『消費社会の神話と構造』(La Société de Consommation)とは、「記号としての消費」をキーワードに、大衆消費社会における、人々の消費活動の心理作用を読み解いたものです。著者はフランスの思想家ジャン・ボードリヤール(Jean Baudrillard:1929年‐2007年)です。
消費社会論を学ぶ上で読むべき書物は多くありますが、その中でもボードリヤールの『消費社会の神話と構造』は必須です。
そこで、この記事では、
- 『消費社会の神話と構造』が書かれた背景
- 『消費社会の神話と構造』で書かれた内容
- 『消費社会の神話と構造』への批判と意義
関心のある所から読み進めてください。
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1章:『消費社会の神話と構造』とは
1章では『消費社会の神話と構造』が書かれた「背景」と「要約」を提示します。具体的な内容は2章で解説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:『消費社会の神話と構造』が書かれた背景
まずは、『消費社会の神話と構造』が刊行されるまでに、消費社会についてどのような議論がされてきたのかを大まかに見ていきましょう。それによって、消費社会論といわれる学問領域における位置づけを確認することができます。
『消費社会の神話と構造』の内容のみ関心のある方は、本節を飛ばして頂いても構いません。
1-1-1: ソースティン・ヴェブレン
消費理論の先駆けとしては、アメリカの経済学者ソースティン・ヴェブレン(Thorstein Bunde Veblen)が1899年に発表した『有閑階級の理論』があります。
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近代社会における裕福な資本家階級は、時間や製品を浪費することで、財力や社会的地位の高さを他人に見せびらかします。このように、見栄や競争心から行なわれる消費行動は、「誇示的消費」であると批判されました。(→誇示的消費に関して詳しくはこちら)
1-1-2: 20世紀初頭における消費
20世紀になり、社会が都市化して経済が発展していくにつれ、生産や消費において、「流行(モード)」が主要なキーワードの一つになっていきます。それは以下のような時代的背景があったためにです。
- 市場に流通する商品に、機能面での違いはほとんどなくなり、飽和状態が起こります。商品に何らかの付加価値をつけなければ、人々の目には魅力的に映らない
- そこで、常に人々の欲求を刺激し、消費を活性化するような、新しい商品が必要となる
- 目新しい物事や行動様式が取り上げられ、集団や社会に急速に広まっていく、流行現象が注目されるようになる
社会学の分野で、いち早く流行現象を論じたのは、フランスの社会学者ジャン=ガブリエル・ド・タルド(Jean‐Gabriel de Tarde)です。彼は、流行を採用する人々の心理を、模倣説(théorie de l’imitation)によって明らかにしようとしました。
そこで用いられたのが、「トリクルダウン理論(trickle-down theory)」2Bernard de Mandeville,The Fables of the Bees:or, Private Vices, Public Benefits,泉谷治訳『蜂の寓話―私悪すなわち公益』(法政大学出版局)に詳しいです。これは、イギリスの精神科医バーナード・デ・マンデヴィル(Bernard de Mandeville)が提唱した理論で、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が浸透する」という考え方です。
タルドは、社会の下位の階層にいる者は、より上位の階層者に追いつこうと、その流行を真似する傾向にあり、やがて追いつかれた上位の者は、別の流行へと移るという状況が交互に起こることで、社会が変化していく様子を論じました。
1-1-3: ゲオルク・ジンメル
さらに、模倣が移行するというタルドの理論を継承したのが、ドイツの哲学者ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel)です。
