新自由主義(neoliberalism/ネオリベラリズム)とは、市場(経済活動)への国家の介入を最小限にするべきと考える思想で、小さな政府、民営化、規制緩和といった政策を目指す経済思想のことです。
「新自由主義のせいで労働者に厳しい世界になった」「民営化や構造改革は新自由主義の影響」などと言われることがあります。
日本で言うと、小泉政権は明らかに新自由主義的な政策を実践しました。
これを読むあなたもすでにご存知かもしれませんが、実は新自由主義及び新自由主義に基づいた政策に対しては、さまざまな批判があります。
「新自由主義の何が問題点なの?」
と疑問に思っている方も多いかもしれませんので、この記事では、
- 新自由主義とはそもそも何なのか?
- 新自由主義にはどんな問題があるのか?
- 新自由主義という思想はどうやって生まれたのか?
- 日本の新自由主義にはどんなものがあるのか?
詳しく解説していきます。
知りたいところから読んでみてくださいね。
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1章:新自由主義とは何か?
それではさっそく、新自由主義の定義や特徴、その問題点から解説していきます。
1-1:新自由主義の定義
冒頭の繰り返しになりますが、
新自由主義とは、市場(経済活動)への国家の介入を最小限にするべきと考える思想で、小さな政府、民営化、規制緩和といった政策を目指す経済思想
のことです。
1980年代以降に世界で大きな影響力を持つようになった思想で、イギリスのマーガレット・サッチャー、アメリカのロナルド・レーガン、日本の中曽根康弘政権などが行った政策に、新自由主義の影響が見られます。
2000年代以降では、小泉純一郎政権で行われた郵政民営化などの一連の政策が、新自由主義的政策として知られています。
新自由主義は、リバタリアニズムという政治思想とも強く結びついています。特に現代の若者を中心に広がっていると言われるリバタリアニズムについて、詳しくは以下の記事をご覧ください。
■新自由主義にはもう一つ意味がある
ただし、注意して欲しいのが、実は新自由主義にはもう一つの意味があるということです。
上記の新自由主義が一般的なものですが、下記の意味でも使われることがあります。
【新自由主義(New Liberalism)】
経済活動に国家が介入し、国民の最低限の生活や失業、健康、教育などに対する国家の役割を認める思想。「大きな政府」を認める。社会自由主義とも言われる。
一般的には、新自由主義(ネオリベラリズム)の意味で使われることが多いですが、政治学や経済学を学ぶと、ニューリベラリズムの意味も出てくることあります。
しかも意味的にはほぼ正反対のことを指すので、混同しないように気をつけてください。
新しい自由主義について、詳しくは以下の記事で解説しています。
【社会自由主義とは】定義・政治的立場から批判までわかりやすく解説
また、新しい自由主義や社会民主主義が行った「福祉国家」的政策について、詳しくは以下の記事で説明しています。
1-2:新自由主義の特徴
新自由主義には、以下のような特徴があります。
- 市場への国家の介入を最小限にする
- 民営化を目指す
- 個人の責任を重視する
簡単に解説します。
1-2-1:市場への国家の介入を最小限にする
新自由主義は厳密に学術的に定義された言葉ではないため、いろいろな意味で使われることがあります。
しかし、一貫しているのが市場への国家の介入を最小限にする思想であるということです。
市場とは、簡単に言えば経済活動のことです。
新自由主義は、「国家が市場に介入せず、市場の取引に任せることが、もっとも効率的である」という考え方をベースにしています。
しかし、実際の社会では、様々な形で国家が市場に介入しています。
そのため、そのような国家の役割を「非効率だ!」「国家の介入は最小限にすべきだ」と批判するのが新自由主義の特徴です。
1-2-2:旧来の政策を批判する(民営化・規制緩和を主張する)
繰り返しになりますが、実際の社会では様々な形で国家が市場に介入しています。
たとえば、
- 道路やダムなどのインフラ作りや整備
- 健康保険制度や年金制度、生活保護などの社会保障制度
- 義務教育
- 図書館、美術館、博物館などの文化的事業
- 安全保障
- 警察
などです。
これらは、旧来の経済学の考え方では「公共財(市場に任せていたら供給されない財)」だと考えられたため、国家によって供給されてきたのですが、新自由主義の立場からすると「市場に任せた方が効率的に供給されるはず」と考えられます。
したがって、新自由主義的な立場の人は、旧来の政策や国家の役割を批判し、民営化や規制緩和を主張することが多いのです。
1-2-3:自己責任論と結びつきやすい
新自由主義は一般的に、「自己責任論」と結びつきやすいです。
自己責任論とは、「現在の境遇は自分これまでの行動の結果なのだから、自分の責任である。だから、そこから救われることを政府に求めるべきではない。」という思想のことです。
新自由主義は、市場への国家の介入を認めないため、
- 生活保護などの社会でセーフティネットとして機能するもの
- 年金制度
- 各種補助金
などの国家による個人の救済や生活の保障に厳しい姿勢を取ることが多いです。
1-3:新自由主義の問題点
新自由主義の特徴について、何となく理解できましたか?
