実践共同体(Community of Practice)とは、共通の専門スキルやある事業へのコミットメントによって非公式に結びついた人々の集まりを指します。
人類学者のエティエンヌ・ウェンガーとジーン・レイブが提唱した概念で、現在のように変化が早く物事が複雑に絡み合う時代において求められる組織のあり方を示しています。
経営の領域では「ナレッジマネジメント」や「知識創造理論」と密接な関係にある領域ですので、実践コミュニティとももに読んで理解を深めてください(それぞれの記事へは3章から飛べます)。
この記事では、
- 実践共同体の定義
- 実践共同体起源と成立
- 実践共同体の具体例
をそれぞれ解説します。
好きな箇所から読み進めてください。
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1章:実践共同体とは
まず、1章では実践共同体を「定義」「起源」「意義」「条件」の項目から概説します。実践共同体の具体例に関心のある方は、2章から読んでみてください。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1: 実践共同体の定義
冒頭の確認となりますが、実践共同体とは、
共通の専門スキルやある事業へのコミットメントによって非公式に結びついた人々の集まり
を指します。
しかし、実情は実践共同体のあり方自体が非常に多様であるため、明確に共有された定義とは言い切れないのが現状です。
そのため、ここでは提唱者であるエティエンヌらの『コミュニティ・オブ・プラクティス』という金字塔的な一冊を特に参考にしながら紹介しています。
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より詳しくいえば、実践共同体の特徴は以下のように列挙することができます。
- 指揮命令系統によらない
- 非定型で組織の壁を自由に超える
- 自発的である
- 成員は複数の組織図に属する
実践コミュニティは「非公式の組織」「もう一つの組織図」と言われることがあります。それはまさに企業の公式の組織図とは別に、ある目的のために主体的にメンバーが集まった集団だからです。
1-2: 実践共同体の起源
では一体、実践共同体という概念はどのような経緯で成立したのでしょうか?
結論からいえば、カリフォルニア州にあるゼロックス社の「Xerox Palo Alto Research Center」および同社の学習研究所の活動から生まれたといえます。
具体的に、ゼロックス社の支援を受けながら、これらの施設では以下のような研究が発展していきました。
この潮流の中で、エティエンヌらは文化人類学的な企業組織の観察を通して、どんな組織にも必ず「人々が共に学ぶための単位」があることを発見します。彼らはこれを「実践共同体」としたのです。
1-3: 実践共同体の意義
では、なぜ現在実践共同体というあり方が求められているのでしょうか?それは実際に多くの企業が現在抱えている問題を踏まえることで理解できます。
多くの企業が抱える問題
- 現場が遠い。これによって現場における貴重な事実情報が個人の中にしまわれ、組織的なパワーにつながらない
- 組織の壁が高い。テクノロジーの発展により、知識が複雑化・専門化して、連携を深める必要がある一方で、縦割り・分業化で社員間の信頼関係が構築されない
- 変化が早く物事が複雑に絡み合う時代に、なかなかついていけない
これら問題に対して、実践共同体は以下のように役立つと考えられています。
- 実践共同体を通じて現場の知を共有することで、全社的な相互理解が促進される
- 実践共同体の重要性は、知識を提供する上での心理的な障壁を取り除くことにある。メンバー間の信頼関係を回復することで、組織の壁を超えた協業が生まれる
- 知識の共通の基盤を確立することで、物事の変化に柔軟に対応できる。また、公式な組織構造が不安定な中で、非公式で自発的な組織が安定的な下層を提供する
実際にこれほど簡単に問題が解決するかはわかりませんが、少なくとも解決の糸口を実践共同体は示しています。
1-4: 実践共同体の条件
1章の最後に、実践共同体がどのような条件で成立するのかについてみていきましょう。
結論からいえば、実践共同体の条件には「領域」「コミュニティ」「実践」という3つがあります。これらがうまく絡み合って初めて実践コミュニティは理想的な知識の枠組みになります。
1-4-1: 領域
まず、領域は、
実践共同体が熱意をもって取り組む「知識」あるいは「専門分野」がなんであるかを表し、コミュニティの存在理由を確認すること
です。
実際には極めて日常的なノウハウから高度に専門化された職業上の専門知識まで様々です。メンバーはこうした領域を共有することで、一連の知識に対する責任感を覚え、その結果、責任を持って実践を生み出すようになります。
