社会思想

【ポスト人種社会とは(1)】その意味から背景までわかりやすく解説

ポスト人種社会とは

ポスト人種社会(post-racial society)とは、アメリカ合衆国は人種主義の歴史を乗り越えて、個人の努力と資質が社会的成功に最も重要な社会に到達したという考えを指します。

2020年に起きたジョージ・フロイド事件(白人警察官によって黒人男性が殺された事件)は、アメリカ建国時から続く人種主義の実態を表しています。

しかし、アメリカではこのように永続する人種主義を、さまざまな形で見えにくくするレトリックがあります。そのようなレトリックの一つが「ポスト人種社会」です。

特に、オバマ大統領誕生以降、主張されるようになった「ポスト人種社会」をこの記事では紹介します。関心のある所から読んでみてください。

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1章:ポスト人種社会とは

まず、1章ではポスト人種と称される社会がどのような特徴をもつのか簡単に確認します。ポスト人種社会を支える要素に関心がある方は、2章から読み進めてください。

※1この記事はアメリカ社会を専門とする研究者が執筆し、それを運営者が加筆・編集したものです。

※2このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1: ポスト人種社会の意味

冒頭の確認となりますが、ポスト人種社会とは、人種的差異に関係なく社会的向上が平等に与えられている社会を意味します。

より具体的には、

  • 居住地域の選択、高等教育へのアクセス、雇用機会などが均等に配分されており、個人の社会的向上に人種的差異が意味を持たない社会
  • 特定の人種に対する優位性は保障されておらず、個人の努力や資質が社会的な向上の決定的な要素となる社会

です。

ポスト人種社会においては、人種主義や人種は存在しないか、少なくともその意味が減少したと想定されています。それは歴史的な人種主義の負の遺産は時代とともに弱体化したと考えられるためです(具体的な要素は、2章で解説)。

そのため、人種主義が存在するならば、それはある一個人による差別的な表現と認識されます2Goldberg, T. David 2015 Are we all postraical yet?. Policy.



1-2: ポスト人種社会とマーティン・ルーサー・キング

ここで「人種ではなく、個人の資質や努力が社会的成功の決定的な要素となる社会は、かつてマーティン・ルーサー・キング(Martin Luther King)が理想に掲げた社会像ではないだろうか?」と思う方がいるかもしれません。

マーティン・ルーサー・キングマーティン・ルーサー・キング

たしかに、そのような社会は公民権運動が高揚をみせた1960年代のワシントンDCでおこなわれたキング牧師の演説を思い起こさせます(「私には夢がある(I have a dream)」)。

たとえば、演説の一説にはポスト人種社会を理想とした、次のような主張がされています3Martin Luther King 1963 「私には夢がある(I Have a Dream)」 アメリカ大使館HPに記載される英語版・日本語版を参照。https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/2368/ (最終閲覧日2020年5月30日閲覧)

私には夢がある。それは、いつの日か、私の4人の幼い子どもたちが、肌の色によってではなく、人格そのものによって評価される国に住むという夢である。

このように、キング牧師は人種といった形質的な要素に決定された社会ではなく、個人の人格で評価されるリベラルな社会の実現を求めています。たしかに、そのような社会はポスト人種的な社会といえるかもしれません。

しかし、後述するように、キング牧師の主張は「誰がどのような立場から誰に」といった観点からみれば、ポスト人種社会とは異なると思われる点が多くあります。

いずれにせよ、ポスト人種社会の特徴をまとめると、

  • 個人の自由と平等を主張する極めてリベラルな思想である
  • 特に、リベラル民主主義が広く共有される社会では支持を得やすい

といえるでしょう。

いったん、これまでの内容をまとめます。

1章のまとめ
  • ポスト人種社会(post-racial society)とは、アメリカ合衆国は人種主義の歴史を乗り越えて、個人の努力と資質が社会的成功に最も重要な社会に到達したという考えを指す
  • ポスト人種社会とは、人種的差異に関係なく社会的向上が平等に与えられている社会を指す

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2章:ポスト人種社会の要素

さて、ポスト人種社会に到達したのならば、そのような主張を支える論証が必要です。2章では、大まかながら、ポスト人種社会に到達したと考える人々の主張を確認していきます。

