文化人類学

『西太平洋の遠洋航海者』の内容や影響をわかりやすく解説

西太平洋の遠洋航海者とは

『西太平洋の遠洋航海者(Argonauts of the Western Pacific)』とは、クラという交換の一制度が呪術や社会編成などの様々な要素と密接に関連することを経験的なフィールドワークから指摘した民族誌です。

マリノフスキーの『西太平洋の遠洋航海者』(1922)は、文化人類学の古典本です。つまり、この本を読まずして文化人類学者を名乗ることはできない、一種の「通過儀礼」みたいなものです。

この記事では、

  • 『西太平洋の遠洋航海者』と著者のマリノフスキーとの関係
  • 『西太平洋の遠洋航海者』の要約
  • 『西太平洋の遠洋航海者』が与えた影響

をそれぞれ解説していきます。

あなたの読みたいポイントだけでも構いませんので、ぜひ読んでみてください。

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1章:『西太平洋の遠洋航海者』の内容

1章では『西太平洋の遠洋航海者』の内容を解説します。この本が与えた影響を知りたい方は2章から読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: 『西太平洋の遠洋航海者』とマリノフスキー

『西太平洋の遠洋航海者』がどのような人物によって、どのような時代に書かれたのかを解説していきます。

1-1-1: ブロニスワフ・マリノフスキー

機能主義とはなにか?

『西太平洋の遠洋航海者』は人類学者のマリノフスキーがニューギニアにおける長期間のフィールドワークを成果をまとめたものです。

マリノフスキーの大まかな伝記的情報は、以下の通りです。

  • もともとは天文学と物理学を専攻していたポーランド人である
  • イギリス人人類学者であるフレイザーに影響を受けて、民族学を勉強した
  • オーストラリアの先住民に関する調査中に、第一次世界大戦が勃発した
  • ポーランド人は敵性市民ということで、イギリスに帰ることができなくなった
  • 大戦が終わるまでニューギニアのトロブリアンド諸島で調査を実施した
  • トロブリアンド諸島で調査の結果は、1922年に『西太平洋の遠洋航海者』として出版した

ここで重要なのは『西太平洋の遠洋航海者』は、トロブリアンド諸島社会の分析だけでなく、フィールドワークという方法論を提示したテキストであることです。

1-1-2: 重点研究の必要性

ダーウィンのビーグル号航海記に代表されるように、フィールドワークは文化人類学という学問の専売特許ではありません。加えて、宣教師や植民者といった人びとは人類学者に先行してフィールドワークをおこなっていました。

しかし、マリノフスキーが『西太平洋の遠洋航海者』の調査をする時期には、「重点研究」の必要が説かれていました2太田 好信, 浜本 満 『メイキング文化人類学』世界思想社

重点研究とは、次のような特徴をもつ調査です。

  • 一年から二年間以上の長期滞在
  • 現地語の習得(通訳なんてもってのほか)
  • ラポールを形成がとても重要

マリノフスキー以前のフィールドワークは複数の専門家からなる総合的な調査(さまざまな標本、資料を集めて、限られた人びとから聞き取り調査)がおこなわれていました。

しかしそのような調査にあたっていた専門家から、限定された地域における重点的な調査(長期滞在や言語習得)の必要性が主張され始めていたのです。この重点調査を始めて実施したのがマリノフスキーでした。

つまり、マリノフスキーがフィールドワークという方法論を確立したといわれる所以は重点調査の実施にあるのです。



1-2: 『西太平洋の遠洋航海者』の要約

では一体、マリノフスキーはどのような調査をトロブリアンド諸島でしたのでしょうか?それは冒頭で述べたものです。

再度繰り返すと、『西太平洋の遠洋航海者』とは、クラという交換の一制度が呪術や社会編成などの様々な要素と密接に関連することを経験的なフィールドワークから指摘しました。

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そして、マリノフスキーはこの交換制度を通して「合理主義的な未開人観」への批判をします。合理主義的な未開人観とは、私利私欲に基づき最小限の努力と労働によってのみ経済的活動をする「未開人」を指す考え方を指します。

マリノフスキーのこの主張を理解するために、重要な点は「クラ交易」「呪術」です。それぞれの点を解説していきます。

1-2-1: クラ交易

さっそくですが、クラ交易のポイントは以下の通りです3マリノフスキー『『西太平洋の遠洋航海者』を参照

クラ交易のポイント
  • クラ交易…ニュー・ギニア諸島において部族間で行われる交換の一形態。クラにおいて、交換される品物はソウラヴァと呼ばれる赤色の貝の首飾りとムワリ呼ばれると白い貝の腕輪。これらの品物は規定のルートに従って一定方向に交換され続ける。ソウラヴァは時計の針の向きに回り続け、ムワリは逆方向に回り続ける
  • ソウラヴァとムワリの特徴①…クラで交換される首飾りと腕輪は本質的に装飾品。重要な行事のみに使用され、日常の装飾において用いられることはない。そもそも、腕輪は少年少女が着用するには小さすぎる。また、あまりにも貴重なため十年に一度ほどの頻度でしか使用されない。そのため、これらの財宝を使用することが所有の目的ではない
  • ソウラヴァとムワリの特徴②…クラに参加する男性は腕輪か首飾りを一定期間所有し、交換の時期がきたら品物を取引相手に渡さなければならない。なぜならば、品物を長期間所有することは欲深いとされるためである。つまり、品物は長期に渡って所有されることはない。そのため、人々は一時的な所有に喜び、またこの一時的な所有を通じて名声を得るのである。そして交換され続ける品物は、二年から十年をかけて閉じた環をなす島を一周する

