東洋哲学・東洋思想

【墨子とは】人物・思想・墨家の活動までわかりやすく解説

墨子とは

墨子とは中国の思想家墨翟 (ぼくてき)を指します。場合によっては、墨翟の著した著作『墨子』のことを指すこともあります。

墨子の思想は中国思想を理解する上でとても重要です。

そこで、この記事では、

  • 墨子の生涯と時代背景
  • 漢籍である『墨子』の構成と内容
  • 墨子に関する逸話や成語

について、詳しく紹介をしていきます。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:墨子とは

墨子は中国の春秋戦国時代に活躍した思想家の墨翟(ぼくてき)を指します。古代中国において「子」は人に対する敬称で使われていました。

つまり、「墨子」は墨翟の敬称でもあります。また、墨子を初めとする思想家集団「墨家」の思想をまとめた漢籍も『墨子』と呼ばれています。

1章では、墨子の人物、活動や墨家について説明します。具体的な『墨子』の思想を知りたい場合は、2章からお読みください。

1-1:墨子の人物・活動

墨子(墨翟)は春秋戦国時代に存在した魯の国で生まれたとされています。姓が「墨」ということから、罪を犯して肉刑(黥・墨)を受けた囚人か墨を扱う手工業者ではないかと言われています。

事実、司馬遷の『史記』を確認しても、

蓋(けだ)し墨翟、宋の大夫、善(よ)く守禦し、節用を為す。

(思うに墨翟は宋国の大夫で、よく敵の侵攻を防ぎ、質素倹約に努めた。)

とあるくらいなので、確かに言えることとしては、『史記』が編纂された前漢の時代(紀元前91年頃)の時点で、墨子(墨翟)の出生はあやふやだったと考えられます。

墨子の活動時期は紀元前470年~紀元前390年ごろと考えられており、ちょうど春秋時代が終わり、戦国時代に移ろう頃でした。

春秋時代から戦国時代にかけては、周王朝の築き上げた封建制(天子の血族を地方の王に封じて国家を運営する方法)が崩壊し、中央から独立して力関係と国同士の戦争が顕著に表れる時期でした。大国が小国を併呑する下克上の戦国時代となり、各地には浪人が溢れます。その中に治国用兵の術を説く知識人がいました。

彼らは諸国を遊説し、諸国も戦国時代を勝ち抜くために彼らを食客として優遇しました。これを諸子百家と言います。

墨子もこの例に漏れず、世を治める独自の主張を行いました。法家の韓非の『韓非子』顕学篇によると、

世の顕学は儒墨なり。

(世の中で最も高名な学問は儒教と墨子の学問である。)

と記録されており、紀元前3世紀頃は儒教に比肩する学閥として勢力を誇っていました。

後に説明しますが、墨子は主に「非攻」と「兼愛」を説き、自衛の戦争は否定しませんでした。そのため、墨子は思想家であると同時に、自衛の戦争を助ける武装家集団でもありました。この墨子に集まった集団を「墨家」と呼びます。

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1-2:墨子のおこした墨家とは

「墨家」とは墨子が興した思想家集団で、自衛の戦争をサポートする武装集団でもありました。墨家は鉅子(きょし)と呼ばれる統率者の下で、強固に結束していました。

■歴代鉅子一覧

墨子 墨家の創始者。
禽滑釐 二代目。300人の集団を率いて宋に侵攻した楚を防ぐ。
孟勝 三代目。楚から出奔した陽城君を守るために籠城するも、楚に敗北。責任をとり墨者400人と集団自決。
田襄子 四代目。詳細不明。

防御のスペシャリストとしての武装家集団もある墨家ですが、時には墨子自ら敵国に赴き、相手を説き伏せて戦争を回避するなど、外交努力も怠りませんでした。

しかし、『墨子』魯問篇からは、地位や俸禄、名誉へ固執して入門する弟子たちが多く、墨者に対する対応に苦慮している墨子の姿が書かれています。

墨家は入門する時期や人種が幅広く、思想に対する意識にも差異が生じやすかった様で、墨子の「兼愛」の思想は集団の結束強化を目的として説かれたという説もあるくらいです。

そのためか、墨子の死後に墨家は「相里氏」「相夫氏」「鄧陵氏」の三つの学派に分裂しました。これを「三墨」と言います。

分裂後も儒教に比肩する大きな思想家集団として存在感を示していましたが、秦による天下統一で、墨家の活動は一気に下火になります。

理由は不明ですが、秦が天下を統一して、世の中が安定化したことにより、墨家の存在意義が低下した、秦の始皇帝の焚書坑儒により弾圧の対象となり衰亡していった、等が考えられています。



