人間開発指数(Human development index)とは、国の発展レベルを測るために国連開発計画が1990年に発表した、健康、教育、所得の3つの側面から計算される指数のことです。
その国・地域の発展は、もはや経済だけでは測れないものになっています。なぜなら、そこに住む人々がどのような暮らしをしているか、それこそが発展の指標となるべきだからです。
そこで、発展を測るための基準に人間の生活が取り入れられたものが人間開発指数です。人間開発指数を知ることは、各国がどのような分野の開発に力を入れており、どのような側面に課題があるかを知るための一つの指標となります。
この記事では、
- 人間開発指数の意味
- 人間開発指数の現状
- 人間開発指数の問題点
について解説します。
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1章:人間開発指数とは
1章では、人間開発指数の考え方がどのようなものか、人間開発指数で何が分かり、どのような計算方法で導き出されるかを解説します。
このサイトでは複数の文献を参照して、記事を執筆しています。参照・引用箇所は注1ここに参照情報を入れますを入れていますので、クリックして参考にしてください。
1-1:人間開発指数の考え方
人間開発指数(Human Development Index: HDI)という言葉が初めて登場したのは、国連開発計画(UNDP)によって1990年に出版された『人間開発報告書』の中でした。
この重要を理解するためには、まず、以前の発展や開発のあり方を知る必要があります。端的にいえば、それは以下のようなものでした。
以前の発展や開発のあり方
- 以前は、国の経済のみによって評価されていた
- 特に戦後、国際社会において貧困の削減が関心を集めるようになると、貧困の改善には経済成長を通じた国民全体の所得向上が必要であるという考えが中心であった
しかし、次第に低所得が本当に貧困の原因なのか?豊かさとは何か?といった疑問が投げかけられるようになります。そこで、発展や開発を「人間の自由の拡大」「選択の幅の拡大」という視点から見直すべく作成されたのがHDIでした。
このHDIの作成に大きな影響を与えたのは、インドの経済学者マルティア・センが提唱した人間開発論です。
センの人間開発論
- 開発を人々が手にする自由を増大させるためのプロセスと考えるものである
- 一方で、GDP(国内総生産)やGNP(国民総生産)などを指標とする経済中心の開発を批判した
このようなセンの人間開発論に影響されたHDIを用いることで、人間一人ひとりの多様性を考慮した上で発展水準を評価することができます。
従来の指標と異なり、発展を評価する指標を所得以外の領域にも拡大したことこそ、HDIが作成された意義と言えるでしょう。
※センの思想についてこちらでも解説しています。
【センのケイパビリティとは】議論のポイント・注意点をわかりやすく解説
1-2:人間開発指数から分かること
結論からいえば、HDIを開発に用いることで、ある国が発展したいくためにどのような優先順位に従って政策を決定していくべきかが議論できるようになります。
具体的に、HDIでは、健康、教育、所得の3つの側面から数値化されます(※計算方法は次節で解説)。そして、各国はその数値によって人間開発の段階を4段階に分類されます。
人間開発の指標
- 最高位・・・人間開発指数が0.800-1.000の場合
- 高位・・・0.700-0.799
- 中位・・・0.550-0.699
- 低位・・・0.350-0.549
また、HDIを用いることで、複数の国家の開発度合いを比較することができるようになり、そこから得た発見を開発に活かすことができるようになりました。
たとえば、ある所得(GDP)が同じ2つの国を比較するとします。HDIを比べたときに一方の国のHDIが極端に低ければ、教育分野や保健分野の開発を優先的に進めたほうが良いといったような議論をすることができるようになります。
1-3:人間開発指数の計算方法
HDIは、以下の3つ数値によって決定される値です。
- 平均余命指数(Life Expectancy Index: LEI)
- 教育指数(Education Index: EI)
- 国民総所得(GNI)指数(Income Index: II)
そして、それぞれの値は、次のような方法で計算します(※必ずしも覚える必要はありません)。
- 平均余命指数=(出生時平均余命-20)/(85-20)
- 教育指数=1/2×就学予測年数指数+1/2×平均就学年数指数(※就業予測年数指数=(就学予測年数-0)/(18-0); 平均就学年数指数=(平均就学年数-0)/(15-0))
- GNI指数={log(1人あたりのGNI)-log(100)}/{log(75000)-log(100)}
※就学予測年数…25歳以上の人が生涯を通じて教育を受けた期間の平均年数
※平均就学年数:就学年齢の子供がその後の生涯を通じて受けると予測される教育の年数
これらの式で導き出された値は、次のような計算式によってHDIへと変換されます。
- 人間開発指数(HDI)=(平均余命指数×教育指数×GNI指数)の1/3乗
このように、複雑な計算からHDIが成り立つのです。
- 人間開発指数とは、国の発展レベルを測るために国連開発計画が1990年に発表した、健康、教育、所得の3つの側面から計算される指数のことである
