本質主義(essentialism)とは、人種、民族、性別といったカテゴリーに不変的な性質があるとする考え方です。
本質主義的な考え方は日本社会で多く見られますが、一般的に批判されるべき考え方とされてます。それは本質主義的な考え方が、人種主義といった不正義を稼働させる要因の一つだったからです。
この記事では、
- 本質主義の定義・意味
- 本質主義への批判
- 本質主義と構築主義の関係
- 本質主義の今後の展望
をそれぞれ解説します。
読みたいところからで構いませんので、読み進めてください。
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1章:本質主義とはなにか?
1章では、本質主義を概説します。構築主義との関係に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 本質主義の意味
まず、冒頭の定義を再度確認しますが、本質主義とは、
人種、民族、性別といったカテゴリーに不変的な性質があるとする考え方
です2たとえば、上野 俊哉, 毛利 嘉孝 『カルチュラル・スタディーズ入門』 (ちくま新書)や、山下 晋司/船曳 建夫『文化人類学キーワード (改訂版)』有斐閣双書など。
具体的には、「黒人」「アイヌ民族」「女性」「労働者階級」「日本人」といったカテゴリーには永遠に変化することのない性質(本質)があるという考え方、を本質主義といいます。
たとえば、「日本人は勤勉である」とよく言われますね?これは本質主義的な考え方です。なぜならば、「日本人」というカテゴリーに「勤勉」という性質を与えた説明だからです。
ここでは本質主義の「社会科学での意味」と「実存主義との関係における意味」を解説していきます。それぞれの用法は異なります。
1-1-1: 社会科学における本質主義
社会科学や政治的な議論における本質主義では、次の2点があります。
- 文化的な本質主義
- 生物学的な本質主義
それぞれの意味を確認しましょう。
文化的な本質主義とは、民族などの人間集団が共有する「文化(=本質)」に求めることです。つまり、同じ文化に帰属する人は、全く同じ行動や思考をするという考え方です。
一方で、生物学的な本質主義とは、「女性」や「男性」といったカテゴリーの性質は生物学的に決定されているという考え方です。
文化的な本質主義も生物学的な本質主義も、ある特定のカテゴリーに帰属する人びとに不変的な本質を見抜く点では全く変わりがありません。
1-1-2: 本質主義と実存主義
実存主義における本質は異なる意味をもちますので、混同しないように気をつける必要があります。
そもそも、実存主義とは何だかわかりますか?実存主義とは、実存は本質に先行する、というサルトルの有名な言葉に集約されています。
では一体、サルトルのいう「実存」と「本質」とは何を意味するのでしょうか?大まかにこのような意味をもちます。
- 実存・・・人間という実際の存在
- 本質・・・特定の状況でどういう決断をしたのかによって、決定される性質(本質)
たとえば、「根はいいやつでも悪いことばかりしてるやつ」は当然悪い人間になります。それは悪い人間になる決断をしたからです。このように実存主義者は、実存における実践をとおして人間本質は決定されると考えました。
サルトルの実存主義に関しては、次の記事で詳しい解説をしています。
1-2: 本質主義の具体例
ここからは社会科学における「本質主義」の具体例に移っていきましょう。私たちが本質主義的というとき、たとえば、次のような言い方をします。
- 「日本人は勤勉だ」
- 「メキシコ人は陽気だ」
- 「韓国人は負けず嫌いだ」
- 「黒人はダンスがうまい」
- 「女性は感情的だ」
なぜならば、それぞれのカテゴリー(日本人、メキシコ人、韓国人、黒人、女性)を、本質的な特徴によって説明しているからです。
私たちは「勤勉でない日本人」「陽気でないメキシコ人」「負けず嫌いではない韓国人」「ダンスが上手ではない黒人」「感情的ではない女性」がいると理解しています。
しかし、本質主義はそれぞれの特徴(「勤勉さ」「陽気さ」等)があたかも、それぞれのカテゴリーから導き出されたかのような説明します。これが本質主義の問題です。
