プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(Product Portfolio Management, 以下PPM)とは、1970年代に米国のコンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループによって提唱された経営戦略理論です。
PPMは、ひとつの企業が複数の事業、複数の製品を保有している場合に用いられます。各事業・製品が、各市場においてどのようにポジショニングするかを分析することにより、競争優位を得ることを目的としています。
この記事では、
- PPMの意義
- PPMの理論
- PPMの戦略
をそれぞれ解説していきます。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)とは
1章では、PPMを「意義」「理論」「経験曲線と製品ライフサイクル」から概説します。2章ではPPMの戦略を解説しますので、好きな箇所から読んでください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: PPMの意義
今日、各事業・製品を取り巻く市場環境の変化は目まぐるしく、そのポジションは絶えず変化していきます。たとえば、以下のような出来事は容易に想定できます。
- ライバル企業が市場に対して積極的な資源投入をおこなえば、相対的に自社の事業や製品の市場シェアは小さくなる
- そもそもその事業・製品の市場ニーズが環境変化にともなって衰退していけば、事業・製品自体を生産する価値が低下し、その事業・製品の収益性は悪化することになる
- もちろん、この逆のケースであれば、収益は改善し、企業に投資のためのキャッシュフローを発生させる
PPMは、そのような各事業・製品を「相対的市場占有率」と「市場成長性」の2つの視点から分析します(詳しくは後述)。そして、その事業・製品がさらなる成長のために資源を投下する価値があるものかどうかを明らかにする経営戦略理論です。
これは、有限である資源を自社が取り扱う事業・製品に対してどう分配することが適切であるのかを判断する指標のひとつとなります。
1-2: PPMの理論
では具体的に、どのように製品を「市場成長率」と「相対的市場占有率」の2つの視点から分析し、各製品がどの位置に属しているかを明らかにするのでしょうか?
結論からいえば、以下の図にまとめることができます(図1)。
(図1「PPMの理論」筆者作成)
ここで注意すべきことは、いずれかのカテゴリーに分類された製品であっても製品自体や市場の変化によって別のカテゴリーに変更する可能性がある点です。
製品を取り巻く環境は絶えず変化していっていますので、PPMも定期的に見直していく必要があり、それにともなって企業全体の戦略も変えていかなければなりません。
1-2-1: 花形
花形は、
「市場占有率」と「市場成長率」ともに高い製品群のこと
を指します。
製品ライフサイクルでは「成長期」に属することが多く、売上拡大が見込める有望な製品となります。そのぶん、市場での競争は激しくなりやすいです。企業は積極的な投資をおこなうことでその地位を守ろうとし、利益がそれほど大きな額にならない傾向があります。
1-2-2: 金のなる木
金のなる木は、
「市場占有率」が高く、「市場成長率」が低い商品群
を指します。
製品ライフサイクルでは「成熟期」に属することが多く、市場のさらなる成長は見込めないものの、安定した売上を稼ぐことのできる製品が多く、コストや投資も比較的抑えられることから、大きな利益が期待できる企業の屋台骨となりうるカテゴリーです。
1-2-3: 問題児
問題児は、
「市場占有率」が低く、「市場成長率」が高い商品群
を指します。
製品ライフサイクルでは「導入期」に属することが多く、市場の成長は見込めるものの、自社の市場シェアはまだ少なく、積極的な投資が必要となるカテゴリーです。
売上は少なく、利益もマイナスとなりやすいため、事業としては成り立っていないケースが多いです。しかし、企業の次世代の成長のために注目されるカテゴリーとなります。
1-2-4: 負け犬
負け犬は、
「市場占有率」と「市場成長率」ともに低い製品群
を指します。
製品ライフサイクルでは「衰退期」に属することが多く、市場の成長も見込めません。自社の市場シェアも小さいカテゴリーのため、事業からの縮小や撤退の判断を求められる製品となります。
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1-3: 経験曲線と製品ライフサイクル
加えて、PPMには「経験曲線」と「製品ライフサイクル」という2つの理論があります。それぞれ解説していきます。
1-3-1: 経験曲線
経験曲線とは、
累積生産量(経験量)が倍増するたびに一定の比率で単位あたりのコストが減少する現象
と定義されます2Abernathy, William J. and Kenneth Wayne(1974)『Limit of the Learning Curve』Harvard Business Review pp.109-119を参照)。
経験曲線は、製品のこれまでの累積生産量とその製品の製造にかかった生産コストを分析したものであり、累積生産量が増えれば、一貫して生産コストが減少することがわかっています(図2)。
(図2「経験曲線」筆者作成)
