エピソード記憶(episodic memory)とは、自分が経験したことや出来事についての記憶であり、「いつ」「どこで」といったようなものを伴う記憶のことです。
エピソード記憶を正しく理解すると、何かの知識をうまく記憶したいとか、重要な場面で思い出せるようにしたいといったときに役に立ちます(保証はできませんが)。
そこで、この記事では、
- エピソード記憶の意味・特徴
- エピソード記憶の心理学的実験
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:エピソード記憶とは
1章では、エピソード記憶の全体像を提示します。エピソード記憶の心理学的議論に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: エピソード記憶の意味
冒頭の確認となりますが、エピソード記憶とは、
自分が経験したことや出来事についての記憶であり、「いつ」「どこで」といったようなものを伴う記憶のこと
です。
記憶とは、私たちにとってとても身近なものです。そのため、心理学において、その身近な現象をなんという言葉で説明するのかを整理しておくことは非常に重要です。
※これから述べる用語を必ずしも覚える必要はありません。
端的にいえば、心理学において、記憶の機能として主に3つの機能が挙げられます。
- 記銘(memorization)・・・見たり聞いたり嗅いだりといった感覚器官より入力された情報を覚える機能
- 保持(retention)・・・記銘によって覚えたことを忘れずに維持し続ける機能
- 想起(remembering)・・・保持した情報を思い出す機能
この記事では、これらの機能を上記の用語で記述しますが、それぞれ、符号化(encoding)、貯蔵(storage)、検索(retrieval)とも呼ばれたりもします。
エピソード記憶についての話をする前に説明しなければならないのが、アトキンソンとシフリンの記憶の二重貯蔵モデルという考え方です2Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. Psychology of learning and motivation, 2(4), 89-195.。このモデルは、記憶が次のものからなると説明しています。
- 記憶が感覚器官から送られてきた情報を瞬時(0-2秒)保持される感覚記憶(Sensory memory)→詳しくはこちらの記事
- 一時的に数個程度の情報を保持する短期記憶(short-term memory)→詳しくはこちらの記事
- 長期的に大量の情報を保存することが出来る長期記憶(long-term memory)→詳しくはこちらの記事
長期記憶にさまざま々な記憶が保持されています。たとえば、「初恋の相手と自転車でツーリングに行った」といったような出来事についての記憶もあれば、「初恋」というのは「初めて知った恋」のことだというような知識についての記憶もあります。
また、自転車に乗るといった、言葉ではうまく説明できないような技能についての記憶もあります。このような記憶の内容に応じて、言葉ではうまく説明できないような記憶である手続き的記憶(procedural memory)と言葉によって説明可能な情報に関する宣言的記憶(declarative memory)に分けています。
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1-2:手続き的記憶と宣言的記憶
先ほどの自転車の乗り方は、手続き的記憶にあたります。このことを実感していただくために、どのように自転車に乗っているかを紙に書いてみてください。これは結構難しいのではないでしょうか?
また、何かしらの説明が書けたとしても、普段自転車に乗るときにはそのようなことは考えていないかと思います。普段私たちはさまざまな技能を意識することなく行えていますが、それが意識することなく出来ているのは、そのような一連の技能に関する知識が言語化できない手続き的記憶として長期記憶に保持されているためなのです。
対して、「初恋の相手と自転車でツーリングに行った」といったような出来事についての記憶もあれば、「初恋」とは「初めて知った恋」のことだというような知識についての記憶は宣言的記憶にあたります。この例を見てわかるように、宣言的記憶についても2つの種類の記憶に分けられます3Tulving, E. (1972). Episodic and semantic memory. Organization of memory, 1, 381-403.。
- エピソード記憶・・・「初恋の相手と自転車でツーリングに行った」といったような、「いつ」「どこで」のような情報を伴う過去に自分が経験した出来事についての記憶のこと
- 意味記憶・・・「初恋」というのは「初めて知った恋」のことだといったような、一般的な知識についての記憶のこと
また、エピソード記憶と意味記憶は思い出すときの主観的な経験も異なるといわれています。タルヴィングによると、次のような違いがあります4Tulving, E. (1972). Episodic and semantic memory. Organization of memory, 1, 381-403.。