1-3: 本質主義の批判
そもそも、「日本人」「メキシコ人」「韓国人」「黒人」といったカテゴリー自体が問題でると指摘されています3上野 俊哉, 毛利 嘉孝 『カルチュラル・スタディーズ入門』 (ちくま新書)。
なぜならば、それには以下の理由があるからです。
- 「日本人」は日本国家の枠組みを想定してる一方、「韓国人」は国家が分断されており、民族性に基づいた国民の枠組みによって規定されたものではない
- 「黒人」とは誰を指すのかは?は「日本人」や「韓国人」と比べものにならないぐらい複雑である
重要なのは、それぞれのカテゴリーはある特定の社会歴史的状況によって構築されたにすぎないことを理解することです。
1-3-1: 本質主義における本質への批判
加えて、本質的とされるあるカテゴリーのある特徴も問題です。たとえば、「日本人は勤勉である」という本質主義的な考え方がありましたが、それは実際には以下のに構築されたものです。
「日本人が勤勉である」の構築
- 日本における教育制度や道徳心のあり方
- 「勤勉」を演じることを強制するビジネスの慣習
- 「勤勉でない日本人」を排除する社会的な傾向
つまり、社会的な要素によってたまたま「日本人が勤勉である」と考えられていますが、それは「日本人」というカテゴリーに付随する生物学的な特徴ではないのです。
カルチュラル・スタディーズの創設者であるスチュアート・ホールは、反本質主義的な人物です。カルチュラル・スタディーズを学ぶと、本質主義への理解が深まるはずです。
ここまでの内容を整理します。
- 本質主義とは、人種、民族、性別といったカテゴリーに不変的な性質があるとする考え方
- 「日本人は勤勉だ」「メキシコ人は陽気だ」「韓国人は負けず嫌いだ」「黒人はダンスがうまい」「女性は感情的だ」という言い方はすべて本質主義的な考え方
- 社会的な要素によってある性質が構築されただけでなり、それはあるカテゴリーに付随する生物学的・文化的な特徴ではない
2章:本質主義と構築主義
本質主義と必ずセットで登場する「構築主義」という考え方があります。2章では本質主義と構築主義の関係を解説していきます。
2-1: 本質主義と構築主義の違い
そもそも、「構築主義(constructionism)」とはなんでしょうか?1章を読んだ方なら、もう理解したも当然の考え方です。
簡単にいうと、構築主義とは、
人間集団やカテゴリーに不変的にあるとされる特徴は、実は社会歴史的に構築されたものであり、可変的であると考える立場
を指します。
両者の違いを明確にさせるために、本質主義と構築主義を比較してみましょう。
本質主義 | 構築主義 | |
人間集団・カテゴリーの性質 | 本質的なもの | 社会歴史的なもの |
変更可能性 | 不変的 | 可変的 |
比較するとわかりやすいですね。本質主義と構築主義は正反対の立場であるといえるでしょう。
本質主義はカテゴリーに帰属する人びと特徴を他とは明確に区別する傾向がありますが、構築主義はそのようなアイデンティティや文化のあり方を社会歴史的に批判するものといえます。
具体的な例として、フェミニズムの研究を考えてみてください。ジェンダーやセクシュアリティ(異性愛者・同性愛者など)の違いは、次のように考えられます。
- 本質主義・・・生物学的に決定される
- 構築主義・・・社会的に構築される
生物学的に「女性」や「レズ」の不変的な本質が決定されていると本質主義的な立場に対して、構築主義はセックス(生物学的差異)やジェンダー(社会的差異)との区別自体が社会的構築されていると考える立場、といえるでしょう。
2-2: 反本質主義としての構築主義
さて、構築主義は、本質主義と正反対の立場であるため、しばしば反本質主義といわれます。本質主義を批判する姿勢は重要ですが、それは問題含みでもあります。その点を解説します。
まず、反本質主義としての構築主義は、これまで抑圧されてきた人びとに押しつけられたカテゴリーを虚構と主張し、そして抑圧的なカテゴリー自体を解体しようとする考え方でした。
抑圧なカテゴリーを批判する姿勢は重要ですが、しかし、抑圧的なカテゴリーの「黒人」や「女性」自身が「本質」を主張したらどうでしょうか?
