倫理学

【ミルの『自由論』とは】要約から学術的議論までわかりやすく解説

ミルの『自由論』とは

ミルの『自由論』(On Liberty)とは、19世紀イギリスの功利主義者であるジョン・ステュアート・ミルが、自由について論じた著作です。

ミルは『自由論』において、「危害原理」と呼ばれる原理を提唱し、民主主義社会における「多数者の専制」の危険に警鐘を鳴らしました。

ミルの最も有名な著作であるとともに、現代においても自由を論じるうえで避けては取れない重要な著作であるとみなされています。

そこで、この記事では、

  • ミル『自由論』の背景知識と要約
  • ミル『自由論』に関する学術的議論

をそれぞれ解説していきます。

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1章:ミル『自由論』とは

1章では、ミル『自由論』の背景知識を解説します。2章では内容に関する要約を、3章では具体的な学術的議論を解説しますので、用途に合わせて読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:ミルの伝記的情報

まず、ミル『自由論』を読むうえで知っておきたい背景知識について、ミルの伝記的情報と当時の社会状況を解説します。

ミルの生涯については、詳細な自伝が書かれており参考になります。以下の情報は、朱牟田夏雄訳の『ミル自伝』(岩波文庫)を参照しています。

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  • ミルは、1806年にロンドンで生まれた
  • 父親であるジェイムズ・ミルは、功利主義の創始者であるジェレミー・ベンサムと仲が良く、ともに功利主義のグループを作って言論活動をしていた(→ベンサムの功利主義に関して詳しくはこちらの記事
  • そのような父親の下で非常に厳しい英才教育を受けたミルは、やがて功利主義を引き継ぐ思想家として成長し、若いころから活発に言論活動をするようになる

しかし、ミルは20歳の時に、思考機械のように育てられた自分を振り返り、「精神の危機」と呼ばれるうつ状態に陥ります。

そして、その回復の過程で、それまでの功利主義が軽視していた人間の感情の重要性に気づきます。その後、ミルはベンサムの機械的な功利主義を修正し、快楽の質を考慮する質的功利主義を作り上げていきます。
→ベンサムとミルの功利主義の違いについて詳しくはこちら

そして、このような質的功利主義の立場から、政治経済や哲学の分野で、実にさまざまな著作や論文を発表していきます。その中で、晩年である1859年に刊行されたのが『自由論』です。



1-2:当時の社会状況

続いて、ミルが『自由論』を執筆した当時のイギリス社会の状況を整理します。簡潔にいえば、以下のようにイギリスの19世紀は民主主義が急速に広がっていく時代でした。

  • 経済的には、産業革命により商業文明が発展し、資本家や労働者階級が徐々に力を持つようになっていた
  • 政治的には、1832年に第一次選挙法改正が行われ、選挙権が資本家にまで拡大していた
  • さらに、この改正で選挙権を認められなかった都市労働者による、選挙権を求めるチャーティスト運動が行われていた

このような状況の中で、ミルは民主主義の問題点を意識するようになります。それは、王や貴族が民衆を抑圧することが少なくなったのに対して、民衆の多数意見である世論が少数意見を持つ個人を抑圧しているという問題です。

これに関して、ミルに影響を与えた重要な人物がいます。それは、ミルと同年代のフランスの思想家、アレクシス・ド・トクヴィルです2山下重一『J.S.ミルの政治思想』(木鐸社、1976年)33-40頁。トクヴィルは、1835年から1840年にかけて、『アメリカのデモクラシー』という著作を刊行しています。

これはアメリカの民主主義社会を観察し、「多数者の専制」という問題点を指摘した著作です。次項で詳しく述べるように、この「多数者の専制」は、『自由論』においても大きな問題関心であると言えます。

1章のまとめ
  • ミルの『自由論』とは、19世紀イギリスの功利主義者であるジョン・ステュアート・ミルが、自由について論じた著作である
  • 「多数者の専制」が『自由論』における大きな問題関心であった

