東洋哲学・東洋思想

【五行思想とは】陰陽説との関連から日本への影響までわかりやすく解説

五行思想とは
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五行思想とは、世の中の万物を木、火、土、金、水の五要素から構成されていると捉える、中国古代の自然哲学を指します。

五行説、陰陽五行思想などとも呼ばれ、五要素は互いに影響し合い、循環すると考えられていました。五行思想は後に発展し、政治理論として儒教に大きな影響を与えていったため、中国の哲学・思想を理解する上でとても重要です。

そこで、この記事では、

  • 五行思想の理論
  • 五行思想と儒教の関係と変遷
  • 日本への影響

について、それぞれ解説をしていきます。

関心のある所から読み進めていってください。

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1章:五行思想とは

五行思想とは、冒頭でも説明した通り、世の中の理を五要素(木、火、土、金、水)で解釈する自然哲学で、後に発展して政治的な色彩を帯びるに至ります。

五行思想は一般的に陰陽五行思想とも言われており、陰陽説と切っても切れない関係にあります。両者はそれぞれ単独で成立する思想ではありますが、初期の段階で結びついていました。そこで、五行思想について理解する前に、まず陰陽説について解説を行い、五行説との関係について解説をしていきます。

1-1:陰陽説

陰陽説とは、万物は「陰」と「陽」の二気から構成されるという思想で、『易経』で体系化されました。

詳しく説明します。

1-1-1:陰陽説について

陰陽説を唱えた人物は、春秋戦国時代に活躍した鄒衍(すうえん)とされています。諸子百家の中でも陰陽家と呼ばれました。しかし、陰陽説は鄒衍が最初に説いたという訳ではなく、思想家の中で徐々に形成されていった理論ではないかとされています。陰陽家はその理論を体系づけていったと考えられています。

陰陽説において、この世の万物は全て「陰」と「陽」の二気から構成されると考えられています。「気」とはガス状であり、万物の元となる微粒子の様なものです。「気」は密度が薄い状態であれば、軽いので空中に漂い、密度が濃くなると、物質として地上に現れるとされていました。

空気中に漂う「気」は呼吸などによって、体内に取り入れられるため、様々な生き物や物質、そして精神的なところまで「気」が作用していると考えられました。

「気」は元々一つ(一気)とされましたが、相反する現象(水は冷たく、火は熱い等)を説明できませんでした。

そのため、万物は同じ一気から構成されているのではなく、二気(陰気・陽気)で万物が構成されるという陰陽説が展開されるようになったのです。



1-1-2:『易経』と陰陽

陰陽説については、誕生した時期については定かではありませんが、『易経』によって、体系的にまとめられました。『易経』では、陰陽の二気を陽爻(ようこう)・陰爻(いんこう)という記号で表しました。陽爻は「⚊」、陰爻は「⚋」と記され、この陽爻・陰爻の組み合わせで、森羅万象を紐解こうとしました。

『易経』における万物の基本構造は陽爻・陰爻を三段重ねたものとされ、全てのパターンは八通りあります。これを八卦と呼びます。

この八卦の下にさらに三段重ねた構造式を六十四卦(六十四通り)と呼びました。

こうして、『易経』によって陰陽説は大成し、中国社会の思想や制度に大きな影響を与えていくことになります。

■『易経』とは

中国古典で儒教の五経(易経・詩経・書経・春秋・礼記)の一つとされています。『易』または『周易』とも呼ばれ、八卦の組合せにより、六十四通りの卦の意味を説きました。

1-2:五行説

五行説とは、木、火、土、金、水という要素を、陰陽二気の組み合わせで構成される、より高次元の要素と考える思想のことです。

これから詳しく説明します。

1-2-1:五行説が生まれた背景

五行説がいつ頃誕生したかについては、実際によく分かっておらず不明です。おそらくは陰陽説が誕生して、少し後に成立したと考えられています。

「五行」という語句自体は『書経』洪範篇に登場し、木、火、土、金、水を指します。

(訓読)

初め一に曰く、五行と。~(中略)~一に五行、一に水を曰い、二に火を曰い、三に木を曰い、四に金を曰い、五に土を曰う。

(意訳)

