ゲーム理論(Game theory)とは、社会や自然界で複数主体が関わる意思決定問題や行動の相互依存状況を数理モデルから研究する理論領域です。
経済学の中で、最もゲーム理論の応用が進んでいる分野が産業組織論があり、産業分析に不可欠な視点の一つとなっています。
この記事では、
- ゲーム理論と囚人のジレンマ
- ゲーム理論と経済学
などをそれぞれ解説していきます。
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1章:ゲーム理論と囚人のジレンマ
まず、1章ではゲーム理論と囚人のジレンマを概説します。2章では経済学におけるゲーム理論の展開を解説しますので、用途に沿って読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:囚人のジレンマとナッシュ均衡
ゲーム理論は、第二次世界大戦中、数学者ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)と経済学者オスカー・モルゲンシュテルン(Oskar Morgenstern)の共著『ゲームの理論と経済行動』によって誕生しました。
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もともと、ゲーム理論は主流派経済学(新古典派経済学)への批判を目的とする異端の理論でした。しかし、1980年代の「ゲーム理論による経済学の静かな革命」を経て、現代では正統な経済理論の地位を占めています(詳しくは2章で後述)。
ゲーム理論の対象
- 全ての戦略的状況(strategic situations)、つまり、自分の利得が自分の行動のほか、他者の行動にも依存する状況が対象となる
- 経済学で扱う状況の中でも、完全競争市場や独占市場を除く寡占市場などほぼ全てはこれに該当する
ゲーム理論で古くからゲームの一例としてよく挙げられ、また最も有名なゲームが囚人のジレンマ(prisoners’ dilemma)です(→囚人のジレンマについては次の記事でも詳細に解説しています)。
囚人のジレンマは政治、外交、経済、社会などで頻繁に観察され、個別主体が利己行動か利他行動かの選択を迫られる状況を表した数理モデルです。このゲームの簡単な説明にしばしば使われるのが、次のような状況です。
- 今、警察が共犯を行ったと疑われる人物A、Bの二人を捕まえたが、犯罪の証拠が不十分であった
- そこで、警察は二人を互いに相談ができない別個の独房に収監する
- そして、警察は証拠を十分にするために、相手の罪を告白するか黙秘するか、二人の容疑者(囚人)に別々に取引を持ち掛ける
- すなわち、二人とも罪を黙秘するなら、証拠不十分で双方2年の刑期で済ませる
- しかし、仮に片方のみが相手の罪を告白したなら、告白したほうは1年の刑期に減免、告白されたほうは5年の刑期にする
- さらに、二人とも罪を告白したなら、証拠十分で双方4年の刑期になる
A、Bそれぞれは相手の罪を告白するほうが得ですが、二人とも罪を告白するよりは黙秘したほうが得であるという利己か利他かのジレンマを抱えることになります。このような状況下では、以下の4つのケースが考えられます。
- ケース1‥‥A、B、二人とも黙秘する⇒双方2年の刑期。この場合、A、B、どちらかを不利にしないとどちらかが有利にならない状態で、このような状態を「パレート最適」(Paretian optimum)という(→詳しくはこちらの記事)
- ケース2‥‥AがBを裏切って告白する。⇒Aの刑期1年、Bの刑期5年
- ケース3‥‥BがAを裏切って告白する。⇒Bの刑期1年、Aの刑期5年
- ケース4‥‥A、B、二人とも告白する⇒双方4年の刑期。この場合、A、B、どちらもこれ以上有利にならない状態で、このような状態を「ナッシュ均衡」(Nash equilibrium)という(→詳しくはこちらの記事)
ケース1は協力ゲーム(cooperative game)、ケース2~4は裏切り行為を含む非協力ゲーム(non-cooperative game)です。現在では、協力ゲームは非協力ゲームの特殊状態であることが理論的に分かっています。
実は、ケース1の「パレート最適」は非常に不安定で、A、B、どちらも片方が告白してしまうのではないかという疑心暗鬼に駆られ、結局はどちらも告白してしまうケース4の「ナッシュ均衡」になりがちです。
これは経済でも実際に起こります。たとえば複数の競合企業があるとき、ある企業が商品価格の値下げをして一時的に売上、利益を伸ばしても、結局は他の企業も追随する値下げをして各企業とも売上、利益が減ってしまうという事例などに見られます。
