国際問題

【ベーシックヒューマンニーズ(BHN)とは】背景・取り組み事例からわかりやすく解説

ベーシックヒューマンニーズとは
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ベーシックヒューマンニーズ(Basic human needs,BHN)とは、衣・食・住に加え、教育や保健衛生などの社会サービス、雇用なども含めた、人間が最低限生活するために必要な基本的なものです。

国・地域が発展やその成果を測る上で、そこに住む人々の生活の質は重要な指針の一つと考えられてきました。

特に、BHNは人々の生活の質を測るために作られた初めての基準となるものであり、その国の開発を計画、実施、評価するために重要な役割を果たしてきました。

では、そのBHNとはどういったもので、どのような背景から生まれた考え方なのでしょうか?

この記事では、

  • BHNの意味・背景
  • BHNに対する批判
  • BHNに関する取り組み

について解説します。

好きな箇所から読み進めてください。

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1章:ベーシックヒューマンニーズとは

まず1章では、ベーシックヒューマンニーズ(BHN)とは何か、その考え方が登場した時代的背景、BHNに対しての学術的議論や批判について解説していきます。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:ベーシックヒューマンニーズの考え方

BHNという概念が初めて登場したのは、国際労働機関(ILO)が1976年に行った「世界雇用会議」でした。

この会議で提出された報告書「Employment, Grows and Basic Needs: A One-world Problem」の中の「ベーシックニーズ(Basic Needs)」という考え方がBHNの原型となっています。

その中でベーシックニーズ、すなわちBHNとは、社会がその最下層の国民に提供すべき最低限の生活水準であると記されています。そして、BHNは次の2つの大きな要素で構成されているとされています。

  1. 一家族が個人消費に必要な最低限度のもの
  2. 社会によって社会のために提供される基礎的なサービス

①には、十分な食糧や住居、衣類はもちろんのこと、それらに付随する設備や道具、家具なども含まれます。つまり、一家庭が日々の生活を送るために必要とされる最低限の衣食住を指しています。

②の社会サービスは、安全な飲料水や衛生設備、公共輸送、教育設備など、社会が提供すべきサービスのことです。これについては、人々の最低限度の権利を保障するための取り組みが政府によっておこなわれているかを指します。

この他にも、労働条件の改善や雇用機会の拡大、経済成長など、人々が十分な収入を得るための仕事に就けているかということも、広い意味でのBHNとされました。

このBHNが充足されているかを測るために、さまざまなデータが集計され、活用されました。たとえば、以下のようなものが参考とされて測定されています。

BHNで用いられるデータ

  • 食料については一日当たりのカロリー消費量やたんぱく質消費量などのデータ
  • 医療については乳児死亡率、医師・看護師の人数
  • 教育であれば識字率などのデータ

この調査を通して、国別・地域別に比較し、各国・地域でどのようなニーズの充足が課題になっているかを明らかにし、効率的に援助を進めていこうとしました。



1-2:ベーシックヒューマンニーズの背景

続いて、BHNという考え方が提唱された社会的問題や背景について説明します。

1960年代、多くの先進諸国が大きな経済成長を実現させていきました。この時代における開発思想は、基本的に以下のようなものでした。

1960年代の開発思想

  • その頃の国際社会は、トリクル・ダウン仮説が支持されていた
  • これは裕福な国の経済成長によって貧しい国にも利益が再分配され、恩恵を受け取ることができるという考え方であった

しかし実際は、先進国が経済成長をしても貧困層が大きく減少することはなく、むしろその格差は広がる一方だったため、トリクル・ダウン仮説に対して疑問が持たれ始めます。

この状況に対し、国際労働機関は雇用問題という観点から貧困問題を捉え始めるようになっていきます。すなわち、雇用を拡大させることが貧困を根絶させ、さらには経済の成長を目指すことで富が再分配されると主張しました。

また、時を同じくして世界銀行も貧困問題に取り組み始めます。世界銀行が従来行っていたインフラ整備を重視した援助政策は、貧困撲滅政策へと大きく転換されていきました。(→世界銀行という機関について詳しくはこちら

具体的には、開発途上国の国民総生産(GNP)の増加を目指すと共に、そこで得られる利益を貧困層の生産能力と所得を向上させるために配分できるような制度への改革を進めました。

そして、国際労働機関と世界銀行が着目した雇用・貧困・所得分配問題は、「BHNの充足」を目的とした開発へとして展開されていくことになりました。

さらには、1973年に起こった石油危機も、BHNの議論を加速させた一因となりました。この出来事により、先進国を中心に世界経済全体の成長速度が落ちたことで、貧困問題がより際立った形で表出しました。