1-3:『墨子』の構成

著作としての『墨子』は元々71篇から構成されていましたが、そのうちの18編が失われており、現在確認できるのは53篇となっています。

タイトルから墨子本人が著作したと勘違いされがちですが、大部分は墨子の弟子により編纂されていると考えられています。

尚賢、尚同、兼愛、非攻、節用、節葬、天志、明鬼、非楽、非命の十論にはそれぞれ、上中下に分かれていますが、論旨がほぼ同じものになっています。これは、三墨(相里氏、相夫氏、鄧陵氏)の思想が一つにまとめられた影響であると考えられています。

つまり、『墨子』は厳密に言うと、墨家の各学派の思想をまとめたものと言えるでしょう。

■『墨子』の構成概要

第一構成 「親士」「修身」「所染」「法儀」「七患」「辞過」「三弁」
第二構成 「尚賢」「尚同」「兼愛」「非攻」「節用」「節葬」「天志」「明鬼」「非楽」「非命」「非儒」
第三構成 「経上」「経下」「経説上」「経説下」「大取」「小取」
第四構成 「耕柱」「貴義」「公孟」「魯問」「公輸」
第五構成 「備城門」「備高臨」「備梯」「備水」「備突」「備穴」「備蛾傅」「迎敵祠」「旗幟」「号令」「雑守」

第一構成の内容については、二つの説があります。一つは内容が儒家や道家の思想に近いことから、墨家の原初的な思想が書かれているとするものです。もう一つは、儒家や道家等、他学派の影響を受けて書かれた雑録であるとするもので、今現在は後者の考えが主流となっています。

第二構成は墨家の思想の主要な論説を述べている箇所で、最も重要な箇所です。その中でも「兼愛」上が最も古く、次いで「非攻」上が書かれたとされています。

第三構成は物理や論理をまとめたもので、墨家の諸思想の根拠を示しています。これまで墨子の著作と考えられてきたものの、疑問を呈する見解もあり、現時点で定説はありません。

第四構成は墨子の言行録で、説話化されたものが散見されます。内容は事実ではないものもありますが、墨子の思想を理解する上で重要な役割を果たします。墨子が利巧主義にはしる弟子をたしなめる魯問篇も第四構成の一つです。

第五構成は主に守城や防御について述べた箇所になります。武具や攻城兵器の扱い、資材について等、軍事的な色合いが強く表れています。

1章のまとめ
  • 墨子とは、中国の春秋戦国時代に活躍した思想家の墨翟(ぼくてき)や、墨家がまとめた漢籍である『墨子』のこと
  • 墨家とは墨子が興した思想家集団で、自衛の戦争をサポートする武装集団
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2章:墨子の思想・逸話

墨家の思想の特徴として、現実的でかつ実利的な考えが顕著に表れています。

これは当時の最大の学問である儒家の思想とは真っ向から対立するものでした。

たとえば、

  • 墨子が儒家の思想に対して「偏愛」と厳しく批判したこと
  • 孟子が墨子の思想に「父や主君を蔑ろにするのは獣である」と批判した点

からも見て取れます。

ここでは墨子の思想が色濃く表れている『墨子』の十論を紹介しつつ、儒家との違いについても触れていきたいと思います。

2-1:兼愛

兼愛論の「兼愛」は「兼(ひろ)く愛する」という意味です。

人を公平に隔たり無く愛せ、という意味です。また、儒家の説く愛を、家族や長たる者のみ向ける「偏愛」と厳しく批判しました。後述する天志でも解説をしますが、墨家は天(上帝)の意思を非常に重視しました。天の意に沿う者には平等の愛を与えるように主張しました。

2-2:非攻

非攻論は戦争による社会の弱体化衰退と不義を非難し、経済や生命等の利益を損なうという考え方です。一方で敵の侵略に対する防衛戦は否定していません。そのため、墨家は侵略戦争に対しては頑強に抵抗しました。守城の技術を発展させ、他国に侵攻された城の防衛に自ら参加しました。

2-3:尚賢

尚賢論とは、身分に関係することなく、国家を運営する才能を持った賢者を登用することを説いた考えになります。

「官に常貴無く、民に終賤無し」をモットーにしています。儒家も賢者を用いることを説いています。しかし、その内容は実務能力のみを重視した墨家に対し、徳性という抽象的な基準を用いた儒家という差異がありました。墨家は賢者の基準を統一し、また個人の能力を伸ばすことで、「賢者」を生み出せると考えました。賢者を外から招来させて用いる儒家とはこの点でも違いが顕著になっています。



2-4:尚同

尚同論とは天(上帝)に天子から庶民が従い、人々が同じ方向性を向いて天下国家を運営することで繁栄できるという考え方です。

絶対的な上位者の意思に下の者が従う、上意下達の様な方式をとることで、天下がよく治まると考えました。天子と民の間に三公や諸侯などの中間統治機構を介在させている点が特徴です。

2-5:節用

節用論とは、統治者の豪華絢爛な装飾や贅沢を抑制して、より実務的な分野に投資することで、国家の実利を充実させようという考え方です。

また、墨家の特徴として、人について富を生産する源だと位置づけています。この節用論と密接に関わってくるものが前述した非攻論です。つまり、富の生産者である人を殺戮する侵略戦争は行ってはならない、という思想になるのです。

