大きな物語(Grand narratives)とは、近代社会がそれ特有の世界観と人間観によって社会・文化的コンテキストを維持・正当化するための物語を指します。
ジャン=フランソワ・リオタールが提示した「大きな物語」という概念は、ポストモダン論を学ぶ上で最も重要な考えの一つです。この概念を理解することなしに、「ポストモダンとはなにか」という議論に進むことができないからです。
加えて、リオタールの議論はハーバマスなどが展開した「モダン・ポストモダン論争」を理解する上でも大事になってきます。そういった意味で社会科学を学ぶ方は知っておきたい概念です。
そこで、この記事では、
- 大きな物語の意味
- 大きな物語のリオタールの議論
- 大きな物語と小さな物語の関係
をそれぞれ解説します。
あなたの興味関心にそって、読み進めてください。
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1章:大きな物語とリオタール
1-1: 大きな物語の意味
まず、冒頭の確認となりますが、大きな物語とは、
近代社会がそれ特有の世界観と人間観によって社会・文化的コンテキストを維持・正当化するための物語
を指します。
「大きな物語」という概念は、フランス人哲学者のジャン=フランソワ・リオタール(Jean-François Lyotard 1924年ー1998年)が『ポストモダンの条件』(1979)で提示したものです。
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結論からいえば、リオタールは『ポストモダンの条件』において、「大きな物語」が終焉する状況を「ポストモダン」という言葉で表現しました。この大きな物語の前提には、「近代社会はある種の理念を達成することを目標に支えられてきた」という考えがあります。
具体的に、その理念とはたとえば次のようなものです。
- 科学による社会の進歩
- 資本主義
- 民主主義
- 労働の解放
- 教育による平等
- 民族独立
これらの理念を大まかにまとめると、理性的で自律的な主体が合意によって真理と正義を共有しながら、進歩思想を中心に社会を運営し、社会の進歩や人間の幸福を実現するといった物語といえます1前川「ポストモダン」『社会の構造と変動』世界思想社。
このような物語を、リオタールは「大きな物語」という言葉で表現しました。
ちなみに、大きな物語はしばしば「メタ物語」と呼ばれます。メタ物語と呼ばれる所以は乱立するさまざまな理念を制して、大きな物語が絶対的な優位性をもつためです
- 「大きな」物語というとき、物語の内容が気宇壮大なものを意味するわけではない
- 「大きな」物語とは、物語自体が社会に広く共有されていることを意味する2大澤『社会学史』講談社現代新書
1-2: 大きな物語と『ポストモダンの条件』
再度述べますが、「大きな物語」という概念はリオタールが『ポストモダンの条件』(1979)で提示したものです。
この著作の冒頭でリオタールは、大きな物語を科学と物語の葛藤から説明しています。それは次のように説明されます。
- 科学は神話のような「物語」を知の探求する手段として適切なものとして捉えない(神話は寓話にすぎない)
- 科学は自らが神話より真理の追究に適していることを示すための物語が必要になる
- それが科学こそが唯一の正当性をもった物語であり、「大きな物語」である
冒頭では科学の事例で説明されていますが、基本的に大きな物語とは近代の理念です。そして、近代の理念は3つの特徴から説明されます。
1-2-1: 人間理性への信頼
人間理性への信頼とは、
人間は理性によって社会をよりよい方向へと導くという意味
です。
リオタールによると、理性は獲得した人間は近代理念への参加を選び取ります。
伝統社会における人間集団は階級や身分が特定の地域や血縁関係と深く結びつけられていましたが、近代社会ではその限界を越えた共同体です。そのような共同体を形成するためには、普遍性が必要になります。
ちなみに、理性の獲得は「啓蒙主義」と深く関連した考えです。啓蒙主義に関しては次の記事で詳しく解説しています。
1-2-2: 絶対的な優位性
近代の理念の次の特徴は、
近代理念が他の理念に比べて絶対的な優位性があること
です。
近代の理念は他の理念に比べて絶対的に優位でなければなりません。それまで乱立していたさまざまな理念を正しい方向に導く役割が近代の理念にはあります。
そういった意味で、近代の理念はメタ物語なのです。
1-2-3: 達成目標
近代の理念の次の特徴は、
大きな物語が指す目標はそれぞれ異なるけれど、どの物語も現状からの救済を目標とすること
です。
つまり、大きな物語は現状を劣ったものとして、物語の提示する理念によってのみそこから救済されることを語ります。大きな物語とされる理念の内容はそれぞれ異なるかもしれませんが、そこにはこのような共通の特徴があります。
1-3: 大きな物語の事例
たとえば、リオタールは次のような事例を挙げています。
啓蒙主義の物語
- 啓蒙主義は、認識と平等主義によって無知と隷属からの解放を示す物語
- 理性を獲得した人間は、合意形成をもとに普遍的な平和をもたらす
- つまり、知識と訓練の不足による蒙味状態から人びとを救済するという啓蒙主義の物語
啓蒙主義の物語には、先ほど説明した近代の理念の3つの特徴があることがわかると思います。
異なる事例として「搾取からの解放というマルクス主義的物語」や「富の蓄積と経済発展という資本主義的物語」があります。
どの物語も人びとの圧迫した状況を解放する物語という点では共通しています。リオタールによれば、19世紀・20世紀における人間の行動と思想はこのような大きな物語にしたがっていたのです。
1-4: 大きな物語の終焉
このように、大きな物語の樹立は近代における人間の思想と行動を説明するものでした。
リオタールは近代以降の大きな物語がその自明性・信頼性を失った状況を「ポストモダン」という言葉で説明しました。ポストモダン論の一例としては、ジャン・ボードリヤールの「記号消費」といった分析があります。
従来の社会学が経済を中心にしていましたが、記号的な消費活動に注目してポストモダンな社会を消費社会と呼びました。→より詳しくはこちら
いったん、これまでの内容まとめます。
- 大きな物語とは、近代社会がそれ特有の世界観と人間観によって社会・文化的コンテキストを維持・正当化するための物語を指す
- 大きな物語とは近代の理念で、3つの特徴がある
- 大きな物語が終焉した状況を、ポストモダンとリオタールは表現した
2章:大きな物語と小さな物語
1章では大きな物語の概要を説明しましたが、2章では大きな物語が終焉したとき生まれる「小さな物語」を説明していきます。
確認しますが、大きな物語の終焉とは、
- 物語の核となっていた、理念の自明性や信頼性が失われたこと
- そのような時代状況をリオタールは「ポストモダン」と呼んだ
といえます。
2-1: 小さな物語の意味
さっそくですが、「小さな物語」とは次のような意味をもちます。
- 大きな物語のように、多様な社会を統制するような普遍的な理論の構築を目指したものではない
- 大きな物語が終焉したとき、決してメタ物語にならないようなポストモダンの物語
モダンの大きな物語とは異なる形で作り出される物語が小さな物語である、といえます。では一体、どのような物語が小さな物語なのでしょうか?