大衆消費社会では、新しい流行りものとしての商品が絶えず人為的に生産され、消費されます。ジンメルは流行現象を、人が他人と同調し、同時に個性を示すという、相反する心理から行なわれるものととらえました。
そして、男性に比べて単調な生活になりやすかった女性の方に、より流行が広がる状況についても述べています。社会的な自己実現の場が制限されている女性たちにとって、流行は、個性発揮の場として機能していると考えたのです。
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このように、19世紀後半から20世紀前半にかけては、消費をひもとく足掛かりとして、階級や階層などの地位や社会的立場が注目されていました。
1-1-4: ゆたかな社会
20世紀半ばになると、さらに経済発展を遂げた欧米諸国を中心に、大量生産・大量消費のスタイルが広く行き渡るようになります。カナダの経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith)が説いた「ゆたかな社会」の到来です。
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それぞれの階層において生活水準が上がり、人々の欲求はある程度満たされるようになりました。そこで、ガルブレイスが説いたのが、消費プロモーションの働きです。
消費プロモーションの働き
- 大衆消費社会では、消費者の欲望は生産者に依存しており、新たな需要が次々と作り出されている現象を「依存効果」と表した
- 商品を供給する側の企業の宣伝によって、消費者の欲望が刺激され、常に新しい需要が作り出され、消費行動が生じている
1-1-5: 孤独な群集
そして、大衆消費社会における価値観の変化に注目したのが、アメリカの社会学者デイヴィッド・リースマン(David Riesman)です。
人が各自の行動を決める際に、他人やマスメディアからの情報を参照して基準とする、「他人指向型」の人間が多くなっている点を指摘しました。他人指向型は、消費行動において人並みの生活様式を求め、多数派の人々と同じ商品やサービスを購入しやすいことを論じたのです。
1-1-6: 大量消費社会のひずみ
一方で、豊かさを追い求めた大量消費社会のひずみも、表面化し始めました。
1962年にアメリカの生物学者レイチェル・ルイーズ・カーソン(Rachel Louise Carson)により『沈黙の春』が刊行され、1972年には国連の人間環境会議(ストックホルム会議)が開かれ、環境問題が世界共通の重要なトピックとなりました。
「ゆたかな社会」は必ずしも十全な幸福ではないことを、人々は知ったのです。
レイチェル・カーソンの思想は、環境倫理にも影響を及ぼしました。
ひたすら上昇志向にあった消費者の欲求は、次第に多様化するようになります。個々のライフスタイルに「自分らしさ」を追求するようになり、変化してきた消費社会を定義し直すべく登場したのが、ボードリヤールでした。
特に、『消費社会の神話と構造』は従来の消費現象をとらえる概念を大きく踏み越え、社会学界のみならず、マーケティング業界においても熱狂的に迎え入れられた名著となりました。
1-2:『消費社会の神話と構造』の要約
あらかじめ先取りして『消費社会の神話と構造』の内容を端的に要約すると、以下のようになります。
- 『消費社会の神話と構造』の主題
→「記号としての消費」をキーワードに、大衆消費社会における、人々の消費活動の心理作用を読み解いたものである
→社会が豊かになり、人々の生活が均質化されてくると、消費における関心は、いかに他人との違いを示すかという次元の欲求へと移っていく。ボードリヤールは、そのような差異化に対する人々の欲求が、商品(モノ)を差別化された記号と見なしていることを指摘した - 大衆消費社会における商品の価値
→商品の価値はその効用や有用性よりも、商品に付与された意味にある。たとえば、ブランド品に価値があるとされるのは、その商品の物質的な機能ではなく、商品が持つ特別な記号(コード)によるもの
→コードは、そのモノが持つ、意味上の規則やイメージを指すため、多種多様な商品の価値は他の商品とのコードの差異によって生まる。人々は、社会的・文化的な意味をもったイメージとして、商品を消費している - 消費=コミュニケーションの手段
→消費は、モノを介して個性を主張する言語活動の一種であり、社会的な意味づけとコミュニケーションの手段である
