経営学

【技術経営(MOT)とは】現在必要とされる理由から具体例までわかりやすく解説

技術経営とは

技術経営(Management of Technology)とは、企業の重要な経営資源のひとつである技術を、継続して効率的・効果的に使うための考え方です。

2章でトヨタ自動車の事例から紹介するように、技術経営は次の時代をリードするために不可欠な概念です。

この記事では、

  • 技術経営義の意味
  • 技術経営が求められる背景や特徴、効果
  • 技術経営の具体例

について説明します。

関心のあるところから読んでみてください。

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1章:技術経営(MOT)とは

1章では技術経営(MOT)を「意味」「背景」「特徴」「効果」から概観します。2章では導入法・事例まで紹介しますので、用途に合わせて読み進めてください。

このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。

1-1:技術経営(MOT)の意味

まず、冒頭の確認となりますが、技術経営とは、

企業の重要な経営資源のひとつである技術を、継続して効率的・効果的に使うための考え方

です。

当然のことですが、技術力は国家の持続的な発展を支える重要な要素です。内閣府の発表する「国民経済計算」によると、日本の名目GDPにおける5分の1が製造業で、まさに技術力は国家を支える基盤であると言えます。

また、アメリカ内閣府では「戦後50年間における経済成長の2分の1が技術進歩によるものである」2藤松健三(2004)『技術経営入門』日経BP出版社 14頁との分析がなされており、技術力が国家のみならず人類の発展において重要であるとの認識がなされています。

技術力が国家繁栄の礎であることに疑いの余地はありませんが、近年では日本の国際競争力における地位の低下が目立ちます。スイスの世界的なビジネススクールであるIMDが毎年発表する「世界競争力ランキング」では、2019年の調査で30位となっており、国家全体の活力の喪失が懸念されています。

もちろん、このランキングは製造業の競争力に限ったものではありませんが、製造業の復活なくして持続的な経済成長を続けていく道筋は険しく、国家をあげての戦略的な再生計画が必要となってくるでしょう。

日本という国がこれまで高い技術力を背景とした優れた製品開発によって成長してきたことを考えると、国内には豊富な知識や技術ノウハウが数多く蓄積されているはずです。

技術経営は、こうした蓄積された知識やノウハウをいかに戦略的に有効活用していくかに論点を当てた戦略論と考えてください。



1-2:技術経営(MOT)が求められる背景

技術経営を理解するためには、技術に対する認識の変遷を確認する必要があります。そこで、大まかにですが、その変遷を要約すると以下のようになります。

  • もっとも初期において技術とは、個人に依存するものであった3例:ライト兄弟が人類初の動力飛行機による有人飛行に成功したり、グラハム・ベルが世界初の実用的電話機を発明したりと、優れた技術とは少数の天才より生まれるとの認識が一般的であった
  • しかし、産業構造が高度化してくると、優れた技術はノウハウが蓄積された組織から生まれてくるようになってる4例:ソニー(当時の東京通信工業株式会社)が世界初のトランジスタラジオを開発できたのも、任天堂が世界中で愛される家庭用ゲーム機を開発できたのも、社内に優れた技術者を複数抱えていたことが要因であった
  • この当時の技術開発は、科学や工学の知識・理論を特定の製品やプロセスに応用することが重要であり、地道な研究の先にこそ優れた製品が生まれると考えられていた

しかし、21世紀に入ると状況はさらに変化します。社会全体の動く速さは20世紀とは桁違いであり、技術開発そのもののスピードが求められるようになりました。

加えて、ニーズの多様化はより一層進行し、企業にとって優れた研究や技術がビジネスチャンスに繋がらない事態が多発します。この現象を端的に説明しているのが、製品開発過程における「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」という3つの局面です(図1)。

魔の川・死の谷・ダーウィンの海(図1「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」筆者作成)

1-2-1: 魔の川

魔の川とは、

基礎研究が技術開発研究に発展するまでに超えるべきハードル

です。

基礎研究では、仕組みや原理が重点的に研究されることから、すべての研究が必ずしも実用的な製品開発に生かされるわけではありません。多くの基礎研究はこのハードルを超えられず、日の目を浴びないまま中止または破棄されることになります。