注目してほしい点は、交換によって形成された取引相手との関係は終生続く永久的なものであることです。取引相手は客人としてもてなす主人であり、保護者、味方として、未知の土地において彼の安全を保障する役割をもちます。

つまり、クラ交易によって、村の男性と遠く離れた者との間に直接的、または間接的な永久の関係が結ばれるのです。

交換によって人間関係が構築されることは「互酬性」と呼ばれます。次の記事で詳しく解説していますので、ぜひ読んでみてください。→より詳しくはこちら

■ クラ交易と西洋における家宝の類似性

マリノフスキーはクラにおける品物と西洋における家宝やトロフィーとの類似性を指摘します。彼は事例として、エディンバラ城にある戴冠式用の家宝を提示します。

  • エディンバラ城にある戴冠式用の家宝を所有することは代々の名誉
  • この点はクラの品物も同様。トロフィーは個人、または団体の勝者が所有するものである
  • それは非実用的なものであるが、所有者はそれを一定期間所有する資格をもつという点において独自の喜びを得る。この所有に関する喜びはクラの品物にも当てはまる

マリノフスキーによると、クラにおける品物と西洋における家宝の共通点は「歴史的感傷」です4マリノフスキー『西太平洋の遠洋航海者』154頁。歴史的感傷とは、要するにクラの品物には歴史的な出来事が内包されていることを意味します。

つまり、クラ交易で交換される品々は、

  • 歴史上のさまざまな人物によって交換され続けた。その結果、品物に纏わる人物や出来事がクラの品物と共に継承されていった
  • すなわち、クラの品物が歴史伝承という極めて重要な役割を担っていた
  • マリノフスキーはこれを「たいせつな歴史上の思い出を、無尽蔵に封じ込めた容器」であると述べ、「物質文化ばかりでなく、習慣、歌、芸術のモティーフ」がクラの品物と共に伝播された

という特徴があります。

クラ交易については、次の記事でも解説しています。次の記事はソウラヴァとムワリの写真を掲載したり、カヌーの航路などにも触れています。ぜひ読んでみてください。→より詳しくはこちら



1-2-2: 呪術の効力

さまざまな社会的規定や役割を担うクラの品物ですが、クラの成功を最終目標とした多くの社会活動に最も重要な役割を果たすのが呪術です。

たとえば、呪術は次のような場面でおこなわれます。

  • クラ交易の一連の活動、つまりカヌーの塗装、進水式、遠洋遠征、帰郷などにおいて儀式的におこなわれる
  • またクラの活動に限定されず、基本的な食料供給の活動である畑作りや漁撈、風や天候の掌握などさまざまな場面において積極的な役割を果たす

マリノフスキーによると、「危険性および偶然性が目にたつすべての行為」に呪術は使用されます。

ここではカヌー建造における一場面をみていきましょう。カヌー建造において、呪術は速度と安定性を与えるとされています。したがって、カヌーの作り方に明らかに問題がある場合でも速く走らないのは呪術のせいとなります。

また、カヌーに特別な力を与えることが可能な呪術師は、指導者のような立場を確立します。呪術はカヌーを建造する人々に仕事の有効性にたいする深い信頼感を与えるため、マリノフスキーはこのような呪術の働きが労働組織の基礎となると指摘します。

上述のような事例から、マリノフスキーは呪術が経済的な努力に付け加えられる「単なる付属品」ではないと考えます。むしろ、呪術とは心理的な力であり、その信仰心が「経済的努力の組織化と体系化を可能にする」機能を果たすものであると考えます。

■ 呪術とクラ交易

つまり、呪術と実際の活動は相互補完的な結びつき展開される特徴をもちます。そして、その活動の中心目的がクラの成功なのです。

上述のような特徴から、マリノフスキーはクラが「まったく新しい型の交換」であると述べます。広大な範囲の島々と人々を結び合わせる社会的および地理的な広さはクラの特徴であり、呪術の社会的な意味やその伝統は同様にクラを支える一つの特徴となるからです。

  • クラとは「交換し、取引きされる貴重品にたいして、うらやましい、ほとんど崇拝されるような態度を表す経済取引であり、一時的、断続的、累積的な新しい型の所有を含む経済取引であり、巨大で複合的な社会機構と経済事業をともなって遂行される経済取引」である
  • それは私利私欲に基づき最小限の努力と労働によってのみ経済活動を行うという合理主義的な未開人観とは一線を画すもの