→消費は、他人との違いを表す記号となり、人々は、商品を選ぶことによって個性を出し、自分らしさをアピールしている
このようにして、ボードリヤールは、言語記号論の視点を持ち込むことで、消費社会のシステムを解明しようとしました。現代の高度な消費社会では、モノの価値は記号化され、構造的な差異の体系に組み込まれていることを論じたのです。
- 『消費社会の神話と構造』とは、「記号としての消費」をキーワードに、大衆消費社会における、人々の消費活動の心理作用を読み解いたものである
- ボードリヤールは、大衆の消費活動が商品の機能や合理性だけでは説明しきれない点に関心をもった
2章:『消費社会の神話と構造』の内容
本書をは「難解だ」という声がしばしば聞かれます。たしかに、全体的に抽象的で皮肉めいた表現が多く、話が多方面に飛び、まとまりがないと感じるかもしれません。
この本が読み難いと感じるのは、章ごとに順序良く論理を積み重ねた文章ではなく、部分的な考察を詳細に記述するという形をとっているからという理由があると思われます。ゆえに、議論の筋道が明確ではないため、全体像を把握しづらいとも言えます。
そこで、2章では、本書の構成に沿って要約するのではなく、流れを理解しやすいように、内容ごとにまとめていきます。
2-1:豊かさの神話
資本主義社会においては、経済が成長して、社会の富が増えれば、すべての人が豊かになれる――。すなわち、富の平等が幸福であると考えられていました。
そして、幸福を目に見える形でとらえるために、所得やGNP(国民総生産)といった指標で豊かさを測ろうとしました。
しかし、ボードリヤールは、経済学者による「現代はモノにあふれ、豊かな時代になった」という主張に対して問題提起をします。その根拠は「経済成長を計測する指標に対する疑問」と「資本主義のシステムそのものの欠陥」です。それぞれ解説していきます。
2-1-1: GNPに対する疑問
当時、経済学において、豊かさの指標となるのはGNPでした。これは、一定期間に国民によって新しく生産された財やサービスの付加価値を総計したものです。しかし、ボードリヤールは以下の点に疑問を感じていました。
- GNPでは、肯定的な要素も否定的な要素も、すべて黒字に換算されてしまう。社会の発展とは言えない部分の支出まで、経済成長として計算される
- たとえば、公共施設を修繕したからといって、社会が豊かになったとは言えない。道路の補修や公害対策の費用、軍事費などは、経済成長によって生み出されたひずみの補填であり、社会システムを維持するための支出である
- 実際には社会の発展に寄与していない支出さえも、生産されたという事実から、会計上は経済成長の証として数えられる。それらの要素も含めて、単純に計算されたGNPは、豊かさの指標としては信頼できないと、ボードリヤールは指摘した
2-1-2: 経済システムの構造的な欠陥
もう一つは、経済システムの構造的な欠陥です。それまでの経済学では、貧困は経済システムの機能障害、つまり一時的な不具合と見なされてきました。経済が成長することで貧困は消滅し、やがては社会の隅々にまで富が行き渡るであろうという考え方です。
しかし実際問題、貧困はなくなっていません。それは以下のように説明できます。
- 経済システムの内部に、富のヒエラルキーが秩序として既に組み込まれている
- つまり、社会の構造上あらかじめ格差が存在しており、貧困はあるべくして存在している
富の絶対量がどれだけ増えようとも、体系的に不平等は固定されている。不平等な構造が経済成長を生み出し、成長が不平等を再生産する。その繰り返しが消費社会のメカニズムであると、ボードリヤールは言及しました。
このように、社会の課題としての貧困は、非現実的な幻想であると指摘したのです。
2-2:記号としての消費
上述のように、経済学で語られてきた豊かさの神話を、ボードリヤールは否定しました。そして、この論理とは異なる思想で、消費社会を分析するために提示されたのが、「消費の記号論」です。
記号論とは、モノの価値をそこに付与された差異化の記号にあるという社会理論です。より詳しくはこちらの以下の関連記事を参照ください。
2-2-1: 従来の消費
現代社会において、人類が生存を維持する上で、必要最低限の物資を入手するためのシステムや制度は、ほぼ整備されたと言って良いでしょう。人々は、一定以上、満たされた生活を送れるようになりました。
