上部構造・下部構造(base and superstructure)とは、下部構造(経済)という社会全体の土台が上部構造(法律的・政治的/イデオロギー的)を因果的に決定するという建築の比喩です。
定義だけではわかりにくいと思いますが、理解する価値のある大変重要な議論です。
なぜならば、マルクスの経済学や1970年代以降に登場したネオ・マルクス主義、カルチュラル・スタディーズ、ポストコロニアリズム、サバルタン研究など「上部構造・下部構造」の議論をスタート地点としているからです。
たしかに、ソ連の解体に代表される社会主義への信頼の喪失は、マルクス不信を生み出しました。その結果、今ではあたかもマルクスは悪の根源のように描かれるようになっています。
しかし、20世紀もっとも影響力をもった思想家の一人であるマルクスによる、ある時代のある社会構造を分析しようとする理論的・批判的な精神はいまだに大事です。
そこで、この記事では、
- 上部構造・下部構造の定義・意味
- 上部構造・下部構造への批判
- マルクスの議論とその後の展開
などをそれぞれ解説します。
読みたい箇所から、読み進めてください。
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1章:上部構造・下部構造とはなにか?
1章では、上部構造・下部構造を概説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 上部構造と下部構造の意味
冒頭の定義を再度確認すると、「上部構造・下部構造」とは、
下部構造(経済)という社会全体の土台が上部構造(法律的・政治的/イデオロギー的)を因果的に決定するという建築の比喩
です。
一般的に、マルクスの著作である『ドイツ・イデオロギー』(1845-46)や『経済学批判』(1859)で提示された概念と考えられています。
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そして「上部構造・下部構造」という言葉は英語で、「base」=下部構造「superstructure」=上部構造と表記されます。
そのため、「下部構造」を日本語に翻訳したとき、しばしば「土台」と訳さます。まず、上部構造と下部構造を理解するためには『ドイツ・イデオロギー』で議論された内容を理解することが重要です。
1-1-1: 下部構造(経済)とは?
『ドイツ・イデオロギー』は1845-46年にかけて、旧友のエンゲルスとマルクスによって書かれた本です。この本では「人間と動物の違い」を議論することから初めています2大澤真幸 『社会学史』(講談社現代新書)。
マルクスによると、人間と動物の違いは、
人間は自分の生活手段を自分で生産すること
だと考えました。
そして、マルクスは人間が自分の生活手段を生産する様式のことを「生産様式(mode of production)」と呼びました。
当たり前だと思いますが、人間は一人では生活できません。人間は他の人間と相互に関係を築きながら活動する必要があります。マルクスはこの人間の相互活動を「交通」と呼びます。
マルクスは「交通」をとおした「生産様式」が、人間生活のベースとなる物質的側面、つまり「経済」だと考えました。
マルクスの用語で説明すると、「生産力」+「生産関係」=「生産様式」となります。そして、「生産関係」とは階級を意味します。
1-1-2: 上部構造(法律的・政治的/イデオロギー的)とは?
これまでは経済、つまり下部構造の解説でした。では一体、上部構造とはなんでしょうか?
定義では法律的・政治的/イデオロギー的なものと説明しましたが、抽象的でわかりにくかったと思います。もっとシンプルにいうと、上部構造とは人間の精神的な活動(観念、思想、理念等々)を指します。
つまり、物資的で経済的なものが下部構造であるならば、上部構造は人間の精神的な活動を意味します。
そして、マルクスは人間生活のベースにある「物質」と、人間の「精神」との関係を『経済学批判』で考察しました。そこで提示された比喩が「上部構造と下部構造」でした。
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1-1-3: 建築の比喩としての上部構造と下部構造
(上部構造・下部構造の建築の比喩)
まず、マルクスは一軒家の建築物のような社会全体を想定します。建築物をつくるためには、次のような過程があります。
- 最初に、もっとも重要な土台という基礎をまずつくる
- その次に、構築物をつくる
- 最後に建築物の外部と内部の装飾物をつくる
マルクスは、この建築の過程に社会を当てはめて説明します。それが以下の過程です。
- 社会は物質的土台である経済がある(経済=「生産様式」=「生産力」+「生産様式」)
- 経済の上に、政治と法律という「一階」がある
- その上に、イデオロギーという「二階」がある
ここで重要なのが、マルクスは経済的な土台が因果的に上部構造の実践を決定すると考えた点です。
つまり、マルクスは土台である経済がまずあり、それに規定されて権力構造が決定されたり、人間の精神活動が決まる、と考えました。これが「上部構造・下部構造の比喩」の考えです3廣松 渉『今こそマルクスを読み返す』(講談社現代新書) 45-47頁。