1-2-2: 死の谷

死の谷とは、

技術開発研究が事業化に発展するまでに超えるべきハードル

です。

優れた技術であっても、事業化に至るためには具体的な設計やデザイン、生産設備、生産計画などが必要になります。

企業に事業化のための資金やノウハウが不足しているか、開発した技術自体に収益化の見込みが望めなければ、技術は製品化されることなく企業内部に眠ることになります。

1-2-3: ダーウィンの海

ダーウィンの海(=未知の強敵や予測不可能なリスクで混沌とする環境)とは、

事業化が産業化、つまりは収益の見込めるまでに成功した事業に発展するまでに超えるべきハードル

です。

事業化した製品であっても、製品自体が市場に普及しない、あるいは他の企業との競争に負けてしまえば、収益化に繋げることはできず、ダーウィンの海で「死ぬ」ことになります。この環境を生き延びることができて、事業ははじめて顧客に受け入れられることになります。

21世紀の製品開発の特徴は、この3つの局面が非常に複雑になっており、なおかつ局面同士のスパンがとても短くなっていることがあげられます。

特に、大衆のニーズが多様化し、モノに溢れ、消費のサイクルが早くなっている現代では、それぞれの局面を超えることは格段に難しくなっており、しかも短期間での産業化が求められるようになってきました。

日本企業の競争力が低下したのは、開発過程における過去の成功体験を捨てることができず、この急速な環境変化に対応できなかったからであると考えられます。

この変化に対応するためには、「時間をかけていいモノを作る」という従来の技術開発の考え方から、「市場のニーズを素早く捉えた製品開発をおこなう」という考え方への転換を検討しなければなりません。この考え方は、技術経営論を説明していく上で最も重要なポイントです。



1-3:技術経営(MOT)の特徴

ここでは技術経営を3つの特徴から、さらに深掘りしていきましょう5藤松健三(2004)『技術経営入門』日経BP出版社 36頁

1-3-1: 技術戦略と経営戦略の融合

冒頭でも述べたように、技術とは企業にとって重要な経営資源のひとつです。しかし、そこには、以下のような技術開発の定説がありました。

  • その本質を理解できるのは高度な専門知識を持つ科学者や技術者だけである
  • 事務スタッフや営業スタッフ、さらに非技術系の管理職や経営者のような「素人」ではその価値を見出すことができない

技術経営ではこうした定説を覆すべく、「素人」であるスタッフや管理職、経営者にも理解できるような新しい概念や枠組みを開発し、製品開発などの技術戦略を全社的な戦略に結びつける必要があります。

三澤はこの考え方を「技術系と事務系の共通言語」と表現しており、技術を生かして継続的に競争に勝ち続けるために関係者全員で議論するための土俵であると述べています6三澤一文(2007)『技術マネジメント入門』日本経済新聞出版社

1-3-2: 技術革新の予見

変化の著しい市場で生き残っていくためには、組織全体で技術を管理可能、予測可能なものにし、製品サイクルの短縮化・顧客満足の向上を図るとともに、次の技術革新を見つけようとする努力が求められます。

この目標を達成するためには、次の3つの視点がヒントになります。

  • 技術中心から顧客中心の体制にする
    →優れた技術は自然と顧客に受け入れられるという発想から、顧客のニーズに対して自社の技術を生かしていくという発想への転換です。顧客との対話を重視し、顧客が真に必要としている製品やサービスを探します。
  • 後追いから先取りの発想をもつ
    →製品を開発してから、普及のための戦略を考えるのではなく、戦略を決めてから、製品開発をおこなっていくプロセスへの転換です。目標達成への最短距離を明確にすることで製品サイクルの短縮化や先駆者利益の獲得が望めます。
  • モノ売りから問題解決の提供に変える
    →製品を作ってから製品コンセプトを求める顧客を探すのではなく、顧客を探して顧客ニーズに合わせた製品を作るという発想の転換です。なにを買ったかよりも、買った製品でなにができるかを大事にする顧客のニーズを捉え、強固な信頼関係を構築します。

