東洋哲学・東洋思想

【易姓革命とは】天命、五行、讖緯思想とあわせてわかりやすく解説

易姓革命とは

易姓革命とは中国における王朝交代の理論を指します。古代中国において起こった儒教の思想を基調とし、これに様々な思想などが結びついてきました。

中国の王朝交代を正当化する根拠として、「易姓革命」という考え方がなされていたようです。

この記事ではそんな易姓革命についてフォーカスし、

  • 易姓革命の概要
  • 易姓革命と天命・五行・讖緯思想との関係性
  • 各時代の易姓革命について

について、解説をしていきます。

関心のある所から読んでみてください。

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1章:易姓革命とは

冒頭でも触れた通り、易姓革命とは、中国の王朝交代を正当化するための理論体系です。

儒教の思想をベースにしており、徳のない天子を天が見限った時に、他の徳のある人物に天命が下り、取って代わると考えられていました。 神話の時代を除くと、歴代の中国王朝交代の正当化の根拠とされ、あくまで形式的な考えとされています。

1-1:中国における天命思想

易姓革命について論じる際には、必ずと言っていいほど、「天」というキーワードが出てきます。そこで、まず最初に中国における「天」とそれに関連して天命思想を紹介していきます。

中国ではもともと、甲骨文字に代表されるように、天にお伺いを立てて物事を決めるというアニミズムがありました。

アニミズムについて、当初は原始的な信仰として論じられていましたが、人類学の立場からは原始的信仰をアニミズムと呼ぶことは否定されています。人類学以外の学問ではいまだに原始信仰という意味でアニミズムが使われることもありますが、ここでは自然信仰、物神信仰という意味で使っています。

アニミズムについて詳しくはこちらの記事で解説しています。

【アニミズムとは】意味・特徴・具体例をわかりやすく解説

それが次第に形式を変え、天に認められた子、即ち「天子」が世を治めるという考え方になりました。中国の殷から西周へ王朝が交代する際には、既にこうした天の意思「天命」によって王朝が交代されたとする考えがあったとされています。

中国における皇帝は、天命によって定められた人である反面、天から見放されれば、次の皇帝(天子)に取って代わられると考えられていました。

天命に適った統治を行なった場合は、その証として「瑞兆(ずいちょう)」があると考えられていました。「瑞兆」とは、良い事象が起こる前にみられる不思議な現象をいい、主に下記の様な現象とされています。

■瑞兆の主な事例

  • 四霊(麒麟、鳳凰、霊亀、応竜)の出現
  • 甘露などの露が発生したり、謎の芳香が漂う
  • 彩雲、新星、虹など特殊な気象現象
  • 不思議で神秘的な吉夢
  • 玉など希少な物品の発見、発掘

瑞兆の反対は凶兆と呼ばれ、日食や落雷、雹などの気象現象など不吉な前兆とされました。このように中国の政治は常に天に適ったものであるかどうかが一つの判断基準とされていました。

このような人の行いと天の為すことが密接に関係しているという考えは、天人相関説と呼ばれ、董仲舒の『春秋繁露』で論じられました。

1-2:易姓革命の要点

冒頭でもお話しした通り、易姓革命とは中国の王朝交代を正当化する理論体系です。内容としては徳を失った王朝の交代は天命による自然の摂理であるとするもので、人が争うことができないものとされました。

また、王朝の交代は統治者の姓が変わるため「姓を易(か)える」、また天命が改まるので「(天)命を改める」という意味があります。つまり「易姓革命」とは、統治者の姓が変わり、天命が改まることなのです。

易姓革命の理論体系には天命という概念が大きく影響していましたが、一方で儒教の思想も色濃く反映されています。儒教では「徳」を人間の道徳性に留めず、徳による教化によってこそ国が統治されるとしました。徳による統治は即ち天命に則った理想的な統治と捉えられ、この徳を失った統治者は排除されるべきと考えられていました。

1章のまとめ
  • 易姓革命とは、中国における王朝交代を正当化する論理
  • 易姓革命の背景には、天の意思によって王朝が交代されたとする「天命思想」がある
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2章:易姓革命について詳しく解説