また一方で、石油産出国や工業化に成功した新興国が経済成長をし始めたことにより、途上国の中でも格差が生まれたことも、BHNの充足を求める声を大きくしました。

とくに最貧国と言われる国々では、工業化が失敗に終わり、農業の輸出も停滞し、先進国に対する債務の返済も進まないことで、貧困の負のスパイラルに陥ってしまっていたのです。

※開発途上国に関しては次の記事が詳しいです→【開発途上国とは】定義・人口・支援の具体例をわかりやすく解説



1-3:ベーシックヒューマンニーズに関する学術的議論・批判

貧困問題を解決するために叫ばれ始めたBHNという考え方でしたが、一方でこの考え方には批判もありました。

松永(1981)は、BHNの考えをもとに開発を進めることに対する批判は、次の2つに集約することができると述べています2松永宜明(1981)「<レビュー・アーティクル>基本的ニーズ開発戦略(On the Basic Needs Approach to Development)」『国民経済雑誌』第143巻(2),109-110頁

  1. 「基本的財・サーヴィスの貧困層への移転は、経済全体の投資・貯蓄水準を引下げ、従って全ての人々の厚生低下という犠牲を伴う」
  2. 「従来の成長志向的開発戦略による大きな投資によって実現されるであろう所得の増大を通じた方が、長期的には貧困層の厚生をより高くすることができる」

①は、裕福な者から貧困層へと富を再配分することは、国全体の経済成長の障害になり、結局すべての人が犠牲を払う必要があるという批判です。つまり、異なる所得層に対してどのような割合で配分するかというバランスが論点となっており、貧困層を救うための犠牲を富裕層にどこまで求めるかが議論されました。

また②は、現在の貧困層への支援よりも、将来を見据えた開発を行った方が結果的には多くの貧困層を救えることになるという批判です。今ある貧困問題を解決するために未来の成長を犠牲にすることで、結局同じ問題が将来にわたって続いてしまう負のスパイラルに陥らないかどうかが論点となりました。

さらには、インドの経済学者アマルティア・センは、衣・食・住や社会サービスなどをBHNと見なすことは危険であると批判しました。

このセンの考えについて、斎藤(1996)は、「生活の質をいかにして測るのかという問題意識を基本にするセンは、人々がどれだけの財を必要とするかは、その人の生活条件や環境に応じて違うことに注目している」3斎藤千宏(1996)「人間のニーズ・貧困概念の変遷」『重点領域研究総合的地域研究成果報告書シリーズ : 総合的地域研究の手法確立 : 世界と地域の共存のパラダイムを求めて』第21巻,57頁と指摘しています。

つまり、個々人の生活の質は、物やサービスの充足だけでは向上させることができず、従来のBHNのような財を中心としたアプローチから、一人ひとりの人間に対してアプローチするべきだと主張したのです。

彼のこの考えは、後にUNDPが発表した「人間開発」という言葉の定義のもとになり、その後の開発の在り方に大きな影響を与えました。(→センの議論に関して詳しくは、次の記事を参照ください。

1章のまとめ
  • ベーシックヒューマンニーズとは、衣・食・住に加え、教育や保健衛生などの社会サービス、雇用なども含めた、人間が最低限生活するために必要な基本的なものである
  • トリクル・ダウン仮説ではなく、雇用を拡大させることが貧困を根絶させ、さらには経済の成長を目指すことで富が再分配されると考えられた
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2章:ベーシックヒューマンニーズの取り組み事例

さて、2章では、ベーシックヒューマンニーズの考え方をもとに、どのような取り組みがこれまで行われてきたのかについて解説します。

2-1: ベーシックヒューマンニーズへの取り組み

上述のように、BHNの重要性が叫ばれ始めた時代、その取り組みは国際労働機関(ILO)、世界銀行、そしてアメリカを中心に進められました。

国際労働機関が1969年から始めた「世界雇用プログラム」では、雇用とBHNのつながりを検証することを目的に研究され、そこで計画された雇用促進プロジェクトを開発途上国政府に提案しました。

たとえば、以下のような取り組みを提示することができます。

  • フィリピンに対して、農村における農業活動の促進や、輸出を目的とした労働集約型の製造業の育成などが提案され、そのプロジェクトの分析がおこなわれてきた
  • また、アメリカでは1973年にアメリカ援助法が改正され、海外援助を行う組織であるアメリカ合衆国国際開発庁(USAID)の方針を、BHNの充足を第一の目標とするよう転換が行われた(農業や栄養、人口分野、保健衛生、貧困などに焦点をあてた開発プログラムというような援助に優先的に予算配分された)