1-4-2: コミュニティ
コミュニティは、
単なる寄せ集めではなく、互いに相互交流を通して影響を与え合い、共に学習し、関係を築き、その過程で帰属意識や互いに対するコミットメントを築いていくもの
です。
信頼に基づく互恵的関係にあり、領域の物事に対して協働的に探求していく集団で、メンバー個々人の自発性が条件になります。
1-4-3: 実践
実践は、
個人がただ何かを行うということではなく、人々が協働的に何かを使う、作る、想像する、管理する、活動することで、知識を生み出すための学習プロセス
です。
人々がある領域を共有し、活動におけるコミュニケーションの方法を共有することで、新しいアイデアを素早く伝達し対話の焦点を絞るための共通の言語、手法、基準などを持つようになるのです。
組織との関係 | 特徴 | 典型的なチャレンジ |
認識されていない共同体 | 組織から見えない、時にはメンバー自身もその存在に気付いていない | コミュニティの価値や限界に気づきにくい事、参加すべき人を全員関与させていない事がある |
密造された共同体 | 「事情通の」の人々が非公式に認識しているだけ | 経営資源を獲得する事、影響力を持つ事、隠れた存在であり続ける事、正当性を獲得する事 |
正当化された共同体 | 有益な機構として公式に認められている | より広い層に認識される事、急速に成長を遂げる事、新しい要求や期待に応える事 |
支援を受けた共同体 | 組織からの資源の提供を直接受けている | 詮索を受ける、資源、労力、時間の利用に関する説明責任、短期的な圧力 |
制度化された共同体 | 組織で公式の地位や機能を与えられている | 固定的な定義、過度の管理、役目を置いた後も存在し続ける |
このように組織との関係性ごとに様々なあり方が存在しています。企業が実践共同体を適切に制度化することができれば、自発性を損わずに、正当性や資源を与えることができます。
実践共同体の価値を組織として価値に転換できるかどうかは、まず社内における見えない共同体を可視化することが重要なのです。
- 実践共同体とは、共通の専門スキルやある事業へのコミットメントによって非公式に結びついた人々の集まりである
- 実践共同体はカリフォルニア州にあるゼロックス社の「Xerox Palo Alto Research Center」および同社の学習研究所の活動から生まれた
- 実践共同体の条件には「領域」「コミュニティ」「実践」という3つがある
2章:実践共同体の具体例
さて、2章では実践共同体の具体例を「富士ゼロックスのVHP」と「マッキンゼーのPDネット」からみていきましょう。
2-1: 富士ゼロックスのVHP
富士ゼロックスは1999年から「Virtua Hollywood platform(VHP)」というプログラムのもとで新規ビジネス創出や社会課題解決などへの想いをもつ社員が、自ら手を挙げて具現化に向けて実践する場を設けてきました。
VHPの特徴としては、企業が打ち出した指針に沿って社員が活動するのではなく、社員が自発的に手を挙げ、自分の興味のあるテーマに取り組めることにあります。
2006年になると、VHP活動を富士ゼロックス社外に以下のように広まっていきます。
- 企業間シナジーを生むための「バーチャルハリウッド協議会」が発足し、現在ではANAやNTTデータ、三菱重工などの大企業16社が参加し、互いに学び合い場が形成されていった
- 実際に、2018年にANAが始めた「アバター事業化プロジェクト」はVHPから生まれた
- VRやセンサー、ロボットなどの技術を統合して、遠隔から操作できる分身(アバター)を作るというもので、2019年にAVATAR-INというサービスを提供して、遠隔で釣りや買い物などができるようになりつつある
航空会社は人やものを運搬するのが生業であるため、既存事業とは本来真逆ですが、これはあくまでメンバーの自発性や主体性を大事にしながら、組織から独立したチームとしてプロジェクトを実行することができるVHPだからこそできたことです。
また、経営視点で新しい商品・サービスが生まれる土壌ができたことはもちろんですが、社員視点でも個々人が互いに自発的に行動したことで、相互の啓発・支援が育まれ、それを通じてさらに成長し働きがいを実感することができるようになった点も注目すべき点です2「富士ゼロ、ANA総研。大企業が集うイノベーションコミュニティー運営の秘訣」を参照(https://hiptokyo.jp/hiptalk/virtual_hollywood_council/, 最終閲覧日2020年3月29日)。
2-2: マッキンゼーのPDネット