このなかで注目してほしいのが、「イデオロギー」という言葉です。「イデオロギー」はデステュット・ド・トラシーという人物によって初めて使われました。その意味は「観念学」というものでした。
しかしマルクスは「イデオロギー」を人間精神活動の一般をまとめて説明するために使用します。思想、学問、芸術、それはすべてイデオロギーと呼ばれました。
「上部構造・下部構造」を理解するためのポイント
- 物質的生活の生産様式が社会的、政治的、精神的な生活を制約する
- ある社会の成り立ちは当該社会の経済的なあり方に規定される
1-2: 上部構造と下部構造が誕生する歴史的文脈
さて、そもそもマルクスはなぜ「上部構造・下部構造の比喩」を必要としたのでしょうか?結論からいうと、マルクスは資本主義社会を説明するために上部構造・下部構造を必要としました。
哲学者の今村仁司によると、マルクスが上部構造・下部構造の比喩を用いた理由は次のようなものでした4今村仁司 『マルクス入門』ちくま新書。
こうした命題を登場させるには現実的経験が確かにあった。それが圧倒的貧困をともないつつ巨歩を進める経済的現実すなわち資本主義であった。一九世紀の人々にとって後に資本主義と命名される経済は全く新しい現象であり、知識人と民衆とを問わず、困惑と驚嘆をよび起こす何ものかであった。
社会で起きる出来事を分析するには、新たな分析のわかりやい言葉が必要です。マルクスは「上部構造・下部構造の比喩」を用いて、経済という物質生活の再生産に迫ることで資本主義を分析しようとしました。
1-2-1: 上部構造・下部構造の論争的な性格
マルクスが経済に着目した理由は、当時広く共有されていた経済無視の観念論的な考え方に反対するためでもありました。
観念論は歴史的発展に対する人間の精神を強調しますが、マルクスは実際の物質的状況や実践から説明する試みをします。
ここでは深く立ち入りませんが、マルクスの上部構造・下部構造は「観念論 vs 唯物論」といった学問的な論争的性格をもっていたのです。
1-3: 上部構造と下部構造に対する批判
さて、マルクスの上部構造・下部構造は激しい批判をうけてきました。その主なものは「上部構造・下部構造は経済決定論である」という批判です。経済決定論とは、人間の意思や行為が経済によって決定されているという考えです。
たしかに、マルクスの「上部構造・下部構造」によると、政治、文化、イデオロギーは経済変化の従属変数にすぎない、と考えることができます。
経済的土台が最重要であり、上部構造は付随的な反映にすぎないといえるでしょう。しかし、本当にそうでしょうか?マルクスの「上部構造・下部構造」をよくよく考えると、そこには大きな矛盾が存在することがわかります。
一方で経済決定論に従えば、個人や集団の行動は経済に決定されます。つまり、個人の自発的な意思はなく、社会構造が経済構造によって何もかも決定されています。社会の発展や崩壊も経済に決定されている。個人の意思が介入する余地はないのです。
他方で経済決定論を信じる社会主義者たちは、自らの行動によって社会革命を自発的・意識的に引き起こそうとします。つまり、自らの原理では不可能な行動を可能であるかのように主張しているのです。
ここに経済決定論の決定的な矛盾があります。つまり、経済決定論の矛盾とは、以下のものです5今村仁司 『マルクス入門』ちくま新書。
- 経済が政治、法律、文化、個人の意識を決定していると主張するならば、個人的または集団的な実践的行動は不必要となる
- 「革命」は経済が引き起こすものであり、人間主体という役割はない
言い換えると、皮肉なことに革命という自発的な社会変革は経済決定論を否定することになるのです。それが経済中心主義のマルクスが抱えた問題でした。
いったんここまでの内容をまとめます。
- 「上部構造・下部構造」とは、下部構造(経済)という社会全体の土台が上部構造(法律的・政治的/イデオロギー的)を因果的に決定するという建築の比喩
- 経済とは「交通」をとおした「生産様式」で、上部構造とは人間の精神的な活動を意味する
- マルクスの経済決定論は、革命という自発的な社会変革によって否定されることになる
2章:上部構造・下部構造のその後の展開
「上部構造・下部構造」の概要は1章で解説したとおりですが、ここで終わると「マルクス主義はやっぱり忘れるべきもの」といった結論に陥ります。
しかしそれでは非常にもったいないです。20世紀後半以降、マルクスの再解釈は社会分析の新たな視点を提供してきただけでなく、日本の社会科学の発展に大きな影響を与えてきたからです。
2章では20世紀後半以降における「上部構造・下部構造」という課題の解決の試みを簡単に紹介します。
2-1: 上部構造・下部構造とアルチュセール
ここでは経済決定論と批判された「上部構造・下部構造の比喩」の解決策を、フランスの構造主義的マルクス主義のルイ・アルチュセールから紹介します。
アルチュセールが考えたのは「重層的決定(overdetermination)」と「相対的自律(relative autonomy)」という概念です。