2-1: オバマ大統領の誕生

まず、ポスト人種社会に到達した主張される背景には、2008年のオバマの大統領選挙の当選があります。

たとえば、ビジネス新聞のウォール・ストリート・ジャーナル紙(Wall Street Journal)は、オバマの当選を以下のように評価しています4Wall Street Journal 2008年11月5日

「アメリカ社会における平等な機会の証拠であり、他の西洋民主主義国家において、このような出来事はおきなかった」

「もしかすると、我々は人種主義が成功への障害であるという神話を鎮めることができるのではないか」

他にも、保守的評論家のジョン・マックウォーター(John McWhorter)はオバマの当選後、人種主義は今や黒人によって主要な問題ではないという主張を繰り返しています52008 “Racism in America Is Over” https://www.forbes.com/2008/12/30/end-of-racism-oped-cx_jm_1230mcwhorter.html#1d01efe549f8; 2010 “It’s Official: America is‘Post-Racial’ in the Age of Obama” https://www.manhattan-institute.org/html/its-official-america-post-racial-age-obama-2322.html

こうした、ポスト人種社会の到達を強調する主張は、オバマの当選後頻繁に見られたといいます6Higginbotham, F. Michael 2013 Ghosts of Jim Crow: Ending Racism in Post-Racial America. NYU Press. 20-26頁

そういった観点から、有色人種であるオバマの当選は、人種や人種主義を乗り超えた平等な社会の証明として社会一般に認識されたと同時に、ポスト人種社会への到達を象徴的に示す出来事であったといえるかもしれません。



2-2: ミレニアル世代におけるカラーブラインド主義

事実、ポスト人種社会という思想はミレニアル世代においても支配的です。

2014年、MTVはミレニアル世代における人種的偏見に関する調査をおこなっています7MTV 2014 Bias Survey Summary。その結果からはミレニアル世代のカラーブラインド主義だけでなく、社会的成功に対する個人の責任が明瞭に強調されていることがわかります。

カラーブラインド主義とは、人種的な差異を認識しないこと、つまり人種的な偏見がないことを指します(→詳しくはこちら記事)。

MTVの調査によると、

  • 72%の回答者は自らの世代は以前の世代に比べて平等な社会である
  • 回答者の89%が個人は人種的差異に関係なく平等に扱われるべきである
  • 62%の回答者(58%の有色人種、64%の白人)は黒人の大統領は人種的マイノリティにも白人と同等の機会があることを証明する存在と考えている
  • 回答者の67%は黒人大統領の存在は人種が社会的成功への障害ではないことを証明すると回答
  • 73%は人種自体を考慮しないことが社会を進歩させると考えている
  • 68%は人種を認識することはカラーブラインド社会への妨げになる

と回答しています。

このような結果から、MTVの調査が「大多数のミレニアル世代は彼らの世代がポスト人種であると考える」と結論づけることは驚きではないでしょう。

つまり、

  • 人種主義や人種それ自体の認識や重要性が衰退しており、それはポスト人種社会という思想を支援する要因になってる
  • 大多数のミレニアル世代は、機会を平等に与えられた個人が人種に関係なく社会的成功への責任をもつと考えている

といえるでしょう。

■ 人種は語りづらい?

重要な点ですが、ポスト人種社会による人種の否認は人種を語りづらい社会を作り出します。事実、MTVの調査では回答者の37%(有色人種46%、白人30%)のみが人種を語る家族で育ったと回答しています。

そのため、アメリカ合衆国社会では人種を語ることそれ自体が、「マナー違反」であるという考えがあるといっても過言ではありません8Rohrer, Judy 2010 Haoles in Hawaii. University of Hawaii Press. 2-3頁。このような社会において、人種を語ることは礼儀の良い振る舞いではなく、人種を認識すること自体が人種主義者のサインとなります。

そして、このような主張は科学的な事実に裏付けされているという点で重要かもしれません。

  • 生物学的な観点からいえば、人種という概念は意味をなさないことは1950年代から主張されている
  • たとえば、ユネスコは1950年代から「人種に関する声明」を発表し、人種優越の理論をはっきりと否定すると同時に、人種の生物学的差異は存在しないと立場を継続して表明している。(たとえば、2001「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議宣言」など)
  • そのため、歴史的な不正義を正当化してきた「人種」はもはや社会的神話でしかない

