イノベーションマネジメント(Innovation management)とは、「イノベーションの実現に向けて、効果的かつ効率的に、資源(ヒト、モノ、カネ、情報)を動員、駆使、結合する主体的な工夫」1 一橋大学イノベーション研究センター(2017)『イノベーション・マネジメント入門(第2版)』日本経済新聞出版社 16頁を指します。
経営学で用いられる「マネジメント」という言葉には、管理、統制、コントロールといった意味合いが強く含まれます。一方「イノベーション」には革新や、破壊、時には無秩序といった「マネジメント」とは相反する事象が数多く存在します。
この矛盾と葛藤に満ちたイノベーションのマネジメントはとても難しく、一見すると不可能のようにも思われます。
しかし、さまざまな社会科学の知見や、理論、枠組みを総動員して取り組むことできれば、イノベーションのマネジメントは決して実現不可能なことではありません。
この記事では、
- イノベーションマネジメントの特徴や具体例
- イノベーションマネジメントの学術的な議論
について解説します。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:イノベーションマネジメントとは
まず、1章ではイノベーションマネジメントを概説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:イノベーションマネジメントが生まれた背景
イノベーションは、企業の成長および価値創出の鍵であり、欠かすことのできない経済発展の源です。
イノベーションという概念を生み出した経済学者ヨーゼフ=シュンペーターは、イノベーションを以下のように定義し、経済発展の要因であると論じました3桑原晃弥(2014)『知識ゼロからのイノベーション入門』幻冬社14頁。
経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なるやり方で新結合すること
その後、経営学の巨匠であるピーター・F・ドラッカーによって、イノベーションをマネジメントとする発想が経営学に持ち込まれたことで、経営学における「イノベーション」の研究は大きく進展します。
さらに60年代にはウィリアム・J・アバナシーらが、イノベーションの発生過程や産業構造の変化について研究をすすめます。
90年代になると、クレイトン・M・クリステンセンが破壊的技術の存在を定義し、「イノベーションのジレンマ」の存在を明らかにしたことで、イノベーションに関する研究はさらなる盛り上がりを見せます。
シュンペーター、ドラッカー、クリステンセンのイノベーションに関しては、次の記事で詳しく解説しています。
→【シュンペーターのイノベーションとは】5分類・新結合をわかりやすく解説
イノベーションマネジメントは、これら先人の知見や、理論、枠組みを総動員することで形成された研究分野です。
特に、ドラッカーは、「イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである」4P.F.ドラッカー著、上田惇夫訳(2007)『イノベーションと企業家精神』 15頁と述べて、イノベーションは偶然の産物ではなく、体系的に分析できる可能性を強調しています。
しかし、イノベーションマネジメントという分野には、次のような困難があるのも事実です。
- イノベーションという事象自体は定量化が難しく、公開されている資料も少ないため、いまでも世界中の研究者によってさまざまな議論が交わされているテーマである
- イノベーションマネジメントの研究も本格的おこなわれるようになったのも2000年代に入ってからと言われており、まだまだ理論的に未確立な研究分野である
しかし、企業の成長および価値創出の鍵であるイノベーションに対するマネジメント手法の需要は非常に高く、ゴビンダラジャンとトリンブルの『イノベーションを実行する』(2012)、クリステンセンの『ジョブ理論』(2017)、オライリーとタッシュマンの『両利きの経営』(2019)など数多くの研究結果が報告されています。
1-2:イノベーションマネジメントの必要性
企業が持続的な成長を実現するためには、イノベーションは欠かすことのできない要素です。特に、資金や情報といった経営資源に乏しい中小企業が大きな成長を遂げるためには、それまで存在していなかったイノベーションを生み出すことが不可欠です。
では逆に、経営資源を豊富に持つ大企業が、中小企業よりもイノベーションの創出における優位性を保っているかいうと必ずしもそうとは言い切れません。たとえば、以下の論者は次のような指摘をしています。
- クリステンセンは、著書『イノベーションのジレンマ』にて「偉大な企業はすべてを正しく行うが故に失敗する」5クレイトン・M・クリステンセン著、伊豆原弓訳(2000)『イノベーションのジレンマ』翔泳社 275頁という主張をおこない、イノベーションにおける大企業の絶対的な優位性を否定した
- 安田ら(2007)は、規模の小さい企業ほど経営者のリーダーシップが強く働き、革新的なイノベーションが起きやすいこと、また組織内のイノベーションに対するモチベーションが高く、組織内でのコミュニケーションの迅速であることを挙げ、中小企業のイノベーションにおける部分的な優位性を指摘した6安田武彦、高橋徳行、忽那憲治、本庄裕司(2007)『ライフサイクルから見た 中小企業論』同友館 175頁