そうなると、消費者が注目するのは、その商品を使ったり所有する効用(使用価値)だけではなくなります。同じ機能を持つ商品であっても、複数所持したり、新たに求めたりするようになるのです。
何のために、満たされた欲求以上のモノを消費しようとするのか。記号論では、他人と違うことを望む心理、すなわち「差異化への欲求」にあると考えます。言わば、自己のアイデンティティの表示です。
そういった意味で、従来の消費は商品の使用価値を目的としていました。たとえば、車は移動するための手段であり、服は保温や皮膚の保護のための道具に過ぎませんでした。
2-2-2: 記号としての消費
しかし、現代においては、商品の使用価値よりも、その商品の「社会的な意味」が重要になっています。その商品を所有したり、使用することによって、他人と異なることや自分らしさを表現しようとするのです。
たとえば、以下のように言えます。
- 車種を選ぶ時、便利さよりもブランドやステータスを優先したり、服の実用性よりも色や装飾を優先したりすること
- これは、消費の対象が、商品の使用価値から記号に移ったこと、つまり、消費者にとって、モノの意味が変化したことを表してる
ここで重要なのは、以下の点です。
- 消費することの意味は、その商品が単独で示しているものではない
- ある商品を消費する自分と、別の商品を消費する他人を比べ、そこにどのような違いがあるのかという点に意味が見出される
- 商品は、広告や宣伝などによって、使用価値とは別に、恣意的な意味を加えられる
- その記号的なメッセージが創りだす、モノ同士の差異が意味となる
現代の消費社会において、人々は、消費がもたらす記号に囲まれて生活しています。消費は、記号の操作であり、どのような消費を選ぶかによって、自己の特性や社会的な地位を示します。
人々は記号を手に入れ、また新たな記号を欲し続ける。それが、現代消費社会を特徴づける「記号を対象とした消費」なのです。
加えて、消費は、以下の意味で階級的制度でもあります。
- 人々は、自分の所属する集団によって、同じコードを共有し、それを基盤として階級を形成している
- 互いにコードを共有することで、他の集団と区別する
- 人々はモノ自体を消費しているのではなく、集団への所属を示すため、あるいは、より高い地位の集団を目指すために消費している
これらの点をまとめると、以下のようにいえるでしょう。
人びとはけっしてモノ自体を(その使用価値において)消費することはない。――理想的な準拠としてとらえられた自己の集団への所属を示すために、あるいはより高い地位の集団をめざして自己の集団から抜け出すために、人びとは自分を他者と区別する記号として(最も広い意味での)モノを常に操作している。3ボードリヤール『消費社会の神話と構造』紀伊國屋書店,1970=1995:68頁
2-3:無限の差異化
消費社会の本質を「記号の消費」であるととらえると、あらゆるモノは記号の水準で相対化されます。モノの本質を差異化のコードとするならば、差異を表す意味作用において、序列は存在しないからです。
記号としての相対化は、商品だけにとどまりません。「記号の消費」によって社会が成り立っている以上、文化や歴史、思想や宗教、肉体や時間さえも、記号として等価性を持つようになります。
すべてが「差異の記号」になるということは、すべてが代替可能な存在として、私たちの前に現れることを意味します。代替可能な記号になれば、一定の価値観の下で、自己イメージを獲得することが不可能になります。
つまり、自己の拠りどころが記号の相対性にさらされ、人々は、アイデンティティの確立のためにますます記号を消費するようになるのです。
記号の消費によって、他者との差異化を図るという行為に終わりはありません。消費の記号は相対的なものだからです。相対的な記号をいくら積み重ねたところで、それらは全て代替可能であるという点において、絶対的な個性にはなりえません。
消費者は自分で自由に望みかつ選んだつもりで他人と異なる行動をするが、この行動が差異化の強制やある種のコードへの服従だとは思ってもいない4ボードリヤール『消費社会の神話と構造』紀伊國屋書店,1970=1995:68頁
現代の消費社会は、無限の差異化を強制され、消費を拡大し続けるメカニズムとなっているのです。
以上、ボードリヤールが提示する消費の基本概念は、次の3点に集約されます5ボードリヤール『消費社会の神話と構造』紀伊國屋書店, 1970=1995:121頁。