- 「ナッシュ均衡」は非協力ゲームでの重要な解(solution)で、天才数学者、ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニア(John Forbes Nash, Jr.)に因んで名付けられた
- ナッシュはプリンストン大学博士課程在学中、ゲーム理論の研究を行い、1950年、非協力ゲームに関する博士論文、「Non-cooperative Games」で博士号を取得した
- この論文には、後に「ナッシュ均衡」と呼ばれることになる非協力ゲームでの均衡解に関する定義と特性が含まれていた
1-2:囚人のジレンマと搾取の発生
囚人のジレンマゲームを繰り返すと、搾取(exploitation)が発生するという東京大学グループの大変興味深い研究結果があります2Yuma Fujimoto(藤本悠雅), Kunihiko Kaneko(金子邦彦), “Emergence of Exploitation as Symmetry Breaking in Iterated Prisoner’s Dilemma,” Physical Review Research,2019.11.5。搾取といえば、カール・マルクス(Karl H. Marx) とフリードリッヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)の書いた『資本論』が有名です3Marx(Engels), Das Kapital : Kritik der politischen Oekonomie. 邦訳書はたくさんあります。
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同書では、労働者が生産する新たな商品価値(W´)の内、剰余価値(ΔW)が資本家によって搾取されていると説明します(→マルクス経済学に関して詳しくは次の記事を参照ください)。
東京大学のニュースリリース、「囚人のジレンマで搾取が発生する仕組みを解明」によれば、研究内容は以下の通りです。
搾取とは
- そもそも、搾取とは、社会に見られる基本的な現象の一つであり、個人間に成立する非対称性を表している。搾取する側は搾取される側の利益を犠牲にし、より多くの利益を得ている
- 一方、搾取される側は、たとえ自力で搾取関係を解消できるとしても、その関係を受け入れている
囚人のジレンマでは、裏切ることで自身に利益をもたらしますが、協力することで自分が裏切りで得る以上の利益を相手にもたらすことが可能です。一回限りのゲームでは裏切るのが個人にとって最良の策ですが、囚人のジレンマを繰り返し行うことによって個人は互いに協力できるようになります。
それは、相手が協力するなら協力を、裏切りなら裏切りを返す、「しっぺ返し戦略」を双方が獲得することによって実現される対称な関係です。
ここで問題は、片方が大きく裏切るにも拘らず、もう片方が大きく協力するような状態、すなわち搾取関係の発生が果たして可能かどうかです。そこで東京大学の研究グループは、次のような想定をします。
- 個人が相手の行動によって自身の行動を使い分ける状況を想定し、ゲームを繰り返し行い得られた経験から、個人が自身の利益をより大きくするように戦略を変化させる学習過程を定式化した
- また、学習前に両者が採る戦略としてさまざまな場合を仮定し、学習によってどのような関係が形成されるかをシミュレーションした
その結果として、両者が同様に自分の利益を大きくしようと学習しているにも拘らず、搾取関係が発生しうること、また搾取の度合いに限界があることが明らかになりました。
さらに、搾取の度合いが最も大きい両者の関係を調べると、いまだ発見されていない戦略を採っていることも明らかになりました。
- 搾取する側は相手の裏切りを許さない上に、相手が協力しても確率的に裏切りを返し、「しっぺ返し戦略」よりも心が狭い戦略を採っている
- 一方、搾取される側は相手の協力には見返りを与えますが、相手が裏切っても確率的に協力し返し、「しっぺ返し戦略」よりも寛容な戦略を採っている
- したがって、搾取は心が狭い者と寛容な者の間に安定的に形成される
次に、同研究グループは、搾取関係が最終的に形成されるまでの戦略の変化の過程についても調べています。すると、始めは似た戦略を採っていた両者が相互に学習を行うことで、戦略の差が増幅され、搾取として定着することが明らかになりました。
心が狭い者は寛容な相手を学習することでより心が狭くなり、寛容な者は心の狭い相手を学習することでより寛容になるのです。つまり、搾取関係はあらかじめ存在する訳ではなく、相互学習によって始めはほぼ対称的な両者の間に後天的に発生するのです。