このように、組織の規模がイノベーションの優位性に必ずしも寄与しないことを考えると、特に大規模な企業では、経営者が主体となり、企業が持つ経営資源を効果的かつ効率的に、動員、駆使、結合するマネジメント活動が必要になることがわかります。
ドラッカーも「(イノベーションの実現のために必要な)起業家精神は生まれつきのものではない。創造でもない。それは仕事である」7P.F.ドラッカー著、上田惇夫訳(2007)『イノベーションと企業家精神』 174頁 ()内は筆者補足と主張し、イノベーションが生まれる組織をマネジメントすることこそが経営者や管理者の職務であると説いています。
- イノベーションマネジメントとは、「イノベーションの実現に向けて、効果的かつ効率的に、資源(ヒト、モノ、カネ、情報)を動員、駆使、結合する主体的な工夫」8 一橋大学イノベーション研究センター(2017)『イノベーション・マネジメント入門(第2版)』日本経済新聞出版社 16頁を指す
- 資金や情報といった経営資源に乏しい中小企業が大きな成長を遂げるためには、それまで存在していなかったイノベーションを生み出すことが不可欠である
2章:イノベーションマネジメントの具体的な方法
さて、2章では、イノベーションを生み出すための具体的なマネジメント手法の一部を紹介します。
2-1:資源動員と知識創造
イノベーションを実現するためには、保有する経営資源を効率的、効果的に動員、駆使、結合しなければなりません。特に、イノベーションの実現に深く関わる技術やノウハウといいった情報資源をいかに有効活用するかは非常に重要です。
情報資源における組織的な知識の創出を目的とするのが、日本の経営学者である野中郁次郎が提唱した「知識創造理論(SECIモデル)」です。
(図1)SECIモデル
野中は、組織の持つ「知識」には、言語化可能な知識である「形式知」と言語化が困難である「暗黙知」が存在しており、図1のような知識創造のスパイラルを形成することで、無限に知識を創造することが可能であると主張しました。(→より詳しくはこちらの記事)
2-2:新製品開発
どんな革新的なアイディアであっても、それが顧客ニーズを満たすような製品やサービスとして結実しなければ、社会的な価値を生み出すことができず、イノベーションは実現しません。
そこで、青嶋・楠木(2006)は製品の価値を明らかにするために、製品を「物理層」「機能層」「価値層」の3つの側面から分析する手法を提唱しました(図2。
(図2)製品の概念図)9一橋大学イノベーション研究センター(2017)『イノベーション・マネジメント入門(第2版)』日本経済新聞出版社 186頁
「もの」である物理層は、製品を構成する物理的実体を指します。物理層でどのような要素が選択されるかには一定のパターンがあり、物理層と機能層の間には特定の結合パターンがあります。
次に「こと」である機能層は、製品がもつ特定の機能の束を指します。機能層でどのような要素が選択されるかは、機能に対する顧客が認知する意味や価値に依存しており、機能層と価値層の間にも特定の結合パターンがあります。
最後に「よさ」である価値層は、製品に対応した顧客ニーズの体系を指します。顧客ニーズは無限の広がりをもち、製品はそれらの中から取捨選択された特定のニーズの集合を満たそうとします。製品と結びついたニーズの集合は、その製品のもつ昨日に主観的な価値や意味を与える基準となります。
私たちが、普段「製品」として認識しているものは、この3つの層にある無限の組み合わせから、一定の方法で切り出された特定の結合パターンであると考えることができます。
そして、イノベーションとは3つの層にある無限の組み合わせから、まったく新しい組み合わせを創造し、顧客価値を生み出すことと言い換えることができます。
2-3:企業戦略
組織的なイノベーションを実現するためには、企業のマネジメント層が戦略とはなにかを考え、変化を認識し対処するためには何をすべきなのかを真剣に検討しなければなりません。特に、企業の競争優位にも関わる優れた技術をどう形成するかは非常に重要な問題です。
企業戦略の中でも特に技術戦略に関わり、企業の中核的な技術の習得を目指すのが「コアコンピタンス理論」です。→詳しくはこちらへ
コアコンピタンスとは、「顧客に対して、他社には真似できない自社ならではの価値を提供する、企業の中核的な力」10ゲイリー・ハメル,C.K.プラハラード,一条和生訳(2001)『コアコンピタンス経営』日本経済新聞社 12頁を指します。
企業の中核的な力とは、顕在する短期的な市場機会のみに着目した能力ではなく、環境変化にも適応できる長期的な技術開発に着目した能力です。ゆえに、未来に向けた成長戦略とも呼ばれるコアコンピタンスは、イノベーション実現のための大きな礎となります。
- 日本の経営学者である野中郁次郎は「知識創造理論(SECIモデル)」を提唱した
- 製品を「物理層」「機能層」「価値層」の3つの側面から分析する手法がある
