ルソーの一般意志(General will)とは、社会の成員の個々人が理性的、合理的に政治参加し、その結果として生まれる社会全体としての政治的意志のことです。
ルソーが作り出した概念で、「より自由で正当な社会とはどのようにして実現できるか?」という課題に対する一つの答えです。
後に批判も生みましたが、自由、平等、正当な社会の実現を目指す、リベラリズムの政治思想を発展させた意義のある議論です。また、現代日本の政治を考える上でも一つのキーワードになります。
そこでこの記事では、
- 一般意志の意味
- ルソーの社会契約説や直接民主制との関わり
- 一般意志への批判
を詳しく説明します。
関心があるところから読んでみてください。
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1章:一般意志とは
1章では、まずは一般意志の言葉の意味と特殊意志や全体意志との違い、そしてルソーがこの概念を生み出した時代背景を説明します。
詳しい一般意志の議論の内容や社会契約説との関わりについては、2章で説明します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:一般意志の意味
ルソーの一般意志(General will)とは、社会の成員の個々人が理性的、合理的に政治参加し、その結果として生まれる社会全体としての政治的意志のことです2坂本達哉『社会思想の歴史』名古屋大学出版会110頁など参考。
政治的意思とは、簡単に言えば「この社会はこのようにしよう」という考えのことです。
一般意志に基づいて政治の意思決定が行われ、その結果自由な社会が実現できるはずだ、というのがルソーの主張です。
一般意志について先に要点をまとめると、
- 正当な社会とは、社会の成員(メンバー)それぞれが自発的に、自らの身体や財産を全体に預け、成員それぞれが理性的に社会全体のためを考えて政治参加する社会
- このような社会では、個々人が社会のために理性的に行動するため、誰かの自由が侵害されることがない
- このような社会が持つ、全体としての理性的な政治的意志が「一般意志」である
ということになります。
1-2:特殊意志・全体意志との違い
ルソーは、一般意志との対比として「特殊意志」「全体意志」という概念にも言及しています。
- 特殊意志:特定の個人や集団が自らの利益を追求する意志
- 全体意志:特殊意志がより広い支持を得て、社会における総和的な意志になったもの3中村隆文『リベラリズムの系譜学』みすず書房76-77頁など参考
「全体意志と一般意志は同じでは?」と思われたかもしれませんが、ルソーはこれを区別しています。全体意志は、あくまで個々人の利益追求の先に、それが総和的に合わさったものです。
それに対して一般意志は、利益追求ではなく社会の成員が理性を持って政治参加することを目指す意志です。そのため、全体意志とは異なるものなのです。
ルソーは特殊意志と全体意志を批判し、一般意志を支持しています。詳しくは2章で説明します。
1-3:社会契約・一般意志が生まれた時代背景
一般意志とはルソーの『社会契約論』(1762)の中で提唱された概念ですので、「当時何が問題とされたのか?」という背景を知っておく必要があります。
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そもそも、ルソーが生きた時代は君主制によって(つまり王様によって)社会が支配され、一般市民の意向は現代のように政治に反映されることが難しい時代でした。
しかし、宗教の力や絶対的な権力によって正当化されてきた王権の支配も、経済的な豊かさを身に付けた商人や貴族らが台頭したことで批判されるようになります。その中で、
- 国家は王権のものではなく、すべての社会の成員のものである
- 国家の設立は王権神授説ではなく、社会契約によって説明されるべき
という思想が生まれました。これが社会契約説という思想です。
つまりは、国家は集まったすべての人々による合意によって設立されたものであるから、すべての人々が平等に扱われなければならないということです。
社会契約説には、ホッブズ、ロック、ルソーによるものなどがありますが、詳しくは以下の記事で説明しています。
【社会契約説とは】ホッブズ・ロック・ルソーの違いからわかりやすく解説
一般意志を理解する上で重要なのはルソーの説なので、2章ではルソーの社会契約説から説明します。
まずはここまでをまとめます。
- 一般意志とは、個々人が理性的、合理的に社会に関わった結果生まれる、社会全体が持つ政治的意志
- 特殊意志とは、個々人や特定の集団の持つ特殊な意志であり、全体意志とは特殊意志の総和
- 一般意志にもとづいて政治が行われると、自由な社会が実現される
2章:ルソーの一般意志の議論と批判