このようにみると、人種の神話が常識となった社会で、もっとも礼儀正しい振る舞いは人種をみないこと、つまりカラーブラインドになることだとも言えなくないでしょう。



2-3: 人種主義とアメリカ社会の関係

さて、人種主義がアメリカ社会において深刻な社会問題ではないという見解は過去にさまざまな論者によっても提示されてきました。

たとえば、歴史的な例として、

  • ある論者は公共政策の問題に関して「人種主義は生来のアメリカ社会の特色ではない」9Sniderman and Piazza 1993 Sniderman, M. Paul and Piazza, Thomas 1995 Scar Of Race. Harvard University Press. 175頁と人種主義に関して否定的な主張を示す
  • また、ある論者はアフリカ黒人の奴隷所有者の存在を指摘することで奴隷制における人種間の搾取関係を否定し、「全ての人種は利己主義と私利私欲の名の下、道徳的な罪を犯しかねない」10D’Souza, Dinesh1996 The End of Racism: Principles for a Multiracial Society. Free Press. 70-83頁と指摘する
  • 後者は上述のような主張を通して、アメリカ史における人種主義が今日の黒人の社会的不成功の要因であるという考えを『人種主義の終演(The End of Racism)』において反論している

といったものを挙げることができます。

そして、人種主義がアメリカ社会において深刻な社会問題ではないという主張は今日も継続しています。

社会学者のフェイガンによると、過去そして現在の黒人に対する差別の深刻さは否認される傾向があります。特に、白人エリート層において、人種主義はその重要性が衰退したと楽観的に認識される場合がしばしばあります11Feagin, R. Joe 2014 Racist America: Roots, Current Realities, and Future Reparations. Routledge. 91-93頁

その結果、エリート層の白人はアファーマティブ・アクションという制度は今や不必要であると主張がされます。

  • アファーマティブ・アクションとは過去の不正義から生じた状況を改善するために採られる積極的な措置です。
  • つまり、今日のアメリカ合衆国社会における不正義に対してではなく、過去の人種的・性的不正義に対して積極的措置を用いて、人種的・性的マイノリティが抱える社会経済的格差を是正する措置です。(→詳しくはこちら

この措置に関して、たとえば、1996年の共和党の大統領候補者であるボブ・ドールは懐疑的な態度を示しました。あるTV討論番組において、ドールは以下のような主張をしています。

  • 制度的な人種主義の廃止された後に誕生した白人が人種主義の「ツケ」を払うことに対して意義を唱える
  • つまり、アファーマティブ・アクション・プログラムによって黒人労働者に雇用機会を「奪われた」白人労働者を指摘しながら、制度に対する否定的な見解を述べた

フェイガンは、このような「今日の社会と人種主義の過去の関連性に懐疑的な白人の思想はありふれた」12Feagin, R. Joe 2014 Racist America: Roots, Current Realities, and Future Reparations. Routledge. 15頁ものであり、社会に影響力のあるドールのような人物によって人種主義の深刻さが否定されると指摘しています。

ですが、ポスト人種的な視点に立てば、ドールのような考えは支持されるべきです。

なぜならば、これまで紹介したように、人種主義の歴史を乗り越え、機会を平等に与えられた個人が人種に関係なく社会的成功への責任をもつ社会において、前世代が犯した過ちを償う責任が現代を生きる人々にはありません。責任があるは個人なのです。

つまり、ポスト人種社会において、

  • ドールのような主張は個人の自由と平等を強調したリベラルな主張であり、いまだに人種を見る者が人種主義者となる
  • 個人としてのみ責任が発生するが、歴史的なアイデンティティをもつコミュニティの成員として負うべき責任はない

といえます。

2-4: 人種主義制度の廃止

最後に、ポスト人種社会の考えが社会に流通する要素の一つとして、アメリカ社会における人種主義制度の廃止に触れておきましょう。

結論からいえば、アメリカ合衆国において、人種主義制度が大きな改善をみせたのは、南北戦争後の再建期(Reconstruction)と1950年代から活性化した公民権運動です。

南北戦争後の再建期

  • 知られるように、再建期では奴隷の解放がされた
  • アメリカ合衆国憲法修正案第13条、14条、15条が承認されると、奴隷制の廃止、黒人の市民権、そして黒人男性の投票権が保障された
  • しかし、1877年までに南部に政治的影響力をもった北部のアメリカ軍は撤退し、南部の黒人に対する連邦政府の保護は排除されていく
  • その結果、アメリカ合衆国憲法修正案第13条、14条、15条は死文となり、解放された黒人に対する市民権の保護、経済的支援は終わりを告げる13Kennedy, Stetson 1995 After Appomattox: How the South Won the War. University Press of Florida. 3-4頁