五行は一つ目は水を言い、二つ目は火を言い、三つ目は木を言い、四つ目は金を言い、五つ目は土を言う。

『書経』洪範篇より

この『書経』洪範篇は「五行」について、人が生活で必要な物・要素として挙げられているのみで、後の陰陽五行思想の「五行」とは少し性質が異なるとされています。

春秋戦国時代になると、陰陽家である騶衍(すうえん)によって陰陽五行思想が説かれるようになります。当初から陰陽説と五行説は結合されていました。

五行は万物の根源である陰陽の二気の組み合わせによって、構成された高次元の要素であると考えられました。例えば、水は純陰、火は純陽、金は陰多陽少といった形で捉えられました。

五行思想とは

陰陽説と五行説は、どちらも世の中の事象を解明するための自然哲学でした。この二者が結びつくことで、より複雑な事象を捉えることが可能になりました。

■五行と万物の事象

事象全てが陰陽五行によって構成されているという考えに基づき、古代中国では、それぞれの事象に五行の性質が付与されていると考えられてきました。五行は単なる性質という意味合いだけではなく、変化の中の一形態としての状況、運動などとしても捉えられました。

五行と万物の関係の一例

五行
五穀
五畜
五味
五色
五声
五材
五官
五季土用
五臓

 

しかし、陰陽五行説は全ての事象を解明する自然哲学・自然科学としての機能を持っていたため、次第に内容に変化が現れます。

それは、単なる科学としての陰陽五行思想から、政治的な事象も解明しようとする思想への変化でした。以後、中国の王朝交代はこの陰陽五行思想によって理論化・正当化されていくようになります。

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1-2-2: 五行の関係性

五行思想の根幹を成す考え方として、五行は循環するというものがあります。これは、五行の各要素が互いに影響を与え合い、移ろい変化するという思想です。相生説と相克説はその考え方を基盤にして誕生しました。

前にも触れた陰陽家の鄒衍は、この相生説と相克説を天文や地理、歴史にいたるまでの広い分野に適用させ、「談天衍」と渾名されました。

鄒衍が説いた相生説とは、五行が影響し合って互いを生み出す関係性を指します。

例えば木は燃えることによって、火を生み出します。火は木を燃やして土を生みます。土は中で金を生み、金は結露して水を生みます。そして、水は木を育みます。

反対に相克説は、五行が互いに交代する関係性にあるという考え方です。

木は土に根をはり侵食します。金は斧などの道具に加工されると木を切り倒します。火は金を溶かし、水は火を消します。その水は土に吸収されてなくなります。

この様に、五行は互いに生み出しあい、打ち消し合う性質を持つと考えられました。そして相生・相克の両説が王朝交代の理論の根幹を成していくのです。

■「相勝説」と「相生説」

易姓革命「相勝説」と「相生説」

※黒い矢印が相勝説、赤い矢印が相生説を表しています。

1章のまとめ
  • 陰陽説とは、万物は「陰」と「陽」の二気から構成されるという思想で、『易経』で体系化された
  • 五行説とは、木、火、土、金、水という要素を、陰陽二気の組み合わせで構成される、より高次元の要素と考える思想
  • 陰陽五行説はもともと自然を説明する自然哲学だったが、やがて政治的な事象も解明しようとする思想に発展した
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2章:五行思想と王朝交代の理論

では、陰陽五行思想と王朝交代の理論とは、どの様にして繋がっていったのでしょうか。まず最初の契機となったのは、鄒衍の説いた五徳終始説でした。

2-1:五徳終始説と王朝交代

五徳終始説とは、歴代の王朝にはそれぞれ五行の徳が備わっているという考え方です。王朝は五行の法則(相克・相生)に沿って興廃し、新しい王朝が立つときには、その前後に兆しが示されると説きました。