- エピソード記憶を想起する場合には、「思い出す(remembering)」という感覚を伴う
- 意味記憶を想起する場合には、「知っている(knowledge)」という感覚を伴う
もし、みなさんが自分の記憶がどちらに分類されるのかを知りたい場合には(そんなことがあるのかわかりませんが)、どちらの感覚を伴うのかを参考にしてみるのが良いかもしれません。
最後に、エピソード記憶以外の説明も多くしましたので、 改めてエピソード記憶についてまとめておきましょう。
- 長い間保持される長期記憶のうち、言葉にすることができる記憶である宣言的記憶の一種である
- エピソード記憶は、「いつ」「どこで」といったことをともなうような出来事についての記憶である
- 一般的な知識についての記憶である意味記憶が想起するときに「知っている(knowledge)」という感覚を伴うのに対して、エピソード記憶を想起するときには「思い出す(remembering)」という感覚を伴うという特性がある
1-3:エピソード記憶の特徴
ここまでは、エピソード記憶が記憶研究の中でどのような位置づけにあるかということを説明してきました。
ここでは、エピソード記憶の特徴を1つ説明したいとおもいます。エピソード記憶の基本的な原則の1つに、符号化特定性原理(encoding specificity principle)があります。この原理は、どのように記銘するかによって、保持する内容が決まり、保持された内容によって、想起する際の有効な手がかりが決まるというものです。
簡単に言ってしまえば、記銘したときの状況や環境によって、想起をよりよく行うための手がかりが決まるということです。一般的には、記銘したときの状況と、想起するときの状況が類似しているほど想起されやすいことが知られています。
たとえば、テストでいい点を取りたい場合は、なるべく本番に近い環境で勉強をするのが良いと考えられます。このように、この原理を知っていると、何かの知識をうまく記憶したいとか、重要な場面で思い出せるようにしたいといったときに役に立ちます。
- エピソード記憶とは、自分が経験したことや出来事についての記憶であり、「いつ」「どこで」といったようなものを伴う記憶のことである
- エピソード記憶の基本的な原則の1つに、符号化特定性原理(encoding specificity principle)がある
2章:エピソード記憶の心理学的実験
さて、1章では、エピソード記憶の立ち位置と、符号化特定性原理の話をもとに、エピソード記憶をうまく保持するためにはという話をしました。2章では、符号化特定性原理を示すような実験を紹介します。
2-1:物理的環境の一致
まず、ここで紹介するのは、ゴッデン&バデリー(1975)の実験です。彼らの実験は、記銘時の物理的環境と想起時の物理的環境が一致しているほうが想起しやすいことを実証したものです5Godden, D. R., & Baddeley, A. D. (1975). Context‐dependent memory in two natural environments: On land and underwater. British Journal of psychology, 66(3), 325-331.。
実験概要
- 実験参加者はいくつかの単語を記銘して想起することを求められた
- この時、記銘時と想起時の状況が2つに分けられていた
- 記銘時の状況・・・一方の条件では実験参加者は、水中で単語を記銘することを求められ(水中記銘条件)、もう一方の条件では、陸上で単語を記銘することが求められた(陸上記銘条)
- 想起時の状況・・・水中で想起する条件と、陸上で想起する条件の2つの条件が用意されていた
- つまり、実験参加者は、水中で記銘して水中で想起するグループ、陸上で記銘して陸上で想起するグループ、水中で記銘して陸上で想起するグループ、陸上で記銘して水中で想起するグループの4つのグループに分けられていた
前者2つのグループは記銘したときの状況と想起するときの状況が一致していることから一致グループと呼び、後者の2つのグループは記銘したときの状況と想起するときの状況が一致していないので不一致グループと呼びます。
もし、記銘時の物理的環境と想起時の物理的環境が一致しているほうが、想起しやすいのであれば、一致グループのほうが不一致グループよりも想起の成績が良くなると考えられます。
実験の結果、想起した単語数の平均は、以下のとおりでした。
- 水中で記銘して水中で想起するグループ・・・11.4単語
- 陸上で記銘して陸上で想起するグループ・・・13.4単語
- 水中で記銘して陸上で想起するグループ・・・8.4単語
- 陸上で記銘して水中で想起するグループ・・・8.6単語
つまり、一致グループのほうが、不一致グループに比べてより多くの単語を想起することが出来ていました。このことは、物理的環境(水中か陸上)が記銘時と一致した状況が想起の手がかりとなっていることを意味しています。
2-2:心理的環境の一致
1-3では、物理環境の一致が想起の手がかりになるということを示した実験を紹介しました。しかし、想起時に手がかりになるような状況は必ずしも、物理的な環境ばかりではありません。
