日本の多文化共生とは、異なる民族(エスニック集団を含む)の文化を等しく尊重し、異なる民族の共存を積極的に図っていこうとする思想、運動、政策です1ジャパンナレッジ「日本大百科全書」(https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=33#:~:text=%E7%95%B0%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%B0%91%E6%97%8F%EF%BC%88%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E9%9B%86%E5%9B%A3%E3%82%92,%E6%A7%98%E5%BC%8F%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%82%92%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82) 最終閲覧日2021年2月2日。
国境を越えた人の移動が著しくなっている今、日本における多文化共生の現状を理解することは極めて重要です。
この記事では、
- 日本の多文化共生の政策や現状
- 日本の多文化共生の課題や問題点
について解説します。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:日本の多文化共生とは
1章では、日本の多文化共生を政策などから概説します。課題や問題点に関心のある方は、2章から読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:多文化共生とは
あなたは「多文化共生」と聞くとどのような印象をもちますか?グローバリゼーションやダイバーシティという言葉は多文化共生と結びつけて語られることが多くあります。どの言葉も近年になってやっとさまざまな場所で目にするようになりました。
では、「多文化共生」の一般的な定義はどのようなものでしょうか?日本政府は多文化共生を以下のように定義づけています3国土交通省「北関東圏の産業維持に向けた企業・自治体連携による多文化共生地域づくり調査報告書」(https://www.mlit.go.jp/kokudokeikaku/souhatu/h18seika/04kitakantou/04_02honpen1.pdf)最終閲覧日2021年1月30日。
国籍や民族などの異なる人々が、互いの文化的な違いを認め、対等な関係を築こうとしながら、共に生きていくこと
これは在住外国人を日本社会の一員として、多様な国籍や民族などの背景をもつ人々が、それぞれの文化的アイデンティティーを発揮できる豊かな社会を目指すことを目的として掲げられました。
国土交通省が定義を示しているように、日本における多文化共生は国策的な要素が強く、実践的な対策がはっきり見えないという課題があります。国境を越えた人の移動が著しくなっている今、日本でも多文化共生をもう一度見直す必要が出てきているという声も多くあります。
1-2:多文化共生の始まり
そもそも、多文化共生という言葉が日本で盛んにいわれるようになったのはいつなのでしょうか?社会学者の宮島は、以下のような指摘をしています4宮島喬「『多文化共生』の問題と課題 日本と西欧を視野に」『学術の動向』14(12), 12_10-12_19, 2009。
時期的に遡れば、1980年代後半、中曽根首相(当時)の「日本単一民族」発言への国際的な批判が起こり、それに触発されるかたちで、アイヌ、沖縄、在日韓国・朝鮮人などの存在に改めて人々の目が向けられるようになった。これが序奏となり、続くニューカマー外国人の増加とともに、日本での「多文化」認識が押し出されていく。
そして、外国人が急テンポで増加する1990年代の前半に「多民族化」や「多文化化」の語を使いはじめた人々は、ボランティアであれ、教員や自治体職員であれ、文化背景を異にする人々との相互理解、そして良好な関係を築こうという熱意の持ち主だったといえる。
そして、2006年になると総務省が策定した「地域における多文化共生推進プラン」が始まります5総務省「多文化共生推進プランについて」 http://www.soumu.go.jp/main_kontent/000400764.pdf)最終閲覧日:2021年1月31日。
地域における多文化共生推進プランの概要
- 「入国した外国人の地域社会への受入れ主体として、行政サービスを提供する役割を担うのは主として地方公共団体」とし、主体的な役割を果たす担い手を地方公共団体としている