「で、結局新自由主義は良い思想なの?悪い思想なの?」と思われている人も多いかも知れません。現代人は、少なからず新自由主義的思想の影響を受けていることも考えられるので、
「政府は小さい方が良い」
「公務員は減らすべき」
「公共事業は民営化した方が絶対社会のためになる」
と、新自由主義的発想をする人も少なくないと思います。
しかし、実は新自由主義には、以下のような問題点が指摘されています。
- 格差の拡大
- 社会からのセーフティネットの喪失
- 企業の活動への影響
- 労働者の立場の弱体化
そのため、あなたも自分の考え方を振り返ってみて、新自由主義の良い面、悪い面を再検討してみることも大事です。
それぞれ簡単に説明します。
1-3-1:格差の拡大
国家が持つ大きな役割の一つが、「富の再分配」です。
つまり、裕福な人から多く税金をもらい、それを貧しい人、働けない人、病気や障害を持つ人のために使いましょう、ということです。
しかし、新自由主義の考えでは「小さな政府」を目指すため、富の再分配も最小限に、社会保障も最小限に、という方向に向かってしまいがちです。
すると、裕福な人はより裕福に、社会的弱者は弱い立場のまま、ということになってしまうのです。
現代社会の格差の拡大の原因のすべてが新自由主義のせいではありません。
しかし、新自由主義が一定の影響力を持つ限り、「格差を是正しよう」という思想が広まる障害となってしまう可能性はあるのです。
1-3-2:社会からのセーフティネットの喪失
新自由主義が影響力を持つと、実際に政策として社会のセーフティネットが厳しくなることもあり得ますし、「自己責任論」がはびこるという意味でも、貧しい人、社会的立場が低い人、失敗した人などに対する風当たりが強くなりがちです。
その結果、一度の失敗で転落して救われない。這い上がることが難しい社会になり、失敗を恐れてリスクを取った行動ができなくなっていく可能性があります。
1-3-3:企業の活動への影響
新自由主義は「民営化」「規制緩和」を主張するため、企業活動がより自由になっていくようになります。
これは一見メリットですが、逆に企業の活動のコントロールが効かなくなった結果、社会に大きなダメージを与える出来事を起こしてしまうことがあります。
代表的なのが、2008年のリーマンショックです。
リーマンショックは、アメリカの金融機関が過度に利益を追求した結果、世界レベルの金融危機の引き金を引いてしまった事件です。
このように、規制緩和にはデメリットもあるのです。
1-3-4:労働者の立場の弱体化
労働者は「雇われている」という立場上、経営者・企業のオーナーと比べて弱い立場に置かれがちです。
そのため、先進国では労働者の立場を守るためにさまざまな法律が作られたのですが、イギリスではサッチャー政権によって労働組合が弱体化させられ、企業と対等に渡り合う力を持たなくなりました。
また、日本でも小泉政権時代に行われた労働者派遣法の改正によって、非正規雇用者が増加し、ワーキングプアを増加させることになりました。
つまり、新自由主義的政策が行われると、労働者の立場が弱くなり「会社から使い倒される」という状況が生まれやすいのです。
新自由主義に関する書籍は非常にたくさん出版されていますが、特に以下の本が分かりやすいです。
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新自由主義は、古典的自由主義が現代に復活した思想であると言われることがあります。古典的自由主義について詳しくは以下の記事で解説しています。
ここまでをまとめます。
- 新自由主義は、市場への国家の介入を最小限に考えるため、自己責任論、企業の過度な利益追求、格差拡大などに結びつきやすい
- 新自由主義は、社会的弱者や敗者に厳しい社会を作ることに繋がり得る
ここまで新自由主義の定義や特徴について詳しく解説しましたが、理解できたでしょうか?
「このような思想が影響力を持つようになったのは何で?」
と思っている方も少なくないと思いますので、2章では新自由主義が生まれ、世界に広まった背景を解説します。
2章:新自由主義はなぜ生まれたのか?