- 発展や開発を「人間の自由の拡大」「選択の幅の拡大」という視点から見直すべく作成されたのがHDIである
2章:人間開発指数のランキング
さて、2章では、実際に人間開発指数(HDI)のデータをもとに各国の現状を見ていき、それらの特徴について解説します。
2-1:2019年報告書で発表されたランキング
UNDPは『人間開発報告書』という報告書を1990年から毎年発行しています。この報告書の中では、各国のHDIだけでなく、以下のようなデータも発表されています。
- ジェンダー開発指数(Gender-related Development Index: GDI)・・・人間開発の成果におけるジェンダー格差を測定したもの
- ジェンダー不平等指数(Gender Inequality Index: GII)・・・リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、政治的・社会的エンパワーメント、労働市場という3つの要素を考慮し、男女間のエンパワーメントの不平等を測定した複合指標
- 多次元貧困指数(Multidimensional Poverty Index: MPI)・・・保健、教育、所得という人間開発指数(HDI)の3つの要素に関して、世帯レベルで複数の形態の貧困がどの程度重なり合っているかを表す指標
- ジェンダー・エンパワーメント指数(Gender Empowerment Measure: GEM)・・・女性が政治及び経済活動に参加し,意思. 決定に参加できるかどうかを測る
また、これらの指数をまとめて広義の人間開発指数と呼び、HDIを狭義の人間開発指数と呼ぶこともあります。
以下は、2018年の人間開発指数の上位20カ国となります(『人間開発報告書2019』2国連開発計画(2019)『人間開発報告書2019』22頁より)。
順位 | 国名 | HDI |
1位 | ノルウェー | 0.954 |
2位 | スイス | 0.946 |
3位 | アイルランド | 0.942 |
4位 | ドイツ | 0.939 |
4位 | 香港(SAR) | 0.939 |
6位 | オーストラリア | 0.938 |
6位 | アイルランド | 0.938 |
8位 | スウェーデン | 0.937 |
9位 | シンガポール | 0.935 |
10位 | オランダ | 0.933 |
11位 | デンマーク | 0.930 |
12位 | フィンランド | 0.925 |
13位 | カナダ | 0.922 |
14位 | ニュージーランド | 0.921 |
15位 | 英国 | 0.920 |
15位 | 米国 | 0.920 |
17位 | ベルギー | 0.919 |
18位 | リヒテンシュタイン | 0.917 |
19位 | 日本 | 0.915 |
20位 | オーストリア | 0.914 |
ちなみに、アジアの他の国のHDIは、
- 22位・・・韓国(0.906)
- 35位・・・アラブ首長国連邦(0.866)
- 36位・・・サウジアラビア(0.857)
- 85位・・・中国(0.758)
という結果でした。
また、HDIが最低だった3カ国は、187位チャド(0.401)、188位中央アフリカ(0.381)、189位ニジェール(0.377)でした。
2-2:人間開発指数が高い国・低い国の特徴
HDIのランキングを見ると、1位のノルウェーを筆頭に、11位のデンマーク、12位のスウェーデンなど、北欧の国家が上位にいる傾向であることに気づきます。この理由の一つに、北欧の国が福祉国家であることが挙げられます。
特にノルウェーは、社会保障が充実している国家の代表のような国です。医療費や教育費が原則無料であることはHDIの数値に大きく影響し、平均余命指数や教育指数の値が高くなります。
加えて、ノルウェーの場合は世界屈指の石油産出国であるため、GNIの数値も高く、世界1位の座を長年死守しています。
福祉国家に関しては、以下の記事を参照ください。
一方で、下位に目を向けてみましょう。
下位10カ国の顔触れは、180位から順に、モザンビーク、シエラレオネ、ブルキナファソ、エリトリア、マリ、ブルンジ、南スーダン、チャド、中央アフリカ、ニジェールと全てアフリカ地域の国々です。
以下は、上位10カ国と下位10カ国の平均余命指数、教育指数を比べた値です3国連開発計画(2019)『人間開発報告書』22-25頁。
HDI上位10各国 | HDI下位10カ国 | |
人間開発指数(HDI) | 0.940 | 0.417 |
出生時平均余命 | 82.83(年) | 58.81(年) |
就業予測年数 | 18.12(年) | 7.93(年) |
平均就学年数 | 12.60(年) | 3.17(年) |
1人当たり国民総所得(GNI) | 56,368(米ドル) | 1,343(米ドル) |
このように、アフリカ諸国と上位国の差は、健康、教育、所得のHDIの3要素全てにおいて著しく低いことが分かります。
2-3:2020年の人間開発指数について
2020年は新型コロナウイルス(COVID-19)により、世界的にHDIが大きく低下することが予想されています。2020年5月、UNDPは『COVID-19と人間開発』を出版し、その中で、「1990年の統計以来、初めて低下するおそれがある」と警告しました。