その後は「分離すれど平等」で知られる1896年のプレッシー判決で人種隔離が公認されると、ジム・クロウ体制によって有色人種に対する抑圧的な政治経済制度が継続しました。

*プレッシー判決とは、鉄道車両における白人と黒人の分離を定めた1890年のルイジアナ州法を連邦最高裁が是認したもの。以後、約半世紀にわたる「分離すれど平等」の原理のもと、南部における人種隔離体制を正当化するものとなった。

そして、人種隔離の撤廃や1965年の投票権法の制定など、人種主義制度がさらに改善をみせるのは、1950年代から1960年代の公民権運動まで待たなければなりません。

公民権運動

  • 周知のように、人種隔離を違憲とする1954年のブラウン対教育委員会裁判は、公民権運動を促進させたマイルストーン的な判決となった(*ブラウン対教育委員会裁判では、教育を良き市民の土台であり州政府と地域のもっとも重要な機能であるした上で、教育における人種隔離を違憲とした)
  • その他にも1940年代には中国人排斥法の廃止や1967年に異人種間の結婚を禁止する法律の違憲を認めるなど、さまざまな人種主義的制度は時代とともに改善された
  • 公民権運動の成果は、その後の有色人種の教育達成度の改善、彼らの経済的な成功、さらには有色人種の政治的指導者の出現に示されている

以上のようなアメリカ合衆国社会の進歩は、ポスト人種社会という思想の流通に貢献しています。

つまり、再びフェイガンの言葉を借りると、

公認の人種主義や法的な人種隔離制度が廃止されたため、多くの白人にとって人種主義や人種的抑圧は重要な社会問題と認識されていない。そして、歴史的に白人が支配した機関における専門職や管理職には数人の黒人や有色人種が存在することから、人種主義は過ぎ去ったか、または「ポスト人種社会」において衰退していると頻繁に主張される

に至ります14Feagin, R. Joe 2014 Racist America: Roots, Current Realities, and Future Reparations. Routledge. 143頁

これらの要因から、

  • 人種主義的な制度が改善された今日のアメリカ合衆国において、人種主義が存在するとすれば、それはある一個人の問題であり責任となる
  • つまり、社会構造と結びつた出来事として、人種主義が認識されにくい

といった状態に陥ると思われます。

このようにみると、ポスト人種社会という思想は個人の自由と平等を主張する極めてリベラルな思想といえます。21世紀の今日、個人の自由と平等という価値観を否定する者はおそらくいないでしょう。

しかし、そのようなリベラル民主主義的な価値観が見えにくくする人種主義の現実とは何でしょうか?それは連載の【ポスト人種社会(2)とは】で紹介したいと思います。

2章のまとめ
  • 有色人種であるオバマの当選は、ポスト人種社会への到達を象徴的に示す出来事であった
  • 大多数のミレニアル世代は彼らの世代がポスト人種であると考える
  • 人種主義がアメリカ社会において深刻な社会問題ではないという見解がある
  • 南北戦争後の再建期と1950年代から活性化した公民権運動で、人種主義制度は改善した

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3章:ポスト人種社会を学ぶための本

ポスト人種社会という思想が誕生する文脈とその思想がアメリカ合衆国社会に流通する要因を理解することはできましたか?

オススメ本

オススメ度★★★ 藤川 隆男『人種差別の世界史』(刀水書房)

人種とはなにか?特に、白人とはなにか?といった疑問に答えてくれます。学術書ではありませんので、手軽に読める本です。

オススメ度★★ Michael Omi 『Racial Formation in The United States』(Routledge)

社会学的な立場から、人種の分析がされています。人種に関する古典本でもありますので、一度は読んでおきたい本です。

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などの特典もあります。学術的感性は読書や映画鑑賞などの幅広い経験から鍛えられますので、ぜひお試しください。

まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ポスト人種社会(post-racial society)とは、アメリカ合衆国は人種主義の歴史を乗り越えて、個人の努力と資質が社会的成功に最も重要な社会に到達したという考えを指す
  • 有色人種であるオバマの当選は、ポスト人種社会への到達を象徴的に示す出来事であった
  • 南北戦争後の再建期と1950年代から活性化した公民権運動で、人種主義制度は改善した

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