1-3-3: 管理職の教育

研究開発の効率性は研究開発部門がどう組織化され、他部門とどう連結されているかで決まるとされています。社内で有機的に機能する優れた組織をつくるためには、優秀な管理職をどれだけ育てられるかが重要です。

トップマネジメントが製品の企画から設計、開発までをおこない、現場はただトップの指示に従うだけの組織では、管理職に求められるのはトップと現場の橋渡し役に過ぎませんでした。

しかし、技術経営のように企画や開発の主導権が現場に存在する場合では、管理職は自律的に行動し、自ら問題を提起し、製品開発をリードしていけるような役割が求められます。

そして、トップマネジメントには企業としての全体方針を示し、優れた管理職を育てる環境を整備することが期待されます。



1-4:技術経営(MOT)の効果

1章の最後に、技術経営の実践がもたらす効果を説明しましょう。簡潔にまとめると、企業に対しては以下のようなプラスの効果が期待されます。

①中核技術・技術プラットフォームの確立

  • 技術戦略と経営戦略が融合し、企業全体で重視すべき技術が明確になることで、自社の中核技術や技術プラットフォームを生かした技術開発が可能になる
  • 戦略目標が定まることで、開発部署ごとの単発的あるいは五月雨式の研究開発は避けられ、開発サイクルの短縮化や大幅なコストダウンが実現し、企業の競争力は向上する
  • また、自社の持つ技術を整理し、プラットフォームとして整備することで、企業全体で技術を最大限活用できる可能性が高まる

②イノベーションの創出

  • 技術経営は、イノベーティブな組織を構築するとともに、市場のニーズに企業の技術を生かした全く新しい価値を創造する活動を支援する
  • すべての従業員がイノベーションの重要性を理解し、イノベーションを生み出すための活動に従事することで、企業に未知なる大きな貢献をもたらす可能性を高める

③新技術の獲得

  • 市場や顧客のニーズを予測して、長期的な技術開発の領域を的確に管理していく技術経営では、技術習得のためのシナリオやロードマップの作成が求められる
  • どの技術に投資することが効果的であるのかを検討し、自社で習得できない技術であれば他社との技術提携や買収、アウトソーシングも視野に入れて戦略を練ることで、他社に先駆けた優れた技術の獲得を目指す

上記のほかにも、技術経営には品質向上やコストダウン、生産リードタイムの短縮化など様々な効果が期待されます。

技術経営とは少し異なる議論ですが、組織内における知識を活用した経営に関して以下のようなものもあります。あわせて参照してください。

→実践共同体について詳しくはこちら

→ナレッジマネジメントについて詳しくはこちら

2章では、技術経営を実践している企業を取り上げ、技術経営のポイントを見ていきます。

1章のまとめ
  • 技術経営とは、企業の重要な経営資源のひとつである技術を、継続して効率的、効果的に使うための考え方である
  • 企業にとって優れた研究や技術がビジネスチャンスに繋がらない事態を「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」という3つの局面が示している
  • 技術経営にはさまざまな特徴や効果がある



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2章:技術経営(MOT)の導入法・事例

技術経営をより深く理解するために、2章ではトヨタ自動車株式会社を例にあげて実践的な技術経営を解説します。

トヨタ自動車は日本のみならず世界で活躍する企業であり、日本国内ではもっとも大きな売上高を誇る自動車メーカーです。

トヨタ自動車がここまでの成長を遂げることはできたのは、1937年の創業当時よりずっと自動車技術を磨き続け、革新的かつ信頼性の高い製品を開発してきたからに他なりません。

まさに技術経営のお手本ともいえる存在であり、戦略そのものや技術開発など、あらゆる動向が注目される企業です。

2-1:ハイブリット車の開発過程

確認ですが、ハイブリット車とは、動力源が2つ以上ある自動車のことであり、一般的には、ガソリンと電気の2つの動力源をもつ自動車のことを指します。

ハイブリッドカーの特徴は、

  • 環境への負荷が低いこと
  • 速度が低い時は電気で動くモーターを使って走行し、燃費の効率が良い速度になった時には、ガソリンで動くエンジンに切り替え走行をするという仕組みがあること

