儀礼(Rituals)とは、目的合理的な行為からはずれて、「型にはまり」「繰り返され」「何かを伝える」特徴があるもの1松岡「儀礼と時間」『詳論 文化人類学』ミルネヴァ書房 148頁です。
儀礼を宗教的なものだけに限定して定義をすることも可能ですが、挨拶といった世俗的行動を含めると上記のような定義になります。
しかし、上記の定義だけでは「儀礼とはなにか?」を理解することは難しいと思います。
そこで、この記事では、
- 儀礼の意味や例
- 儀礼の学術的議論
などをそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:儀礼とは
まず、1章では儀礼を「意味」と「例」から概観します。学術的議論に関心のある方は2章から読み進めてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注2ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:儀礼の意味
冒頭の確認となりますが、儀礼とは、
目的合理的な行為からはずれて、「型にはまり」「繰り返され」「何かを伝える」特徴があるもの3松岡「儀礼と時間」『詳論 文化人類学』ミルネヴァ書房 148頁
です。
儀礼の身近な例として、ヘンドリーが『社会人類学入門』で指摘している日本人の靴にまつわる習慣をみていきましょう。
私たち日本人からすれば、当たり前の感覚かもしれませんが、靴には次のような儀礼が伴うといいます4ジョイ・ヘンドリー『社会人類学入門』法政大学出版 77頁。
日本社会における靴の儀礼
- 家に入る前に靴を脱ぐのは、日本社会では絶対的な習慣である
- 靴を脱ぐのは家の中と外の世界を分断する玄関であり、この空間は世界の間隙に位置する
- 靴を脱ぐという行為には、ウチとソトを区別する重要性が伴っている
靴を脱ぐという行為をあまり意識したことがない方には驚きの指摘かもしれませんが、実際に玄関における靴の脱ぎ履きにはさまざまな儀礼的行為が付随しています。
たとえば、玄簡における挨拶です。私たちが普段実践する、外出と帰宅時の挨拶を考えてみてください5ジョイ・ヘンドリー『社会人類学入門』法政大学出版 78頁。
- ソトから帰ってきたとき
→帰ってきたときは(文字通りに)「只今」(now)で、迎える側は「お帰りなさい」(welcome)という - ソトに出るとき
→「行って来ます」(I go and come back) - 人の家に入るときや出るとき
→「お邪魔します」(I make disturbance)、「失礼しました」(I make rudeness)
こうしてみると、靴の履き脱ぎに付随する挨拶は、ウチとソトを区別するための儀礼として捉えることが可能ではないでしょうか?
1-2:儀礼の例
上で見たような儀礼の他にも身近な例は多くあります。ここでは、まず妊娠と出産にまつわる例をみていきましょう。
1-2-1:妊娠と出産にまつわる例
通過儀礼を説明する際に詳しく解説しますが(※2章)、(通過)儀礼には「分離(隔離)」「過渡」「統合」という3つの局面が伴います。このような局面を妊娠と出産にまつわる儀礼に見出すことは可能です。
たとえば、妊婦を隔離する局面を考えてみてください。
現代では妊婦を隔離することはあまりないかもしれませんが、英語には「お産のための引きこもり」という「confinement」という単語があります。これは臨月に近い女性が出歩くこと良いと考えなかった時代の名残とされています。
他にも、以下のようにさまざまな規制が妊婦にはあります。
妊婦にまつわる規制
- 食事の場合にいえば、酒やたばこ、薬物療法の禁止などがある
- 高血圧や合併症に悩む妊婦は、社会から隔離されて病院に移される
- 日本の女性は特殊なコルセット(岩田帯)を巻き、出産が間近なことを公に知らせる
1-2-2:日本社会や世界における例
日本社会における儀礼の例を提示することも難しくありません。たとえば、以下のような儀礼を思い浮かべてください。
日本社会における儀礼
- ビルの施工前に神主がおこなう地鎮祭
- 子どもの成長を願う宮参りやお食う初め
- 地域で季節ごとにおこなわれる伝統儀礼
どうでしょう?パッと思い浮かべるだけでも、以上のような儀礼を提示することが可能です。
そして、文化人類学者が対象としてきた社会をみれば、次のような儀礼をあげることができます。
世界における儀礼
- アフリカの仮面結社による儀礼
- シャーマンや治療師による治療儀礼
- 事故・不作などにおこなわれる占い
どうでしょう?これまで挙げてきた儀礼をみたとき、上記した定義の特徴があることがわかると思います。
つまり、儀礼という行為には、それが「特定の場所でしなければならない必然性がなく、目的と行為が根拠なく恣意的に結ばれていること」6松岡「儀礼と時間」『詳論 文化人類学』ミルネヴァ書房 149頁が特徴となってきます。
2章:儀礼の学術的議論
さて、2章では文化人類学の研究から儀礼を解説していきます。
2-1:儀礼研究の歴史
上述したように、当該文化の外からいる者にとっては、目的合理的でない行為が儀礼とした場合、儀礼の意味や表象を問う必要がでてきます。そのため、人類学の儀礼研究はそのような象徴の研究に重点が置かれてきました。
人類学者の松岡が『詳論 文化人類学』(ミルネヴァ書房)で指摘した内容に従えば、儀礼研究を以下の3つの時期に分けることができます。
- 19世紀後半から20世紀前半にかけての時期
→フレイザーは呪術的儀礼を「未開人」による誤った因果論に基づく行為だと指摘した - 1920年代のマリノフスキーらの時期
→マリノフスキーは儀礼が人々や社会の全体を統合して、維持する機能を果たすと考えた(→機能主義に関してはこちらの記事) - レヴィ・ストロースやターナーの時期
儀礼を象徴的な行為として、それが意味するものを研究する