これは、「対称性の破れ」(symmetry breaking)という物理学でよく知られた現象に対応しています。この研究で仮定した囚人のジレンマゲームや学習過程は、社会で広く見られる性質を抽象化したものであり、広い適用範囲があると考えられます。搾取の発生に新たな視点を与えるこの研究の結果は、搾取を解消する今後の研究にも貢献すると期待されます。
図1 協力確率・初期戦略と搾取の発生4藤本・金子「囚人のジレンマで搾取が発生する仕組みを解明〜対等な個人の関係が学習により非対称化〜」
- ゲーム理論とは、社会や自然界で複数主体が関わる意思決定問題や行動の相互依存状況を数理モデルから研究する理論領域である
- 搾取関係はあらかじめ存在する訳ではなく、相互学習によって始めはほぼ対称的な両者の間に後天的に発生することが明らかになった
2章:ゲーム理論と経済学
さて、2章ではゲーム理論を経済学との関連性を中心に説明します。
2-1:異端から正統へ
1980年頃まで、経済学、特にミクロ経済学といえば、それは新古典派経済学(neoclassical economics)でした。そして、新古典派経済学が正統で、ゲーム理論は異端といった立場でした。
たとえば、以下の記事は、新古典派経済学に基づく理論です。
ところが、1980年頃から、ゲーム理論はしだいに新古典派経済学と並んで、異端から正統へとその地位が移り変わっていきます。経済学でのパラダイム転換が起きたのです。
このパラダイム転換は、岩井克人・伊藤元重編『現代の経済理論』(東京大学出版会)において「ゲーム理論による経済学の静かな革命」とまで評価されています。現在では、例えば、アメリカの大学院でのミクロ経済学の授業の主体は、ゲーム理論となっています。
それでは、異端であったゲーム理論の理論的な特質はどのようなところにあるのでしょうか?正統であった新古典派経済学との比較から説明していきます。
2-1-1:新古典派経済学
新古典派経済学はアルフレッド・マーシャル(Alfred Marshall)によって確立され、ポール・サミュエルソン(Paul A. Samuelson)によって完成されました5Marshall,Principles of Economics,1890.馬場啓之助訳『経済学原理』東洋経済新報社、1965-67年、Samuelson, Foundations of Economic Analysis,Harvard University Press,1947 (Enlarged ed., 1983) .佐藤隆三訳『経済分析の基礎』勁草書房、1967年(増補版、1986年)。新古典派経済学には、ゲーム理論と比べ、以下の理論的仮定を置くという特徴を持っています。
- プライステイカーの仮定‥‥経済主体(企業、家計)にとって市場価格は所与(given)であり、経済主体はそれに基づいて行動する
- 合理性の仮定‥‥経済主体(企業、家計)は完全な情報を持ち、極めて合理的に行動する
プライステイカーの仮定は、経済主体の選択が市場価格に何ら影響を与えないことを意味しており、経済主体の意思決定の戦略的側面や価格決定のプロセスそのものを捨象しています。
こうした方法論は、上掲のサミュエルソンの主著、『経済分析の基礎』によって体系化されました。それによって本来は複雑極まりないはずの経済主体間の相互依存関係が、所与の市場価格を媒介として各個人にとって個別の最適化問題に帰着することが可能となります。
こうした考え方は「方法論的個人主義」と呼ばれます。新古典派でプライステイカーの仮定として定式化されていたものであり、経済主体は他者からの影響を受けることなく制約付き最適化行動を採ります。
2-1-2:ゲーム理論
これに対して、ゲーム理論は「方法論的個人主義」がその根底にありますが、他者との関係性によって個人が成立しているというオーストリア学派の人間像が反映されています。つまり、個人間の有機体的な相互依存関係を重視しています。
新古典派の特徴
- 新古典派の考え方は「道具主義」であり、理論を正確な予測や計算といった分析の道具と見なし、その目的以上に仮説が現実的である必要はないとする立場である
- 新古典派経済学の模範は物理学。新古典派の理論モデルは物理量をポテンシャルの最大化原理として記述する理論物理学を模倣し、数理最適化と呼ばれる既存の数学を応用することで構築された
それに対して、経済主体同士の対面での戦略的利己行動や具体的な経済主体が影響力を発揮する市場プロセスを重視していたオーストリア学派は、新古典派経済学のプライステイカーの仮定を早い段階から批判し、このオーストリア学派の系譜からゲーム理論が誕生しました。
サミュエルソンによって完成されることとなるこの経済理論がいわば「物理学の借り物」であったのに対し、ゲーム理論は経済学の中から独自に生まれた唯一の数学理論です。ゲーム理論の誕生を機に、経済学が他の科学分野の理論的枠組みを輸入するだけの段階から、他の科学分野に理論的枠組みを提供する段階へと進化しました。