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2章:ミル『自由論』の要約

それでは、ミル『自由論』の大まかな内容を要約します。以下の要約は、関口正司訳の『自由論』(岩波書店)を参照しています。

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ミル『自由論』は以下の通り五つの章から成ります。

『自由論』
  • 第一章 序論
  • 第二章 思想と討論の自由
  • 第三章 幸福の一要素としての個性について
  • 第四章 個人に対する社会の権力の限界について
  • 第五章 応用

2-1:「多数者の専制」と「危害原理」

まず、序論において、ミルは「意志の自由」の問題ではなく、「市民生活における自由」「社会の中での自由」を述べるといいます3関口・前掲書11頁。当時、決定論に対する意志の自由という議論があったため、はじめにこの断りを入れていると考えられます4意志の自由の議論は、関口・前掲書訳者注254-255頁の訳者注、また、樫本直樹『自己陶冶と公的討論―J.S.ミルが描いた市民社会―』11-16頁にも詳しい解説があり、参考になります。

それでは、『自由論』で論じられる社会的自由とは、どのようなものでしょうか?これは、以下のような問題です。

  • 「個人に対して社会が正当に行使してよい権力の性質と限界」5関口・前掲書11頁の問題であると説明されている
  • つまり、社会が個人の自由を制限する際の基準を決めようという問題である

ミルによれば、この問題は従来であれば政治的支配者と被支配者との間の問題でした。しかし、国民が主権者となった民主主義社会においては、「多数者の専制」という新たな問題として立ち現れます。つまり、社会の多数派の人々によってつくられる世論や慣習によって、少数派の人々が抑圧されるという問題です。

※多数者の専制に関しては次の記事も詳しく紹介しています。→【多数者の専制とは】現代に通じる民主主義の議論をわかりやすく解説

このような問題に対して、ミルは「一つの非常に単純な原理」を提示します。それは、「誰の行為の自由に対してであれ、個人あるいは集団として干渉する場合、その唯一正当な目的は自己防衛だ」という原理です6関口・前掲書27頁。これが、一般に「危害原理」と呼ばれるものです。

ここでミルは、行為の領域を、本人だけにかかわる行為と他人にもかかわる行為とに区分しています。すなわち、ある行為が他の人々に影響を与えるような場合のみ自由を制限してよいのであり、純粋に行為者のみにかかわる行為の自由は制限してはいけない、というのが危害原理です。



2-2:意見の自由

続いて、ミルは第二章で意見の自由について、第三章で行為の自由について、それぞれが守られなければならない理由を示します。その際に要点となるのは、ミルが人間や社会の進歩を重視していることです。それぞれ見ていきます。

第二章では、意見の自由について論じられています。ここでミルは、権力や世論によって少数意見を抑圧してはいけない理由を、三つ挙げています。以下の通りです7関口・前掲書127頁

  • 抑圧しようとしている意見が真理であるかもしれない
  • 抑圧しようとしている意見が誤謬であるとしても、反対意見を持たない多数意見はドグマ化する危険がある
  • ある一つの意見が完全に正しい、あるいは完全に誤っているというのは稀で、どのような意見であれ部分的には正しく部分的には誤っている、という場合が多い

このように、たとえ誤っている意見であっても抑圧するのではなく、積極的に討論をすることが必要だ、ということが述べられます。

ある一つだけの意見が支配している社会が進歩することはなく、多様な意見を戦わせてこそ社会は進歩することができるのだ、とミルは考えていたのです。



2-3:行為の自由と「個性」の尊重

続く第三章では、行為の自由について論じられます。ミルは、行為の自由も、意見の自由と同じ理由によって守られなければならないと主張します。

それに加えて、ここで重要な要素として「個性」という言葉が登場します。それは第三章のタイトルが「幸福の一要素としての個性について」となっている点からも理解できます。端的にいえば、人間の幸福には個性が必要であるということが主張されています。

  • 世論や慣習に従って行為するだけの人物は、自分の能力を発展させることはないと述べる
  • 言い換えれば、世論や慣習に流されることなく、しっかりと自分で考え個性を発揮して行為する人物が自分の能力を発展させるとともに、社会の進歩にも貢献することができる