- 企業の中核的な技術の習得を目指すのが「コアコンピタンス理論」である
3章:イノベーションマネジメントに関する学術的議論
さて、3章では、イノベーションマネジメントに関する代表的な理論のひとつを紹介します。
ここで紹介するのは、イノベーション研究の第一人者であるビジャイ・ゴビンダラジャンの著書『イノベーションを実行する』です。
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イノベーションをいかに実現するか、というイノベーションマネジメントに主眼の置かれた同著は、実践的なイノベーションの指南書としてベストセラーとなりました。ゴビンダラジャンは、イノベーションの実現のためには次の2つの要素が必要であると主張しています。
3-1:専用のモデルで編成されたチーム
イノベーションを実現するためには、そのイノベーションに取り組む専用のチームが必要であると、ゴビンダラジャンは唱えています。
具体的に、ゴビンダラジャンは次のような指摘をしています。
- 既存の事業に取り組む組織を「パフォーマンス・エンジン」と呼ぶ
- この組織は効率を追求し続けるのには優れた組織であるが、イノベーションの創出を期待するには限界がある
- なぜなら「パフォーマンス・エンジン」には、継続して利益を生み出すための強固な業務プロセスが構築されており、その組み換えには大きな困難を伴うためである
しかし、「パフォーマンス・エンジン」はイノベーションの原資となる持続的なキャッシュを生み出す役割があるため、経営者はイノベーションチームとパフォーマンス・エンジンの役割の違いをしっかりと認識し、適切なマネジメントをしなければならないとされています。
3-2:厳密な学習プロセスに基づく計画
イノベーションを実現するためには、イノベーションに関わるさまざまな計画や評価を、既存の事業とは明確に区別し進めていかなければなりません。
そして、プロジェクトに関わる数値や期間に固執することなく、イノベーションの創出をあくまで、ひとつの「実験」として捉えることが大事です。
次のようなイノベーションチーム固有の学習プロセスを構築する必要があります。
- まずは、実験を整理し、形式化する。計画に基づく行動の結果、なにが予想通りで、なにが予想とは異なっていたかを文章化し、課題を明らかにする
- 次に、仮説をブレークダウンする。実験の結果から生まれるさまざまな事象の因果関係推測し、その繋がりを別個検証することで新たな発見を試みる
- 最後に真実を追求する。実験の結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈が必須である
③は容易に実現できるように思えますが、実際は個人の恣意的な感情や組織内のバイアスが働くことで、正しい真実が導かれないことがあります。経営者は、この不都合を受け止め、これを克服していかなければなりません。
このようにゴビンダラジャンは、イノベーションの特性を理解し、適切なマネジメントをおこなうことができれば、イノベーションは組織的に実行できると主張しています。
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3章:イノベーションマネジメントについて学べるおすすめ本
イノベーション・マネジメントについて、理解することはできましたか?下記に紹介する書籍から、より深く勉強してみてください。
一橋大学イノベーション研究センター『イノベーション・マネジメント入門(第2版)』(日本経済新聞出版社)
日本初のイノベーションを専門とする研究センターである一橋大学イノベーション研究センターによるイノベーションの入門書です。イノベーションに関する幅広い論点がまとめられており、まさに入門書にふさわしい1冊です。
ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル『イノベーションを実行する』(NTT出版株式会社)
世界的なイノベーション研究者であるビジャイ・ゴビンダラジャンによるイノベーションマネジメントの著書です。豊富な事例研究に基づいた実践的な内容は、学生だけでなく実務家の方にも読んでいただきたい内容です。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- イノベーションマネジメントとは、「イノベーションの実現に向けて、効果的かつ効率的に、資源(ヒト、モノ、カネ、情報)を動員、駆使、結合する主体的な工夫」11 一橋大学イノベーション研究センター(2017)『イノベーション・マネジメント入門(第2版)』日本経済新聞出版社 16頁を指す
- 資金や情報といった経営資源に乏しい中小企業が大きな成長を遂げるためには、それまで存在していなかったイノベーションを生み出すことが不可欠である
- イノベーションを生み出すための具体的なマネジメント手法は、さまざまな論者が検討してきている
このサイトは人文社会科学系学問をより多くの人が学び、楽しみ、支えるようになることを目指して運営している学術メディアです。
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