第二の合理性の仮定ですが、ゲーム理論は成立当初は新古典派の合理性の仮定を踏襲していました。しかし、1980年代から1990年代にかけて合理性を前提としないアプローチをも採用することとなりました。
新古典派の仮定
- 当事者が合理的であれば全員にとってよりよい状態へ移行するはず
- したがって、合理的な個人の自由に任せておけば結果は必ず効率的になるという素朴な自由放任主義思想が成り立ち、実際にこうした考え方は新古典派経済学者の間で一時は大きな影響力を持っていた
- 短期的には何らかの不完全性や外部性が存在し、国家の介入が必要であることを認めているものの、長期的にはそれらに起因する非効率性が市場メカニズムによって解消されると信じていた
これに対し、ゲーム理論は、囚人のジレンマのように各個人が合理的であったとしても、政府が介入しなければ効率的な資源配分が実現しない場合が存在することを明らかにし、政府が制度設計によって人々に適切なインセンティブを提供すると主張しました。
2-2:経済学の静かな革命
ゲーム理論は誕生当初には新古典派経済学と対立していましたが、1950年代には一般均衡理論の重要な未解決問題であった完全競争市場の存在証明に非協力ゲームの枠組みが応用され、さらに1960年代には、エッジワース交換経済モデルが協力ゲームとして一般化されました。
これらの研究は両パラダイムが相反するものではなく、ゲーム理論が新古典派モデルの一般化であることを示しており、ゲーム理論の潜在能力の大きさを十分に示すものでした。このような交流を経ても、1980年頃まで両パラダイムは微妙な対立関係を保ち続け、現在のように経済学者によって広く研究されることはありませんでした。
- なぜゲーム理論の基礎が開発された1950年代から30年近くもの間、それが経済学の研究に広く認知されることがなかったのかについて、神取道宏は「経済学説史上の大きな謎」と述べている6神取道宏「経済理論は何を明らかにし、どこへ向かってゆくのだろうか(第6章)」、『日本経済学会75年史:回顧と展望』有斐閣、2010年。
- 恐らく、これは新古典派パラダイムの勢力がそれだけ強かった証と推察される
それでも、1980年代に非協力ゲーム理論が急速に進展すると、ゲーム理論が一般の経済学者の間にも浸透してゆくこととなります。
ゲーム理論は新古典派モデルの特徴の一つである合理性の仮定を自然な形で継承・発展したものであったため、1980年代に実現したこのパラダイム転換は、大きな不連続な変化として意識されないほどにスムーズでした。現在のようにゲーム理論が経済学にもたらした成果として、神取道宏は以下の2点を挙げています。
- 完全競争市場以外の幅広い社会経済問題を合理的行動から統一的に捉える理論体系が出来たこと
→これにより、理論分析の対象となり得る範囲が俄然拡大され、産業組織論、国際経済学、労働経済学、公共経済学、金融論、経済史などの個別分野に大きな進展がもたらされた - 各個人に対して適切なインセンティブを与える制度設計が重要であるという問題が経済学者の間で明確に理解されたこと
→ひとたび完全競争市場の世界を離れると、各個人の利益追求は全体としては非効率な結果をもたらすことがむしろ普通である
そして、今現在、ゲーム理論がかつて異端の思想であったことを信じない専門家がいるほどまでにゲーム理論は普及してきており、価格理論、契約理論と並ぶ「ミクロ経済学の三本柱」と称されるまでに至っています。
2-3:ゲーム理論の合理性をめぐって
ゲーム理論は誕生当初、「社会における合理的行動の数学理論」として研究された経緯で、新古典派経済理論と同様に合理性の仮定を採用していました。
これに対して、ハーバート・サイモン(Herbert A. Simon)は、1950年代に限定合理性(bounded rationality)の概念を提示しつつ、「効用最大化」に代わる「満足化」の原理を採用すべきと主張します7Simon,Models of Man:Social and Rational,John Wiley & Sons,1957.宮沢光一訳『人間行動のモデル』同文舘、1970年。
- サイモンの提唱した限定合理性アプローチは多くの研究者にその重要性を認められたものの、サイモンの主張の多くは単なる研究方針に過ぎず、具体的な枠組みを示したものではなかった。
- そのため、当時の経済学者やゲーム理論家からは「定理なき理論」(a theory without theorems)と見なされ、研究の主流になることはありませんでした。
しかし、1980年代後半から1990年代に掛けて、経済学やゲーム理論は伝統的な合理性の仮定を緩和し、現実の人間が持つ人間的な合理性(human rationality)の研究を本格的に開始することとなりました。