経営コンサルティング会社のマッキンゼーには「Don’t reinvent the wheel(自動車を発明しようとするな)」という言葉が標語になっており、社内の知識を十分に生かすための様々な仕組みがあります。
たとえば、
- 最近のプロジェクトや社内の研究活動の報告書などをまとめたPD(プラクティス・デベロップメント)ネットというデータベースやスタッフの論文を小冊子にしたKRD(ナレッジ・リソース・ディレクトリー)がある
→コンサルタントはそこから様々な事例やデータなどを収集・抽出・分析する - さらに、コンサルタント同士が直接連絡を取り合うためのネットワークも整備された
→必要な情報について社内で知っている人がいたらすぐにわかる「know-how」データベースのようなものが構築された
という事例があります。
こうして、PDネットやKRDを起点にさらに詳しいことを知りたい場合は本人に聞き、連絡を受けたメンバーは積極的に協力することが推奨される仕組みが作られたのです。
このマッキンゼーの取り組みは、オンラインを活用しながら実際の文脈で役に立つナレッジが組織全体で共有され実践される仕組みを構築した点に特徴があります。
本当に現場で役に立つ知見というのは、現場でどのような会話がされ、どのような空気の中で物事が進んだのかといった生々しい体験談の中にあります。マニュアルなどの文書では言葉にできない部分、つまり暗黙知と呼ばれるナレッジの本質的な部分が抜け落ちてしまうのです。
だからこそマッキンゼーでは、
- 事例のデータベースを整備するだけではなく、実際にメンバーとの対話の中で実践の武勇伝・物語を聞く
- その秘訣を真に理解することができるアナログな場も提供した
のです。
近年はオンラインの技術の発展がめざましく、それによって実践共同体のあり方や可能性も格段に広がることは事実ですが、一方で直接の対面による相互交流でしかできない部分にも焦点を当てながら実践共同体を構築していくことが求められているのです3「オンライン実践コミュニティで競争力を加速する」を参照(https://www.f-pad.com/onlinecop.html, 最終閲覧日2020年3月29日)。
- VHPの特徴としては、企業が打ち出した指針に沿って社員が活動するのではなく、社員が自発的に手を挙げ、自分の興味のあるテーマに取り組めることが挙げられる
- マッキンゼーの取り組みは、オンラインを活用しながら実際の文脈で役に立つナレッジが組織全体で共有され実践される仕組みを構築した点に特徴がある
3章:実践共同体について学べるおすすめ本
実践共同体に関する理解は深まりましたか?さらに深めていくにあたっておすすめの参考書籍を紹介します。
エティエンヌ・ウェンガー、リチャード・マクダーモット、ウィリアム・M・スナイダー『コミュニティ・オブ・プラクティス』(翔泳社)
この本は実践コミュニティの金字塔的な本で、この本を読まずに実践コミュニティは語れないという一冊です。今回の記事もこの本から多く引用いたしました。豊富な事例を踏まえながら、実践コミュニティの構成要素や成長段階のそれぞれに運用の仕方、知識創造との関係などについて非常にわかりやすくまとめられています。
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中西善信『知識移転のダイナミズム』(白桃書房)
実践コミュニティ概念の捉え方は様々に議論されていますが、この本はそれらを体系的に非常にうまくまとめた上で、国際航空分野における実践コミュニティを通じた知識転移について扱っています。著者独自の類型方法は、なかなかイメージしにくい実践コミュニティ概念の理解を明確にしてくれます。
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ナレッジマネジメントの記事はこちら
知識創造理論の記事はこちら
一部の書籍は「耳で読む」こともできます。通勤・通学中の時間も勉強に使えるようになるため、おすすめです。
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また、書籍を電子版で読むこともオススメします。
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 実践共同体とは、共通の専門スキルやある事業へのコミットメントによって非公式に結びついた人々の集まりである
- 実践共同体はカリフォルニア州にあるゼロックス社の「Xerox Palo Alto Research Center」および同社の学習研究所の活動から生まれた
- 実践共同体の具体例を「富士ゼロックスのVHP」と「マッキンゼーのPDネット」がある
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