世界中で新型コロナウイルスによる死者数は80万人を超え(2020年8月末現在)、1人当たりの所得は4%減少すると予想されています。
また、教育についても大きな影響を受けています。世界中で学校が閉鎖され、オンライン学習へと移行したことで、インターネットへのアクセスによる格差が教育へのアクセスの大きな格差へと繋がっています。
UNDPが、インターネットにアクセスできない子どもを考慮して試算した結果によると、じつに60%の小学校就学年齢児童が教育を受けられていないことが分かりました。
そしてその多くは、人間開発低位グループに所属している国で起こっているのです。これは、1980年代以来最悪の水準に達していることになります。今後、このようなコロナによって新たに噴出した問題への対応を含め、開発を進めていく必要があります。
- HDIのランキングをみると、北欧国家が上位にいる傾向がある
- 下位にはアフリカ地域の国々が多数
3章:人間開発指数の問題点
さて、3章では、人間開発指数(HDI)の問題点について、どのような指摘がされているか解説していきます。
HDIについては、1990年に発表された当初からさまざまな批判や指摘をされてきました。たとえば、次の批判がありました。
- HDIが発表された当初、最も多かった批判がHDIの計算方法であった
- HDIの計算方法は当初、健康、教育、所得の3要素の平均値によって数値化されていたためである
これについて伊藤(2001)は、「所得が指数構成において、3分の1のウェイトしか与えられていないことは所得の軽視である」4伊藤陽一(2001)「UNDPの統計指標をめぐって(再掲)」『研究所報』第1巻, 95頁と指摘しています。
当時もっとも影響を及ぼしていると考えられていた所得のウェイトが3分の1にしかならないことについては、多くの研究者や専門家からも声が挙がりました。
この批判に対応する形で、UNDPは2011年に、1章でも紹介した3要素の積を3分の1乗する現在の計算方法へと変更しました。
また、別の批判として、なぜ健康、教育、所得の3要因に限定して取り上げているのかという根拠に対しての指摘があります。
これについても伊藤(2001)は、HDIの考え方の元となったマルティア・センのケイバビリティの考え方を引き合いに出し、次のように批判しています5伊藤陽一(2001)「UNDPの統計指標をめぐって(再掲)」『研究所報』第1巻, 95頁。
ケイバビリティ概念に基づくなら、政治的権利・市民的権利が入るべきにもかかわらず、欠落している。(中略)ジェンダー差、一国内の不平等度が取り入れられておらず、一国レベルの平均計算に終始している点は問題である。
このように、健康、教育、所得だけでその国の発展を語ることは十分ではなく、政治参加や権利、ジェンダー、など様々な要因が反映された指標を作るべきだという指摘もされました。
この批判に対してUNDPはその後、ジェンダー開発指数(GDI)や多次元貧困指数(MPI)を提示し、対応を図りましたが、HDIそのものの大きな変更とまでは至っておりません。
さらには、HDIが各国をランキング形式で発表することについての危うさについても警鐘を鳴らしている研究者がいます。絵所(1997)は、この点について、以下のように言及しています6絵所秀紀(1997)『開発の政治経済学』日本評論社, 216頁。
センの発想を生かす方法は、少なくとも人間開発指数を作成して各国を序列づけることにはない。(中略)そうではなく、国、地域、社会階層、性差、それぞれのレヴェルでどのような潜在能力が欠如しているのかを具体的に分析することにあり、その原因はどこにあるのかを探求することにある
事実、HDIのランキングが各国の比較に用いられる場合が多く、順位が上か下か、上がったか下がったかに一喜一憂してしまっては元も子もありません。
指数という単一の数値に集約されることで、何が問題となっているかという原因と解決策の追究が置き去りにされてしまう可能性があるわけです。
- HDIが発表された当初、最も多かった批判がHDIの計算方法であった
- なぜ健康、教育、所得の3要因に限定して取り上げているのかという根拠に対しての批判
- HDIが各国をランキング形式で発表することについての危うさについても警鐘が鳴らされている
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4章:人間開発指数に関するおすすめ本
人間開発指数について、理解できましたか?さらに深く知りたいという方は、以下のような本をご覧ください。
オススメ度★★★ クレイグ N. マーフィー『国連開発計画(UNDP)の歴史―国連は世界の不平等にどう立ち向かってきたか』(明石書店)
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まとめ
最後にこの記事の内容をまとめます。
- 人間開発指数とは、国の発展レベルを測るために国連開発計画が1990年に発表した、健康、教育、所得の3つの側面から計算される指数のことである
- HDIのランキングをみると、上位には北欧国家が、下位にはアフリカ地域の国々がいる
- HDIが発表された当初、最も多かった批判がHDIの計算方法であった
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<参考文献>
・内閣府HP「子供の貧困に関する新たな指標の開発に向けた調査研究 報告書」