- 新古典派経済学が「合理的で利己的な経済人(ホモエコノミカス)」としての人間行動を前提としていた
- 1990年以降、仮定をより現実的な人間像に近付けることによって理論の説明や予測の精度を高めようとする試みがされた
そして、ここで実験経済学と行動経済学が台頭しました。こうした学説史上の現象の一因として、経済学におけるゲーム理論の定着が挙げられます。伝統的な経済学は大規模な市場に関する分析しかしてこなかったため、実験の利用可能性が大きく制限されていました。
それに対して、ゲーム理論は少数のプレイヤーの戦略的行動に関する問題を分析していたため、理論予測を実験で直接検証することが可能でした。たとえば、ゲーム理論の実験には、次のようなものがあります。
- 囚人のジレンマの実験
- 最後通牒ゲームの実験
- 独裁者ゲームの実験
このように、さまざまな研究が行われてきましたが、囚人のジレンマによる黎明期の実験から近年の実験まで、一貫して自己利得最大化と整合的理論形成を基礎とする個人の合理性だけでは説明し切れない実験結果が観察されています。
こうして行われた実験によって蓄積された現実の人間行動と理論的予測の乖離を示すデータに基づいた行動経済学(behavioral economics)と呼ばれる分野が登場しました。
行動経済学の概要
- 行動経済学では、新古典派に代表される伝統的経済学の前提から現実の人間の行動がどのように乖離しているのかが、数学的な理論によって定式化されている
- 行動経済学の観点での限定合理性の理論、学習理論、公平性や互恵性の理論などを研究するゲーム理論の分野は、特に行動ゲーム理論(behavioral game theory)と呼ばれる
このように、現実の人間はしばしば論理的整合性を欠いた行動を採りますが、合理性の仮定に基づく理論モデルが現実の人間社会を説明する上で全く役に立たない訳ではありません。
合理性の仮定に基づく理論モデルをベンチマークとして構築・活用するアプローチは、一般に方法論的合理主義(methodological rationalism)と呼ばれます。
2-4:ゲーム理論と産業組織論
経済学の中で、最もゲーム理論の応用が進んでいる分野が産業組織論です。
- 古典的産業組織論(Old I.O.)・・・伝統的なSCPパラダイムなどをベースとする産業組織論
- 新しい産業組織論(New I.O.)・・・ゲーム理論などを応用する産業組織論
新しい産業組織論は、企業などの経済主体を例えばゲームのプレイヤーと見なし、もっと主体的、能動的に捉えようとする考え方です。経営学界のスターであるマイケル・ポーターの競争戦略論も、骨格は古典的産業組織論としつつも、ある意味ではゲーム理論的な色合いを持っています。
そこで、この競争戦略論を引き合いにしながら、企業間競争を具体的に考えてみましょう。1章で、(企業の商品が同質の場合)企業間の価格競争(値引き競争)は、結局「ナッシュ均衡」に陥ってしまうと書きました。これは囚人のジレンマの典型的な事例です。
- 今、市場に同質商品を売っているA、B、2社の企業があるとする
- 販売価格は双方とも100円、生産コストも双方とも50円と仮定する
- そして、A社、B社は互いに100円→99円→98円→‥‥と価格競争(値引き競争)を繰り返し、遂に双方とも採算割れギリギリの50円で商品を売る破目になってしまった
- これは「ナッシュ均衡」で、双方とも利潤はゼロになる
2-4-1:コストリーダーシップ戦略との関連性
それでは、各企業は価格競争から脱するにはどうすればいいのでしょうか? まず考えられるのは、競争戦略論でいう第一の戦略、コストリーダーシップ戦略との関連性です。たとえば、次のように考えてみてください。
- A社だけがコストダウンに成功し、生産コストを30円にし、B社のコストは、50円のままとする
- このとき、A社の販売価格は49円、B社の販売価格は50円で、「ナッシュ均衡」となる
- B社は49円の価格では採算割れを起こして追随できず、価格を生産コストの30円といった49円未満とするインセンティブもない
- しかし、ここでB社も頑張って、30円へのコストダウンに成功したとする
- すると、またもや価格競争(値引き競争)が始まって、双方とも再び販売価格が採算割れギリギリの30円で、新たな「ナッシュ均衡」となる
つまり、ゲーム理論的には、コストリーダーシップ戦略では問題が解決しないのです。ポーターも、このように業界を疲弊させる無益な競争は避けよといいます。
2-4-2:差別化戦略との関連性
さて、それでは、競争戦略論でいう第二の戦略、差別化戦略との関連性を見てみましょう。現実には、上記の例のように、完全に同質な商品はほとんど存在しません。何らかの形で差別化されています。たとえば、乗用車は商品差別化の典型的な事例です。