- 在留外国人が直面するであろう課題を挙げ、生活に必要な情報について多言語での提供を行う支援及び地域社会における意識啓発までさまざまな施策を示している
この政策が2006年に日本政府から出されて以降、各自治体をはじめ、企業などでも「多文化共生」をスローガンに各種政策を行なっています。
しかしながら、この政策はまさに「上から下に」方式で政府から自治体を通して民間にという要素が強く、実際には現在に至っても多文化共生が十分に実践されているとは言えない状況が続いています。
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1-2-1:多文化共生の背景
国境を越えた人、モノや情報の移動は近年その技術の発展とともに盛んになって来てはいるものの、国境を越えた人の移動の歴史は長いといわれています。
産業革命以降の技術の発展と共に、経済、社会、文化、及び政治的などのさまざまな背景が原因または目的となり、世界中で人の移動が盛んになりました。こうした中で、日本も例外ではなく、多くの外国国籍の人々がさまざまな目的を持って日本に移動してきました。
このような国境を越えた人の移動の背景を知るには、主に送り出し国に存在する「プッシュ要因」と、主に受け入れ国に存在する「プル要因」を考えることが重要とされています。日本の場合、それぞれの要因は以下のように指摘されています6首都大学東京国際センター「留学生急増国における日本へのプッシュ要因とプル要因についての検討」『留学交流』Vol. 105 (file:///Users/mayut/Desktop/201912tmu_1.pdf)最終閲覧日:2021年1月31日。
- プッシュ要因・・・主に、貧困、就業機会の不足、低い賃金水準、若年者や女性などがおかれている弱い立場、政治的不安定など
- プル要因・・・日本の経済的な豊かさを求めて移動する場合が多い
先程、少し触れましたが、総務省が唱えている「多文化共生推進プログラム」では、自治体がとるべき施策を下記のような4つの構成にまとめています。
- コミュニケーション支援・・・日本語習得支援や通訳・翻訳体制の整備などにより、日本語でのコミュニケーションができない住民への支援を行う
- 生活支援・・・医療や教育、労働、防災など、多様な文化背景に配慮した固有の施策を行う
- 多文化共生の地域づくり・・・啓発イベントや外国人住民自身の地域社会への参画を通して、地域社会全体で多文化共生を目指そうとする意識を涵養する施策を行う。
- 推進体制の整備・・・上記の施策を推進するための条例や計画、担当部署の設置や部署間の連絡会議などを整備する
総務省の同プランを筆頭にその他の省庁でも多文化共生を推進するような各種施策を打ち出してきました。
1-3:日本における多文化共生政策
では、総務省が打ち出した政策を受けた自治体はどのような政策を実践しているのでしょうか?ここで、2つの事例からみていきます。
1-3-1:国際交流協会
1つ目の例として「国際交流協会」の存在が挙げられます。各自治体にある国際交流協会は、政府の多文化共生の方針に適った象徴的なものとして捉えられます。
- 国際交流協会は在日の外国人に対して、生活面をはじめ、言語や地域との交流などを目的に活動してきた
- 国際交流協会が初めて発足したのは、2006年よりも以前のことである
1980年代後半に農村地帯での「嫁不足」への解決策として、アジアからの女性が農村の長男の配偶者として来日するケースが多く見受けられるようになりました。
このような配偶者を多く抱える山形県などでは、日本語教室の開催や医療通訳など多言語による支援の需要が増えたため、国際交流協会がそのような支援を主導する形で活躍しました7JICA「多文化共生に関する現状およびJICAでの取り組み状況にかかる基礎分析」 (https://www.jica.go.jp/jica-ri/IFIC_and_JBICI-Studies/jica-ri/publication/archives/jica/kyakuin/200703_kus.html) 最終閲覧日2021年1月31日。
1-3-2:多様な取り組み
2つ目の例としては、就学援助制度・就学案内に関する情報提供、日本語学習に関する学習支援、不就学の子どものへの対応、国際理解教育の推進などが挙げられます。
海外から日本への移民が増え、その結果、彼ら・彼女らの子どもで、日本で生まれ育つことになる第二世代以降の子どもが増加しました。
家庭では両親が出身地の母語を話していることから、日本で生まれた第二世代の子どもたちが日本という場所で育つ過程において家庭内外で使用する言語が異なるなどの障壁があります。