この兆しを瑞兆と呼びます。そして、これまでの王朝の徳を次の様に定めます。

  • 黄帝 土徳
  • 禹(う) 木徳
  • 殷の湯王 金徳
  • 周の文王 火徳

後に秦が天下を統一すると、五行相克の原理に則り、秦を水徳と位置づけ王朝を正当化しました。

その秦が滅亡すると、後を受けた前漢は、自らの王朝を火徳と位置づけ五行相生が説かれるようになります。

この様に、陰陽家の鄒衍の陰陽五行思想と、それに基づく五徳終始説は単なる自然哲学・自然科学から政治思想へと変容をしていったのです。

2-2:天人相関説と災異説

鄒衍の説いた五徳終始説は、徳の性質と順序に従って、王朝の興廃がおきるという考え方でした。そこには人の意思や行いは関係なく、五行の摂理によって移ろうと考えられてきました。

董仲舒(とうちゅじょ)はそこに人の行為の影響を加え、発展させました。五行の徳をもった王朝は、為政者の行いが興廃に大きく影響すると説いたのです。

董仲舒はこれに関連付けて、天意に沿った政治を行えば国は栄え、天意にそむく政治をすれば滅びると主張しました。

天意は災害や不思議な現象によって推し量ることができるとされ、善政をすると瑞獣の出現などの吉兆が起き、悪政をすると地震や洪水などが起きました。

この様に人の行いによって、天は事前に何らかの形で忠告をするという考えを災異説と呼びます。この災異説はこれまで行った行為に対して、天が忠告を示すという思想でしたが、未来についても忠告を行う讖緯思想(しんいしそう)へと繋がっていきます。

讖緯思想とは、中国古代の予言を指します。

古代では王朝交代の前にその予兆が起こるという思想が流行しました。予兆は天意の証とされ、新しい王朝を立てる根拠とされると同時に、時の権力者からは凶兆と見做され危険視されます。中国の南北朝時代以降は讖緯思想の書物は禁書扱いされ、次第に衰退していきました。

2章のまとめ
  • 陰陽五行説は、五徳終始説や災異説のような政治思想に展開した
  • 五徳終始説とは、歴代の王朝にはそれぞれ五行の徳が備わっているという考え方
  • 董仲舒は、天意に沿った政治を行えば国は栄え、天意にそむく政治をすれば滅びるという災異説を唱えた
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3章:宋学、朱子学における陰陽五行思想の影響

陰陽五行思想は、その後宋の時代に発展した宋明理学や、朱子学の思想に展開しました。順を追って説明します。

3-1:陰陽五行思想と理気二元論

陰陽五行思想は自然哲学・自然科学として出発し、次第に政治的な思想を帯び、王朝交代の根拠として中国に根付きました。

宋代になると、程顥(ていい)・程頤(ていこう)(※)を主流とする宋明理学が盛んになります。両者は共にこの世の根本的な原理を「理」であると考えます。程顥は「理」を論理ではなく直感的に捉えることが重要であると説きましたが、程頤は反対に「理」を論理的に解釈します。

程顥(ていい)・程頤(ていこう)とは中国北宋時代の思想家の兄弟で、二人合わせて「二程子」と呼ばれる。

程頤の思想は理気二元論と呼ばれました。理気二元論とは万物は陰陽五行に基づく「気」によって構成され、「理」という原理・秩序によって存在しているという考えです。

「理」は「気」を統制している存在であることから、「気」によって構成されている人間も「理」を内包しており、その「理」こそが人間の「性(本質)」であるとされました。

3-2:朱子学への影響

この理論は「性即理」と呼ばれ、後に朱熹を開祖とする朱子学へと発展していきます。

朱子学では、人の本質である「性」は万物の原理・秩序である「理」なので、その「性」へと回帰することが理想とされました。

しかし、「気」は状況によって変動し、運動量の多い時は「陽」に傾き、少ない時は「陰」に傾きます。その時々の気の変化によって人の「性」も影響を受け、「性」が情や欲の状態に移ろいでしまいます。

朱熹は常に緊張状態を保つ「居敬」の姿勢を保つことで、これを克服できると主張し、万物の「理」を窮めた究極的な知識に達して、初めて「性即理」の状態になると考えました。

この様に宋代の儒学では「理」をテーマとした学閥が大きく栄えましたが、その理論の根底には、万物を構成するものは、陰陽の二気と五行であるという陰陽五行思想がありました。