2-2: 小さな物語の事例
小さな物語の事例は「この物語だ」と特定することは難しいですが、大きな物語では語られなかった物語と考えると簡単です。
大きな物語はその性質上、普遍的な歴史を語ろうとします。たとえば、啓蒙主義は理性を獲得した人間が、真の共同体を形成すると考えます。そこに人類の普遍的な歴史を語ろうとする姿勢がみえます。
一方で、小さな物語は大きな物語の前提を疑問視し、自己の言説を表現しようとします。
たとえば、西洋中心史観を否定するものとしてポストコロニアリズムを小さな物語といえることができるでしょう。植民者が語る歴史だけが歴史ではないという思想は抵抗から生まれたものであり、普遍的な歴史の自明性を失わせるものです。
ポストコロニアリズムとは、植民地主義に対する先鋭的な思想や理論です。ポストコロニアリズムで先駆けとなったのは、フランツ・ファノンです。代表作に『黒い皮膚・白い仮面』『地に呪われる者』があります。
サイードの『オリエンタリズム』やスピバックの『サバルタンは語ることができるのか』はポストコロニアル論の代表的な理論です。
詳しくは次の記事を参照ください。→【ポストコロニアリズムとは】定義や代表的な理論をわかりやすく解説
このように、小さな物語とは、
- 大きな物語への不信から自らがメタ物語にはなろうとしない
- 複数の言説がもつ異質性を担保し、そのような言説を増やしていこうとする
といったこと特徴があります。
2-3: モダニズムとポストモダン
ここで注意しなければならないのは、モダニズムとポストモダンの関係です。リオタールは、モダニズムとポストモダンを時代の区分として捉えていないことに注意してください。
モダニズムとは、以下のようなものです。
- 19世紀末から20世紀はじめにかけて、ブルジョア的「近代」を乗り越えるようとする変革運動である
- 主に建築・芸術・文学の分野で使われる用語である
リオタールは近代啓蒙主義以降の、文化・科学・芸術の潮流を説明するものとして「モダン」という言葉を用いています。そしてリオタールのいう「ポストモダン」は全般的な社会現象ですから、モダニズムの単なる延長して捉えることは短絡的です。
モダンと断絶された時代があるのではなく、むしろ「ポスト」という接頭辞が示すように、モダンという土台を足場としてされるある理論的な運動です。
カルチュラル・スタディーズの創設者であるスチュアート・ホールが指摘するように、「ポスト」はすでに提起された一連の問題群の上で思考し続けることを意味するといえるでしょう。
モダニズムについては次の記事で詳しく解説しています。ぜひ参照ください。
これまでの内容をまとめます。
- 小さな物語とは大きな物語が終焉したとき、決してメタ物語にならないようなポストモダンの物語
- 小さな物語は大きな物語の前提を疑問視し、自己の言説を表現しようとする
- 「ポスト」は時代の区分ではなく、すでに提起された一連の問題群の上で思考し続けることを意味する
3章:大きな物語の学び方
どうでしょう?大きな物語やポストモダンに関する理解を深めることができましたか?最後に、あなたの学びを深めるためのおすすめ書物を紹介します。
ジャン=フランソワ・リオタール『ポストモダンの条件』(書肆風の薔薇)
やはり一番のオススメは原著にあたることです。上記しましたが、大きな物語を理解するための一番の近道ですので、再度紹介します。
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仲正 昌樹 『集中講義! 日本の現代思想 ポストモダンとは何だったのか』(NHK出版)
ポストモダンが生まれた潮流をわかりやすく解説しています。今やポストモダン論は1980年代の古い出来事に感じますが、現代思想を学ぶと必ず出てきますので、しっかり理解することをオススメします。
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石毛弓「リオタールの大きな物語と小さな物語–概念の定義とその発展の可能性について」『竜谷哲学論集』 (21), 53-76, 2007 龍谷哲学会
リオタールの議論をわかりやすくまとめた論文です。原著を読むことに抵抗がある方はまずこの論文を読んでみてください。この記事でも参照しました。
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 大きな物語とは、近代社会がそれ特有の世界観と人間観によって社会・文化的コンテキストを維持・正当化するための物語を指す
- 大きな物語が終焉した状況を、ポストモダンとリオタールは表現した
- 小さな物語とは大きな物語が終焉したとき、決してメタ物語にならないようなポストモダンの物語
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