経験曲線は、「人は経験が深まるにつれて物事に習熟していくために、経験の浅い人よりも、経験を積んだ人のほうが同じことをより効果的・効率的に実行できる」という一般的な法則をもとに成り立っています。
ゆえに、まったく同じ製品であっても、これまで10個生産したA社と1個生産したB社であれば、その製品を製造するためのノウハウはA社のほうにより蓄積されていると考えられ、A社はB社に対して価格優位を発揮できるとされています。
つまり、製品の市場シェアが大きくなれば、その製品を生産する量も必然的に多くなり、その製品の市場に対する優位性が発揮されると言えるでしょう。
1-3-2: 製品ライフサイクル
製品ライフサイクルとは、
新製品が市場に導入され、成長段階、成熟段階、衰退段階を経て廃棄されるまでのプロセスを、生物学上の個体の生涯(誕生―成長―成熟―死亡)の流れになぞらえたモデル
のことです。
製品ライフサイクルでは、製品は永久の寿命をもつわけではなく、いつか市場から駆逐されることが前提にあります。
たとえば、VTR(ビデオ・テープ・レコーダー)は1970年後半に開発されると、1980年代半ばをピークに各世帯に一気に普及しました。その後、1990年代後半までは安定的に生産されましたが、DVDの普及にともなって2000年頃より大きく衰退することになります。このような製品の盛衰をモデル化したものが製品ライフライクルです(図3)。
(図3「製品ライフサイクル」筆者作成)
製品ライフサイクルでは、製品の段階を「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」の4段階に分類し、ステージごとの特徴を以下のように明らかにします。
- 導入期・・・発売直後ということでまだまだ世間では認知されておらず、普及のための資源の投資も活発になる。売上は低調に推移し、コストも大きい。そのため、利益自体はマイナスになることが一般的である
- 成長期・・・新製品に対する消費者の認知も向上し、普及も進むことで売上は拡大していく。一方で普及のためのコストは導入期に比べると抑えられるようになってくるため、製品ごとの利益は大きくなっていく
- 成熟期・・・徐々に売上成長は鈍化していき、やがて成長は止まる。このとき同時にコストも低下していきますので製品の生み出す利益はピークを迎える
- 衰退期・・・製品に対する市場のニーズは小さくなり、マイナス成長となる。このステージでは、コストも最小限まで少なくなるが、売上の鈍化が上回り、いずれはマイナスの利益となる
このように製品ライフサイクルでは、製品の市場成長率を分析し、各製品の売上と利益を計画することで、製品ごとのキャッシュフローの予測を立てることできます。
- PPMとは、1970年代に米国のコンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループによって提唱された経営戦略理論である
- PPMでは「市場成長率」と「相対的市場占有率」の2つの視点から分析し、各製品がどの位置に属しているかを明らかにする
- PPMには「経験曲線」と「製品ライフサイクル」という2つの理論がある
2章:プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントの戦略
さて、2章ではどのようにPPM理論を企業経営に活用していくのかを解説していきます。
2-1: PPMの戦略
PPMでは各製品の「市場占有率」と「市場成長率」に基づいて製品群のカテゴリー分類をおこないますが、分類されたカテゴリーは固定されるわけではありません。適切な戦略方針と投資を採用することで、企業全体にとって最適な行動となるようにしなければなりません。
図4はPPMにおける戦略方針の定石を示したものです。この図では、カテゴリーごとに果たすべき役割と戦略をあらわしています。
(図4「PPMの戦略」筆者作成)
そして、それぞれの要点は以下のようになります。
- 花形・・・市場での高いシェアを維持できるように、研究開発や設備投資、販売促進を積極的に実施し、ライバル企業にシェアを奪われないようにする。そして、金のなる木に移動して大きな利益を生み出せるように努力する
- 金のなる木・・・低成長ながらも、市場で高いシェアをもっており、4カテゴリーのなかで最も高い収益性を誇っている。しかし、製品ライフサイクルでは衰退期に近づいており、次世代の花形製品を育てるためにも、問題児への投資の資金源とするのが理想である
- 問題児・・・高い成長率をもちながらも、市場でのシェアは低く、まだまだ投資が必要な段階である。企業の余剰資源を集中し、問題児から花形製品が生まれるようにすることが必要となる
- 負け犬・・・今後の成長は見込めず、大きな収益も見込めない。製品ごとに縮小・撤退の判断を検討し、無用なコストが発生しないようにする
綱倉と新宅が『経営戦略入門』(日本経済新聞出版社, 371頁)で指摘するように、PPMでは「選択と集中」による選択的投資を奨励しており、企業の長期的な成長を最大化することに重きが置かれています。
全社的な資源配分をおこなおうとするときに、すべての製品を同等に取り扱うのではなく、各製品のポジションに応じて「拡大」「維持」「撤退」という指針を与え、選択的な資源配分によって投資効率を高めようとしています。
また、企業全体が長期的な成長を遂げていくためには「健全な赤字事業」が必要であり、その事業に適切な資源配分をおこなうことこそ、企業が存続し続けるための方法のひとつであることを提示したのです。