日本では義務教育の間は国籍や在留資格問わず、全ての児童が学校に通うことができます。しかしながら、言語の壁や日本の教育制度に慣れない父母達と学校側との溝は深く、このような背景から未就学児童が増加している現実があります。
- 日本の多文化共生とは、異なる民族(エスニック集団を含む)の文化を等しく尊重し、異なる民族の共存を積極的に図っていこうとする思想、運動、政策である8ジャパンナレッジ「日本大百科全書」(https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=33#:~:text=%E7%95%B0%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%B0%91%E6%97%8F%EF%BC%88%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E9%9B%86%E5%9B%A3%E3%82%92,%E6%A7%98%E5%BC%8F%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%82%92%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82) 最終閲覧日2021年2月2日
- 「上から下に」方式で政府から自治体を通して民間にという要素が強く、実際には現在に至っても多文化共生が十分に実践されているとは言えない状況がある
2章:日本の多文化共生の課題と問題点
さて、2章では日本の多文化共生の課題や問題点を紹介していきます。
2-1:日本の多文化共生の課題と問題点
一国の中で異文化を尊重し、さまざまに異なる文化背景を持つ人々を受け入れ、平和に暮らす社会を目指す多文化共生は日本のみならず、さまざまな国民国家で推進されて来ました。
ちなみに、多文化共生を英語に直訳すると「multi-cultural coexistence」です。しかし、英語圏で「多文化共生」を意味する英語はむしろ「multiculturalism」や 「inclusive society」などということが一般的です。(→多文化主義についてはこちら)
しかしながら、一般的には日本の多文化共生主義は世界のそれとは類似しておらず、独特な方針がとられていると言われています9宮島喬「『多文化共生』の問題と課題 日本と西欧を視野に」『学術の動向』14(12), 12_10-12_19, 2009。
たとえば、日本の各自治体のレベルでは「多文化共生プラン」の下に、次のような取り組みがされてきています。
- 地域の施設や店舗などで多言語表示、制度案内等の多言語翻訳及び医療通訳配置などを行っている
- ゴミの出し方や地域のマナーやルールを他言語にまとめたパンフレットの作成・配布などもその一つと言える
確かに、外国人が「地域に溶け込む」ためのステップとしては重要な施策かもしれないですが、そこでは外国人を一定の「弱者」と捉え「助けるべき存在」とみる視点が強く働いてきました。
対等な相互的な文化の尊重とその保障という観点からみると、上記のような施策は非常に限られていると指摘されています10宮島喬「『多文化共生』の問題と課題 日本と西欧を視野に」『学術の動向』14(12), 12_10-12_19, 2009。
さらに、日本の多文化共生で見落とされている重要な要素があります。それはシティズンシップ(市民権)の不平等性です。(→より詳しくはこちら)
たとえば、在日コリアンのように、本人またはその祖先がかつて日本国籍者であった永住外国人にさえ、選挙権は認められていません。このような状況は世界でも稀です。
もちろん、シティズンシップの問題は選挙権のみならず、社会保険から各個人の尊厳のように法的な話から道徳的な話まで多層なトピックですが、「多文化共生」とは相反し、外国人の「声」が日本に届いていない状況が続いています。
2-2:日本の多文化共生のこれから
前章で追及したように、日本の多文化共生政策は「上から下」つまり政府から民間への性格が強いとされています。多文化共生の政策を本格的に打ち出した日本政府のスタンスは次のようなものです。
「日本にも外国にルーツを持つ人々が増えて来たので、そのような人々が日本社会から「外れない」ように、各地域で包括的な社会を築き、サポートしましょう」
この場合、注意すべきことがあります。実際、多文化共生とは素晴らしい理念ではありますが、やり方によっては文化的差異を本質化し、個人を文化的集合として一括りにしてしまう危険性を孕んでいます。(→本質化についてより詳しくはこちら)
たとえば、次の例を考えてみてください。
- 「日本人」は海外に出ると、寿司や着物などのイメージが強く、例えその個人が寿司好きであろうとそうでなかろうと、「ジャパニーズディナー」では必ず寿司を作ることを期待される