ルソーの言う一般意志について理解するためには、そもそもルソーの社会契約論がどのようなものなのか、ということから知る必要があります。
ここでは社会契約から一般意志の意味や意義、それからルソーになされたその後の批判について説明していきます。
2-1:ルソーの社会契約論
一般意志の議論は、社会契約論の一部として行われたものです。ルソーの社会契約論は、ロックやホッブズの社会契約説への批判としてなされたものでした。
その要点は、
- まず、すべての人々の身体と財産が政府によって保護される必要がある
- 政府は、その社会の成員のすべてが他人に従属するのではなく、自分自身にのみ服従するような形態である必要がある
というものです。
①はロックも同様の主張をしています。重要なのは②です。
ルソーが危惧したのは、社会契約によって政府を設立するとしても、その政府に自分の身体や財産を預ける(服従する)ような契約をする限り、政府から裏切られる危険性があるということです。
「でも、契約である以上誰かに自分の身体や財産を預けなければならないのでは?」と疑問が生まれますよね。そこでルソーは「自分に自分を与える」のであれば、裏切られて不当に身体や財産の自由を阻害される危険性はないと考えました。しかし、結局、社会を成り立たせる上では誰かと共に政府を作らなければならず、ここに矛盾が生じます。
そこでルソーは、社会の成員の全員が、共同体の全体に対して自分から身体、財産を譲渡するような形態であれば、不当に自由が阻害されない政府が設立できると考えました。
このような社会なら、自分が社会を裏切り他人の自由を侵害すれば、自分もまた同じ目にあいます。そのため、理性的に考えて誰も他人の自由を侵害しなくなると考えられるのです。
ルソーの考えた社会契約を整理すると、
- 社会の成員が自分の意志で、社会に身体や財産を預ける
- 社会の成員の自発的で理性的な意志は、社会の「全体」に集約されて政治的意思となる
- その社会全体の理性的な意志がある限り、適切に政治が行われ自由が実現される
ということになります。これは、たとえば国民が皆税金を支払うことに同意しており、その税金が公共財(道路、社会福祉、教育など)に適切に使われ、そこから国民が適切な利益を得るような社会です。
社会の成員である皆が自発的に、理性的に同意できる社会を作ることで、自由や権利は自然と守られるはずだとルソーは考えたのです。
2-2:一般意志に関する議論
さて、もうお気づきかもしれませんが、ルソーの構想した理想的な社会の「全体」が持つ政治的意思が、「一般意志(General will)」です。
ルソーは以下のように説明しています。
われわれのおのおのは、身体とすべての能力を共同のものとして、一般意志の最高の指揮のもとに置く。それに応じて、われわれは、団体の中での各構成員を、分配不可能な全体の部分として受け入れる4ルソー『社会契約論』。
もう少し詳しく説明します。
2-2-1:一般意志が実現された社会
ルソーの言う一般意志が実現された社会とは、
- 人々が自らの特殊意志(自分の利益の追求など)を優先することがない
- 自分の幸福の実現のために、他人を利用したり排除したりしない
- 社会のすべての人が社会全体のために意思決定し、その意思決定は「一般意志」に基づいているため、誰かに利益が偏ったり、特定の人が不幸になったりしない
(なぜなら、一般意志に従えばできるだけ公平に、正義にかなった意思決定がなされるはずだから)
ということになります。
このような社会では、政府に主権を譲渡して隷属状態になったり、自由を侵害される恐れから争いになるようになることはないはずである。これがルソーの考えです。
2-2-2:一般意志は理性を重視した概念
一般意志が実現された社会とは、現代の社会で暮らす私たちからすれば「理想的すぎる」という印象を受けがちです。
ルソーももちろん簡単にそのような社会が実現できると考えたわけではありませんが、ルソーはより良い社会の実現のためには、個々人の「理性」が重要だと考えた点が大事なポイントです。
このルソーの「理性」の重視は、以下のような特殊意志や全体意志への批判からも分かります。
- ホッブズやロックの社会契約は個々人が自分の利益(特殊意志)を追求することが想定されているため、そこに理性に従って努力し、互いに思いやって社会を成り立たせる意志はない
- 個々人の特殊意志が集まって「全体意志」となる可能性もあると考えられるが、それは特殊意志が多くの人に支持されるようになっただけであり、対立、争い、格差の原因となり得る
このようにホッブズやロックの社会契約では、「理性」を働かせて、他者、そして社会の全体を思いやってより良い社会を築こうとする努力が欠けていると批判します。
2-3:ルソーの直接民主制
ルソーの批判は、現代の多くの国の政治に対しても当てはまるのではないでしょうか?