易姓革命のやり方については、二つの手段があるとされています。

相手を武力で打倒する「放伐」と武力を使わず相手に帝位を譲ってもらう「禅譲」です。儒教では最初に「禅譲」が説かれ、「放伐」は認められていませんでしたが、後に「放伐」も手段の一つとして市民権を得るようになります。

2-1:放伐と禅譲

まず「放伐」は戦争による王朝の打倒を意味します。

放伐の最初の事例は夏王朝の暴君桀王を殷の湯王が撃破し、王朝交替を成したのが最初とされています。しかし、夏王朝は実在が不明確な王朝であり、実際にこの放伐があったのか定かではありません。実際に確認できるものでは、『封神演義』でも有名な周の武王が殷の紂王を討った事例になります。

反対に「禅譲」は武力を用いない王朝交替になります。徳を失った君主がそれを自覚し、より徳のある君主へと帝位を譲ることを指します。戦争をしないので、儒教ではこれが最も理想的な易姓革命の形だとされています。

儒教は、力による支配を否定する思想なので、放伐は本来行われないのが理想です。

しかし、孟子は場合によっては、放伐も許されると主張しました。孟子は天命とは民の意思を通じて示されると説き、民(天命)を満足させられない統治者は、通常の民と同じで討伐しても天命に逆らうことにはならないと主張します。

この孟子以降、禅譲の他に易姓革命の手段として放伐も認められるようになりました。

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2-2:五行説との融合

前漢の儒学者である董仲舒(とうちゅうじょ)は、人の行いと天の為すことの関係性を説いた「天人相関説」を主張しました。この「天人相関説」には、天と人の相関関係は陰と陽の二気によって感応するという考えがありました。

■陰陽と天人の相関関係

易姓革命陰陽と天人の相関関係

※このように人の陰気が動くと、天の陰気が反応し、人の陽気が動くと天の陽気が反応する、といったように、天と人との感応を陰陽で解釈しています。

この天人相関説によって、陰陽五行思想と天と人の関係性が説かれるようになります。

陰陽五行思想とは、この世の事象は陰と陽の二気と木・火・土・金・水の五行の組み合わせによって、起こっているという思想で、現代で言う化学のようなものです。

また、陰陽五行の思想には、五行は循環するという考え方がありました。

そこから「相勝説」「相生説」が生まれます。「相勝説」は五行が互いを打ち消しあう関係性を指し、木は土に勝ち、火は金に勝ち、土は水に勝つといった考えです。一方の「相生説」は互いに生み出しあう関係性を指します。木は火を生み、火は土を生み、土は水を生むという考えです。

■「相勝説」と「相生説」

易姓革命「相勝説」と「相生説」

※黒い矢印が相勝説、赤い矢印が相生説を表しています。

この陰陽五行思想と循環の考えに則り、易姓革命は更に理論化していきます。

すなわち、各王朝にも五行があり、例えば火徳に代わる王朝は土徳、土徳に代わる王朝は金徳、といったように天命によって次の徳の王朝へと代わっていくものとされました。また、五行にはそれぞれ色があり、王朝にも五行の徳があることから、それぞれ徳の色を備えるものと考えられました。

■五行ごとの色

青色
赤色
黄色
白色
黒色

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2-3:讖緯思想との関係性

讖緯(しんい)思想とは古代中国で行われた予言のことで、讖緯説とも言われています。

は未来を予言するという意味であり、中国では予言書を讖記と呼んでいます。

もう一方のは儒教の書物(経書)に対して緯書という書籍類を指します。経書の「経」は縦糸を意味するのに対し、緯書の「緯」は横糸を意味し、儒教を陰陽五行説に則り、神秘的に解釈するものです。儒教の七経(『詩』『書』『礼』『楽』『易』『春秋』『孝経』)に対して七つの緯書(七緯)が作られました。

陰陽五行説は前漢の董仲舒が天人相関説を唱えて以降、「災異説」に発展して、より神秘的な様相を呈します。「災異説」とは、この世で何かしらの事変が起こる際には、その前に天が災害や怪異の諸現象を起こし、予兆とする思想です。これは前漢当時の儒家思想にみられる神秘主義の代表でした。