重層的決定
- 「生産様式」という抽象的な社会関係でさえ、経済的なものだけから決定される関係ではない
- その代わり、「生産様式」という社会関係には政治的、イデオロギー的なものを含めて構成されている
- そのため、経済、政治、イデオロギーという要素が重層的に社会のあり方と「革命」の可能性を決定している
相対的自律
- それぞれのレベルにおける実践の内容は単に経済的土台から由来するのではなく、相対的に自立して存在する
- たとえば、資本主義国家は資本家階級の利害からある程度自律してる
- しかしその自律の程度は相対的なものにすぎない
すこしわかりにくかもしれませんが、アルチュセールが目標としてるのは経済の「決定性」を揺るがすことです。
そのため、マルクスは経済に最終的な決定性を与えていましたが、アルチュセールは経済に優位性があるものの、社会編成は重層的に決定されることを指摘しました。
言い換えると、経済に優位性は常にあるものの、状況によっては文化、政治、イデオロギーが社会変革を導く可能性があるといった「経済に還元できない非決定性」を提示します。
だからこそ、それぞれの要素(経済、政治、法律、イデオロギー、文化等々)は相対的に自律しており、経済がすべての社会変化を説明するわけではない、といった考えが必要だったのです。
※この記事では本当に簡単な解説に留めているため、もっと詳しいこと、正確な理解を求める場合は、必ず専門書ににあたってください。
また、アルチュセールのような議論は、上部構造による社会変革の可能性は以下のような学問領域に影響を与えています。
- ネオ・マルクス主義
- レギュラシオン理論
- カルチュラル・スタディーズ
- ポストコロニアリズム
- サバルタン研究
- アントニオ・グラムシの議論
冒頭で説明したように、「上部構造・下部構造」はこれらの議論を理解するスタート地点ですから、今でも非常に大事です。
2-2: 上部構造・下部構造と日本での展開
これまで西欧諸国における議論の展開を解説しましたが、日本社会に与えた影響はどうだったのでしょうか?後発的な資本主義社会である日本での展開と日本の社会科学へ与えた影響を簡単に解説します。
第二次世界大戦以前の日本社会においてマルクスが大きな論争になったのは、日本の資本主義において異なる「生産様式」が共存していたことをどうように評価し、それを踏まえてどのように運動を展開するのかといった問題が存在したからでした。
論争のなかで「封建遺制」といった言葉が使われたように、当時の日本社会では資本主義の「生産様式」とは異なった社会関係が存在していました。そのような社会関係から社会運動がどう展開されるべきか、といった議論がされました。
重要なのは論争の内容ではなく、その後の展開です。なぜならば、戦後日本の社会科学はこの論争を「土台」にしていると一般的に考えられているからです。
たとえば、以下の学問領域と研究は「封建遺制」の論争から発展したものだと考えられています。
- 大塚久雄の経済学史
- 宇野弘蔵の経済学
- 川島武宜の法社会学
- 有賀喜左衛門の農村社会学
非常に簡単ですが、マルクスの議論は日本の社会科学に影響を与えていることがわかると思います。
これまでの内容をまとめます。
- アルチュセールの「重層的決定(overdetermination)」と「相対的自律(relative autonomy)」は、経済的な決定性を揺るがすもの
- マルクスの議論は日本の社会科学に影響を与えている
上部構造と下部構造を学ぶ書籍リスト
どうでしょう?大まかに「上部構造・下部構造」を理解することはできましたか?
マルクスの原著にいきなりあたるのは、初学者にとってハードルが高いです。ここでは初学者用の本を紹介します。この記事もこれから紹介する本をもとに書かれています。
今村仁司『マルクス入門』(ちくま新書)
これからのマルクスを考える上で非常に重要な本。主要なマルクスの著作をおさえていますし、初学者におすすめです。
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大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書)
マルクスに関する専門書ではないですが、社会学者としてのマルクスをわかりやすく説明しています。初学者にとってもオススメ。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 「上部構造・下部構造」とは、下部構造(経済)という社会全体の土台が上部構造(法律的・政治的/イデオロギー的)を因果的に決定するという建築の比喩
- 経済とは「交通」をとおした「生産様式」で、上部構造とは人間の精神的な活動を意味する
- マルクスの経済決定論は、革命という自発的な社会変革によって否定されることになる
- アルチュセールの「重層的決定(overdetermination)」と「相対的自律(relative autonomy)」は、マルクスの経済的な決定性を揺るがすもの
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