このように、人間や社会が進歩して幸福に向かっていくためには、人それぞれの個性に従った多様な行為が許されるべきである、とミルは考えていたのです。

このように、ミルは序論から第三章まで、自分だけにかかわる意見や行為の自由は、いかなる場合でも侵害されてはならないと主張しました。ここでは詳細は割愛しますが、続く第四章と第五章では、「危害原理」の実際の応用について、具体的な例を細かく挙げながら議論していきます。以上が、ミル『自由論』の大まかな内容です。

2章のまとめ
  • ミルは民主主義社会においては社会の多数派の人々によってつくられる世論や慣習によって、少数派の人々が抑圧されるという問題があると考えた
  • ミルはある一つだけの意見が支配している社会が進歩することはなく、多様な意見を戦わせてこそ社会は進歩することができると考えた
  • ミルは人間や社会が進歩して幸福に向かっていくためには、人それぞれの個性に従った多様な行為が許されるべきであると考えた
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3章:ミル『自由論』に関する学術的議論

3章では、ミル『自由論』に関する学術的議論を解説します。ミル『自由論』に対する批判として、現代まで続く大きな論点は、主に以下の二つがあります。

  • 「危害原理」の射程の問題
  • 『自由論』と質的功利主義との関係の問題

以下で、それぞれ解説していきます。

3-1:「危害原理」の射程

2章でも述べたように、ミルは『自由論』で「危害原理」を提示する際に、本人だけにかかわる行為と他人にもかかわる行為という区分を用いました。

これに対して、このような区分は曖昧であり、実際の問題を解決するためには役立たないのではないか?という批判的見解があります。これが「危害原理」の射程の問題です。この批判は、『自由論』が刊行された直後から多くなされ、現代まで続く議論になっています8矢島杜夫『ミル『自由論』の形成』(御茶の水書房、2001年)466-468頁

「危害原理」の射程の問題

  • 確かに、人間は社会の中で生きるものであるため、純粋に本人だけにかかわる行為の領域など存在しないようにも考えられる
  • しかし一方で、すべての行為が他人にかかわると考えると、個人の自由の領域がなくなってしまう
  • そのため、たとえ明確な区分が困難だとしても、自由を保護するためにはこの区分を考えることが重要である、という消極的な回答もありえる

それに加えて、ここではJ.C.リースという研究者が1960年に発表した「ミル『自由論』再読」という論文を紹介します9J.C.リース「ミル『自由論』再読」ジョン・グレイ/G.W.スミス編著、泉谷周三郎/大久保正健訳『ミル『自由論』再読』(木鐸社、2000年)77-102頁。リースはこの論文で、「危害原理」の区分に関する新しい解釈を提示し、話題となりました。

リースは、『自由論』における「他の人々に影響を与える」行為と「他の人々の利益に影響を与える」行為という微妙な言葉使いの違いに注目します。そして、行為の領域を二つではなく、以下の三つに区分したのです。

  • 本人にのみかかわる行為
  • 他人に影響を与えるが、他人の利益には影響を与えない行為
  • 他人の利益に影響を与える行為

このような区分を用いることにより、ミルは他人にもかかわるすべての行為ではなく、他人の利益を侵害するような行為のみ、自由を制限してもよいと考えているのだ、という積極的な回答が可能になりました。

以上が、「危害原理」の射程の問題の、大まかな議論の流れです。



3-2:『自由論』と質的功利主義との関係

1章でも述べたように、ミルは自由主義者である以前に功利主義者でした。ここで功利主義を簡単に説明すると、次のようになります。

  • 功利主義とは、物事の正・不正の判断を、それが幸福、すなわち快楽を増進するかどうかで判断しようとするものである
  • ベンサムの功利主義は快楽を単純に量的に計算するものであったが、ミルはこれを修正し、快楽の質も考慮すべきであると主張した(ミルの質的功利主義)

※功利主義の議論は次の記事が詳しいです→【功利主義とは】義務論との違いやベンサム~現代の理論までわかりやすく解説

ミルがこのような主張を行ったのは、1863年に刊行された『功利主義論』においてです。

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ここでミルは、快楽には高次の快楽と低次の快楽があり、人間は進歩のために高次の快楽を求めるべきであると述べました10J.S.ミル「功利主義」川名雄一郎/山本圭一郎訳『功利主義論集』(京都大学学術出版会、2010年)255-354頁。この点が、『自由論』との関係で問題となります。