最後に、マリノフスキーは、「価値の含んだ物体を、なんでも『貨幣』とか『通貨』とか呼びならわすことは、たいへんまちがっている」と指摘しながら、「未開人の価値なるものの全体的概念」はクラという新たな型の交換を手がかりに改められるべきだと主張します。

どうでしょう?この記事で解説したことは要約に過ぎませんので、興味のある方はぜひ原著を参照ください。

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1章のまとめ
  • マリノフスキーがフィールドワークという方法論を確立したといわれる所以は重点調査の実施にある
  • 『西太平洋の遠洋航海者』のポイントは、「クラ交易」と「呪術」である
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2章:『西太平洋の遠洋航海者』の影響

2章では『西太平洋の遠洋航海者』が与えた影響、特に文化人類学という学問に与えた影響を解説していきます。

2-1: 文化人類学に与えた影響:フィールドワーク

文化人類学に与えた影響は大きく「フィールドワーク」「機能主義です。それぞれを解説していきます。

1章を読んだ方はすでにお分かりだと思いますが、『西太平洋の遠洋航海者』はフィールドワークを確立した書籍でした。

『西太平洋の遠洋航海者』を実際に読んでいただければわかりますが、マリノフスキーは彼自身にフィールドワークという方法論を確立させる「使命」があることを強く意識しています。そのため、序論はフィールドワークの方法についてかなりの文量をさいています5太田 好信, 浜本 満 『メイキング文化人類学』世界思想社

たとえば、マリノフスキーは次のようなことを説いています。

  • 白人社会から切り離されて、原住民の村にたった一人で参加していくことの心構え
  • フィールドワークに伴う失望や期待
  • 村の真ん中にテントを張って、原住民社会に参加することで次第に見えてくる原住民のものの考え方

マリノフスキーが指南することを実際に実行できるかできないかは別として、マリノフスキーは自分自身を「一人で現地社会を理解するスーパーヒーロー」として描いています。

このような人類学者像はその後のフィールドワークに大きな影響を与えました。今でも人類学者は現地社会に一人で参加するというイメージがありますが、これはマリノフスキーの影響が大きいです。



2-2: 機能主義

『西太平洋の遠洋航海者』は機能主義と呼ばれる理論を打ち出したことで有名です。機能主義とは、社会の慣習、制度、観念などの要素は相互に関係しあいながら、社会や文化という全体を作り上げるという考え方です。→より詳しくはこちら

たとえば、1章で説明した呪術とクラ交易の関係を考えてみてください。

  • 呪術とは心理的な力であり、その信仰心が経済的努力の組織化と体系化を可能にする機能を果たすものであった
  • そして、呪術の中心的な目標はクラ交易の成功にあった
  • すると、呪術とクラ交易が相互補完的になっており、互いが要素が社会を成り立たせるために機能していることがわかる

また、機能主義の異なる側面として、ある慣習をその社会での他の慣習との関係を無視して比較する進化論的人類学を批判的に乗り越える理論だったといえます。

進化論的とは、要するに単線上に社会が進化すると考える社会進化論を意味します。機能主義は異文化の理解はその文化の内部でなされなければならないと主張し、西洋の一元的なモノの見方を批判するものでした。

2章のまとめ
  • 『西太平洋の遠洋航海者』はフィールドワークという方法論を確立した書籍
  • 『西太平洋の遠洋航海者』は機能主義という理論を打ち出した
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3章:『西太平洋の遠洋航海者』と文化人類学の学び方

最後に、『西太平洋の遠洋航海者』と文化人類学を深く理解するための書籍を紹介します。

まず、何よりも文化人類学という学問自体に興味をもった場合は、こちら記事を参照ください。初学者用から上級者用まで紹介しつつ、さまざまな書籍の良い点と悪い点を解説しながら、紹介しています。

文化人類学的な視点を獲得できる本6選
【文化人類学的な視点を獲得できる本6選】隣接分野の重要文献も紹介文化人類学の知識は書籍から学びましょう。 文化人類学の大まかなイメージを理解し、次のステップとして文化人類学の概念や歴史を深く理解...

以下は、『西太平洋の遠洋航海者』を深く理解するための書籍です。

おすすめ書籍

ブロニスワフ・マリノフスキー『西太平洋の遠洋航海者』(講談社学術文庫)

『西太平洋の遠洋航海者』に興味をもった方は、原著を読みましょう。難しい本ではありませんので、ぜひ読んでみてください。

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太田好信・浜本満(編)『メイキング文化人類学』 (世界思想社)

文化人類学の歴史と未来を学べて、一石二鳥な本です。マリノフスキーのフィールドワークを新たな視点で分析しています。『西太平洋の遠洋航海者』を読んだ後に、読むべき本の一つ。

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まとめ

いかがでしたか?最後に、この記事の要点をまとめます。

この記事のまとめ
  • 『西太平洋の遠洋航海者』のポイントは、「クラ交易」と「呪術」
  • 『西太平洋の遠洋航海者』はフィールドワークという方法論を確立した書籍
  • 『西太平洋の遠洋航海者』は機能主義という理論を打ち出した

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