2-6:節葬

節葬論は葬儀を簡素にして、浪費を防ぐことを説いています。

親兄弟など家族に対する礼を重んじる儒家にとっては、親類の葬儀を手厚くすることが重要でした。そのため、墨家の節葬論は儒家の主張とは対極に位置します。葬儀を手厚くすると、副葬品など豪華な品々を埋めなければならず、これを死んだ人ではなく生きた人に活用しようと述べています。墨子は葬儀については、明確に方法を定め、墨者に徹底したと伝えられています。

子墨子葬埋の法を制為して、曰く、「棺は三寸、以て骨を朽ちしむるに足り、衣は、三領、以て肉を朽ちしむるに足る。掘地の深さは、下菹漏無く、気上に発洩する無し。壟は以て其の所と期すに足れば、則ち止む。往を哭し来を哭し、反つて衣食の財に従事し、祭祀を けて、以て孝を親に致せ」と。

(墨子が次の通り埋葬法を定めた。「棺の厚さは三寸で、死者の骨を朽ちさせるまで持てばよい。衣服は三枚で、肉を朽ちさせるまででよい。地を掘る深さは、下は水分が染み出ない程度とし、上には臭気が漏れないようにし、土もりは墓所が分かる程度でやめる。道すがら泣き悲しむが、墓所から帰ってからは衣食の財を作るために働き、祭祀を絶やさぬようにして、親に孝行をするものである。」と。)

『墨子』節葬篇下 第二十五



2-7:非命

非命論とは、人の気力を奪ってしまう運命論を否定する考えです。

天から与えられた定めはなく、自分の力と努力次第でどうとでも変わっていくと説きました。これも、貧富等は、宿命として決定しており、脱却不可と主張する儒家とは真っ向から対立する考えです。

人の勤労意欲を促進することが、富を生産して国の運営予算に投資できるとしています。

2-8:非楽

非楽論は、人の労働意欲を削ぐような音楽や舞楽は否定する理論です。

音楽について人を現実逃避させてしまう根源として否定し、より実用的なものに注力するように説きました。これも、音楽を重視する儒家とは対立する考え方ですが、感情を表現するような音楽については、何も触れていません。

2-9:天志

天志論は天(上帝)を絶対的なものとして位置づけ、人格神としました。

そのため、天意に反する戦争や殺戮を否定する兼愛論にも繋がる考えです。天を人格神として扱う墨子は他の諸子百家とは一線を画すもので、ここに墨家の宗教的な特色が色濃く反映されているとも言えます。

2-10:明鬼

明鬼論とは、行いの良し悪しによって、賞罰を与える鬼神が存在すると説く思想です。

鬼神とは死者が変化したものと考えられており、本来は生前の恨みを晴らすという性質を持っています。しかし、恨みを晴らされたくなければ、良き行いをせよという教えに転換したものが墨家の明鬼論です。これはただの恨みを晴らす鬼神を、倫理道徳の管理者として位置づけ、広く人の犯罪を抑止する役割を持たせています。

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3章:『墨子』について学べるおすすめ本

墨子について要点を理解できたでしょうか?

より詳しくは、『墨子』について解説した、これから紹介する書籍を読んで学ぶことをおすすめします。

おすすめ本

オススメ度★★★森三樹三郎『墨子』(ちくま文庫/2012年)

思想史の大家である森三樹三郎氏の名著です。『墨子』の抄訳(抜粋して翻訳すること)です。日本語訳が自然で読みやすいので、初学者向きです。十論は上・中・下の中から一つ選んで翻訳されていますが、重要な論については、全て掲載されています。専門的な注釈もついており、『墨子』を深掘りする際には必読の書です。

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オススメ度★★★浅野裕一『墨子』(講談社学術文庫/1996年)

東洋思想に造詣の深い浅野裕一氏の著作です。こちらは訳本ではなく、墨子についての概説書になります。丁寧に墨家思想について説かれており、上述の『墨子』(ちくま文庫/2012年)と併せて読むと解説個所を直接確認できるため効果的です。史料の引用も多いため、専門性も高い信頼できる概説書です。

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オススメ度★柿村峻/薮内清(訳)『韓非子・墨子』(中国古典文学大系5/1968年)

『墨子』の全訳(日本語訳のみ)の書籍です。初学者には読みにくいかもしれませんが、現存する『墨子』の篇を全て日本語訳しているため、森三樹三郎氏の抄訳から漏れている箇所をこちらで確認することができます。また、巻末にも墨家に関する解説が加えられており、概説書としても有用です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 墨子とは、春秋戦国時代に活躍した思想家「墨翟」および、漢籍の『墨子』のこと
  • 墨子の思想は儒教と異なり、現実的でかつ実利的な考えであることが特徴

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