ただし、日本の場合、軽乗用車と普通乗用車では市場競争の様相が異なっているように見えます。軽乗用車には、エンジン排気量、車体サイズの規格があり、エンジン最高出力の業界自主規制もあります。
必然的に、ボディデザインも似通ったものになりがちです。つまり、軽乗用車は乗用車の中でも、より同質な商品に近いといえます。
この場合、どうしても価格競争に重点がシフトしてしまいます。
- 今、C社、D社の軽乗用車メーカーがあるとして、双方とも120万円で軽乗用車を販売しているとする。生産コストは、双方とも60万円と仮定します。早速、価格競争(値引き競争)が始まる
- しかし、双方とも採算割れギリギリの販売価格60万円で「ナッシュ均衡」になるかというと、恐らくそうはなない
- 利幅を一定程度は確保するという「業界の暗黙のルール」(協力ゲーム)があるとすれば、販売価格は双方とも100万円程度で、現実的な均衡解に落ち着く
- これは、燃費向上競争、コストダウン競争の場合でも、全く同様である
これに対し、普通乗用車の場合は軽乗用車のような規格も規制もなく、性能もボディデザインも自由でバラエティに富みます。そうなると、問題はもはや普通乗用車の購入者の「好み」でしかありません。
たとえば、エンジン排気量1.5Lの同グレードの普通乗用車をE社は170万円、F社は160万円の販売価格で売るとき、いうまでもないですが購入者はF社に集中したりしません。これが、差別化戦略の本質です。あらゆる産業の企業は、いかに他企業の商品と差別化し、付加価値とブランドを付けるかに腐心しています。
なお、競争戦略論でいう第三の戦略、集中戦略は特定の市場に経営資源を集中することですが、それはコスト集中、差別化集中に包摂されますので、ここでは以上の説明に付け加えることはしません。
ここでは、ごく簡単な事例をご紹介しましたが、近年の新しい産業組織論(New I.O.)は、「ゲーム理論による経済学の静かな革命」の中で完成されたゲーム理論的手法を駆使することによって、寡占市場をダイナミックに分析することを可能にしました。
その中でも非協力ゲーム理論を採り入れたNew I.O.は、産業分析を飛躍的に発展させ、「産業経済学の理論的発展の黄金時代」とまでも高く評価されました8Stephen Martin,Advanced Industrial Economics,Blackwell Publishing,1993。
しかし、現実の産業はさまざまな企業戦略、マーケティングの一大競技場です。競争と協調、敵対と友好が入り乱れ、合従連衡も頻繁で、複雑怪奇です。
ゲーム理論がいくら精緻になり、産業分析に有効だとはいっても、まだまだ現実の産業の様態には敵いません。この意味で、産業の実態に踏み込んだ泥臭い実証的産業研究もまた必要です。
- 1980年頃から、ゲーム理論はしだいに新古典派経済学と並んで、異端から正統へとその地位が移り変わっていった
- 経済学の中で、最もゲーム理論の応用が進んでいる分野が産業組織論である
3章:ゲーム理論に関するおすすめ本
ゲーム理論を理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
オススメ度★★★ 鎌田雄一郎『ゲーム理論入門の入門』(岩波書店)
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オススメ度★★ 岡田章『(新版)ゲーム理論・入門―人間社会の理解のために』(有斐閣)
本書は、ゲーム理論の基礎的な内容を中心に解説しています。ゲーム理論の学問的な位置付けや成り立ち、ゲーム理論が扱う人間のモデルなど、そもそもゲーム理論とは何かといったポイントから始めています。また、意思決定の背景にあるミクロ経済学の考え方についても示されており、ゲーム理論(特に数学)がよく分からない初心者の方でも理解し易いと思います。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- ゲーム理論とは、社会や自然界で複数主体が関わる意思決定問題や行動の相互依存状況を数理モデルから研究する理論領域である
- 搾取関係はあらかじめ存在する訳ではなく、相互学習によって始めはほぼ対称的な両者の間に後天的に発生することが明らかになった
- 1980年頃から、ゲーム理論はしだいに新古典派経済学と並んで、異端から正統へとその地位が移り変わっていった
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
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