このようにPPMは、様々な環境に置かれた複数の事業に対する全社的な経営方針を、理論的かつ簡易的に表現する手法として世界中の企業に注目される理論となりました。
2-2: PPMの問題点・批判
PMMは非常に画期的な理論として広く知れ渡ることになりましたが、その分、批判もありました。ここではPPMに対する批判を紹介します。
2-2-1: 客観的定義の困難さ
まず、PPMに対する批判として、
市場の定義に恣意性が入りやすく、客観的な定義が難しいこと
が挙げられます。
PPMを作成するためには、まずはどの範囲の製品市場を分析単位とするかを決めなければなりませんが、決めるために統一的な指標などは存在せず、各社で決める必要があります。
たとえば、ビールという製品を分析するときに、ビールに関連するすべての製品を分析対象とするのか、税法上はビールにはならない発泡酒や第三のビールは除くかで、作成されるPPMは異なります。
そのため、PPM作成の過程で担当者の恣意性が介在してしまうことが避けられなくなってしまいます。
2-2-2: 計画のブレが大きい
次に、PPMに対する批判として、
製品ライフサイクル自体に不確定が多く、計画のブレが大きくなりやすいこと
があります。
製品ライフサイクルは製品寿命を生物学上の個体の生涯になぞらえたわかりやすい理論でしたが、実際に寿命という概念のない製品では、理論通りに話が進まないことも多くなります。
たとえば、着物や和服といった製品は、洋服の登場によって市場は一気に縮小することになりましたが、デザインや着るシチュエーションなど現代のニーズに合わせた変更をしたことにより、新たな市場が生み出されました。
これは製品ライフサイクル上では想定されていないことであり、製品ライフサイクル自体が企業努力の考慮をされていない理論であると言えます。
2-2-3: キャッシュ以外の経営資源
また、
キャッシュ以外の経営資源について考慮されていないこと
も批判の対象となりました。
PPMにおいて、資源の移動で着目されていたのは主にキャッシュといった財務的な資源だけでした。
しかし実際、事業を営むためにはヒト、モノ、情報が必要不可欠です。金のなる木が問題児にキャッシュを供給できれば、事業の成長可能性が高まるというのは飛躍した論理となってしまいます。
たとえば、企業が持つ資産の一つに「知識」もあります。企業において知識という資産をどう創造するか、どう活用するかといったテーマについて以下の記事で解説しています。
2-2-4: 多角化経営の無視
最後に、
多角化経営における事業間の補完関係・相乗効果が無視されていること
が挙げられます。(→多角化経営に関してはこちら)
同一企業内でおこなわれている事業には、各事業間で補完関係や相乗効果が生まれていることも多く、それぞれの事業が存在していることでより効率的な運営ができていることも珍しくありません。
しかし、PPMではこうした考慮はされていないため、市場占有率も市場占有率も低い事業であるから撤退を判断した結果、他の収益性の高い事業に負の影響が発生してしまったといった可能性が考えられます。
上記のようなPPMの問題点や限界を十分に理解せずに、単純にPPMからの定石的な戦略方針を策定することは、むしろ間違った危険な選択です。経営者はPPMが多角化経営にとって万能な経営戦略でないことを認識しなければなりません。
あくまで、PPMは戦略策定のひとつにすぎないことを理解し、深い洞察をもって用いることによって、きっとPPMを有効に活用できることでしょう。
- PPMでは「選択と集中」による選択的投資を奨励しており、企業の長期的な成長を最大化することに重きが置かれている
- PPMに批判があることも事実で、PPMの活用には深い洞察力が必要である
3章:プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントを学ぶためのおすすめ本
PPMに関する理解を深めることはできましたか?
ここで紹介した内容を踏み台にして、さらにあなたの学びを深めていってください。
綱倉久永・新宅純二朗『経営戦略入門』(日本経済新聞出版社)
経営戦略について幅広く記載された記述されている。コラムや図表などでの補足も多く、初心者でも経営学の理解が進む1冊になっています。
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その他参考文献
井上善海・大杉奉代・森宗一(2015)『経営戦略入門』(中央経済社)
白石弘幸(2005)『経営戦略の探求』(創成社)
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一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- PPMとは、1970年代に米国のコンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループによって提唱された経営戦略理論である
- PPMでは「市場成長率」と「相対的市場占有率」の2つの視点から分析し、各製品がどの位置に属しているかを明らかにする
- PPMに批判があることも事実で、PPMの活用には深い洞察力が必要である
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