気分や感情といった、心理的な状況も手掛かりになることが知られています。つまり、怒っているときに記銘した単語は、怒っているような状況で想起しやすいということです。
このような気分や感情の一致が想起に与える影響を検証する方法として主に2つの方法が用いられます。1つが気分を誘導する方法で、もう1つは個人差に基づく方法です6谷口高士. (1991). 認知における気分一致効果と気分状態依存効果. 心理学評論, 34(3), 319-344.。
気分を誘導する方法
- 記銘時の気分を実験者の介入によって操作する。たとえば、特定の気分を誘発する文章を読ませることで、実験参加者の気分を操作する方法がある7ほかにも、過去1年で最も失敗したことを思い出してくださいというように、イメージを行わせることで気分を誘導する方法があります
- 実験では、記銘前にこれらの方法を用いて気分を誘導する
- その後、想起を行わせるタイミングで、気分を誘導し一致グループと不一致グループを作る
- たとえば、記銘時に快適な気分に誘導したのであれば、想起時に快適な気分に誘導したグループは一致グループ、不快な気分に誘導したグループは不一致グループとなる
この方法は、実験参加者を任意の気分に誘導できるという点で非常に有効です。一方で、特定の刺激を使って介入しているため、その刺激の内容によっては、気分の誘導以外の影響がある可能性もあります。
そのような、点を克服できるのが個人差による方法です。
個人差による方法
- 特定の介入は行わず、記銘時と想起時の実験参加者の気分を測定する
- この参加者の気分に基づいて、記銘時と想起時の気分が一致していたか一致していなかったかを事後的に分類することができる
- この個人差に基づく方法は、上述したように介入による効果を気にする必要はなくなるが、一致、不一致といったグループわけがその時の参加者の気分に依存するため、うまくコントロールできないという欠点がある
このような記銘時と想起時に状況が一致しているほうが一致していないときに比べて想起の成績が良くなるといった効果のことを、以下のように区分できます8太田信夫(2011) Ⅲ-35 エピソード記憶 子安 増生・二宮 克美 (編). キーワードコレクション 認知心理学 新曜社. 。
- 環境的文脈依存効果(environmental context dependent memory effect)・・・物理的環境に着目したとき
- 気分状態依存効果(mood dependent memory effect)・・・心理的環境(特に感情)に着目したとき
このように、さまざまな文脈で、このような効果がみられるということは私たちが記憶を想起するときに「いつ」「どこで」といった状況に関する情報が非常に重要であることを示しています。
- 物理的環境が記銘時と一致するグループのほうが、不一致グループに比べてより多くの単語を想起することができる
- 怒っているときに記銘した単語は、怒っているような状況で想起しやすい
3章:エピソード記憶を学ぶ本・論文
エピソード記憶を理解することはできましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
子安増生・二宮克美 『キーワードコレクション 認知心理学』(新曜社)
認知心理学のキーワードを列挙し、キーワードごとの解説をしている書籍です。特定のキーワードを深掘りしたいときに非常に有用な書籍です。エピソード記憶と意味記憶がキーワードとして並んでいますので、整理するのに役に立ちます。
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森敏昭『認知心理学を語る〈1〉おもしろ記憶のラボラトリー』(北大路書房)
記憶に関わるさまざまな知見についての“おもしろさ”を、知ることが出来る書籍です。内容はとっつきやすいですがしっかりと記憶研究についてのトピックを網羅している一冊です。
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エリザベス・ロフタス, キャサリン・ケッチャム『抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって―』(誠信書房)
私たちは時に、ありもしない出来事を実際にあったエピソードとして記憶してしまうことがあります。そんな偽物の記憶について、実際にあった事例や実験とともに紹介してくれる良著です。こちらの著者ロフタスはTEDでスピーチもしており、そちらを視聴するのもおすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- エピソード記憶とは、自分が経験したことや出来事についての記憶であり、「いつ」「どこで」といったようなものを伴う記憶のことである
- エピソード記憶の基本的な原則の1つに、符号化特定性原理(encoding specificity principle)がある
- 物理的環境が記銘時と一致するグループのほうが、不一致グループに比べてより多くの単語を想起することができる
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