このほかにも、貧困層の人々が所得の向上や社会改善活動に積極的に参加できるようなプログラムが導入しました。

2-2: ベーシックヒューマンニーズの衰退

しかし、度重なる石油ショックなどによる経済状況の悪化により、十分な財源を確保することが難しくなったことで、1980年代になるとBHNに焦点を当てた開発は世界的に縮小されていきます。

BHNに再び光が当てられたのは、1995年に国連が開催した「世界・社会開発サミット」でした。それは根絶には程遠い状態であった貧困問題が、90年代に入りさらに悪化の一途を辿っていたためです。

そして貧困問題は紛争問題などの火種となり、その戦火は近隣の国、ひいては世界中へと影響を及ぼし、決して当該国だけの問題ではなくなっていたのです。

この世界・社会サミットでは、援助国は政府開発援助(ODA)の20%以上を保健、衛生、水、基礎教育などBHNに割り当て、また被援助国に対しても国家予算の20%以上をBHN関係の支出に充てることを目標とする「20/20原則」が提案されました。



2-3: ミレニアム開発目標(MDGs)

このように再び各国がBHNへの対応、支援を強化していくことが確認され、この流れはミレニアム開発目標(MDGs)へと繋がっていきます。

簡単にいえば、MDGsとは次のようなものです。

  • 2000年に国連が開催した「国連ミレニアム・サミット」で宣言された2015年までに全世界が取り組むべき開発目標のこと
  • MDGsで定められた8つの分野の数値目標は、貧困・飢餓の撲滅、初等教育の普及、乳幼児死亡率の削減、感染症等の蔓延防止など、その多くはBHNの考えを基にしたものである

たとえば、貧困と教育については、以下のような数値目標を掲げられています。

  • 極度の貧困と飢餓の撲滅・・・1990年と比較して1日1.25USドル未満で生活する人口の割合及び飢餓に苦しむ人口の割合を2015年までに半減させる
  • 普遍的初等教育の達成・・・2015年までに、世界中のすべての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする

これらの目標の多くは、著しい改善を見せたものの、全ての目標の達成にまでは至りませんでした。たとえば、アフリカの状況は改善こそされたものの、貧困や教育へのアクセスなど、未だに多くの問題に直面したままです。

これら残された課題は、持続可能な開発目標(SDGs)へと引き継がれる形で、現在もBHNの充足に向けて各国が開発を進めてられています。

SDGsの17のゴール

主な変更点は以下のとおりです。

  • SDGsでは従来のMDGsと違い、取組主体が国連や政府だけでなく、民間企業や市民一人ひとりにまで拡大されている
  • MDGsでは主に発展途上国の問題として捉えていたものを、SDGsにおいては先進国も取り組む課題とし、世界全体で解決することを目的にしている

このように、BHNの充足に向けた取り組みは、現在もなお行われ続けているのです。(→持続可能な開発に関してより詳しくはこちらの記事

2章のまとめ
  • 国際労働機関は1969年から「世界雇用プログラム」を開始した
  • BHNは「ミレニアム開発目標(MDGs)」、そして「持続可能な開発目標(SDGs)」へと繋がっていった
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3章:ベーシックヒューマンニーズに関するおすすめ本

ベーシックヒューマンニーズについて、理解できましたか?さらに深く知りたいという方は、以下のような本をご覧ください。

おすすめ書籍

オススメ度★★★ 大塚啓二郎『なぜ貧しい国はなくならないのか(第2版) 正しい開発戦略を考える』(日本経済新聞出版)

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オススメ度★★ ジェフリー・サックス『貧困の終焉―2025年までに世界を変える』(早川書房)

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ベーシックヒューマンニーズとは、衣・食・住に加え、教育や保健衛生などの社会サービス、雇用なども含めた、人間が最低限生活するために必要な基本的なものである
  • トリック・ダウン仮説ではなく、雇用を拡大させることが貧困を根絶させ、さらには経済の成長を目指すことで富が再分配されると考えられた
  • BHNは「ミレニアム開発目標(MDGs)」、そして「持続可能な開発目標(SDGs)」へと繋がっていった

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<参考文献>

  • 植松忠博(1980)「基本的ニーズ戦略の意義と展望(I)」『岡山大学経済学会雑誌』第12巻,第2号,33-75頁
  • 外務省HP「第2部 テーマ別評価:貧困 I 国際開発機関における貧困問題への取り組み」
  • モーリス・ウイリアムス(1992)「第2部 アメリカの対発展途上国援助政策 第2章 アメリカ援助の歴史的経験:7つの援助戦略モデル」『研究双書』第422巻,130頁―143頁
  • 福井千鶴(2013)「ミレニアム目標達成に向けた貧困改善手法の考察」『国際関係研究』第33巻2号,35頁―45頁
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