つまり、高次の快楽を求めよという『功利主義論』の主張と、「危害原理」の範囲内であれば、どのような行為であれ自由を認めよという『自由論』の主張とが矛盾するのではないかという問題です。

著名な自由主義の思想家であるアイザイア・バーリンも、ミル『自由論』のこの問題を批判しました。バーリンは1969年に発表した「J.S.ミルと生活の諸目的」という論文で、ミルの『自由論』と質的功利主義は、首尾一貫していないと結論づけています11アイザイア・バーリン「J.S.ミルと生活の諸目的」泉谷/大久保・前掲書29-68頁

その他にも、さまざまな研究者によって継続的にこのような批判がなされていきます。そのため、このように首尾一貫していない思想家としてミルを解釈する立場を「伝統派」と呼びます。

一方で、アラン・ライアンという研究者は、1965年に発表した「J.S.ミルの生活の技術」という論文で、この問題に関する新たな解釈を提示しました12ラン・ライアン「J.S.ミルの「生活の技術」」泉谷/大久保・前掲書69-76頁。ライアンは、ミルの『論理学体系』という著作における、「生活の技術」という議論に注目します。

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ミルはそこで、人間の生活には以下の三つの部門があると述べています13J.S.ミル、江口聡/佐々木憲介編訳『論理学体系4』(京都大学学術出版会、2020年)342頁

  • 道徳の部門(行為の正しさにかかわる)
  • 慎慮、政治の部門(行為の便宜にかかわる)
  • 美学の部門(行為の美しさ、高貴さにかかわる)

ライアンはこの区分を、『自由論』と質的功利主義との関係の問題に当てはめます。そして、『自由論』の議論は道徳の部門にかかわり、質的功利主義の議論はそれ以外の部門にかかわる、と主張したのです。

これによって、ミルの『自由論』と質的功利主義との関係を矛盾しないものと解釈することが可能になりました。その後、首尾一貫した思想家としてミルを解釈する立場が増えていきます。この立場を、今日では伝統派に対して「修正派」と呼びます。

以上が、『自由論』と質的功利主義の関係の問題の大まかな議論の流れです。

ここまで、ミル『自由論』に対する批判を解説してきました。刊行から100年以上経つ今日においても、活発な批判と解釈の変更がなされていることから、ミル『自由論』の現代に通じる重要性が伺えます。

そして今日において、ミルは、現代の自由主義の源流である「古典的自由主義」の思想家に分類されています。すなわち、ミルが『自由論』で行った議論は、現代の自由主義の基礎となっているのです。ミル『自由論』は、現代でもその意義がまったく減じていないと考えらるでしょう。

3章のまとめ
  • 「危害原理」の射程の問題・・・本人だけにかかわる行為と他人にもかかわる行為という区分は曖昧であり、実際の問題を解決するためには役立たないのではないか?という批判的見解
  • 『自由論』との関係での問題・・・高次の快楽を求めよという『功利主義論』の主張と、「危害原理」の範囲内であれば、どのような行為であれ自由を認めよという『自由論』の主張とが矛盾するのではないかという問題

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4章:ミル『自由論』に関するおすすめ本

最後に、ミル『自由論』を深く理解するための書籍を紹介します。

おすすめ書籍

J.S.ミル『自由論』(岩波書店)

2020年3月に出た新しい翻訳で、非常に読みやすくなっています。著名なミル研究者が翻訳しており、訳者注や解説も非常に参考になります。

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ジョン・グレイ、G.W.スミス『ミル『自由論』再読』(木鐸社)

この記事で紹介したリースやバーリン、ライアンの論文に加えて、ミル『自由論』を理解するうえで重要な論文が多数収録されています。ミル『自由論』の学術的議論をより深く理解したい方にはおすすめです。

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まとめ

この記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • ミルの『自由論』とは、19世紀イギリスの功利主義者であるジョン・ステュアート・ミルが、自由について論じた著作である
  • 「多数者の専制」が『自由論』における大きな問題関心であった
  • 『自由論』に関しては、危害原理」の射程の問題と質的功利主義との関係の問題がある

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