- 消費はもはやモノの機能的な使用や所有ではない
- 消費はもはや個人や集団の単なる権威付けの機能ではない
- 消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ受け取られ再生される記号のコードとして、つまり言語活動として定義される
まとめると、ボードリヤールの考察する消費とは、「意味作用とコミュニケーションのプロセス」であり、コードによって意味を発生させ、それを交換するシステムです。
そして、「分類と社会的差異化のプロセス」であり、社会における地位を分類し、各自の地位の差異を表示するための活動なのです。
2-4:強制される消費
消費はコミュニケーションと交換のシステムとして、絶えず発せられ、受け取られ、再生されるコードであると述べましたが、ボードリヤールは、消費による記号の享受が市民の義務として強制され、制度化されていると指摘しました。
マスメディアは、さまざまな出来事を抽象化し、記号化して発信します。それらの情報を、消費の対象として、さまざまな商品と交換可能であることを示します。現代にあふれる広告は、特定の商品の宣伝であると同時に、モノの体系という枠組みのなかに、私たちを囲い込み、消費社会自体のイデオロギーの拡散でもあるのです。
その意味で、私たちは、消費の暴力に常にさらされていると言えるでしょう。このような目に見えない暴力にさらされた社会は、その帰結として、様々な反作用を生み出します。
たとえば、次の例を考えてみてください。
- 豊かさが暴力的に強制されるならば、反動としての暴力が生まれることが想像される
- 貧困や社会的搾取が生み出す暴力とは性質の異なる暴力こそ、消費の暴力に対して噴出した暴力である
- 消費=差異化を強制された時代に生きる人々の多くは、知らず知らずに抑圧され、疲弊している
- 昨今、増加している非合理的な暴力事件や、現代に特有の精神疾患などは、消費の強制という記号論的解釈でとらえられるべきなのかもしれない
改めて、消費は神話であると、ボードリヤールは語ります。今の豊かな社会自体が、現代の神話であると。
生物としての生理的欲求以上の発展を遂げ、把握できないほどのモノに囲まれ、実際には存在しない、見せかけの豊かさに埋没している。人々は、記号的差異を通してしか、個人のアイデンティティを持てずにいます。
しかし、代替可能な記号をいくら入手しても、自己を確立することはできない。人は常に解消されない、慢性的な不安を抱えているのです。
- ボードリヤールは「経済成長を計測する指標」と「資本主義のシステムそのものの欠陥」から経済学の前提を問題視した
- 記号的なメッセージが創りだす、モノ同士の差異が商品の意味となる
- 自己の拠りどころが記号の相対性にさらされ、人々は、アイデンティティの確立のためにますます記号を消費するようになる
3章:『消費社会の神話と構造』への批判と意義
さて、2章では『消費社会の神話と構造』の具体的な解説をしましたので、3章ではボードリヤールの議論に向けられた批判と意義からさらに深掘りしていきます。
3-1:『消費社会の神話と構造』への批判
一世を風靡した記号消費論は、マーケティングや社会批評も含め、広い分野に影響を与え、関連する論調も多く生まれました。しかし、その中で批判が生まれたのも事実です。それぞれ解説していきます。
3-1-1: 個人の主体性
彼が提唱した「記号としての消費」社会において、人間の主体性は欠如していると見なされます。人々は、記号によって消費を強制されており、消費のシステムに組み込まれた個人に、主体的な意思はないとされます。
しかし、人間の行動がすべて、個人の意思とは無関係であるとは言いきれないという批判もあります。社会の枠組みのなかであっても、限られた自由において、人間の選択が経済活動に影響を与えてもいるのです。
3-1-2: 使用価値
さらに、ボードリヤールは、モノの交換価値が使用価値を規定するとしていますが、ある価格(交換価値)で、その商品を購入するかどうかを決めるのは、交換価値ではなく使用価値(効用)であるという意見もあります。
ある交換価値のもとで需要量を決定するのは、使用価値であるというのです。言い換えれば、どの差異を選択するかは、広告する生産者ではなく、受け取る消費者が行うという意見です。
3-1-3: 差異の質