- こうして、特定の国家や民族を表象するための体現者として一括りに見られてしまう危険性がある
- 言い換えると、特定の文化や民族の単位を特定の国家や地域的な単位に押し込めてしまい、知らぬ間に文化間で、または民族間で線を引いてしまっている
その結果、どれだけ多文化共生の政策を推進しようとも、いつまでたっても、自分の祖先が他の国から来たことで、本当の意味でその土地に馴染むことができないという状況が続きます。
多文化主義政策への批判的検討に関しては、たとえば、スチュアート・ホールの「The Multicultural Question」があります。
さらに、日本社会をナショナル・アイデンティティとして捉えがちな政府の方針もまた問題を孕んでいると言えます。政府の出した政策では「外」の人を日本に包括(inclusion)する、という魂胆が垣間見え、それはナショナル・アイデンティティの再構築につながるからです。
言い換えると、既存の日本社会という枠組みに、日本に滞在している外国にルーツを持つ人々を何らかの形で包括する、つまり同化を試みているように捉えられます。この同化政策に失敗すると、「外」の人は一生「外」のままという結果を導く可能性もあります。
では、これからの日本は多文化共生をどのように進めていくべきなのでしょうか?たとえば、社会学者のファーラー グラシアは多文化共生が実現し社会を目指す日本にとって重要なことは、「国の文化」や「ナショナル・アイデンティティ」などという観念を取り払うことだと主張しています11Gracia Liu-Farrer. “Labor Migration from China to Japan: International Students, Transnational Migrants” London: Routledge 2011。
ここに関しては議論のわかれるところではありますが、全ての人が生きやすい社会を築くことを目的に建設的な対話が生まれることが望ましいでしょう。
- 対等な相互的な文化の尊重とその保障という観点からみると、地方自治体の施策は非常に限られている可能性がある
- 文化的差異を本質化し、個人を文化的集合として一括りにしてしまう危険性がある
3章:日本の多文化共生に関するおすすめ本
日本の多文化共生の全体像を理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
岡本智周, 丹治恭子(他)『共生の社会学』(太郎次郎社エディタス)
時代と共に移り変わる日本社会を鮮明に見つつ、人と共生することとは何かという本質的な疑問を問いかけ、一冊の本を通してさまざまな角度からその疑問を紐解いていきます。入門書でもあるこの著書は読みやすいだけでなく、幅広い知識に触れることもできます。
ジグムント・バウマン『自分とは違った人たちとどう向き合うか ―難民問題から考える―』(青土社)
難民の受け入れに積極的なドイツの有名な社会学者が長年の研究成果をこの本にまとめています。と言っても、本自体のボリュームはそれほどなく、入門編として読みやすい本です。国境や国民国家を一から問い直し、既存の多文化共生の在り方に問題を投げかけます。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 日本の多文化共生とは、異なる民族(エスニック集団を含む)の文化を等しく尊重し、異なる民族の共存を積極的に図っていこうとする思想、運動、政策である12ジャパンナレッジ「日本大百科全書」(https://japanknowledge.com/introduction/keyword.html?i=33#:~:text=%E7%95%B0%E3%81%AA%E3%82%8B%E6%B0%91%E6%97%8F%EF%BC%88%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E9%9B%86%E5%9B%A3%E3%82%92,%E6%A7%98%E5%BC%8F%E5%85%A8%E4%BD%93%E3%82%92%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82) 最終閲覧日2021年2月2日
- 「上から下に」方式で政府から自治体を通して民間にという要素が強く、実際には現在に至っても多文化共生が十分に実践されているとは言えない状況がある
- 文化的差異を本質化し、個人を文化的集合として一括りにしてしまう危険性がある
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