つまり、「黒人」や「女性」というカテゴリーに帰属する人びとが、自らの解放運動でそれぞれのアイデンティティは自然で本来的と主張する場合です。
すると、構築主義は「黒人」や「女性」というカテゴリーが社会歴史的に構築されたことを主張しますが、それは解放運動に必要なアイデンティティそのものまでも解体してしまう、といった状況が起きます。
2-3: (戦略的)本質主義の可能性
構築主義が抵抗のアイデンティティをも否定しまうことを批判しながら、マイノリティが特定の政治目的のために、あえて本質主義的立場をとることを「戦略的本質主義」といいます。
戦略的本質主義は、
- どのような政治的ポジションにいる人が誰に対して政治運動をするのか?
- 構築主義によるアイデンティティの解体はいきすぎではないのか?
といった疑問を投げかけました。
たしかに、カテゴリーの本質化は内部/外部を明確にした排除や抑圧に繋がりますから危険が伴います。
しかし本質化したカテゴリーでしか連帯できない集団がいるならば、その連帯が生む社会変革の可能性を真剣に考えるべきではないでしょうか?
- 本質を主張するマイノリティの解放を、本質主義と批判することはたやすい
- しかしその批判をする者のポジションは問われない(多くはマジョリティ側)
- 本質的な政治運動の可能性を考えるべき
それでは、ここまでの内容を整理します。
- 構築主義とは、人間集団やカテゴリーに不変的にあるとされる特徴は、実は社会歴史的に構築されたものであり、可変的であると考える立場である
- 構築主義は「黒人」や「女性」というカテゴリーが社会歴史的に構築されたことを主張しますが、それは解放運動に必要なアイデンティティそのものまでも解体してしまう可能性gある
3章:本質主義を学ぶための書籍リスト
どうでしょうか?本質主義について理解を深めることができましたか?
本質主義はある考え方を批判する用語ですが、そこで立ち止まると危険です。それは「構築主義」や「戦略的本質主義」といった次の展開があるからです。これから紹介する書籍を参考にして、アクティブに学んでください。
上野俊哉・毛利嘉孝『カルチュラル・スタディーズ入門』(ちくま新書)
本質主義の本ではないですが、カルチュラル・スタディーズは大変重要です。カルチュラル・スタディーズは反本質主義的な考え方を提供してくれるからです。人種主義と本質主義との関係に興味ある方におすすめ。
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上野千鶴子『構築主義とは何か』(勁草書房)
本質主義を批判するように登場した構築主義を解説した書籍。構築主義を学びたい方はまずこの本をどうぞ。
ハウナニ=ケイ・トラスク 『大地にしがみつけ-ハワイ先住民女性の訴え-』(春風社)
先住民運動が展開されるハワイの帝国主義的状況を批判的に考察した書籍。先住民が本質的な運動をすることを「誰がどの立場から」批判できるのでしょうか?考えてみてください。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 本質主義とは、人種、民族、性別といったカテゴリーに不変的な性質があるとする考え方
- 構築主義とは、人間集団やカテゴリーに不変的にあるとされる特徴は、実は社会歴史的に構築されたものであり、可変的であると考える立場(反本質主義)
- 構築主義は「黒人」や「女性」というカテゴリーが社会歴史的に構築されたことを主張しますが、それは解放運動に必要なアイデンティティそのものまでも解体してしまう可能性がある
- マイノリティが特定の政治目的のために、あえて本質主義的立場をとることを「戦略的本質主義」という。その立場の将来的な可能性を考えるべき
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