレー・ミルグラム『服従の心理』(河出文庫)

亀田達也『眠れなくなるほど面白い社会心理学』(日本文芸社)