また、消費者が記号的価値に求めていたのは個性であり、他人との差異でした。ただし、この差異は、唯一絶対的なものではありません。人と同じは嫌だけれど、自分の感性をわかり合える人がいてほしいという願望も含みます。
そのため、消費スタイルが多様化するシステムのなかで、「他人と違う」という欲求だけではなく、「他人と同じでありたい」という欲求も可能性にあります。
特に日本では、記号の持つ差異の価値を、小さなグループで共有することによる安心感が求められる傾向もあります。記号消費論が描いたのは、社会システムの論理にからめとられ、記号に翻弄される受動的な消費者像でした。
しかし、その理論のカテゴリーに収まりきらない現象もあるのです。今後は、より高度に情報化した時代に即した、新しい消費社会論の登場が待たれるところでしょう。
3-2:『消費社会の神話と構造』の意義
上述の批判があるものの、『消費社会の神話と構造』には以下の意義があったことは変わりません。
- 人々が商品を購入するにあたり、消費者側の需要や欲望を前提とする考え方を覆し、それまでの消費分析の論理を一変させた
- モノの効用や機能ではなく、「記号消費」という概念を提示し、大衆消費社会の新たな説明モデルを提唱した画期的な現代社会・文化論であった
ボードリヤールの記号的消費社会論が世に出てから、既に半世紀が経過しています。その間、この概念に取って代わるような主要な消費社会論は、妥当なものが見当たりません。
それほどに、ボードリヤールが唱えた「神話」の威力は強く、現代においてもいまだ有効な議論だと言わざるをえないのでしょう。
4章:『消費社会の神話と構造』と消費社会論を学ぶための本
ボードリヤールの議論および消費社会論を理解することはできましたか?
最後に、より深く学ぶための参考図書を紹介します。
ジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』(紀伊國屋書店)
この記事で解説したボードリヤールの『消費社会の神話と構造』です。原著を読むことは最も重要な作業です。ぜひ読んでみてください。
ジャン・ボードリヤール『物の体系』(法政大学出版局)
『消費社会の神話と構造』に先立って出版された本です。人間を取り巻く膨大なモノを記号学的に分析し、「物の体系」の概念を提唱しました。ボードリヤールの記号論をつかむ上で参考になります。
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塚原史『ボードリヤールという生きかた』(NTT出版)
『消費社会の神話と構造』の翻訳者が、ボードリヤールの思想の論点をまとめた本です。内容が時系列順に整理されており、ボードリヤールを初めて学ぶ人への入門書として適しています。
リチャード・J・レイン『ジャン・ボードリヤール』(青土社)
こちらも入門書の類ですが、より本格的なボードリヤール論となっています。章ごとに要約が掲載され、索引もついています。上記の本と併せて、さらに理解を深めることができるでしょう。
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オススメ度★★ 佐伯啓思『「欲望」と資本主義 終りなき拡張の論理』(講談社)
高度に情報化し、グローバル化した現代社会において、資本主義の概念を改めて分析し直した本です。『消費社会の神話と構造』の概要を理解する手助けにもなります。新書版なので、手に取りやすいと思われます。
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
最初の1冊は無料でもらえますので、まずは1度試してみてください。
また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。
まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 『消費社会の神話と構造』とは、「記号としての消費」をキーワードに、大衆消費社会における、人々の消費活動の心理作用を読み解いたものである
- ボードリヤールは、大衆の消費活動が商品の機能や合理性だけでは説明しきれない点に関心をもった
- 『消費社会の神話と構造』はモノの効用や機能ではなく、「記号消費」という概念を提示し、大衆消費社会の新たな説明モデルを提唱した画期的な現代社会・文化論であった
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