現在の多くの民主主義国家では、代議制(間接民主主義)を採用しています。ルソーは、この代議制そのものを批判しました。
代議制とは、国民が議員を選び、議員が国民の代理人となって政治を行う制度のこと。
なぜルソーは代議制を批判したのでしょう?
ルソーは、代議制だと議員を選んだ人々は当事者意識をなくし、議員にまかせっきりになり、理性を働かせなくなるから「直接民主制」こそが真の民主主義だと考えたのです。
イギリス人民は、自分たちは自由だと思っているが、それは大間違いである。彼らが自由なのは、議員を選挙するあいだだけのことで、議員が選ばれてしまうと、かれらは奴隷となり、何ものでもなくなる。自由であるこの短い期間に、彼らが自由をどう用いているかを見れば、自由を失うのも当然と思われる5ルソー『社会契約論』。
とはいえ、ルソーの言うような直接民主制を、現代社会で実現することは難しいです。
なぜなら、時代の変化は速く社会は複雑になり、政治問題は多岐に渡り、すべての人がすべての政治問題に当事者意識を持ち続けることは困難だからです。仮に、インターネットを使った直接投票など制度上は直接民主制を実現できても、やはり代議制、政党政治でなけば現実的ではありません。
さらに、他にも一般意志に基づくルソーの社会契約説には問題点があります。
2-4:一般意志に関する批判
繰り返しになりますが、一般意志とは、自分たちと自分たちによる契約です。すべての人が自発的に身体、財産を社会全体に譲渡し、すべての人が理性的に行動することが前提とされています。
このような想定によって、個人の自由が侵害されない社会を構想したのですが、逆に言えば、
- 理性的、合理的であること
- 社会の中で自分の利益だけを優先させないこと、他人の自由を侵害しないこと
- 自発的に政治参加すること
といった人間であることを強いられる面もあります。もちろん、政府がそのような人間であることを強制するわけではありませんが、人々は自発的にそのような人間を目指すことが求められます。
理性的であることを強いて、そうではない堕落した人間を認めないのは、果たして自由主義(リベラリズム)の社会だと言えるでしょうか?
自由を実現しようとするあまり、かえって抑圧的な、自由のない社会に向かわないでしょうか?
ルソー以降の哲学者、政治学者たちはこのような批判をしました6中村、前掲書82-98頁等。
とはいえ、ルソーは当時の社会状況の中で、「自由が実現できる社会とはどのようなものか」という哲学的な課題に答え、政治思想・哲学を大きく進歩させた点に意義があるものです。
- 自由な社会は、個人の身体や財産の自由が保障され、社会の成員がみなそれを社会に譲渡し、互いに責任をもって政治参加するような社会
- 一般意志とは、個々人が理性的、合理的に政治参加する社会で、その社会全体として持つ政治的意思のこと
- 一般意志を強調する社会は、理性的、合理的ではない人々を抑圧する社会となる危険性がある
3章:一般意志に関する議論のオススメ本
一般意志について理解を深めることができましたか?
ルソーの一般意志は、彼の社会契約論、そして大きく見れば政治思想・政治哲学における自由主義(リベラリズム)の議論の一部です。
そのため、関心のある方はリベラリズムについて広く学んでみてはいかがでしょうか。これから紹介する本がオススメです。
ジャン・ジャック・ルソー『社会契約論』(白水社)
まずはルソーの『社会契約論』を直接読んでみてください。政治学の古典中の古典ですので、ぜひチャレンジしてみてください。
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中村隆文『リベラリズムの系譜学―法の支配と民主主義は「自由」に何をもたらすか―』(みすず書房)
この本は、「自由」をめぐるリベラリズムのさまざまな議論についてとても分かりやすくまとめられた本です。ルソーの議論もリベラリズムの大きな流れの中で説明されていますので、とても勉強しやすいです。
重田園江『社会契約論:-ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズー』 (ちくま新書)
ルソーはホッブズやロックを批判していますので、他の社会契約説についても知っておくとより深く理解できます。この本は新書で主要な議論がまとめられていて、とても分かりやすいです。
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最後に、書物を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
この記事の内容をまとめます。
- 個々人が自発的に身体、財産を社会に譲渡し、個々人が理性的、合理的に政治参加する社会では、政治的意志として一般意志が生まれる
- 一般意志に基づいた社会では、他人の自由を侵害せず、自己の利益だけを優先しない社会が実現されるため、理想的な自由主義の社会になる
- 一般意志は、理性的、合理的であることを人々の強いる危険性があることが批判された
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