特に重要なのは③の時期の研究で、これが現在の儀礼研究に繋がっています。そこでこの分野の先駆者であるジェネップ(1873-1957)の研究をみていきましょう。
2-2:通過儀礼
アルノルト・ヴァン=ジェネップ(1873-1957)はフランス人文化人類学者で、『通過儀礼』において、世界中でおこなわれる儀礼の共通的な特徴を導きだそうとしました。
結論からいえば、ヴァン=ジェネップは、通過儀礼を、
- 現在の状態からの「分離(separation)」
- どの状態でもない「過渡(transition)」
- 新しい状態に向けた「統合(integration)」
という3つの局面で構成される儀礼として捉えました。
通過儀礼のイメージ
たとえば、イギリス人社会人類学者のエヴァンズ=プリチャードが報告したヌアー社会の「成人式」をみてきましょう。(→『ヌアー族』に関してはこちらの記事)
ヌアー社会の成人式では、「ガル」と呼ばれる手術を受けて、少年は大人の仲間入りをします。ガルとは小さなナイフで少年の額に、6本の切り傷をつけるもので、傷跡は生涯残り、死体の頭蓋骨にもその跡をとどめているといいます。
ガルの過程
- 対象は14歳〜16歳の少年で、4人〜12人の少年がまとめガルを受ける
- ガルを受ける少年たちは、まず分離させられる
- 手術が終わると、一時的隔離されて、さまざまなタブーを課せられる
- 最後に、特別な儀式をへて隔離の時期を終了する
ガルからはヴァン=ジェネップが提示した「分離(隔離)」「過渡」「統合」という3つの局面が明確に提示されていることがわかると思います。
そして、成人式では子どもの世界と大人の世界は区別されていることだけでなく、儀礼を経て子どもは大人になることがわかります。
ここでの子どもと大人の区別は身体的な発達の問題ではなく、社会的な成熟度が問題となっています(だから成人といわれる人たちの年齢は、世界的に一致しない)。
そのため、さまざまな社会において成人式はありますが、子どもが終わり大人が始まるのは社会的・文化的基準に依存しているといえるのです。
このようにみると、ヴァン=ジェネップが提示した通過儀礼の視点は、当該文化・社会を分析する上で重要なものであることがわかります。
※通過儀礼に関しては次の記事でも詳しいです→【通過儀礼とは】その意味から具体的な例までわかりやすく解説
2-3:コミュニタス
そして、文化人類学者のヴィクター・ターナー(Victor Turner 1920 – 1983)は、通過儀礼をより一般化させます。『儀礼の過程』(1969)という書物において、社会が儀礼とコミュニタスの弁証法的過程であることを指摘しました。
その際、ターナーが注目したのは「過度」の段階です。ターナーは「分離」にも「統合」にも属さない「過度」の境界性を「リミナリティ」と呼びました。
そして、ターナーによれば、リミナリティには以下のような特徴があるといいます。
- 「分離」や「統合」における日常的な社会的規範や関係と対立するものとなる
- 具体的に、社会的な規範から解放された平等な個人で構成され、相対的に未分化な共同体としての社会状況が生まれる(「過度」の段階)
- それは「並置的相互関係」とターナーがいう、「政治的・法的・経済的な地位の構造化され分化された」社会関係の様式と対照をなすもの(「分離」や「統合」の段階)っである
ターナーはこのような日常の「構造」から解放された「反構造」を説明するものとして「コミュニタス」を用いました。
抽象的な話が続いたので具体的な例から、コミュニタスを考えてみましょう。
2-3-1:ヒッピーなどの社会現象
コミュニタスは宮廷の道化師、千年運動論運動、ヒッピーなどの社会現象にも現れる、とターナーは指摘します。なぜならば、これら社会現象は構造的に周辺、劣位であるものが自由で平等なコミュニタスの無構造的性格を表現したものだからです。
ここでは、ヒッピーを事例にみていきましょう。
ターナーはヒッピーの特徴を、次のように指摘しています。
ヒッピーの特徴
- 社会秩序の外側を選択し、浮浪者のような衣服をまとうこと
- 社会的義務より個人的人間関係を重視し、性を永続的な構造化社会のきずなの基礎としてではなく、直接的なコミュニタスの多形態の手段としていること
このような社会現象は自発性、直接性、実存を強調することに特徴があり、「構造」と対比的にコミュニタスがもつ意味を提示してる、とターナーは考えました。
つまり、コミュニタスは儀礼におけるリミナリティだけでなく、社会構造の裂け目、周辺、またはその周辺を占める人間や原理に確認できるものなのです。このような儀礼という枠組みをこえた社会の過程こそが、ターナーが示した新たな着眼点でした。
- 儀礼からは当該社会の社会的・文化的基準に依存した区別を理解することができる
- 社会が儀礼とコミュニタスの弁証法的過程であることが指摘されている
3章:儀礼を学ぶための本
儀礼に関する理解を深めることはできましたか?
最後に、儀礼を学んでみたいという方に向けて解説本から学術本まで紹介していきます。
桑山敬己、綾部真雄 (編)『詳論 文化人類学:基本と最新のトピックを深く学ぶ』(ミネルヴァ書房)
文化人類学の解説本です。儀礼に関してはもちろんのこと、他の重要概念をわかりやすく解説しています。そのため、初学者にありがたい本です。
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エドマンド・リーチ『文化とコミュニケーション』(紀伊國屋書店)
リーチによる通過儀礼の議論は、時間的な切れ目や空間的な切れ目に重点が置かれています。構造人類学を学ぶ上でも必須の本です。
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まとめ
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