です。

ハイブリット技術は、燃費効率の良さに加え、走行時の静音性なども高く、いまではトヨタの多くの車種で採用される技術となりました。

開発初期のハイブリット技術は、あくまでエンジンの動力性能をあげるために検討された技術でしたが、次第に社会の環境保護意識が高まったことで、低燃費で環境負荷が小さい自動車をつくるためにハイブリット技術を活かすという考え方に変化しました。

しかし、1997年に初のハイブリット技術を搭載した初代プリウスを発売した際は、燃費性能はよかったものの、自動車としてのパワーや運転性能はいまひとつであり、あくまで環境保護を優先した自動車という評価でした。

そこで、

  • トヨタの技術陣は、環境性能を変えず、自動車としてのパワーや運転性能を高めるという一見すると無茶な大きな目標を立てる
  • その結果、さまざまな新技術の投入や既存技術の改良を施した新型プリウスは、燃費も動力性能も優れる革新的な自動車として世界的に高い評価を受けることになった

という展開を見せることとなりました。



2-2:ハイブリット車開発における技術経営

ハイブリット車開発のプロセスでは、技術経営として次のようなポイントが見られます。

①市場のニーズ捉え、環境性能に優れたハイブリット技術を中核技術として全社戦略に組み入れた

  • 環境保護意識の高まりという市場のニーズを的確に捉え、ハイブリット技術の成長可能性を見据えた戦略を策定した
  • それによって、トヨタ自動車は環境保護車のさきがけと呼ばれるプリウスの開発に成功した

もし、エンジン性能の向上のためだけにハイブリット技術を活用していたら、いまのプリウスの成功はなかったかもしれません。その意味で、プリウスとは「環境保護車」という明確な製品コンセプトを、全社レベルで共有したことで生まれた自動車であるといえるでしょう。

②高度な技術的課題に対して、自社の技術力を有効に活用した

  • 新型プリウスの開発にはさまざまな困難が発生し、トヨタの技術者を悩ませることになった
  • この問題を解決に導いたのは、トヨタ内に大量に蓄積し、ブラックボックス化された知識や技術であった
  • トヨタは「系列」と呼ばれる、幾多の子会社や協力会社を戦略的に活用した開発体制を確立しており、容易に外部メーカーへの委託をおこなわないことから、他社が模倣できない価値の高い数多くの技術を保有している
  • 新型プリウスの開発では、こうした技術を有機的に組み合わせることで様々な問題解決に利用した

圧倒的な技術力を武器に成長を続けるトヨタ自動車ですが、このように技術の扱い方についても参考となる事例を数多く有しています。

特に、近年では自動車技術に限らず、情報通信技術や情報処理技術など、本業を超えた技術の獲得にも積極的に取り組んでおり、次の時代を見据えた技術開発に注力している姿が見られます。

過去の時代に取り残されずに、次の時代の先駆者になるためにも、技術経営は今後ますます注目されていく理論となるでしょう。

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3章:技術経営(MOT)のおすすめ本

技術経営に関して理解を深めることはできましたか?

最後に、学習を深掘りしていくおすすめ本を紹介します。

おすすめ書籍

延岡健太郎『MOT「技術経営」入門』(日本経済新聞出版)

技術経営に関する基本的な項目がまとまった教科書です。経営学において重要な論点もまとまっており、経営戦略書の入門としてもおすすめの一冊です。

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三澤一文『技術マネジメント入門』(日本経済新聞出版社)

→技術経営の歴史から重要なポイントまでが豊富な事例とともにまとめられています。文庫タイプなので、気軽に読める技術経営の教科書です。

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まとめ

最後にこの記事の内容をまとめます。

この記事のまとめ
  • 技術経営とは、企業の重要な経営資源のひとつである技術を、継続して効率的、効果的に使うための考え方である
  • 最たる事例として、トヨタ自動車のハイブリッド車がある

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