このように、天人相関説や災異説、加えて元々あった讖緯思想も易姓革命と関連付けて考えられるようになりました。そのため、王朝が交代する前には天によって予言めいた現象や災異が発生し、次の五行の徳を備える王朝にとって代わられるという理論体系が完成します。

■讖緯思想を利用した王莽

讖緯思想を利用して易姓革命を成した人物として、新の王莽(おうもう)が挙げられます。王莽は高祖(前漢の劉邦)の予言であるとする「金匱図」・「金策書」という符命を偽作しました。

また、王莽が皇帝になる符命が、夢によって出現や発見されました。そこで、これらを天命の根拠として、王莽は禅譲を受け自ら新王朝の皇帝に即位しました。形上は禅譲ということになっていますが、新を打倒した後漢は、新を徹底的に批判し、これを禅譲ではなく「簒奪」として扱っています。

2-4:易姓革命が社会に与えた影響

前漢の王莽は禅譲により新王朝をひらくものの、すぐに後漢の劉秀によって打倒されます。劉秀もまた、王莽と同じように『赤伏符』という讖文を根拠に帝位につき、後漢王朝をひらきます。

しかし、後漢王朝も末期になると、中央政府の力が衰え、各地で農民反乱が勃発します。その最も大きな反乱が黄巾の乱です。張角が主導したこの反乱は、後漢の徳が火徳のため、自分たちは五行説に則り土徳であると主張しました。

黄巾の乱の「黄」は土徳の色である「黄色」を意味し、土徳である自分たちこそ、後漢王朝を放伐して新しい王朝を作る資格があるとうったえました。

しかし、後漢王朝末期に起こった黄巾の乱は成功することなく平定されます。最終的に後漢王朝は新しく興った魏の曹丕(そうひ)によって、禅譲に追い込まれ滅亡します。後漢から魏に代わった最初の年号は「黄初」であり、これも土徳である魏の初めであるということを意味します。

このように、易姓革命の思想は王朝交代の際に強く意識されていくようになります。

また、易姓革命は天命や五行思想、讖緯思想によって正当化されているため、前漢の初代皇帝劉邦や明の開祖朱元璋など、身分が低い者の支配も可能にしました。

そのため、易姓革命を行う際には、いかに自分の正当性を主張するかが重要になります。儒教の中で最も理想とされていた「禅譲」も、本心から帝位を譲って行われるというよりは、政治的軍事的圧力に屈したと考えてよいでしょう。

2章のまとめ
  • 易姓革命には、武力で王朝交代する「放伐」と武力を使わずに後退する「禅譲」がある
  • 易姓革命は、天人相関説、五行思想、讖緯思想によって理論化された
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3章:易姓革命について学べるおすすめ本

易姓革命について理解を深めることはできましたか?

学術的議論にはさまざまな見解があるため、より詳しくはこれから紹介する本をご覧ください。

おすすめ本

オススメ度★★★森三樹三郎『中国思想史』上・下(レグルス文庫/1978年)

思想史の大家である森樹三郎氏により、各時代の思想史、そして思想の内容が解説されています。平易で読みやすい文章になっているので、初めて中国思想を勉強する方にはもってこいです。易姓革命について、個別に解説をしている訳ではありませんが、陰陽五行思想や讖緯思想、天人相関説など、易姓革命を構成する各思想について、分かりやすく解説をしています。また、下巻では各時代ごとの思想の特長についても触れているため、社会への影響なども学ぶことができます。

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オススメ度★★安居香山『緯書と中国の神秘思想』(平河出版社/1988年)

安居香山氏は緯書に関する造詣に深く、緯書という比較的珍しいテーマを扱っている本書は一読の価値があります。易姓革命において緯書がどういう役割を果たし、どんな影響を与えたのか解説がされています。緯書について、知ろうと思うのであれば、一度読んでみるといいと思います。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 易姓革命とは、中国の王朝交代を正当化する理論体系のことで、武力による交代「放伐」と武力によらない交代「禅譲」があった
  • 易姓革命は、天の意思で王朝が交代するとする「天命思想」が背景にある
  • 易姓革命は、五行説や讖緯思想によって理論化され、王朝交代の際に意識されるようになった

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