3章のまとめ
  • 陰陽五行思想は、宗の時代にこの世の根本原理を「理」であると考える、宋明理学に繋がった
  • 「気」で構成されている人間も「理」を内容しており、「理」が人間の本質であるという考え方を「性即理」と言う
  • 「性即理」という理論は、朱子学へと発展した

4章:陰陽五行思想と日本への影響

陰陽五行思想は、日本にも伝播し私たちがよく知る慣習にも影響しています。日本への影響について要点を絞って説明します。

4-1:日本への伝搬と影響

陰陽五行思想は中国で生まれ発展していきましたが、周辺の国にも少なからず影響を与えました。日本では5世紀~6世紀頃に伝わったと考えられています。

日本の律令制下では陰陽寮という機関が設置され、占い・天文・時・暦の編纂を担当しました。映画やゲームなどによく出てくる陰陽師は、この陰陽寮に所属する官吏の職位です。

602年百済(朝鮮半島の国)から觀勒(かんろく)という僧が来て陰陽五行を説いたことを契機として、日本でも流行するようになりました。

聖徳太子の十七条憲法や冠位十二階にも部分的に陰陽五行思想が影響を与えたと考えられています。

4-2:日本に残る陰陽五行思想

日本の陰陽五行思想は武家が大きな力を持ち始め、戦国乱世の時代(15世紀~16世紀)になると、実力主義の社会となり儀礼的祭祀を司る陰陽師の力は急速に衰えていきます。

しかし、国家を統治する機関・役職としての地位を失った反面、民間信仰として庶民の間で流行するようになり、今日まで脈々と続いています。

例えば、子供が三歳・五歳・七歳の時に行うお祝い「七五三」もその一つです。何故、三歳・五歳・七歳かというと、「陽」の数字で縁起が良いとされているからです。

土用にウナギを食べる習慣も、夏の「火」気を除くために、「水」気である牛を食する目的がありました。当時は牛が高価だったため、同じ「う」の字で始まる鰻を食べたのが、土用の鰻の始まりです。

体調が悪くなって処方される漢方薬も、体の臓器を肝・心・脾・肺・腎の五臓に分類しています。五臓はそれぞれ五行に対応しており、五行の性質を分析して薬を調合します。

4章のまとめ
  • 陰陽五行思想は、日本には5~6世紀頃に伝わり、十七条憲法や冠位十二階にも影響したと言われる
  • 武士の台頭とともに陰陽五行思想は影響力がなくなったが、民間信仰として「七五三」「土用のウナギ」といった形で現代にも残っている

5章:五行思想が学べるおすすめ本

五行思想について理解を深めることはできたでしょうか。

中国哲学・中国思想について、他にも以下のページで紹介していますのでぜひご覧ください。

→中国哲学・中国思想について詳しくはこちら

五行思想は中国ではもちろん、日本にも影響している思想ですので、これから紹介する書籍でより深く学んでみてください。

オススメ書籍

オススメ度★★★浅野裕一『諸子百家』(講談社/2004年)

東洋思想が専門の浅野裕一氏が諸子百家について書いたものになります。通常の概説書であれば、文量を割かない陰陽家の鄒衍についても丁寧に触れており、陰陽五行思想についても学ぶことができます。

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オススメ度★★吉野裕子『陰陽五行と日本の民俗』(人文書院/1983年)

東洋思想の著作ではありませんが、中国で興った陰陽五行思想が日本に与えた影響と、風俗について詳細に書かれています。民俗行事や呪術的な行為に着目しており、日本に土着した陰陽五行思想を知る専著です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 陰陽五行思想とは、万物は二気から構成されるという陰陽思想と、陰陽二気の組み合わせからより高次元の五行の要素が構成される、という五行思想が合わさったもの
  • 陰陽五行思想は、自然哲学・自然科学としての思想から、政治的な思想へと展開し、宋学や朱子学にも影響
  • 陰陽五行思想は5~6世紀ごろに日本に伝わり、現代も民間信仰の一部に残っている

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