新自由主義は、大きく、
経済学における思想として形成→1980年代以降政策として導入
という流れで影響力を持つようになり、現代に至ります。
時系列で説明します。
2-1:全体主義批判として登場(ハイエク)
そもそも、新自由主義の起源は1930年代の社会的背景にありました。
当時の社会は、社会主義やファシズムなど、「強力な権力を持つ」「単一のイデオロギーで支配する」「国民の自由を制限する」という特徴を持つ全体主義国家が登場していました。
経済学者のフリードリヒ・ハイエク(Friedrich August von Hayek)は、このような全体主義に対抗し自由主義を守るために、
- 国家が経済活動や理想的な社会秩序を計画する「計画主義」は、全体主義に至る道である
- 市場は単なる交換や利益追求を行う場ではなく、市場での活動を通じて自由の精神を鍛える場である
という主張をし、市場への国家の介入を批判しました。
ハイエクの思想や次に紹介するフリードマンの思想が注目されて、新自由主義という思想が形成されていきました。
2-2:新自由主義の元祖(フリードマン)
一般的に、新自由主義の元祖と言われるのが経済学者のミルトン・フリードマン(Milton Friedman)です。
フリードマンは、
- 社会課題は国家ではなく「市場の自動調整機能」によって解決されるべき
- 1930年代のアメリカでの、国家が積極的に市場に介入する政策(ニューディール政策)を批判
- 国家はルール作りや監視などのみの役割であるべき
と主張しました。
フリードマンも実は国家の役割を部分的に認めていたのですが、当時の「大きな政府」的な政策を批判し、現在に至る新自由主義の思想を形作ったのでした。
2-3:1980年代の新自由主義的政策の登場
新自由主義が思想として生まれたのは1930年代でしたが、それからしばらく、世界では福祉国家的な政策(政府が市場に積極的に介入する政策)がメジャーであり、新自由主義的な政策が行われることはありませんでした。
しかし、1970年代、先進国ではスタグフレーション(景気が後退しているのに物価が上昇する=国民の消費が苦しくなる)が起こり、福祉国家路線の政策が批判されるようになり、かわりに新自由主義的政策が行われるようになったのです。
具体的には、
- イギリス:サッチャー政権(1979年-1990年)による幅広い構造改革、労働組合の弱体化、競争的社会構築を目指す政策
- アメリカ:レーガン政権(1981年-1987年)による規制緩和、減税などの一連の政策(レーガノミックス)
- 中曽根康弘政権(1982年-1987年)による日本専売公社、日本国有鉄道、日本電信電話公社の民営化などの政策
- ワシントン・コンセンサス:国際通貨基金(IMF)や世界銀行、各地域の開発銀行などが、途上国の開発・支援を行う上で導入した基準で、新自由主義的な政策を途上国に押しつけるもの
などがこの時期行われました。
レーガンの政策(レーガノミクス)やサッチャーの政策(サッチャリズム)について、詳しくは下記の記事でも解説しています。
2-4:1980年代以降の新自由主義
1980年代以降、新自由主義的政策は先進国の間で受け入れられました。
日本では小泉政権(2001年-2006年)が行った政策が、新自由主義的政策だったとして代表的です。
具体的には、
- 郵政民営化
- 道路公団民営化
- 独立行政法人の再編&民営化
- 公共事業の削減
- 社会保障の削減
- 年金制度の改革(老齢者控除の廃止など)
- 医療保険の改革(自己負担の引き上げなど)
などの様々な政策が行われました。
これが「小さな政府」「公共事業や社会保障削減」「自己責任化」「民営化」を目指す新自由主義的政策であることは、何となく分かると思います。
小泉政権の「改革」は、55年体制の崩壊からの長い政治の「右傾化」の中で行われました。政治の右傾化について詳しくは以下の記事をご覧ください。
その後、日本では新自由主義的政策が一定の影響力を持つようになり、それに対する批判もなされていますが、財政赤字が常態化し、「小さな政府」的な政策を行わざるを得ないという事情もあります。
財政赤字の常態化や少子高齢化の進行(財政支出が多くなり、財政収入が少なくなる)、景気の停滞などが続けば、「小さな政府」的な政策を行わざるを得ないため、これからも新自由主義的思想が一定程度の影響力を持っていくことでしょう。
- 新自由主義は、フリードマンやハイエクなどの経済学者の思想から生まれた
- 新自由主義は1980年代に政策として実施され、それ以降強い影響力を持つ思想になった
さて、ここまで新自由主義の意味とその背景について解説してきましたが、新自由主義についてより深く学びたい場合は、これから紹介する書籍から学ぶことをおすすめします。
3章:新自由主義について学べる書籍
新自由主義は、批判派、肯定派に分かれて激しい議論がなされています。
どちらの考え方を支持するかはあなた次第ですので、ぜひいろいろな視点から学んでみることをおすすめします。
オススメ度★★★デヴィット・ハーヴェイ『新自由主義―その歴史的展開と現在』(作品社)
著名な社会学者による、新自由主義の網羅的な研究です。詳しく学びたい方は必読です。
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オススメ度★★服部茂幸『新自由主義の帰結――なぜ世界経済は停滞するのか』(岩波新書)
新自由主義を批判する著者の本です。まったく基礎知識がなくてもすぐに読み終われる文量ですので、まずは簡単に学びたいという方におすすめです。
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オススメ度★菊池信輝『日本型新自由主義とは何か-占領期改革からアベノミクスまで』(岩波現代全書)
日本の新自由主義を戦後から現代まで通史的に研究された本です。日本の新自由主義について一番詳しく学べる本です。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後に今回の内容をまとめます。
- 新自由主義は、小さな政府、自己責任論、民営化・規制緩和、貧者・敗者に厳しい社会と関連する
- 新自由主義が形成されたのは1930年代の経済学の世界だが、1980年代以降世界で政策としてメジャーになった
- 日本のように財政的に苦しい国家の場合、新自由主義的政策が今後も行われる可能性は高い
このサイトでは、これからも現代社会を動かす思想について解説していきますので、ぜひブックマークして何度も読んでください。
【引用】
- フリードリヒ・ハイエクのイラスト:Kirinuke成層圏様サイトから引用(http://kirinuke.com/portrait/friedrich-hayek/)
- 小泉純一郎の画像:首相官邸ホームページから引用(https://www.kantei.go.jp/)